2001年11月8日













 昨日、御剣冥夜は目を覚ました。



 だが、先の 『実験』 中に何を視たか 全く覚えておらず、自分がなぜこのような地下の医療施設にいるのか理解していないようであった。

 数日間、ずっと意識が戻らず寝たきりであったため体力も落ちており、戦闘記憶の流入の具合も不確かであること、
 記憶の混乱をみせること、それから生じる情緒不安等で、結局 冥夜は次の作戦には参加させない方がよいという結論を香月夕呼は下した。


 基地内は目前に控えた作戦で忙しく、使えない一訓練兵に構っている余裕が無いということで、
 作戦が終って精密な検査を実施するまでは、冥夜には近しい人物を近づけない方がよいと夕呼は言い、武も冥夜との面会は禁止されたのである。




―――― ブリーフィングルーム 早朝



 夕呼の口から9日から11日の『国連軍と帝国軍との軍事演習』の内容が明らかになった。


 本来の目的は、『11日未明に新潟沖に出現するBETAを駆逐するため』 であり、それに備えるカモフラージュとして軍事演習である。 

 だが、夕呼はこの演習の目的を、佐渡島ハイヴの攻略を見越した連携を確認するためと話し、それ以外に 悠陽殿下の帝国内での主導権をアピールするためのデモンストレーションや 新型兵器 や新型OSの性能を確認するためのものだと説明した。
 

 本来の目的は、この部屋に居る者の中では夕呼、白銀武、伊隅みちる、神宮司まりも、速瀬水月等のAー01部隊の中尉以上の者 しか知らない。
 それ以外の 207訓練小隊、 A-01部隊の者達には その事実を伏せてあった。


 また、この日ばかりは、A-01部隊も帝国に出向していた他の6人も合流しており、
 その6人の内、築地という子だけは武も『元の世界』で見覚えがあった。

 それは、球技大会のラクロスで涼宮茜のチームにいたのを見ていたし、
 夕呼の怪しげな実験で猫の姿にさせられていたことで強く印象に残っている。

 だが、それ以外のメンバーは武にとって、どこかで会ったことがあるような 無いようなといった感じであった。



 部隊の編成は、Aー01A隊を伊隅を含めた6名、B隊を速瀬小隊長として以下6名。
 207訓練小隊は まりもがC小隊として率い、榊、彩峰、鎧衣、珠瀬の4名が組み込まれた。


 そして、夕呼が全ての説明を終えた後、一部のA-01と207の様子が落ち着きがないことに気が付いた。


「なにかヨソヨソしいわね、言いたいことがあるなら言いなさい」

 それに口を開いたのは水月である。

「副司令、白銀の配置が決まっていないのはどうしてでしょうか・・・ まさか、今回の演習には参加しないのですか?」

 それは武自身も気になる所であった。
 彼の詳細は何も聞いていない。
 だが、作戦に参加をしないと言うことは無いだろう・・・ ここで説明しないのはそれなりに理由があるのだと思っている。


「ああ、白銀のこと。彼には 『複座型の新型戦略兵器』 に乗ってもらうから、貴方たちとは別行動になっているのよ」

 夕呼の言葉にに驚く彼女たち。
 武も思わず言ってしまった。

「―― まさか、もう 『アレ』 を使うんですか?」 


 もちろんアレとは、桜花作戦で人類が決戦兵器として使用した 『凄乃皇四型』 のことである。

 だが、夕呼はニヤニヤと笑うだけで 何も答えなかった。







 

―――― B27F 地下格納庫







「これはいったい何なんですか・・・ こんなものは見たことありません・・・・・・」


 格納庫にそびえ立つ、通常の戦術機を遙に上回る巨大な人型兵器に向かって武はそう呟いた。

 それは戦術機の5倍程度の大きさであり、高さにして70m。
 ちょうどそれは要塞級と同程度の全高を有しており、その隣にはさらに巨大で無骨な長刀が敷設されている。

「世界を何度もループしてるあんたにも 知らないことがあるのね〜〜」

 そう言って 勝ち誇ったような笑みを夕呼は浮かべ、目の前の新型兵器について話し始めた。

 

「これはね、帝国がオルタネイティブ4を日本に設置するためのプレゼンテーションの時、帝国軍が00ユニットを乗せるために提案してきた機体なの」

「え・・・ これは帝国軍のものなんですか?」

「そうよ、彼らの持ってる技術を結集させて開発してきたものらしいわ。 当初はオルタネイティブ4とは無関係に進められていた新型兵器の計画の一つらしいけど・・・」

「帝国も色々やってんですねー」
「当たり前よ。なにもオルタネイティブ4のみに頼るなんてことは帝国もしないわ」


 確かに米国などは、裏でオルタネイティブ5やG弾を大量運用した大反抗計画などを立てている。
 夕呼の話では、ここのところ国連軍に帝国軍衛士を多く見かけたのは、殿下がやってきた理由もあったが、この機体の搬入をしていたからだと言っていた。



「まぁ、第2次世界大戦当初の重厚長大の思想を受け継いでいる巨大な姿には笑っちゃうけどね」

「でも、どうしてそんなモノがあるなら前の世界とかで使われなかったんですか?」


「ひとつはね、オルタネイティブ4を日本で進めることを最後まで突っぱねていた米国を説得するために
 XG-70Bの再利用を日本政府が裏で確約したことがあるのよ。
 HI-MAERF計画の頓挫で大きな損失を受けていた勢力を取り込むことで
 米国議会に日本でのオルタネイティブ計画を承認させたってわけ。
 まぁ、その煽りでこれの予算は縮小、大幅に開発がおくれていて最近ようやくここまでの形になってたってこと。
 もう一つの理由は、やっぱりこの兵器にも技術的な問題点があったことね」


「―― 技術的な問題?」

「この機体にも ムアコックレヒテ機関を載せる予定だったって言えばわかるでしょ」
「・・・・・なるほど」

 00ユニットによる重力制御ができなければ、中の搭乗者は抗重力機関が作り出すラザフォード場によって押しつぶれてしまう。
 つまりこの兵器も00ユニットがなければ、ただの巨大な置物に過ぎないと言うことになる。

「もっともその対案として核融合機関の開発も帝国は進めてるみたいだったけどね」
「核融合機関ですか?」

 武はその言葉も初耳だ。

「ハイヴ内では兵站は期待できない。これがハイヴ攻略を難しくしている一つの要因よね。
  補給を必要としない兵器があればそれを克服できるって訳よ。
  ML機関が上手くコントロール出来れば問題ないのだけど、それが無理なら核を使おうって話よ。
  核が生み出す無尽蔵なエネルギーを利用しない手はないし
 大量の電力を作り出せるなら、電磁投射砲、つまりレールガンが使用可能になる。
  初速が通常のライフルの10倍程度も出せれば、こちらが用意する特殊な弾頭で
 モース硬度15の突撃級や要塞級の堅い表皮も原理的には楽に打ち抜けるのよ」

「その、核融合機関は完成しているんですか?」

「いいえ、そんな話は聞いたことがないわ」
「・・・・・何が言いたいんですか?」
「ただ、彩峰の中にある 『1回目の世界』 では、少なくとも それが完成していたみたいなのよね・・・」
「ちっ、ちょっと、どうしてそんなことがわかるんですか? それに俺はそんなことは知りませんよ」

「それを知ってる理由は、鑑が彩峰の頭の中に流入したイメージの中で見たのよ。
  彩峰本人はその辺の記憶は、まだ思い出して無いみたいだけどね。
  それにあんたが知らない理由は、あんたが死んでからもあの子は5年以上戦場で生き抜いているの」

「――え!!」

「あんたの知らない技術を知ってても当然だし、少しは あんたが嫌われてた理由がわかったかしら?」


 あの地獄を慧は5年以上も生き抜いた・・・・
 死ぬときは一緒だと2人は誓いあった
 だが、武は慧に嘘をついて囮をかってでたのだ。
 生きて戻れたならば、その時謝ればよいと思っていたが、結局はその機会を得られることはできなかったのである。


「はいはい、1人で沈まない。とにかくね、あんたの 『元いた世界』 では どうかはわかんないけど
  夢の技術である核融合機関は、完成まで後一歩ってとこなのよ」

「はぁ・・・・・」
「今回はこれにML機関を乗っけて使うんだけどね。そうすることで国内の研究者どもの士気を上げたり、その方面に予算を回す段取りをつけたいわけよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 どうも、回りくどい。確かに筋は通っているが夕呼らしくないと武は感じる。


「本題に入りませんか先生。実際のところはどうなんです?」
「なにがよ?」
「先生らしくないんですよ・・・ なにか上手くいってないんですか?」

 その言葉に、夕呼はため息をつく。

「・・・・・なんだか白銀って、『2回目の世界』 のあんたより、だいぶ食えない男よね」

「いい意味ですか?悪い意味ですか?」
「―― もちろんいい意味よ」


 肩をすくめて夕呼はそう答え、今まで隠してきたことを武に話し出した。


「米国の方が態度を硬化させちゃっててね、XG-70bを出し渋っているのよ」
「―――― はぁ?」

 XG-70bはもうこの基地に来ているものとばかり思っていた武は、間抜けな声を出した。

「まぁ、彼らは 私たち極東国連軍にものすごく 不信感を持っていると言っていいわ・・・」
「な、なんでですか、それ?」

「ちょっとは頭を使いなさいよ・・・ 開発が頓挫しかけていた00ユニットがなんの前触れもなく完成されてて、
  しかも今まで用意していた素体には手つかずでしょ?
  新型OSや いくつかの最新技術とBETAに関する情報が、ここにきて この基地から発信されてるのよ。
  あいつら大あわてってわけよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「しかも、私が別ルートでG弾を入手しようとしてたのがバレたみたい」


 ヤレヤレと言った顔で夕呼は両手を挙げる。
 G弾のことは以前、武が夕呼に頼んでたことでもある。それがこのような形で裏目に出るとは思いもしなかった。


「――― ど、どうするんですか、夕呼先生っ!?」

「あんたね〜、落ち着きなさいよ・・・・ だから、あいつらにプレッシャーを与えるために これを用意したんじゃない。米国が手を貸さなくたって大丈夫だってね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「今回の作戦では、これの実証実験も兼ねてるわ。米国がもしXG-70bを出さないようなら、最悪これで佐渡島ハイヴは 攻略することになるからね」

「・・・・荷電粒子砲も見あたりませんが、 実際のところ、これは本当に使えるんですか?」


「 随分失礼ね。確かに荷電粒子砲は無いけれど、ラザフォードフィールドは使えるわ。 
 それが生み出す大量の電力によって4門の120mmと1門の460mmレールガンも使える。
  あと、80mの長刀を3刀。S-11も20発。佐渡島攻略までにはG弾も1つなら用意できそうよ。
 まぁ、使えるかどうかは、実際乗ってみたほうが分かりやすいかもね。
  操作自体は戦術機と同じだから何も問題ないわ。
 午後にはこれの調整とミュレーター訓練を行うことになってるから、資料に目を通しておきなさい」

「わかりました。それで複座型と言うことですけど――」

「ああ、まぁ わかっていると思うけど、もう一つの席には 『鑑 零夏』 が乗ることになってるから・・・」

 

 

 

 

 

「―――――― はぁ? 『鑑 零夏』?」


「あら、あの子・・・・ まだ言ってなかったのかしら・・・ 同じ 『鑑 純夏』 が2人もいるのは何かと不便でしょ。
  00ユニットのゼロからとって『零夏』って呼び分けてほしいって、あの子が言い出したのよ、聞いてない?」

「き、聞いてませんよ! す、純夏は純夏です・・・・ 俺は納得できませんっ!!」

「―― 私に言わないでよね。本人に直接言いなさいよ、全く・・・ 
  とにかく、これにはあんたと鑑が乗ることになるから そこのところよろしくね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そして夕呼は立ち去ろうとする。
 それに向かって武は思い出したように言葉をかけた。

「―― そういえば、この機体の名前は なんて言うんですか?」

「あら、言ってなかったわね。この戦略機動兵器の名前は 『伊弉冉(イザナミ)』 
 地下を支配した女神の名前よ。
 ハイヴ突入兵器にはピッタリでしょ、覚えておきなさい」


 そういって夕呼は格納庫を後にした。
 武はその巨大な『伊弉冉』の前で途方に暮れる。

 何もかもが『2回目の世界』よりも上手くいっている、そう思っていた。
 だが、実際はどうであろうか?
 やはり自分の手の届かない所で異なる事件が発生していた。


 何か言いしれない巨大な暗闇が迫ってきているようで、武は気持ちを引き締めるのであった。


















 


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







 









「どうしたんだよ、みんなそろって・・・ 訓練とかいいのか?」


 午前10時頃、武は用意された部屋で資料をチェックしていると、千鶴たち4人が顔を出してきた。


「私たちはこのところずっと訓練に従事していたから・・・ 神宮司軍曹が今日は休みなさいって・・・」
「そう言えば、そうだったよな・・・」

 このところの千鶴達は訓練兵とは思えない過密スケジュールをこなしてきたのだ。
 記憶と継承しているとはいえ、彼女たちにとって次の作戦は実質的な初陣になる。
 不安も多いのだろうと武は思った。

「それで、白銀中尉。少し時間をよろしいでしょうか?」
「ああ、俺ならかまわないよ」


「あ、あの・・・ 11月11日にBETAは新潟に上陸するんでしょうか?」

「―― おまえ達、何を言いだすんだよ?」

 武には彼女達の質問が意外であった。
 そのことを知っている者は数少なく、この基地でも夕呼と司令、A−01の伊隅達、帝国軍でも悠陽や月詠などの一部のものしか知らない。
 夕呼が話したのかと勘ぐり、武は彼女たちの様子を伺ってみる。


 戸惑うような千鶴と美琴、そして慧はお互い顔を見合わせ頷きあい、一方 壬姫はそんな3人の仲間を不安そうに見守っていた。

 神妙な顔つきをした千鶴は、事のあらましを武に説明しはじめた。



 新潟、そして11月11日・・・ これらの言葉に千鶴は何か引っかかっていた。
 そしてそのことを美琴達に話すと、それに慧と美琴がの2人が同じように感じていると言うことであった。

 3人で いくつか とりとめのない話をして頭を整理している時、急にBETAの新潟に上陸してくる『記憶』が蘇ったというのである。



「もしかして、今回の軍事演習はBETA上陸と何かが関係あるんでしょうか?」

「そ、そんなわけ無いですよ、千鶴さん・・・ BETAの行動は予測することなんて不可能だって、座学で習ってますよねぇ?
 や、やっぱり皆さん、なんだか変ですよぉ〜〜」

 唯一、その記憶を継承していない壬姫には、千鶴の発言はとても理解できるモノでは無かった。

「でもね、珠瀬。私たち3人は確かにそれを『記憶』してるの・・・ 白銀中尉は何か知っているんじゃないんですか?」




 今回のBETA侵攻のことにしても黙っていても11日になれば彼女たちにわかってしまうのだ。

 今、誤魔化しても数日後になれば武が嘘をついたことが バレるだけであり、それで彼女たちに不信感を持たれるよりも、話すことで信頼を得る方がいいかもしれない。
 そして、事実を話して誰にもそれを喋らぬように釘を刺すことが、一番良いように思われた。



「高い確率で11日の未明にBETAが海を渡って新潟に上陸してくるはずだ」

「「「「――――――――!!!」」」」


 千鶴、美琴、慧は驚きつつも やはりといった顔を、壬姫はただ目を丸くしている・・・


「今回の演習は、それを前提に組まれたモノと言っていいだろう」
「だ、だとしたら白銀中尉、なんでそのことを公表しないのですか? 何も知らないまま奇襲などを受けたらそれこそ大きな被害が出るのではないですかっ!!」
「落ち着きな、榊」

 慧はそう言って千鶴に自制を促す。

「そ、そうですよ千鶴さん・・・ BETAの行動は定説では、予測不能ってことになっているんだよ。
 ボクも このおかしな記憶が無かったら、そんな話を聞いても笑っちゃうだけだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 美琴の言葉で、ようやく千鶴は落ち着きを取り戻す。

「すみません・・・ 中尉」
「真面目だからね、委員長は。言いたいことはよくわかるよ・・・ だけど、このことを発表しない理由は他にもある」
「「「――え!」」」

「横浜基地の衛士達は後方という意識が根付いちゃってて  どうしても気の緩みが見られるからなぁ。今のままじゃとても戦場では生き残れない」

「・・・・・・ ショック療法ということ?」

「そうだよ、慧」

 慧は比較的いつもと変わらない顔をしている。
 おそらく今の基地の雰囲気に物申すことがあるのだろう。

 だが、美琴、千鶴、壬姫に至っては、今の武の返答を信じられないといった顔で聞いていた。


「おか・・しいです・・こんなの・・・」

 とても小さな声で千鶴が呟いた。
 だが、武はそれを聞き逃さない。


「委員長は軍人だろ? 上官命令は絶対だと日頃から言っているじゃないか。疑問を挟むとはらしくないな」

「―― おかしいです!」

 今度は、ハッキリとそう言った。

「ここで半端なことをやって生き残っても、駄目な奴は次の戦場で死ぬ。そういうことだ」
「わかってます・・・ でもヤッパリ変です!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 武は言うのを止めてしまった。
 慧も美琴も壬姫も言葉を失った。



 目の前の千鶴が少女のように泣き出してしまったからである。



 意外であった。
 このメンバーの中で今回の決定に一番賛同してくれると思っていた千鶴に反対された事に 武は戸惑いを隠せない。

 少なくとも自分の知る 『榊千鶴』 という女性は、このように人前で弱さを・・・  特に慧の前では 見せたりはしなかったはずである。

「俺が悪かったよ、委員長。だけど、今回の話は他言無用だからな。それを破るようなら作戦から外れてもらうことになる」
「・・・・・・・・・・・・・・」


「返事はどうした?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「―― もういいや、部屋にもどれ」

 

 だが、いっこう千鶴は動こうとはしない。

 美琴や壬姫が千鶴を呼んでもウンともスンとも返事をしない。
 武達が途方に暮れる中、それを破ったのは慧であった。


「・・・・ 榊、あんまりタケルを困らせると私は許さないから」

 その冷気を孕んだ一言で、ようやく千鶴は反応を示す。


「・・・・・・・私の知っている『白銀』は、そんなことを言う人では無かったわ」
「――――!!」


 『白銀』・・・ その特別な響きに武は『2回目の世界』の自分のことを言っているのだと武にはわかった。



――――「たけるちゃんが言う『2回目の世界』のたけるちゃんと、今のたけるちゃんは別物なんだよ」


 純夏に言われた言葉を武は思い出す。


 千鶴が、まるで 恋人の変わり果てた姿を嘆く少女のように見えた。
 そして自分は18の青年の姿をしていても その実、老成した得体の知れない何物か でいるようでいて武は嫌な気分になる。
 幾度もの世界をループし、幾つかの平行世界の因子を持ち、実年齢を遙に越える経験を経た自分・・・
 やはり、千鶴にも今の自分が別物に見えることなのだろう。

 だが、どうしろと言うのだ、あのときの何も知らない俺のように夕呼先生に文句の一つでもいえと言うのか?
 まりもちゃんが目の前で殺されていても何もできない俺に戻れと言うのか?
 委員長を、慧を、美琴を、壬姫を、そして冥夜を殺してしまった俺の方がいいというのであろうか?


 そんな俺では、お前達を守ることはできない・・・
 そんな自分を俺は認めることが出来ない・・・

 そんな世界はもう嫌なのだ・・・

 武は声に出して言いたかった。




 だが、今の千鶴には何を言っても無駄のように思われた。


 その認識は、慧や美琴、壬姫も同じようで、彼女たちは仕方ないと言った仕草で、千鶴を引いて部屋から出て行った。




 

 残ったのは嫌な沈黙と 摩耗しすり切れてしまった一人の衛士の姿だけだった。

 
































―――― 昼休み 横浜基地 空き教室






 教室には 鎧衣美琴と彩峰慧、そして 先ほどまで泣いていた榊千鶴が集まっている。


 武の部屋を出た後、慧達は探るように千鶴の記憶について、いくつか質問をした。
 千鶴自身、自分の精神状態が少し変であることを認めると、気分を替えようとそれに乗ってきたのだ。

 その対話を通じて今朝方皆で試したように、3人は個々に流入した記憶を自身の力で関連付け、芋づる式に平行世界の記憶を蘇らせようとしたのである。
 壬姫も最初はその場にいたが、『記憶』の内容を掘り下げる内に そこには多くの機密があることがわかったために途中で抜けてもらうことになったのだった。
 




 そして3人はお互いの記憶について、語り合っていく・・・・・・ 


 ―――― 千鶴の平行世界の記憶の中の 『白銀武』 は中尉では無く、訓練兵である。

 彼女が一緒にすごした武はとても新人の訓練兵とは思えないほど優秀であった。
 武のおかげで 207は刺激を受けて自分たちは切磋琢磨し、総合戦闘技術評価演習を受けることになる。

 この世界のような 『記憶の流入実験』 などは、その世界では行われてはいない。

 南の島で、きちんと演習は行われ、武を含めた207訓練小隊は見事それに合格する。


 その後は、地道に戦術機の訓練を行い、その世界でも彼は XM3の開発に携わったりしている。

 11月11日にはBETAが新潟に上陸したり、12月には帝都でクーデターなどが発生したりと話している内に、この先 大きな事件がこの世界でも待ちかまえているようで、千鶴自身 冷や汗が浮かんでくる。



―― そういえば、あの世界では父さんは死んだんだ・・・
    12・5事件で父は沙霧大尉達、クーデターを起こした者達に殺されたのだ。

    親子の縁は自分としては切ったつもりでいたが、あの世界での殿下の言葉を思い出すと、果たしてこの世界でも 今の関係で良いのだろうか・・・
    そう言えば、先日、沙霧大尉の部隊と白銀中尉の間で模擬戦が行なわれたのは、今思えば何か意味があるのかもしれない・・・

 千鶴は なんとなくそう思ったが、とにかく慧達に話を進めていく。



 ―――― その後は、XM3の運用評価の演習中にBETAが出現し、神宮寺教官が武の目の前で殺される事件があって強いと思っていた武の弱い一面を知ったこと。
 A-01部隊の配属と甲21号作戦、大規模なBETA襲撃事件に、オルタネイティブ計画のこと、そしてオリジナルハイヴの攻略を目標とした『桜花作戦』・・・・・

 それらの経緯を掻い摘んで慧と美琴に千鶴は説明をした。


 そして、千鶴の話では、その作戦中で彼女と慧は死んだであろうということで、それより先の記憶は無いということであった。

 その話を静かに聞いた美琴は、自分の中に流入した 『平行世界からの記憶』 も それと間違いないと言い、自分と壬姫は やはり『桜花作戦』で死んだと言った。


 それを聞いて 千鶴は気が重くなる・・・
 美琴が同じ記憶を継承していることを知り、あの作戦の結末が知ることができると 内心、期待をした。

 では、一体 あの世界の武たちはあの後一体どうなったのであろうか?
 武の事であるから、きっちりと作戦を遂行させたと思いたい。

 だが、もはや自分はあの世界には居なく、慧や壬姫も自分たちと同じ所で死んでいるのであれば、例え同じ世界の記憶を継承していても、桜花作戦の結末は知ることができはしない・・・


 冥夜に関しては先日の態度を見る限り、だいぶ異なる平行世界の記憶を継承しているように思われる・・・
 そうすると、あと自分が気軽に聞くことができるのは白銀中尉だけである。

 しかし、あのような失態の後、一体どの面を下げて彼の元へ行ける と言うのであろうか?
 恥ずかしさで千鶴は顔を赤くしていると、慧が神妙に話しかけてきた。


「私の中にある平行世界からの記憶は、榊達の話と一致点と相違点がある」
              

 その言葉に、千鶴と美琴は興味を引かれ彼女に注目する。

 慧は すこし思いを巡らせるが意を決して話しはじめるのだが、その内容に千鶴と美琴は大いに驚いた。

 ―――― まず、『白銀武』は10月下旬に207訓練小隊の前に『訓練兵』として現れた・・・

 これは千鶴たちの記憶と同じであった。

 しかし、その『白銀武』はハッキリ言って『稀に見るダメな子』であったというのだ。
 10km足らずも走ることが出来ず、座学もダメ、格闘術もダメ、銃の扱いも素人なら、応急処置の基礎知識まで知らない・・・・・・

 そんな人間が配属されたことに、慧は香月博士の嫌がらせかと思ったほどだと言う。

 それを聞いた千鶴たちは失笑せざるをえない。
 あまりにも『白銀中尉』や自分たちの知る『白銀武』のイメージから かけ離れていたからである。

 まだ自分達に流れ込んだ記憶の方が説得力があるというものであり
 『彩峰は中尉に何か恨みでもあるんじゃないの?』  と千鶴は思わず質問したくなった。

 だが、慧自身は真面目なもので、そのまま話を続けていく。


 ―――― そんな『ダメな子タケル』も総合戦闘技術評価演習を終えたあたりから 徐々に特別さを見せ始める。

 誰にでも取り柄の一つはあるように、タケルは戦術機の操縦でその真価を発揮しはじめた。
 いくつかの歴代一位の成績を叩き出すなど、戦術機に乗るために生れてきたみたいと慧は言う。

 だがそうは言っても所詮は一般レベルの話であって、今現在の『白銀中尉』に比べれば赤子も同然なのではあるが・・・と付け加える。

 そして、慧の知る世界では、クーデター事件のようなものは起こりはしなかった。
 だが、代わりにHSST落下事件や天元山の噴火による救助活動などがあり、その後はクリスマスまで比較的暇だった・・・・

 そう言って彼女は言葉を切る。

「―― 今の話を聞いてると、まだあたし達は任官してないのよね?」
「うん」
「甲21号作戦にはあたし達は、参加しなかったってこと?」
「そもそも榊の言うそんな作戦は無かった」
「ち、ちょっと待ちなさいよ・・・だったら凄乃皇二型は?」
「そんな兵器、私は知らない・・・」

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

「ねえ、ねぇ慧さん 早く続きを話してよ〜〜」

 美琴はそう慧にせがむが、当の本人は申し訳なさそうな、それでいて気恥ずかしそうな表情をするばかりである。
 普段からあまり表情を顔に出さない慧にしては珍しいと千鶴は思う。


「言っていいの・・・?」
「・・・彩峰・・・ もったいぶらなくていいから早く言いなさいよ」
「いいの?」
「なによ・・・言いにくいことなの?」
「・・・・・・・・・・」

 意を決した慧はまた語り出す。

「あの世界では、12月24日に横浜基地で進んでたオルタネイティブ4はその5段階目に移行した」
「「――なんですって!!」」

 千鶴たちには、激しく驚きであった・・・
 自分達の世界ではオルタネイティブ4が成功したことで、佐渡島ハイヴを消滅させることが出来たのだし、初めて人類に希望が見えたのだ。
 なら、それが成功しなかった世界とは、一体人類はどのように戦ったというのだろうか?

 そんな千鶴たちを見ながら慧は話を続けていく・・・

「それから後、横浜基地は新司令部に接収され、衛士に任官した私達もそこに配属されたわ。
 そこから2年は出撃することも無くただ訓練ばかりの日々だった・・・
 そして第五計画の要の一つである、バーナード星系に人類10数万人を 衛星軌道上に建設した移民船団で逃がした後
 私達残った人類はG弾を運用した大反抗作戦『バビロン作戦』に参加した」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「G弾は作戦当初、とても効果的に成果をあげたわ。
 佐渡島ハイヴもそれによって壊滅させることができた・・・
 でもね、それは長く続かなかった。
 G弾に耐え切るBETAや、それを無力化するBETAの出現が また戦況を一変させた――」



「そ、そんなBETAなんて初めて聞くわ・・・」
「・・・でも、千鶴さん。BETA大戦当初には、その死骸からいくつもの未確認種が確認されてるし、仮にそのようなBETAがいても不思議なんか無いよ」

「よ、鎧衣?」
「ボクね、見たんだ。桜花作戦の時、あの巨大なBETAの隔壁を閉じた後に 見たこともない巨大なBETAが穴を掘って現れたのを・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

 人類はBETAについて、あまりにも知らないことが多い・・・
 それを千鶴は改めて実感させられる。

「慧さん、ゴメンね、話の腰を折って・・・ 続きを聞かせてもらえるかなぁ〜」 

「わかった。新しいBETAの出現で帝国の防衛戦線は徐々に後退していった。
  それに拍車をかけたのは、南米大陸に着陸ユニットが落ちたこと。
  米国の戦力は、そちらの方に回されてね、極東戦線は一気に悪化した。
  そのときにタケルや榊たち、みんな死んでいったわ・・・・
  それから先は、極東国連軍は帝国に吸収される形で戦力の統一を図って私はいくつかの戦術機の開発に関わっていたのだけど・・・
  でも、結局は人類の勝利を見ることなく 私も戦死したと思う」

  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 千鶴と美琴は慧の話を、慧は千鶴たちの話を共に信じられなかった、いや信じたくなかった。
 だが、事実として自分達が実験によって獲得した戦術機の操作技術から、それを信じるよりほか無い。

 それにしても、その2つの異なる世界において人類がこうもBETAに対し苦戦しているとは正直、3人にはきつかった。
 本当に人類はやつらに勝つことが可能なのかと口に出したくなる。
 

「そ、そういえばさぁ、慧さんの記憶にある世界では『鑑純夏さん』はいたの?」 

 話題を変えようと、そう切り出したのは美琴である。

 
「カガミ・・スミカ・・・?」
「そう純夏さんだよっ、どうなの?」
「―― たしか・・その名前はタケルの幼馴染だったね・・・いや、見てない・・・ん?」

「・・・・・・・・・・・・・・どうかしたの?彩峰」
「・・・・・・・・・・・・・・今気付いたけど、地下の実験で社の隣にいた子、博士からカガミって呼ばれてたよね?」

「あ、そういえばそうね・・・っていうか、そういえば鑑少尉じゃないアレって・・・」
「あーーー、確かにそうだっ! そうだよっ千鶴さん!!  実験前だったから気が付かなかったよ!!」

「・・・・・・」 

 慧は 『1回目の世界』、鑑純夏のことをタケルが忘れてくれた・・・
 それによって、自分と付き合ってくれたことを思い出してなんともいえない気分になる。

「でもさ〜〜、鑑少尉がいるんなら、やっぱりこの世界のタケルも少尉とつきあっちゃうのかなぁ〜?」

 少し残念そうな顔で話す美琴。

「鎧衣、それどういうこと?」

「け、慧さん〜、そんなに睨まないでよ〜〜 
 ボク達の記憶にある世界では、鑑少尉とタケルは付き合ってたんだよ。
 でね、鑑少尉って凄いんだよ〜
 凄乃皇四型っているすっごく大きな戦術機を操縦できるんだぁ〜〜〜 
 あ、これって もしかして 一訓練兵が知っていい情報じゃないのかなぁ?」

 あははと笑って誤魔化す美琴。

「そうよね、平行世界とはいえ かなりこの世界と似通ってるもの・・・気を付けて話したほうがいいかもしれないわ・・・」
「だけど・・・ 慧さんの世界には鑑少尉は、いなかったんだよね?  だったら タケルは他の誰かと付き合ってたの?」
「そうよね、それは気になるところだわ・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 2人の視線に目をそらす慧

「うぅ〜〜、なんで黙ってるかなぁ〜〜 教えてよー慧さん!!」
「そうよ、彩峰・・・ ここに来て隠し事なんて卑怯よ! さっさと言いなさい!!」

「・・・・・・言わなきゃダメ?」

「当たり前だよ〜〜〜、ボク達のライバルは目下、鑑少尉だよっ!」
「白銀情報は、鑑純夏少尉に対抗するためにも207の共有財にすべきね」

 それでも黙る慧に対し、早く早くとせかす千鶴と美琴。
 喋らずに済むかと思っていたが、どうも2人は逃がしてはくれないようだ。


 ようやく ボソッと慧は口を開く。

「・・・・・・・・・・私と付き合ってた」

「「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え、今なんて?」」

「だから、私とタケルは付き合ってた・・・」


「「―――――― ええぇぇぇっーーーーー!!!!!  」」


 今までで一番大きな驚きの声を2人は上げる。
 その声は廊下の外はもとより、同じ階にある全ての教室に響き渡っていた。

 息を落ち着かせる2人は、信じられないモノを見るかのように目の前の女性 を凝視する。

 だが、なんとなく申し訳なさそうな慧の赤い顔がその言葉が真実であると、千鶴たちに理解させてしまった。

「し、信じられない・・・ まさに伏兵ね」
「け、慧さんはどうやって、タケルとくっついたんだよぉ〜〜」

 ものすごい勢いで食いついてくる2人にさすがの慧も圧倒されてしまう。

「―― あの世界でも、やっぱりタケルは カガミスミカのことを気にしてる。
  それに、私を含めた207のみんながタケルに惹かれていた・・・
 それに変化が起きたのは、オルタネイティブ4が終了したクリスマスの日。
 その日にやったクリスマスパーティーのプレゼント交換をキッカケに、私とタケルがくっついた」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

「あの日のプレゼント交換、もし偶然 私のところにタケルのプレゼントがこなかったら、タケルと結ばれていたのは私じゃなかったかもしれない・・・」

 そう話すと慧は黙ってしまった。

「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」


 その沈黙を破ったのは美琴だ。

「あ、あのさ平行世界ってのは無数にあるんだし、慧さんとタケルが結ばれる世界があっても不思議じゃないよ・・・
 それよりさ、ボク達以外の冥夜さんや壬姫さんが持ってる記憶はどうなんだろうね〜。ボクは結構気になるかなぁ〜〜」

「そ、そうよね・・・ 平行世界のことであって、この世界のことじゃないもの・・・
  この際だから、みんなに流入した記憶を確認できると面白いかもね」

「・・・・わかった・・・ 私も他の平行世界のことは気になる・・・ タケルのこともあるけど、人類の生存の可能性も知りたいから」

 
 そう言って3人は気を取り直す。
 だが、冥夜には未だ会えず、壬姫の方も『記憶』の確認ができない・・・・・・
 そこで3人は頷いて、武の元へ向かうことにした。

































――――  B4F 兵舎 白銀武の自室




「私の知っている『白銀』は、そんなことを言う人では無かったわ・・・」



 先ほど泣きながら榊千鶴にそう言われたことが、武の心に暗い影を落としていた。

 午後からは、戦略機動兵器 『伊弉冉(イザナミ)』の操縦訓練を控えており、武はそのために強化装備に着替えている。
 しかし、その手は時折止まるばかりであった。


―― そういえば、同じようなことを純夏にも言われたな・・・・


「たけるちゃんが言う『2回目の世界』のタケルちゃんと、今のたけるちゃんは別物なんだよ」

 
―― 俺は俺だ・・・・ 
    そのことで悩んでも仕方がねーな。
    とにかく今は委員長のことは考えない方がいい。
    今日はこれから訓練で純夏に会うんだ・・・
    俺が他の女のことを考えて、それをリーディングされでもしたら話し合いの可能性すら失ってしまうかもしれないしなぁ。


 武はそう考えて気を引き締める。
 一度、今回の作戦までに しっかりと純夏と話をしておかなければならないのだ。


「どの世界でも純夏は純夏だ、俺はアイツを愛する」

 口に出してみる。
 その気持ちは今でも変わりはない。


 そして武はB27番地下格納庫へと降りていった。



 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「――― 久しぶりだね、たけるちゃん」


 意外にもそう話しかけてきたのは、純夏の方からであった。
 格納庫の入り口前で武が深呼吸をしていると、後ろから呼びかけられたのだ。


「―― お、おう。お前のほう こそ元気そうじゃねーか」

「私は今回の作戦の要だもの、暗い顔なんてしてたら みんなが心配しちゃうでしょ?」


 言っていることが至極まともである。
 純夏は、資料を片手に専用の強化装備を着込んでおり、その顔には笑みさえ浮かんでいた。

 ずっと避けられていると思っていただけに こんな純夏は武にとって驚き以外の何物でもなかった。


「どうしたの? はやく入ろうよぉ〜〜」
「―――― そ、そうだな!」

 武は気を取り直し、2人は格納庫の中へ入っていく。
 そして 『伊弉冉』の前でいくつもの指示を出している夕呼に近づいていくなか、武は口を開いた。


「あ、あのさぁ。この訓練の後 お前に話があるんだ・・・・ 少し時間がとれるか?」

 武は純夏のことを『お前』としか呼ばない。
 それは今朝の夕呼とのやりとりが、『鑑 零夏と呼んで欲しいと言っていたこと』 が心の隅に引っかかっていたからである。


「う〜〜ん、この後も結構予定が詰まってるんだけどなぁ〜〜」
「―― そこを何とか頼むよ!」

 とにかく、この機会を逃せば次にいつチャンスがあるかわからないと思い、武は拝み倒す。

「・・・・・たけるちゃんの頼みなら仕方が無いね、いいよ。・・・・ でも、本当に少しだけだからね」
「お、おうとも。わりいなぁ〜」


 純夏に主導権をとられていることに武は色々思うところもあったのだが、ただ こんな風に会話できることが純粋に嬉しかった。


 武達は、そのあと夕呼の指示に従って伊弉冉に乗り込んでゆく。
 今回の複座型のコクピットは凄乃皇四型のそれとは違い、後ろに乗る純夏と直接話ができるようになっている。

 その理由は、万が一 純夏に異常事態が発生しても素早く対処をとることができる体制を整えたためである。
 『2回目の世界』で純夏がダウンしてしまうと、武は何もできなかった事の反省を含めてそのように夕呼が改良したのであった。

 そのほかにも、凄乃皇との違いはいくつもある。

 まず、伊弉冉は全長は70mであるが、凄乃皇二型が約100m、四型が180mであることを考えれば非常に小さい。
 またその形が人型であることから、ラザフォードフィールドの展開領域がかなり縮小されたことになっている。

 そのことはML機関を制御する00ユニットへの負荷を軽減させ、またより高密度のフィールドを展開することが可能となり
 重レーザー級からの照射に対する抵抗力も高めることができるといったものであった。


 伊弉冉における00ユニットの役割は、基本的にML機関の制御とラザフォード場のコントロールのみである。

 荷電粒子砲というML機関にも搭乗者にも負担がかかるものを載せていないため、本来の00ユニットの能力であれば外部からの遠隔制御も可能であった。
 だが、この作戦ではいくつかの『新兵器』を試すことと実験を兼ねているため伊弉冉に乗ることになったというのである。

 武は基本的な説明を受けた後 動作確認を行い、そして純夏と共にハイヴ攻略のシミュレーターの訓練を開始した。





  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「――― 思った以上に使えますね、これ」

 コクピットから降りてきた武は意外そうな顔で夕呼に話しかけた。


「凄乃皇とは設計思想が違うんだから、案外あんたとの相性がいいかもね。
 凄乃皇は火力を重視して考案されているのに対し、アレは機動力を重視した作りなのよ。
  戦術機自体の設計は高機動化が時代の流れだし、それを意識した作りなの。この機体なら、あんたの持ち味が活かせるでしょ」

「それにしても、あんな巨体なのに機動力性能が戦術機並じゃないですか。実機でもあんな風に動くんですか?」

「当たり前でしょ、でなきゃ シミュレーターの意味が無いじゃない。
  あの機動を実現できた大きな理由はラザフォード場によって本来機体に掛かる重力の多くを無効化していることね。
  それによって少ない推進剤でも簡単に加速ができるって事よ」


「なるほど・・・・・・ 思った以上に打撃が軽いと感じるのはその所為ですかね。
  あの機体であれば要撃級なんかも簡単に踏みつぶせるじゃないですか。
  でも思った以上にそんなことをしても効果がないんで不思議だったんですよ。
  それに長刀で斬りつけても自重が軽いせいか踏ん張りが効かないんですよね」

「ふーん。そのへんの調整もまだまだ必要みたいね。
  今回のラザフォード場は基本的に防御用では無いからそういった近接戦闘を想定していたけど――
  フィールドの展開の仕方にもう少し工夫をしてみるわ」

 そういって設置された作業場に戻り夕呼はマイクを通して指示を出していく。
 何度かそうした作業を繰り返して、伊弉冉の調整を終えていった。

 


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「待たせてゴメンね」


 訓練の後、純夏は資料を片手に武の元へやってきた。

「かまわねーよ、俺の方から無理言ったんだから」
「それで、話って何かな?」

「あ、ああ。あの日以来 お前に全然会えなくて話もしてないだろ? なんかそういうのってスッゲー不安になるんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「バイバイって言われて別れちまったしな、何となくこのまま会えなくなるんじゃねーかと思ってた・・・」

「・・・・・・・・・・・安心しなよ、たけるちゃん。私は自分のやるべきことを放っておいて消えたりなんかしないから」

 その純夏の目には幾分の冷たさが浮かんでおり、武は落ち着かなくなる。

―― 純夏、お前のやるべき事って何なんだよ・・・

 そう武は思ったが口には出さない。
 この世界でもBETAに対する復讐を忘れずに戦っているのであろうか?
 もしそうであるなら、飲み込んだ言葉は純夏を傷つける事にしかならない。
 その言葉は純夏に絶望的な記憶を思い出させることにしかならないからだ・・・

「―― たけるちゃんは、何をこの世界で望むの?」

 武の気持ちを知ってか知らずか 純夏はそのように聞いてくる。

「俺のすべきことは、この地球からBETAを駆逐することだ」

「それだけ?」

「いや、違う。今度こそ冥夜を慧を千鶴を美琴を壬姫を殺させはしない・・・」

 その想いの中には、『2回目の世界』のことばかりではなく『1回目の世界』で体験した想いも入っているのであろう・・・
 武の顔には仄暗い悲壮感が漂っている。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「そして、俺は純夏を幸せにしてやりたい。」

 そして武は純夏の顔をじっと見る。
 その顔には、驚きと喜び、そして戸惑い・・・ 悲壮・・・ 様々な色が見て取れた。

「俺は『2回目の世界』で、お前に『どの世界の純夏でも俺は愛する』と誓った。
  お前は『2回目の世界の俺』と今の俺は別物と言うけど、あの想いは今でも変わらない 」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「―― うん、わかった。たけるちゃんの望みと私の望みはよく似てる。一緒に頑張っていこうね」

「あ、あのさ、俺にだけ言わせておいてそれはねーだろ。お前の望みも聞かせてくれよ」

「えーーーっ、私の〜〜? 恥ずかしいなぁ・・・」

 昼間見た気易い笑顔を見せる純夏。武は心が軽くなる。

「俺は言ったんだぞ〜〜 お前のも聞きたいぞ」
「う〜〜ん」
「俺とお前の仲だろー、もったいぶってんじゃね〜よ、減るもんじゃねーし・・・」

 それで意を決したのか、純夏は武をじっと見つめた。

「・・・・・・ じゃあ、言うね。1つはBETAをやっつけること。私はあいつらを絶対に許さないから・・・・・・
  それから、もう1つは冥夜ちゃん達にはやっぱり死んで欲しくないよ。だから、それに向けた最善を尽くすこと。
  最後の一つは・・・ たけるちゃんには、絶対 幸せになってもらうこと」

 目の前の純夏は胸を張りながら、恥ずかしそうに笑ってそう言った。
 久しぶりに見た、純夏の心からの笑顔であった。

 だから、武は顔が熱くなるのを止められない。


 ・・・・・・・・・・
 やっぱり純夏は純夏だ。
 笑った顔が一番かわいい。
 この世界で初めて会った時は、少し素気ない態度を見せていたので随分戸惑ったが、落ち着いてみれば本質は何も変わらない・・・・
 あとは、もう一人のこっちの純夏が目を覚ましてから考えればいい

 今はこれで十分だと武は思う。

―― なんだか今朝は夕呼先生から予想外な米国の対応や委員長の変化を見てて神経質になりすぎていたのかもな〜〜

 武は安堵しながらそう考えた。

 

「今はね、BETAをやっつけるために必殺技の特訓中なんだよ」

 純夏は そう言ってシュッ、シュッ、と口ずさみながらシャドーボクシングのマネをしてみせる。

「ははは、そいつは楽しみにしておくよ」

「うん。じゃあ、そろそろ行くね」

「―― ああ、またな。『純夏』 」

 

 

 

 安心した武は、そう目の前の彼女に返す。

 だが、当の本人は首をかしげてこういった。


「あれ? 香月博士から聞いてないかなぁ〜〜?」
「ん?」
「私はね、『鑑零夏』だよ、たけるちゃん」
「あ、ああ。聞いてはいたけど、俺には純夏だよ。第一、2人の純夏の区別が俺につくわけ――」


 武の言葉が終らないうちに、純夏が手に持った資料の隙間から1つのナイフを取り出した。


「――――!!」

 そしてそのナイフを水平に滑らせていく。


「―― お、おまっ!! 何やってんだよっ!!!」



 武の叫ぶ声を一向に気にした様子もなく
 純夏は肩口の辺りからの赤い髪の毛をバッサリと切り落としてしまった。


「これなら、見分けがつくでしょ? 私は『零夏』。 たけるちゃんはこっちの『純夏』ちゃんを幸せにするんだよ、わかった?」

 そうイって 彼女はニコヤカに微笑んでミせる。
 武は得体の知れない迫力に飲まれ、呆然と目の前の彼女を見つめていた。

「あ〜〜〜、遅刻しちゃう〜〜! 霞ちゃんに怒られちゃうよーー!! じゃあ、バイバイ。たけるちゃんっ」



 そう言って 赤い髪の毛が肩までしかないその女は走り去っていった。








 その姿が格納庫から消えた後も 武はしばらく動くこともできなかった・・・・・・





















 

 

 

 

 

 

 


――――― 夜、屋上

 


 武は屋上で大の字に寝そべり星を眺めながら考える。


 ハッキリ言って純夏が何を考えているのかわからない。
 最後に見せたあの異常な行動は明らかに武に対する『拒絶』を匂わせた。


 純夏が武を『2回目の世界のタケル』と違うというなら、武も純夏が『2回目の世界で出会った純夏』と少し違う気がした。

 だが、その違いを生んでいるモノは何であろうか?
 純夏の本質は変わらないと思う。

 では、何があのように純夏を変えてしまったのか?

 あの不自然な行動は、俺に何かを隠している・・・・
 それは、『2回目の世界』で横浜基地がBETAに襲撃を受ける前夜の純夏の行動や態度と どこか似ていると感じたからだ。


―― この『3回目の世界』の純夏との接触で何かあったのか?

 武が思い当たることと言ったらそれしか無い。
 とにかく、こっちの世界の純夏と話ができてハッキリするまで、極力 良好な関係でいたい・・・
 余計なことはしたり言ったりしない方が今はいいかもしれないなぁ〜

 屋上のアスファルトの上をゴロゴロと転がりながらそう考えていた。

 

「・・・・・・・・・白なのか?」

 何かにぶつかり武が上を見上げてみると暗い空間に白い三角地帯が浮かんでいる。

「タケル・・・エッチだね」

 直上からは、そんな慧の声が聞こえてきた。
 ようやく見えていたモノが慧の下着と思い至り 武は立ち上がる。

 辺りを見渡すと、屋上には慧の他に美琴と俯いた千鶴の姿があった。


「たける〜、なんだかゴロゴロと面白いことしていたね。何かの魔術的儀式かなぁ〜〜」
「まぁ、そんなところだ、美琴。後で一緒にやるか?」
「あははは・・・遠慮しておくよぉ」

 そして武は千鶴の方に向き直り、 朝の千鶴の取り乱した姿を思い出しながら声をかける。

「委員長はもう大丈夫なのか?」

「・・・・・・・・今朝はごめんなさい、白銀中尉。随分変なことを言っちゃって・・・」

「あの実験の所為だろ? 委員長らしく無いってわかってたから、俺はそんなに気にしてないぞ」

「そう言ってもらえると助かるわ・・・ 記憶の中の『白銀』と中尉が時々ダブって見えて、でも違う人で・・・
  私、どうしたらいいか分からなくなって・・・・・・ それで、ごめんなさい」

「あれは、恋する乙女だった・・・」
「こら、慧。ちゃかすんじゃない」

 武はそう言って慧を注意する。

「でも、まぁ良かったよ。こうやってもう一度作戦前に話ができたから。明日の朝には お前ら、新潟に向けて出発するんだろ?」
「そう。だから武の顔を見にきた・・・ でも、代わりにパンツ見られた」

 そう言って少しだけ慧は顔を赤くする。
 絶対に見せる気だっただろ! とツッコミたくなるが、そんなことを言えば何をされるか分からないので武は黙っておく。

「委員長の言ってたことは気にはしてなかったけど、委員長のことは気がかりだったからな、まぁ安心できた」

「実は、そのことでボク達、相談があってきたんだ・・・」

 美琴が少し困ったような顔をして切り出してきた。

「―― 相談? なんかあったのか?」

「うん、あのあと千鶴さんと話をしてたら、色々と面白いことがわかったの・・・
 ボクの中にある記憶と千鶴さんのものがとてもよく似てたんだ〜。
 例えば たけるが訓練兵として207に入ってくるんだけど凄く優秀だったり、今朝言ったように11日にBETAが新潟に上陸したり・・・
 他には帝都でクーデターなんかが起きたりしたことを思い出したんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「壬姫さんの中には、そういう記憶がないみたいだったんだけど、慧さんの記憶はまた違ってて、それがすっごく可笑しいんだ〜〜
 同じように たけるが訓練兵になってるんだけど 、体力も無くて、座学もダメ、銃とかもさわったこともなくて、ビックリしたって言ってたよ」

「そう、私の記憶にあるタケルは、初めはとてもダメな子。唯一の取り柄は戦術機の操縦だけだった」

 美琴の言葉に慧が補足する。

「ただ、私の記憶の中にはクーデターなんて起らなかった」

「それでね、色々と話していて気づいたんだけど、平行世界っていっても たけるが現れる以前の平行世界の記憶ってないんだよね・・・
 なんて言えばいいのかなぁ〜〜 ボク達のこの世界と比較すると、平行世界って言っても一番の大きな違いのキッカケが たけるの存在のような気がするんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ここまで気づいているのなら、武は真実を話すべきかもしれないと考え出していた。

 以前、武がループしていることを みんなにも話すべきだと 冥夜は言っていた。
 武も総合戦闘技術評価演習が終った後に落ち着いたら話そうと思っていたが、結局は ズルズルとしていて その機会を逃していたのだ。


「なんで、ここに たまはいないんだ?」

「珠瀬はオルタネイティブ4のことを知らないから今日は抜けてもらった」
「慧はそんなことまで『思い出している』のか。委員長や美琴はどうなんだ?」

「その世界のことはだいたい思い出したと思うわ・・・ 一応どんな形で自分が死んだのかも思い出したわ・・・
 オルタネイティブ4も知っているし、私の記憶の中では、オリジナルハイブへの攻略もやってたわ」

「その作戦名は『桜花作戦』か?」

「「「 ―――!!! 」」」

 武の言葉に目を見開き、絶句する千鶴達。


「し、白銀中尉は、その世界の記憶を持っているのですか!? で、でしたら、あの後、『白銀』は・・・ 人類は・・・ どうなったのですかっ!!」


 自身が切実に知りたかったことが、わかるかもしれないことで千鶴は相手が上官であることも忘れて武に詰め寄ってくる。
 冥夜との話と、次の作戦で万が一のことがあっても後悔だけはしたくないと武は思い、決意する。

「落ち着けよ、委員長」
「で、でも白銀中尉!」
「そ、そうだよぉ〜 たける〜〜 勿体ぶらないで教えてよぉ〜〜〜」 

 

「言わないなんて言ってないだろ?
 ちょうどいいからそのことも含めて、この機会に俺の 『秘密』 をそろそろ話しておいた方がいいかもと思ってな・・・」

「「「――秘密?」」」

 ハモるように3人は反応する。
 千鶴と美琴は桜花作戦の結末の方が気にはなったが、武がそう言う以上 黙って話を聞く方が事が早く進むと思い口をつぐむ。
 最も、その内容を知ったとき、その2人は遙にその 『秘密』 の方に興味がいくことになるのではあるが・・・

 一方の慧は、その表情は好奇心を隠しきれないといった感じで武の話を待っていた。

 

「まぁ、この『秘密』は冥夜には前に話したんだが お前らには言ってなかったから、これを機会に言っておこうと思ってな・・・」

「いつも冥夜さんだけ特別扱いでズルイなぁ〜〜」
「ちょっと、くやしいわね・・・」
「タケル、なんで私たちにもその時話してくれなかったの?」

 今度は3人がかりで武に詰め寄ってきた。

「お、落ち着けよ、お前ら・・・ そのことは冥夜にも言われててさ、総戦技演習が終って余裕ができたら言おうと思ってたんだ。
  まぁ、色々あってタイミングがとれなかったんだけどな」

「「「・・・・・・・・・・・・・」」」

 あからさまにふてくされた3人の顔。とても納得したといった顔では無い。



「と、とりあえず たまを呼んできてくれよ。あいつは人一倍みんなと一緒が好きだろ。今 部屋で寂しがってんじゃないのか?」
「―― うん、そうかもね。ボク呼んでくるよ」

 そう言って美琴は駆け出していく。

「タケルの秘密、楽しみだね」

 ニヤリと笑って見せる慧。

「私としては、桜花作戦の話が気になるわ・・・」

 千鶴はここに現れた時の沈んだ感じは無く、すでに元気になっていた。


 みんなは俺の話を受け入れてくれるだろうかと少し不安な武・・・


 壬姫と美琴が屋上に、現われるのを待つ3人は、思いおもいに夜空を眺めるのであった。


































―――― B4F 兵舎 珠瀬壬姫の自室 夜





「はうぅぅ〜〜〜〜・・・・」

 壬姫は、ベッドの上に伏せっていた。

 神宮司軍曹から言い渡された突然の休暇。 
 本来であれば、千鶴達とお手玉やあやとり、おはじきなどで遊ぶはずであった。
 しかし、その仲間達は今は 『平行世界の記憶』 というモノに夢中で、207の中で唯一 それを持っていない壬姫は、軍事機密が含まれるためと言われて席を外すことになったのである。

 皆と一緒にいることが何よりも楽しい壬姫にとって、それは苦痛以外の何物でも無く、
 それならばと、昨日倒れた冥夜の病室へ見舞いに行ったが、社霞に会える状態では無いと素気なく追い返された。
 結局、折角の休暇を有効に使うこともできず、自主訓練もやる気が起きないので、一人寝転がって暇を持てあましていたのだった。




 机の上には先日咲いたばかりのセントポーリアがあり、ボォ〜〜っとしながら壬姫はそれを眺めている・・・・・・

―― たけるさんが、現れてから207訓練小隊は何もかも変わったですぅ〜〜

 甘いため息をつきながら、最近の変化に思いを寄せる。


 これまでの207訓練小隊は、気持ちがすれ違うことが多かった。
 分隊長の千鶴と慧がよく衝突をしていたし、みな同じ目標を持っていたが自分たちが属する社会的な立場から
 私的なことにはお互い関わろうとはしてこなかったのだ。

 それは、壬姫自身も同じで、父が国連事務次官であることに色々と思うことがあった。



 壬姫が小さな頃から、父は国連の力が無ければ帝国をBETAの侵攻から守ることはできないと日頃から言ってた。
 彼女自身その言葉を信じて国連衛士になることを目指してきた。


 だが、物心が付くころにはその想いは、周囲の環境によって裏切られる。

 この日本では、国連軍の評判はハッキリ言って悪い。
 国連は米国の意向を強く反映した組織であり、
 BETA大戦中、一度日本を見捨てたことがある米国に対する不信感が強いためであった。

 帝国内で 『国連衛士になりたい』 と声高に唱えることは、周りの人達に不快感を与え、

 多くの者は 「なぜ国連軍なのだ? どうして帝国軍に入ろうとしないのだ?」 と尋ねてきた。 
 「いつでも逃げれる弱腰の軍隊に何ができる」 と言われたこともある。
 一部の者からは 「お前の父親は米国の手先だ」とか「売国奴」 とか罵られたこともあった。


 この現実は壬姫を打ちのめし、彼女を孤独へと追いやった。

 父子家庭で仕事に忙しい父・・・
 父親が国連の高官であることでのクラスメート達からのイジメ・・・
 周囲の人々からの白い眼・・・
 知らない者から注目されると緊張して何も手が着かなくなり、そのストレスから人間嫌いになりかけた・・・


 そんな彼女を救ったのは、射撃術であり
 父の薦めではじめたそれで、壬姫は意外な才能を発揮したのだ。

 そのお陰で射撃を競い合う多くの友達やライバルができ、人間不信からも回復し、
 その技術が認められ、大会に出場するために アガリ性も治した。

 こうした環境の変化の中で、
 壬姫は連帯と協調を重んじることこそ、みんなと上手くやっていくために必要なことだと学んでいった。

 
 だから、国連軍に属し、207訓練小隊に入隊した時も、壬姫は連帯と協調を一番に重んじることになった。

 207の個性ある仲間達は、当初から色々と反発しあい問題を起こしてきが、
 壬姫はその度に皆の間を取り持って仲良くするように訴えてきたのだった。
 そのお陰もあって、1年と数ヶ月で ようやく1つに纏まりかけていた。

 だが、それでもやはり、互いのプライヴェートまでは踏み込むことは無かったのである。




 それをいとも容易く変えたのは 『白銀中尉』 の存在だった。


 『中尉』が現れてから、自分たちは公私共に本当に1つの気持ちで繋がった・・・
 皆が同じ人を好きになるなんて壬姫は思ってもみなかった。

 特に千鶴の変化は大きく、彼女はより積極的に自分の気持ちを語るようになっていた。
 それに釣られる形で、美琴や冥夜、慧、壬姫自身も少しずつではあるが、自分のことを話すようになってきた・・・

 そんな変化が壬姫はとても嬉しかった。


―― このまま榊さん、御剣さん、彩峰さん、鎧衣さん達とそんな気持ちを共に分かり合えていたい・・・
    ずっと仲良くできたらいい・・・・



 そう願わずにはいられなかった・・・ しかし、そんな想いもすぐに裏切られる。




 全ては、あの 『実験』 からおかしくなったと壬姫は思う。



 実験の途中、冥夜は奇声を上げて、倒れてしまい意識が戻らなくなった・・・
 先日、目を覚ました御剣さんはまるで別人だった。

 彼女ほどではないが、他のみんなも変わってしまった。

 皆は、それほど意識していないようだが、実験以降 どこか大人びた感じになっている。
 慧などは、神宮司軍曹とそう変わらない年齢なのではないかと時々錯覚してしまう・・・

 そして、みんな 『平行世界の記憶』 と言うモノに夢中なっていた。


―― 時折訳のわからないことを言い、予言めいた言葉を口にする。

    みんなが何を視て、知っているのか私にはわからない・・・
    それをみんなは分かり合えている。

    私だけがわからない・・・

    どうして?


 正直、壬姫には本当に 『平行世界の記憶』 というものがあるのか判らず、実感もできない。
 ただ、実験で得たものは戦術機の操作がイメージできるだけであり、
 それだけでは、他の207のメンバーには勝てなかった・・・

 特に慧の強さは尋常ではなく、あの実験の所為か、副司令直属の特殊部隊の人達よりも強くなってたりするのだ。


 副司令の話では、慧の強さの秘密は、武への好意ということだったらしいが、
 当然、壬姫にはどうして武を好きになることで強くなるのか理解できなかった。


―― 初めて、たけるさんを見た時、影を背負った様な暗さは少し気になったけど、素直に好感が持てた。
    これが恋なのかなぁとも思った・・・

    みんなも たけるさんのことが好きだと知った時、とても嬉しかった。

    『みんなと一緒であることが嬉しかった

    決して、みんながたけるさんを好きだから 私は好きになったわけではない、絶対に・・・

    なのに、どうして私だけ、皆と違うのだろう?
    なぜ、みんなのように 『平行世界の記憶』 が無いのだろう?
    どうしてもっと強くなれなかったのだろう?

   みんなに比べて、たけるさんへの想いが足らなかったのかな・・・

 
    そんなことは無い・・・ 絶対に無いと思う・・・


   どうすれば、自分もみんなと同じように平行世界の記憶を知ることができるのかなぁ・・・
    ・・・もっとたけるさんのことを考えなきゃいけないのかな・・・・・・


 壬姫はベッドの上で俯せになって武の事を考えている。
 その身体を・・・ その匂いを・・・ その面差しを・・・・・・

 それはとても心地良く・・ 自然と身体が熱くなってくるのを感じていた・・・・



  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 暫くすると、美琴が壬姫の部屋に慌ただしくやってきた。




「―― な、何かあったのですか、鎧衣さん?」

「うん、壬姫さん。ボクら、みんなにね、たけるの方から話があるんだって!!
 なんだかとっても重要な話みたいなんだぁ〜〜」

 息を弾ませて美琴は捲し立てるようにそう言った。

「そ、そうですか。場所は――」
「屋上だよ!」
「じ、じゃあ、壬姫もすぐに向いますから先に行っててください!」

「うん、わかったよ。すぐに来てね〜〜」

 そう言って美琴は部屋から出て行った。

 壬姫はベッドから降りると衣服を整えて、美琴の後を追うように屋上へと向かっていった。






 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







 

「みんな、集まったようだな」


 武は 夜の屋上に来た207訓練小隊の彼女たちを見てそう言った。
 集まったのは慧に千鶴、美琴と先ほどやって来た壬姫。
 壬姫は急いで来た所為か、心なしか顔が赤い。


「これで、タケルの秘密を話してくれるの?」
「早く、聞きたいよぉ〜〜」
「私は、桜花作戦の結末が早く知りたいわ」

「・・・・・・ あの・・・みなさん、『秘密』ってなんのことですか?」

 一人、現状が把握できていない壬姫がそう尋ねる。

「ああ、たま。今まで冥夜にだけ話していた俺の過去のことを、お前達にも聞いて欲しいと思ったんだ」
「――― た、たけるさんの過去ですか!」

 自分たちと同い年でありながら、階級は中尉。しかもこの基地一の戦術機乗りの天才衛士。

 そのような人物であれば、過去にも様々な功績を残したはずだが
 基地内の噂によると『白銀武』なる人物の過去は詳細不明。
 過去のデータも抹消されているということであった。


 目の前の彼が一体どんな人生を歩んできたのか、壬姫にも当然興味があった。


「ただし、ここで話すことは他言無用だぞ、まぁ仮に話しても誰も信じてはくれないだろうけどなぁ・・・」

 その武の表情はどこか痛々しく、壬姫は胸が苦しくなる。


―― 誰が何と言おうと私はたけるさんを信じよう! 


 そう心に決める壬姫。
 もちろん そのような言葉は恥ずかしくて口には出せないが―――



「―― 私は信じるから、早く言って」

 そう言ったのは慧であり、
 その言葉に何故か涙を堪えるように笑って武は頷いた。

 そんな2人を見ていると 壬姫の小さな胸はもっと締め付けられていく・・・




「それじゃあ、聞いてくれるか―――」

 武は、とても懐かしい・・・ 失われたものへ優しさを込めるように語り出す。




 

 

「まず、初めに言っとくけど、俺は 『この世界』 の人間じゃない」



 

 その言葉に皆が目を見開いた・・・


「俺は、こことは違う、別の 『平行世界』 の人間なんだ」




「「「「 ・・・・・・・・・・・・・・・ 」」」」


「俺がいた『元の世界』はさ、BETAとか宇宙人とかが居ないだけで、こことよく似た世界だったんだ・・・ 
  俺はこの辺に住んでて、横浜基地の所には高校があって、そこで普通に平凡な高校生をしてたんだ」

 その武の言葉に口を挟んだのは千鶴。

「し、白銀中尉は、こことは違う別のBETAのいる平行世界から来たんじゃ無いんですか? 私はてっきり・・・」



 『平行世界』

 その言葉を聞いて千鶴、慧、美琴は何となく納得ができていた。
 それは彼女たちが実験によって他の世界の記憶を持っており、
 もしかしたら香月博士が武を他の平行世界から呼び寄せたのかもしれない・・・ そう考えたからだ。

 それでも、その平行世界はこの世界とよく似た・・・ 例えば時間軸が進んだ未来か何かの世界と思っていたからだ。




「ああ、委員長。そのことは追々話すよ・・・ あ、あと、なんで榊のことを委員長って呼んでるかってのはさ、
  元いた世界で榊は、俺のクラスで委員長をやってたからなんだ」

「――― は、はい〜〜〜〜?」

 あからさまに間の抜けた声を出してしまう千鶴。

「わ、私はその世界では白銀中尉と同級生だったんですか??」
「ああ、俺は結構なダメ人間だったからさ、よく委員長から小言を言われてたよ」


 正直、千鶴にとっては武が平行世界の人間と言うよりも、こちらの事実の方がとても信じられない事であった。
 目の前の白銀中尉はもとより、記憶の中にある『白銀』も常人を遙かに超えた凄い人だったのだ。
 そんな人と同級生で、しかも中尉に向かって小言など、とても想像できたモノではない。

「それ、ちょっとわかる」

 そう言ったのは慧。

「私の中の武はダメな子だったから・・・ でも、ちょっと榊が羨ましい・・・」
「そうだよねぇ〜〜 他の世界でも たけると一緒なんて、ちょっと運命を感じちゃうなぁ〜〜」

 そのように慧と美琴が羨むのを聞いて、満更 千鶴も悪い気分ではない。


「こ、これも腐れ縁っていうのかしら」

「ははは、そうかもな。でも、委員長だけじゃないぞ。慧も 美琴も たまも 冥夜もクラスメートだったんだぞ」


「「「「―― ええぇ〜〜〜〜〜〜〜っ!!! 」」」」
 

「前に言っただろ? 俺にとってお前達は 『特別』 だって。あれはそう言う意味もあるんだよ 」


 そう言って武は、彼女たち以外にA-01の柏木晴子や涼宮茜、築地達や
  夕呼やまりものこと、平和な日常風景を説明していく・・・

 千鶴は、副司令が学校の先生であることなどを何かの質の悪い冗談を聞いたように反応し、
 美琴は、神宮司教官の教え子であることに不思議な縁を感じているようであった。

 また、慧は静かに、壬姫はただ目を丸くしたまま聞き入っていた。

 特に彼女たちの興味を惹いたのは、この世界と武の言う世界との自分たちの違いであった。

 千鶴と慧がその世界で普通の中流家庭で、しかも父親が居ないことや壬姫は弓道が上手く、しかしあがり性であること、
 冥夜が世界でも有数の金持ちなこと、美琴は男であったことなど、真偽を別にして武の話に引き込まれていく。


「父とは上手くいってなかったけど、その世界では居もしないなんて・・・」
「わたしは、射撃じゃなくて弓術ですか・・・ しかもやっぱりあがり性なんですね・・・」
「ボ、ボクは男の子!? 非道いよぉ〜 たけるぅ〜〜」
「御剣は、そこでもビックだね」


 そして、次に興味を示したのは武の幼なじみである『鑑 純夏』 のことであった。

 今までのループの中では、純夏のことにはこれと言って強い興味を見せなかった彼女たちが
 ここでは、凄い食いつきで根掘り葉掘り聞いてくる様が武には印象的だった。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 武は純夏と冥夜の関係、それを取り巻く千鶴達との騒動を説明し終ると美琴が尋ねてきた。

「それで、たけるは、冥夜さんと付き合ったの? それとも純夏さんと? まさかボクとじゃないよね?」
「あぁ、それは絶対にないから安心しろ」
「ううぅ〜〜 非道いよぉ〜〜」

「それで、タケル。ホントのところ誰と付き合ったの? まさかハーレム?」
「そんなわけ無いでしょ、彩峰・・・ 白銀中尉ってその手のことは器用そうじゃないもの。
  それにそんなことをしたらあなたの場合刺すんじゃない?」

 千鶴の言葉にニヤリを笑ってみせる慧。
 武は背中が冷たくなっていくのを感じてしまう・・・


「え〜〜っと、気付いたらこっちの世界に来てたんだ・・・」

「嘘でしょ」
「嘘だね」
「そうだよ〜 嘘は良くないよぉ〜〜」
「え? 嘘なんですか?」

「・・・・・・」

 この質問は想定された事態だったとは言え、
 純夏の想いやその特殊性が説明できないこと、
 未だに転送の理屈が武にはよく理解できて無いこと、
 分かりやすく伝えることを考えると、どう言っていいか武にはわからなかった。
 
「ま、まぁそのことはどうでもいいじゃねーか・・・」

「「「「・・・・・・・・・・・」」」」

 あからさまに「よくない!!」と言わんばかりのオーラを発し、武をジト目で見つめてくる4人。

「結構、複雑な話なんだが聞きたいのか?」

 コク、コクと頷く4人。

「・・・俺は、みんなと結局付き合ったというか、でも個別に1人ずつ付き合ったというか・・・」

「やっぱりハーレム?」
「いや、そうじゃない」
「付き合っては別れてを繰り返したと言うことかしら・・・」
「そうでもなくてだな・・・」

 そこまで言って、まず説明しなければいけないことに武は思い当たる。

「そうだな・・・ まず、こっちの世界に現れた俺自身のことを話しとかないといけないな」

「「「「――― ?」」」」

「俺がこの世界に来たといっても、そのまま直接に移動してきた訳じゃないんだ。
  俺がいた『元の世界』の俺を構成している因子をかき集めてそれ統合したのが、今の俺なんだ」

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

「で、その因子は『元の世界』だけじゃなく、そこから派生した幾つかの平行世界からの因子も含まれていてだな、
  その平行世界の記憶も俺は受け継いでるわけなんだ。
  で、その平行世界の中には、冥夜と付き合ったものもあれば、慧や千鶴、壬姫と付き合った世界もあって
  さっきみたいな説明になったんだ・・・」


「・・・ねぇ、たける。男の子のボクと付き合った世界はないの?」 「―― 無いっ! あくまでお前は親友だっ!!」

 ちょっぴりガッカリする美琴。
 相変わらず空気を読まないボケをかます美琴に
 武は俺が男色に目覚めた方がいいのかと小一時間問い詰めたくなる・・・


「まぁ、そんなわけで、お前達と付き合っていたといえるし、
  でもみんなと付き合ってたわけじゃないってことなんだ・・・ わかったか?」

 コクリと頷く4人。
 正直、武の説明は千鶴達の理解を超えていたが、
 先ほどの目が泳いでいた時と違い、こちらを真摯に見る視線から、彼女達は信じることにした。



「で、でも たけるさん。どうしてこっちの世界にやって来たんですか?」


 平行世界の記憶のない壬姫にとって、一番気になる質問をする。
 その言葉に武は少し悩んでしまう・・・

 純夏の想いによって武はこちらの世界に引き寄せられたのであるが、
 そのことを話すことになれば、純夏が異常な状態で生存していたこと、00ユニットのこと、
 オルタネイティブ計画等の事にも触れかねない。

 それらの詳しい内容はある程度、冥夜には話した事であった・・・

 しかし、現状の00ユニット・・・「零夏」と名乗る純夏や
 これから復活するであろう 『この世界』の純夏と今後の207の彼女たちとの関係を考えれば
 今はそのことを話すのは避けるべきだと武は思った。


「悪いな、たま。そのことの詳しい内容はまだお前達には話せないんだ・・・
  いや、たぶん・・・ 俺の口からはその詳しい内容は話せないと思う・・・・・・」

 その理由を彼女たちに話すことになるのはきっと純夏だ・・・
 武は訳もなくそう思った。


「まぁ、ひとつ言えることは、気付いたら俺はこっちの世界に来てたってことだ。
  こっちに来た時は、俺の家の周りは何もかもが廃墟だったり、夕呼先生の話では宇宙人が攻めてきてたりだとか、
 全然信じられなくて、悪い夢でも見てるんだと思ったんだけどな」

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 千鶴達は自分たちにとって当たり前のことを信じられないと言われて軽い目眩がしてくる。
 思いの外、異世界の壁は厚いかもしれないと思わずにはいられない。

 そうなると千鶴は、今までの会話の中に 『戦術機』 の話が無いことが気になってきた。
 BETAによる侵略が無くても戦争が無いとは言い切れない。

 それに異世界の普通の高校生がこちらの世界で極東一の戦術機乗りということは
 それほどまでに異世界では 『戦術機』 が日常に普及していると謂うことであろうか?

 白銀中尉や 『白銀』 の見せたこちらの操縦概念とは異なる動きはそのためかもしれない・・・

 

「そ、それで、白銀中尉は平凡な高校生と仰ってましたが、それでも軍事訓練は受けていたのでしょう。
  中尉のいた世界では、皆あのように戦術機を乗りこなしていたのでしょうか?」

「はははは・・・そんなわけない。あの世界の日本にはこっちのような兵役もなければ戦術機もねーよ。
  つーか、戦術機なんて乗り物は俺たちの世界じゃ空想の産物でしかなかったからなぁ〜」

「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」

 あっさり期待を裏切る武。しかし、なおも千鶴は食い下がる。

「しかし、中尉や 『白銀』 の戦術機の操縦概念はとても異質でした。
  その発想のキッカケとなったものが白銀中尉の世界にあったのではないでしょうか?」

「ああ、それはバルジャーノンの影響なんだ・・・」

 そう言って苦笑いで答える武。

「「「「――― ばるじゃあーのん ??? 」」」」

「ああ、ゲーセンにある筐体に入ったアーケードゲームで・・・」

「「「「―― げーせん? ああけいどげいむ?」」」」

 未知の単語が続出し目の前の男が、何を言っているのかサッパリわからない4人。
 武自身、懐かしい世界の話をしているため、ここが異世界であることを 千鶴達の反応を見るまで忘れていた。


 それで武は、こことは違う平和な日本ではゲームや娯楽などが、ものすごく発達していることを説明していく。
 この世界での遊びと言えば、お手玉やあやとり、双六 などであるから説明を聞いても4人はピンとこない。

 そこで戦術機のシミュレーターが全国に普及していると考えてくれればいいと武が言ったことによって
 ようやくそのイメージが掴むことができた。


「異文化コミュニケーションっていうのは難しいな・・・」 「はい・・・」

 ため息をつく武に対し、同じくため息で返す千鶴。 

「でも、ばるじゃあのんって面白そうだねぇ〜 チョットやってみたかったなぁ〜〜」
「ああ、美琴。月詠さんに今ゲーム機を貸してるんだが、壊してなかったならできるかもしれねーぞ」

「「「 ―――――― えっ!!!」」」  「・・・・・・」

 その言葉に反応する千鶴、慧、美琴。ただ一人、壬姫だけは少し疲れた顔をしている・・・

「前にさ、冥夜に俺のことを話した時に異世界から来たことを証明するために貸したんだ。
  今度会った時に返してもらえるか聞いてみるよ」

「えへへへ〜〜〜 ありがとうーー たける!!」 

 そう言って無邪気に喜ぶ美琴。
 それとは対照的にまた何かを考え込んでいた千鶴は疑問を口にする。


「戦術機の操縦技術に関してはわかりましたが、その他の技術はどのようにして身につけられたのですか?
 白銀中尉は平凡だったと言ってますが、その身体は何年もの間を通して鍛えられたものだと思いますし
 中尉の知識やサバイバルスキル、射撃の技術、どれをとっても一流だと思います・・・」


「まぁ、その経緯もかなり複雑なんだ」

 今日何度目かの苦笑いを浮かべる武。


「俺がこのBETAの世界に飛ばされて来てきたのは2001年10月22日なんだ」
「と、とても最近じゃないですか・・・」

 そう言って驚く千鶴。 慧と美琴、壬姫も武を注視する。

「俺は、この基地の近郊にある自宅で目覚めて、
 この状況に驚きながら横浜基地にやって来て、その時 夕呼先生に保護されたんだ。
  それで207B訓練小隊に入隊するんだが、その辺のことは慧がよく知ってるだろ?」

「――― え、何?」

 慧には何のことか判らない。
 207B訓練小隊に『白銀中尉』が入隊していたなどそもそも初耳だ。

「慧の記憶の中にある『白銀武』と 俺は同一人物なんだ・・・」

「―――― ??? 確かにあのタケルとこっちのタケルは一緒だけど・・・ でもやっぱり全然――」

 違うと言い切る前に武は口を挟む。


「慧の記憶にあるダメな子が成長した姿が、俺なんだ・・・」

「「「 ―――― はぁ〜〜〜〜〜 !!? 」」」


 本日2度目の大きな声。


「チョット、それどういうこと・・・タケル?」 と慧。
「意味がわからないわ・・・」 そう呟く千鶴。
「慧さんの記憶の中にある、たけるって体力も知識もなくて、銃も触ったことがないって人だよね〜〜」そう補足する美琴。

 今日、3人で語り合った 『平行世界の記憶』 のことがここで出てくるとは彼女たちは思いもしなかった。



「 ・・・・・・・ はにゃぁ〜〜ん・・・   みなさんが何を言っているのか私にはサッパリです・・・・・・」

 ここでも話について行けてない壬姫はいい加減涙目になっており
 そこで、美琴達は昼に判ったことのあらましを壬姫に伝えてやるのであった。







  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ダメな子 『タケル』 の一部始終を慧が一通り語り終える。

 壬姫は今の白銀中尉とのギャップを埋めることができず、時折苦笑いを浮かべる。
 それでも、武以外に国連の事務次官である父がくることや、その中で分隊長であると父に嘘をついたことなど
 自分以外に知るはずのないことが含まれていてドキリとする。

 HSSTの落下とそれを自分が撃ち落とすなど、考えただけでも身震いが止まらないが、
 美琴の話だと 彼女と千鶴の記憶の中では落下事件は起こっておらず、それがこの世界で起こらないことを祈るばかりであった・・・




「まぁ、俺の射撃のスタイルが たまにソックリなのは当然なんだ。射撃の師匠ってのは、たまだから・・・」

 慧の話を反芻している壬姫に向かって説明を補足する武。

「は、はぅ〜 私がたけるさんの師匠なんて信じられないです〜〜」

 だが、壬姫には、射撃の癖やタイミング等が一致していることなど思い当たることが幾つもあった。
 そして、それが真実だと思うと、嬉しいやら恥ずかしいやらで赤くなっていく。


「それに格闘術や長刀の近接戦闘は慧と冥夜。指揮官の心得は千鶴。サバイバル術は美琴っていった感じだな」


「でもタケル、私の記憶の中には確かにソレを教えた記憶はあるけど、射撃とか今のタケルほど上手くは無かった」
「ああ、慧。そのことなんだが・・・」


 そう言って困ったように頭をかく武。


「実はその慧の持ってる記憶の事を俺は『1回目の世界』って呼んでるんだが、
  その世界から分岐した世界の記憶も幾つか持ってるんだ」

「――― どういうこと?」

「今話した平行世界は、クリスマスの時に慧と付き合ったというものだろ?
  あの日に冥夜と付き合った世界、千鶴や美琴、壬姫と付き合った世界なんかの記憶もあるんだ」


「「「「――――!!」」」」


 千鶴達は可能性としてはそういう平行世界があるかもしれないと昼に話していたが、本当にそうであったことに驚きを隠せない。


「 『元の世界』 で付き合っていた記憶や その 『1回目の世界』 でお前達と付き合っていたことが
 俺にとってお前達が 『特別』 なもう一つの理由なんだ」

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」


 『1回目の世界』の幾つかの平行世界の記憶を持っている理由は、
 『元の世界』からこのBETAのいる世界に移動してきた時と同じだと説明する武。

 千鶴と美琴、壬姫は興味深そうに聞いている。
 慧は、自分以外の女と付き合っていたことに色々と思うこともあったが、
 別の世界のことに文句をいう訳にもいかず、少しムッとしているだけだった。



「でも・・・ その話だと、タケルは 『1回目の世界』 から別の平行世界に移動したと言うことだよね。
  私の 『記憶』 の中のあなたの最期は、囮を買って出てそのまま帰ってこなかった・・・
  あなたの機体は発見されることなく、私はずっと生きていると信じていた・・・
 タケルはあの日、別の世界に移動してたの?」


 そう言って慧は睨んでくる。

 慧との『1回目の世界』の最後の約束・・・
 それは『生きて帰還する』という約束。
 慧はそれを破ったら絶対に許さないと言っていた。

 事実、慧が 『平行世界の記憶』 を得た時、避けられていた・・・

 武は夕呼から聞いた話を思い出す。

 慧は、武の死後も その帰還を、約束を信じて・・・
 あの狂気の戦場を1人
 何年もの間・・・
 戦い抜いたということであった。

 「ずいぶん恨まれているみたいよ・・・刺されないように気をつけなさい」 そう夕呼が冷たく笑っていた・・・





「いいや、俺はあの時死んだよ・・・・・・」
「―――っ!! じゃあ、一体何がどうなってるの! どうして、何で 今あなたがここにいるのよっ!!」




 初めて見せる慧の激情に、千鶴達は声を失う。
 武はただ、慧をジッと見ているだけだった・・・

 慧は・・・ ぼろぼろと泣いていた


「約束を果たせなくて、ホントに、ゴメン・・・」

 その言葉に激しく首を横に振る慧。
 武は慧に近づくと、そっと抱きしめてやる


「・・・うっ・・・・うっ・・・・グスッ・・・ッ・・・・ッ・・・・ッ・ッ・・・・・・」


 声にならない嗚咽
 慧になら、刺されてもいいやと思う武

 腕の中におさまる愛おしい人を想うと、武も泣けてきた・・・

「・・・・本当・・に・・・ゴメ・・ン・・・」

 嗚咽は寄り添うように辺りを満たしてゆく・・・




「「「・・・・・・・・・・」」」

 千鶴と美琴、壬姫の3人は互いに目配せをし 扉の方へソッと移動して行き、しばらく席を外すのであった。






























  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「みんな、心配かけてごめん。みっともない姿を見せたね・・・」

 一刻ほどして、千鶴たちが武達のいる部屋に戻ってきた。
 慧は、話の途中に取り乱したことを仲間たちに謝るのであった。


「別にいいわよ。私も似たようなことを今朝したもの」
「みっともない姿を分かり合ってこその仲間ですよー」
「そうそう、まだまだ若いんだし〜〜」

 千鶴は照れくさそうにそう返す。
 目元が少し赤いだけで普段どおりの慧を、壬姫と美琴も温かく迎える。

 美琴・・・ 若さはあまり関係ない気がするぞ。心の中で そうツッコむ武。



 そして一息つくと、中断されていた武の話が再開されることになった。




  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







「 『1回目の世界』の最期・・・
 その全てで、俺はBETAに襲われてる。
 ああ、死ぬんだと思って、生き残るために必死にもがいた記憶がある。
 そこで、意識が途切れているものもあれば、戦車級がハッチを食い破ってきて体をもぎ取られていったもの・・・
 戦術機を乗り捨てての退却中に兵士級に襲われたものとかだ」


 今思えば、兵士級へのトラウマは、まりもが襲われたことだけでは無いのだと、改めて武は実感する。
 慧たちと 『前の世界』 の出来事を話すことによって、自分が忘れていた幾つかの事実を 武自身も思い出していた。




「で、気が付くと俺は 『元の世界』 の自
分の部屋で目を覚ましているんだ。
 その時は、随分 たちの悪い夢を見ていたと思ったよ。
 だけど、家から外に出てみると 辺りは廃墟でね・・・・・・

 前と同じように通っていた高校の場所へ行ってみたら 横浜基地があって
 前と同じように門のところで兵士たちに話しかけられるんだ・・・」


「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」


「結論から言うと、俺は 『2001年の10月22日』 のBETAがいる世界に戻って来てたんだ・・・
 俺はその世界を 『2回目の世界』 って呼んでる」




 そして、武は『2回目の世界』 と 『1回目の世界』 の違いを話す。


 夕呼の話では、武が 『因果導体』 という存在になっていて、その原因を解決しない限りループし続けるということ。

 『1回目の世界』 で訓練したことや知識、記憶、体力が『2回目の世界』である程度受け継がれていたこと。

 ただし、『1回目の世界』で誰と付き合っていたかの記憶はその時は欠落していて、
 自分にとって初めて戦うべき理由を見つけた、クリスマスパーティー以降の出来事や
 『バビロン作戦』のことなどは殆ど覚えていなかったことを千鶴たちに説明していく。



「そして、人類が敗れ去ったこと、俺の守るべきものが失われてしまったこと、激しい後悔の想いだけが強く心に残ってたんだ・・・」

 そう言って武は言葉を切る。
 その様子はこの世界で出会ったころに見せた、暗く深い苦悩を漂わせており、彼女たちは思わず息をのむ。


「―― それでタケルはどうしたの」

「あ、あぁ慧。俺はあんな 『未来』 はゴメンだからさ、色々やってみたよ。
  夕呼先生に2ヶ月後に 『オルタネイティブ4』が終了することを警告したり、
 207訓練小隊が一刻も早く任官できるように工夫や手を回したり、
 新潟でのBETAの侵攻やHSSTの落下を示唆したりね・・・
 その辺の出来事は、委員長や美琴の記憶にある通りだ」


 武の言葉に千鶴と美琴はハッとする。


「もしかして・・・ 私たちが知っている 『白銀』 は、白銀中尉と同じなんですか?」

「まぁな、委員長・・・ 期待に添えなくて悪いが、俺と 『白銀』 は同一人物と言ってもいい」


 それを聞いてしまうと、千鶴の身体は力が抜けてゆき、その場にへたり込んでしまった。
 今朝、「白銀中尉と『白銀』は違う」と当の本人に言ってしまったのだ。

 正直その恥ずかしさで、ここから逃げ出したかった・・・

 だが、そんな千鶴を引き止めたのは美琴の言葉である。


「でも、たける〜 あの『タケル』に比べると、今のたけるとの間に何年ぐらいの時間の壁があるのかなぁ〜〜
  ボクには、まるで何年もの間、戦場で生き抜いてきた様に見えるよ・・・」

「その認識はたぶん正しいよ、美琴。
  俺の主観時間では、『2回目の世界』 と 『この世界』 との間は あまり離れてないけど、身体の方は違うようなんだ。
  まぁ、委員長に別人と思われても仕方が無いかなぁ〜〜
  このことは後で説明するよ・・・」



 そして、武は 『2回目の世界』 で自分が千鶴たちの知らない所で何をしてきたのかを話していく。

 『未来』 を変えるために、武の話を元に 新潟のBETA侵攻においては、帝国軍に警戒レベルの引き上げを要請し、
 国連の事務次官の来訪時には、自軍のHSSTを監視、必要であれば撃墜を夕呼が裏で手を回す。

 前回の世界で手間取った『天元山の救助活動』 では帝国軍の力を借りることで時間稼ぎを行なった。

 また、武自身は『2回目の世界』では覚えていなかったが、慧や冥夜と結ばれた 『1回目の世界』 で
 帝国軍と共同開発した『TRON』という戦術機のOSを発展させた 『XM3』を夕呼と開発したこと。
 オルタネイティブ4が前回抱えていた問題点を『元の世界』の夕呼の力を借りることで解決したこと等を千鶴たちに伝えたのであった。


 その武の話を千鶴と美琴の2人は呆けたように聞いている。
 あの 『白銀武』 が特別であるのは知っていたが、まさかそのようなことを裏でやっているとは思ってもみなかった・・・



 『2回目の世界』・・・ 美琴は 武の普通っぽさ と 異質なところのギャップをどうしても埋めることができなかった。
 何か無理をしているとは思っていたが、そんな事情があるとは思いもしなかった。

 自分たちは未熟だから頼ってくれないのだと思っていたが、そんな状況なら、一体誰が相談などできるだろうか?
 特に207は自分たち自身が問題を抱えていて、できる武に頼りっきりであった。

 それでも たけるは嫌な顔をせずに自分たちに付き合ってくれていたこと
 この世界であっても、まだ力の無かったころの自分たちにも気を使ってくれて、何もできないボク達に『特別』といってくれたこと

  そんな たけるのことを考えると、胸が温かくなっていく。




 千鶴はというと
 今更ながら 『2回目の世界』 で、一時期とはいえ『白銀』に反発していたことが恥ずかしくなる。
 その身一つで、自分たちの面倒を見つつも世界の運命に必死で抗っていたとは、そんな素振りも見せなかった彼を本当に凄いと思った。

 そして、結局最後まで『白銀』から何も相談されなかった自分と言う存在に、自己嫌悪していた。
 もし、もっと自分達が強く、しっかりしていて、『白銀』のことをキチンと見ていたならば、彼の苦悩を察知できたかもしれない・・・
 あるいは、相談してくれていたかもしれない・・・


 ふと、記憶の中で 『白銀』 が鑑に向けていた笑顔を思い出す・・・
 それは、今までに自分達に向けられていた笑顔とは、まったく別物だといつも思っていた・・・
 『白銀』 があんな風に心を許し、安心して笑うなんて思いもしなかった。
 
 今思えば、鑑は白銀の事情を全て知っていたのではないかと思う。


 いや、きっと知っていたはずだ。
 そうでなければ 『白銀』 が救われない。


 彼にとって異世界であるこの世界は安心できるものではないはずだ。
 無根拠に  『白銀』が鑑にあんな笑顔を向けていたなんて考えたくも無い・・・
 でも、もしそうであるなら、私達は決して鑑に勝つことができないように思う。

 今ほど、慧のように『白銀と結ばれた1回目の世界』の記憶があったならばと思ったことは無い。
 その世界であの笑顔は自分に向けられていたのか・・・
 あんな顔で『白銀』を私は笑わせることができたのか・・・
 それを知りたかった。

 だが、それを教えてやろうと神さまが現れたとしても、きっと自分は答えを聞くことができないだろう・・・
 自分は、まだまだ臆病者だ、もっと強くならなければ白銀に迷惑をかけるだけだ。

 彼を安心して笑わせることができないと、きっと白銀のそばに居る資格は無い、そう思った。






  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 壬姫は美琴たちから『2回目の世界』の要点しか聞いていなかったから
 最初は、武の『2回目の世界』の話が随分と都合の良いものに思えた。

 だが、その思いはすぐに改められる。

 横浜基地で進められている『オルタネイティブ4』を快く思わない者達・・・
 武の行動は、反オルタネイティブ派やオルタネイティブ5推進派の者達 を刺激してしまったと言う。


 結果、『1回目の世界』では起こらなかったクーデター事件が発生したというのであった。
 

 クーデター事件 の詳細を聞いた壬姫は、その手際の良い米軍の動きと国連軍の対応から
 彼女の父である国連事務次官が何らかの形でその事件に深く関わっていることが予測できた。

 特に父は、日本の国防には、米軍の協力、ひいては国連軍の強化が必要だと説いており
 米軍を日本に引き入れるために父が反オルタネイティブ派やオルタネイティブ5推進派に協力したとすれば、
 どんな顔でその現実を生きてきた目の前の『たける』に向き合えばよいか、わからなかった。



 そして、壬姫以上にその話に特に呆然としたのは 『2回目の世界』 の記憶を持つ美琴と千鶴である。


 美琴は本来力を合わせてBETAに立ち向かわなければいけない人類が
 そのような形で主導権争いをしていたことに失望せざるを得なかったからだ。


 また、千鶴はクーデターの際に、好きではなかったとはいえ 実父が殺された・・・
 未来を変えるということは、今まで助けられなかった者を救う代わりに、
 その『未来』では死ぬ予定に無いものを死に追いやるということを、身近なところで体験してしまったのだ。

 未来を変えるというのは、決して楽なことでは無いのだと実感し、それを抱え込んでいた 『白銀』 を思うと切なくなった・・・





「まぁ、話を戻すと、
  とにかく色々動いたお陰で『1回目の世界』には無かったクーデター事件なんかも起きたりしたけど
 その活躍によって207は任官することができたよ。
 その後も 『元の世界』 から必要な数式や資料も回収できて、『オルタネイティブ4』 の完成にも見通しがついた。

 もうこの辺から 『1回目の世界』 とは大きく変わってきてて、未来を知るアドバンテージが無くなってきたんだ。
 だから、トライアルでのBETA襲撃やまりもちゃんの死・・・ 佐渡島ハイヴの攻略なんかは本当に大変だった」


 そう言って、武は大きく話を省く。

 トライアルでのBETA襲撃やまりもの死も自分の所為だと言ってしまいそうになったからだ。
 それを説明して謝るということは、彼女達は望んでいないし、たぶん困らせるだけだ。
 自己満足を押し付けることに他ならないと、『2回目の世界』 で水月にきつく注意されていたことでもある。

 他にも 『元の世界』 に逃げ帰ったことやそこで起きた数々の不条理な出来事を話すことは
 自分ばかりがスッキリするだけで、あの時のことを知る千鶴や美琴に 余計な心配や後悔をさせるだけだと思った・・・



 武が黙り込んでいると、千鶴が少し気にした様子で聞いてくる。


「白銀中尉・・・ 先ほどの『1回目の世界』の話では 凄乃皇が出てきませんでしたが
  それはオルタネイティブ4と何か関わりがあるからなのでしょうか?」

「察しがいいな、委員長。その件に関しては俺の方から詳しくは言えないが そう取ってくれても構わない」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」



「―― それで 後の経緯は、委員長と美琴は知っているだろうけど、佐渡島ハイヴでは、伊隅大尉とハルを、
  数日後の横浜基地へのBETA奇襲で速瀬中尉と涼宮中尉・・・その他の大勢の衛士達の犠牲もあったけどな・・・ 
  それでも『1回目の世界』よりは良い」


 そう寂しげに語る武に 『1回目の世界』 を知らない千鶴、美琴、壬姫は 口を挟む事ができなかった。

 

「あとは、桜花作戦の事なんだがな、委員長や慧、美琴に たま・・・ みんなを犠牲にしながら
  俺達の凄乃皇四型は 『あ号標的』 まで たどり着くことができたよ・・・」


 その言葉にハッとする千鶴と美琴。
 それは、『記憶』 が蘇ってから ずっと知りたかったことであった。


「あいつの攻撃はラザフォードフィールドでは防ぐことができなくて、本当に危なかったんだ」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」

「だけど、冥夜が体を張って助けてくれてね。あいつを犠牲にしながら、見事 荷電粒子砲で一矢を報いることが・・できたよ・・・」


 最後の最期で自分のことを好きだと言ってくれた彼女のことを武は思い出す・・・
 その想いに気付いていなかった・・・
 いや、気付かないフリをしていた・・・
 俺がもっと・・もっと・・・もっと強ければ、違った『未来』があったかもしれない・・・
 冥夜や千鶴、美琴、慧、壬姫を死なせない『未来』があったと思う。

 そんな気がした

 

「・・・・そう、ですか・・・よかった・・」
「・・・あ、ありがとう・・・たけるぅ・・・・・」


 武が前を見ると、千鶴と美琴は泣くのを我慢しながらそう声を漏らしていた。


 それは、自分たちの努力が正しく報われたこと
 BETAへの反撃が成功したこと
 あの世界の人類に一筋の希望が見えたことへの うれし涙であった。

 


「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・そ、それで、その後はどうなったんですか、たけるさん・・・」

 いつもは率先して場の空気を変えてくれる美琴が自分のことで精一杯なので、その役を壬姫が買って出る。


「あ、あぁ。結局、あの桜花作戦で生きて帰ってこれたのは、俺と霞だけだった」

 

「――――― えっ!?」
「・・・ち、ちょっと待ってください、白銀中尉。 鑑は、鑑少尉はどうしたんですかっ!!」


 その言葉に反応したのは千鶴と美琴。
 武が搭乗していた凄乃皇四型には、他にも社霞と鑑純夏が乗っていたのだ。
 なぜ、純夏の名前が無いのか、千鶴も美琴も理解できなかった。


「――― あいつは・・・ BETAの基地襲撃が終った時点で・・ 長くないことは、わかってたんだ・・・」

「「――――――っ!!」」




 『2回目の世界』・・・ 美琴も千鶴も 武のことが好きだった。

 たが、武には純夏という幼なじみがいて、
 そんな2人の幸せそうな姿を見ていたから・・・
 2人を・・武の幸せを・・・自分たちは体を張ってでも守ろうと決意したのだ。

 それが・・ こんな形で裏切られているとは思ってもみなかった・・・・・・




「・・・・ そ、それから後の人類はどうなったんですか、中尉」

「それなんだが・・・ 俺を因果導体ってやつにしていた原因が無くなってさ、 『元の世界』 に帰れることになったんだ」

「そ、それでは・・・」

「あぁ、だからその後のことはよく知らないんだ。作戦の後、俺はすぐに 『2回目の世界』 から消えてしまったから・・・・
 ただ、夕呼先生は桜花作戦の成果で、あと人類は30年は戦えるって言ってたよ」


 30年・・・ それが長いと見るべきか、短いと見るべきか、千鶴と美琴にはわからない。
 ただ、用が無くなったからと言ってその世界から消えてしまった 『白銀武』 の事を想うとやりきれない気持ちになる。


「・・・ タケル、その話がホントなら、なんでここにいるの? 『元の世界』 に帰ったんじゃないの?」

 当然の疑問を口にする慧。

「そうだな。『元の世界』の俺は、『元の世界』 に帰って行ったらしい・・・」

「「「「――― どういうこと? 」」」」


 そして武は 『11月2日』 の夜に 純夏が話した内容を千鶴たちにも説明した。




  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 

「つまり、たけるさんの言う 『1回目の世界』 と 『2回目の世界』 の因子で、今のたけるさんは構成されていて、
 もう一度、こちらの世界で 『因果導体』 になった原因を見つけ出さなければいけないということですか?」

 武の説明を聞いた壬姫がその話の要点を纏めてみる。

「まぁ、そう言うことだな」

「でも、タケル。『前の世界』では、どうして『因果導体』 というものに なってたの?」

「・・・済まない、慧。それは今は言わないほうがいいと思うんだ」


 『因果導体』の原因は、純夏の秘密を含むために武は言い淀む。


「・・・・なら、こっちには答えて。その『因果導体』 になっている原因が無くなったら タケルは、『この世界』から消えてしまうの?」

「――――!!」

 とても真剣な表情で聞いてきた慧に対し、武は答えることができなかった・・・
 この世界に来て『未来』を変えることばかり考えてきたが、その未来には自分の姿を思い描くことは出来ずにいた。


―― また、この世界から俺は消えてしまうんだろうか?
    『2回目の世界』の自分のように、今の俺には 『帰るべき世界』 など そもそもあるのか・・・? 
    それとも、一時的に虚数空間に舞い戻り、『4回目の世界』 にループすんじゃないだろうなぁ〜〜


 突然 突きつけられた 『自分の未来』 に武は本気で悩んでしまう。
 それは、一つも明るい展望が見えてこず 暗い気持ちになっていく・・・


「今度 勝手に消えたりなんかしたら、許さないから」
「――― うっ・・・」
「そんなことしたら 平行世界の先まで追いかけて、二度と蘇らないように、コロシテあげる」


 武の気持ちに気付いてか、そう言って慧は不敵に笑いかけてきた。
 ただ、その目は笑っておらず、何かご立腹のようにも見える。


「ぜ、善処します・・・ 」


 『1回目の世界』の事がある所為で 慧の言葉に反論などできない武。
 薄ら寒いものを背中に感じながら小さな声でそう返すのが精一杯だった。

 

 

 

 とにかく、武は今まで体験してきたことを話し終えた。


 見た感じでは、『平行世界の記憶』 を持つ慧と千鶴、美琴は納得した感じであるが、
 それを持たない壬姫には それらの話はやはり信じがたく、予想を遙かに超えた内容に気持ちの整理が付かないと謂った印象であった。


 そして最後に千鶴が 『この世界』 の現状を 武に尋ねてきた。

「今までのループの中では、一番上手くいっていると思う。
 オルタネイティブ4の問題点はすでに解決しているし、XM3の性能も向上している。俺も慧、委員長や美琴は前回よりも強くなっている。
 たまに関しては、もう少し訓練が必要だがそれでもなんとかなるだろう。
 心配事があるとすれば、冥夜のことと凄乃皇のことかな・・・」

「中尉・・・ 凄乃皇に何かあったのですか?」

 朝に夕呼が説明していた 『複座型の兵器』 は凄乃皇四型と思っていた千鶴が疑問の声を上げる。


「あぁ、俺達が動きすぎたせいで 米国が不信感を持ったみたいでな、夕呼先生の話だと 凄乃皇をどうやら出し渋っているようなんだ・・・」

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

「本来なら、人類が一丸になってBETAとの対決に望むのが一番だけど、どの世界でも この辺のことは上手くいかないな。
 まぁ、夕呼先生が代わりの機体は用意してくれているから、次の作戦では ソレの実証試験も兼ねてるらしいんだ ―――」


 そこまで話すと不意に屋上のドアが開く。
 その隙間から顔を出してきたのは、ウサ耳に似た髪飾りを付けた少女、社霞であった。

「白銀さん・・・ 博士がお呼びです」

「―― あ、やべっ・・・ もうそんな時間か!」

 そう言って武は千鶴達に向き直る。

「とにかく、ここでの話は内密に頼むぜっ!!
 まぁ、トンデモない話だったから信じられないとは思うけど、これが俺自身、体験してきたことだ。
 明日の朝一番には、この基地から出るんだろ?
 次に会うのは新潟の最前線になると思うけど、あくまで初陣ということを忘れずに、みんなも気を付けろよっ!!」


 千鶴たちも武の言葉に各自一言ずつ返していく。

 そして、武は霞と共に扉の向こうへと消えていった・・・

 

 

 

 

―――― PX 夜

 

 


 千鶴と慧、美琴は武と別れた後、PXに集まっていた・・・

 屋上からの移動の途中、いつの間にか壬姫の姿が消えており、美琴は探しに行ったのだが
 部屋にいた壬姫は少し一人で考えたいと皆の誘いを断ったのだった。


「珠瀬が、ひとりで居たいなんて珍しいわね」

 美琴から話を聞いた千鶴がそう言った。
 彼女には 平行世界での 『記憶』 を含めて、そういった出来事は初めてだった。

「珠瀬もひとりで居たい時もあると思う」

 慧の 『記憶』 の中には、HSST落下事件で取り乱した壬姫の行動を思い出し、何となくそう答えた。 

「やっぱり、悩んでるのかなぁ〜〜。だって壬姫さん一人だけ平行世界の『記憶』が無いんだもの・・・」

 勘の鋭い美琴は思い出したように言う。


「でも、どうして珠瀬だけ平行世界の 『記憶』 が無いのかしら・・・」
「ねぇねぇ、千鶴さん。速瀬中尉とかが噂してたけど、たけるのことを好きかどうかでボク達の強さが決まってるって本当なの?」

「鎧衣、それ少し違う。タケルへの好感度で記憶の流入量が決まるって私は聞いた」

「ああ、私も博士から似たような事を聞いたわ・・・」

 そう言って考え込む3人。

「珠瀬は白銀中尉のことが実は好きじゃないってことかしら?」
「だから、壬姫さんは、記憶の流入量が少ないってこと? う〜〜〜ん、そうなのかなぁ・・・」

「いや、その珠瀬に流入してる 『記憶』 自体に何か問題があるのかもしれない。少なくとも私の場合がそうだった。
  初めて武に会った時、そのせいで最初の実験が上手くいかなかった」


 ここに居ない壬姫のことや先ほど武が話してくれた内容を3人は確認しあっていた。
 そんな中、ふと思い出したように美琴がある言葉を口にする。


「好きで思い出したけど、武は 『桜花作戦』 の後、ボク達の遺書をちゃんと読んだのかなぁ〜〜」


 話が突然脱線し、『好き』 と 『遺書』 の関係がよくわからない慧。
 だが、千鶴はその言葉にふらつき、顔を赤くして汗を止めどなく流し、オロオロしはじめた・・・

「どしたの、榊。遺書に何か不味いことでも書いた?」

「―― な、何でもないわよっ!」

 千鶴の様子はどう見ても変であるが、あまりの動揺にチョッピリ同情した慧は美琴に話を戻す。


「鎧衣は遺書になんて書いたの?」

「あははははは〜〜〜 
  実はね、『タケル』 には純夏さんがいたんだけど、遺書の中で『タケル』のことを大好きだって書いちゃったんだぁ〜〜」

「――― あ、あなたもなの、鎧衣・・・・」


 ヘラヘラと笑う美琴の言葉に真っ先に反応したのは千鶴である。
 そして仲間ができたせいか、千鶴は普段通りの落ち着きをなんとか取り戻し、静かに語り出した。


「わ、私も死ぬかもしれないと思ったら、どうしても書かずにはいられなかったわ・・・
 だって、あの時は死んで遺書を見られた後に またこんな形で再会(?)するなんて思ってなかったもの・・・・・・」

「うん、うん。そうだよねぇーーー!」

 千鶴の言葉に景気良く応える美琴。

「でもさー、桜花作戦の後にすぐに 『あの世界』 から消えたって言ってたけど、ボク達の遺書は読んでくれたのかなぁ〜〜
  さっき武は普通にスルーしてたよねーー」

「気になるけど、それを尋ねるなんて私にはできないわ・・・」

 顔を赤くして千鶴はため息をつく。
 そんな想いを共有し合っている2人を見ていた慧は諫める様な口調で語りかける。


「榊に鎧衣。これを機にタケルに告白しようと思ってない?」

「―――――― えっ!!」  「―― あはははは・・・・」

 戦場では何があるかわからない・・・ だから、ダメもとでも告白をするってのも手かもしれない・・・
 このあと 武に告白するという、そんな未来の選択肢を考えていただけに、図星を突かれて2人は動揺した。


「できれば、そんなことは止めて欲しい」

「「・・・・・・・・・・・・・」」


「私の 『記憶』 から考えると、タケルに 『1回目の世界』 で榊達とも付き合った平行世界の記憶があるなら、
  本気で迫れば、きっとタケルは貴方たちを受け入れてしまう。
  あの人は自分のこと以上に 私たちのことに一生懸命になってくれる・・・
  あの人は決して私たちを見捨てない・・・

  それほどまで、あの人にとって 私たちのことが大切だということを、私は知ってる・・・」



 本気で迫れば受け入れてしまう・・・ 慧の言葉に思わず固唾を飲む2人


「それほどまで愛してくれたことは
  本当に嬉しかった・・・
  あんな世界でも幸せだと思った・・・ 
  でも同時に心配だった。
  私が死んでしまったら、この人もすぐに後を追うと気付いたから・・・」



 だから、あの世界・・・ 私は死ぬ時は一緒だと約束した。

 タケルがあの作戦で帰ってこなかった時も、それでもきっと帰ってくると信じていた。
 きっと どこかで私を捜していると思ってた。

 死体や残骸が見つからない以上、絶対生きている・・・
 タケルが生きていると思っていたから、私は死ぬ事など絶対にできなかった。



「タケルは強いけど・・・ でも弱い子。心はそんなに強くない。
  今のタケルは、私にはボロボロに見えてしまう。
  一生懸命、人を愛して・・ でも、それを失ってきて・・・ そんな世界を沢山知ってて・・・・
  ・・・今にも壊れてしまいそうに、私は見える・・・・・・」



 慧の言葉に千鶴は、それほどまで 『白銀』 は弱くはないと思っていた・・・
 だが、美琴の考えは違うようであった。


「そうだね、慧さん。ボクの中にある『タケル』もいつも無理をしてるみたいに見えたよ。
  今日、たけるから話を聞いて、ようやくその訳がわかったんだ・・・
  できれば、『あの世界』 でも相談してくれれば良かったんだけど、
  『あの世界』 のボク達はいつも 『タケル』 を困らせてばかりだったから・・・・ 頼りにならなかったのかなぁ〜〜」

 思い出すように 己の不甲斐なさを悔いる美琴。



 それを聞いて千鶴も本当に 『白銀』 のことをわかっていたか、不安になった。
 思えば、人の上に立つ者としての姿勢を押しつけてばかりで
 『白銀』 の悩みや趣味、好きなもの等のプライベートなことなど、何も知らないことを今更ながらに気が付いた・・・

―― 確かに『好き』だったけど、『愛』なんかじゃなかったのね・・・

 屋上で 『恋する乙女』 と慧に皮肉を言われた意味がようやく理解できた。




「だから、今の榊や鎧衣が 『前の世界』 の記憶からタケルに想いを伝えたいと思う気持ちはわかる。
  でも、今それを伝えても きっとタケルを困らせるだけ・・・」


 慧は2人に向かって頭を下げる。


「タケルは放っておいても色々と抱え込んでしまうタイプ・・・
 私たちがその荷物の一端になることは避けるべきだと思う。
  本当にタケルのことを考えるのなら、その抱え込んだものを一緒になって背負ってあげるようにしてあげて・・・」


 これほど真摯に慧からお願いされたのは、『この世界』 でも 『記憶』 の中でも 千鶴にとって初めてだった・・・


「―― わかったわ、彩峰。あなたの方から そんなことを言われたら 反対なんかできないじゃない。
  私も白銀中尉の負担になるようなことはしたくないもの・・・
  全てが終った時、中尉に告白できるように 今は自分を高めることに専念するわ」

「そうだよね、ボクも たけるを支えるように頑張るよっ!!」

 2人の言葉に頬を赤くする慧。

「―――― ありがと、榊、鎧衣。珠瀬にもそのことを言っておかないとね」


「まぁ、珠瀬は抜け駆けするような子じゃないもの。大丈夫よ」
「そうだよぉ〜 壬姫さんはみんなと一緒が好きだもんね〜〜」
「それもそだね」

 そう言って3人は 壬姫の居ない教室で、笑い合っていた・・・・・・
 

 

 

 





 

 


 『みんなと一緒が好きな壬姫』





 その認識は間違っていない。

 だが、彼女たちが気付いていなかったことがあるとすれば、それは今の壬姫が 『みんなと一緒では無い』 と言うことであった。




 今のその少女は 彼女たちと 『想い』 を・・・
 『記憶』 を分かち合えず・・ ただ一人、寂しさに沈んでいるということに・・・・・

 

 

 



























 


―――― 同時刻  B4F 兵舎 

 




 

 武が夕呼にいつもの報告を終えた後、兵舎へと戻ってみると、自室の前に珠瀬壬姫が1人立っていた・・・

「どうしたんだよ、たま。俺になんか用か?」

 だが、武がそう尋ねても、壬姫は黙ったままで一向に口を開かない。

「まぁ、俺に話があるんだろ。とりあえず中に入れよ」

 そう言って武は壬姫を部屋の中に入れてやった。

 

 

「・・・どうして私には、平行世界の記憶が入ってないんでしょうか?」

 しばらくしてやっと壬姫の口から出た言葉。

「え〜〜っとだな・・・ 詳しいことは俺にもよくわからないんだよ。まぁ、また今度夕呼先生にでも聞いてみるさ。
 でも、実験の当初の目的では、戦闘関連の記憶のみを引き出すことだったから、むしろ たまのケースは唯一の成功例になるんじゃないかな?」

「成功だとしても、私はみんなの中で一番弱いです。
 もっと強くなりたいです・・・
 私は、みんなと同じように平行世界の記憶が欲しいんです・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「速瀬中尉とかが噂をしていたんですけど、たけるさんを好きになればなるほど強くなれるって本当ですか?」

「うっ・・・・・」

「たけるさん、どうなんですかっ!!」


 いつもホワホワとしている壬姫だがこの時ばかりは、押しの強い態度を見せてきた。
 その顔は真剣そのもので、すこし赤味を帯びている。



「ま、まぁ・・・ 夕呼先生の話だと、『因果導体』 である俺との想いの深さや平行世界での繋がりによって記憶の流入量が決まるらしいけど・・・」

「たけるさんの言う 『1回目の世界』 には確かに私と結ばれた世界があるんですよね?」

「あ、ああ・・・」

 

 その言葉を確認した後、壬姫は覚悟を決めた。

 


「―――― 私は、たけるさんのことが大好きですっ!!」


 ・・ドックン・・・


「この想いが、千鶴さんや慧さん達に負けているとは思いませんっ!!」

 ・・ドックン・・・ドックン・・・


「たけるさんのことを考えると、とってもポカポカするんです。胸が苦しくなるんです・・・」


 後ずさる武に対し近づく壬姫。そして、武の胸に抱きついてきたのであった。


「とっても、とっても大好きなんですっ!!
 なのに・・・ なんで私には、他の世界での たけるさんとの 『思い出』 が入ってこないんですかっ?
 みなさんは、ソレを楽しそうに話します・・・ 私はこんなに好きなのに・・・ まだ 『想い』 が足りないんですかっ?
 教えてくださいっ!!!」


 ・・ドックン・・・ドックン・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・


 武は気持ちが高ぶってゆくのが わかった。

 壬姫の匂いが懐かしい
 その抱き心地に癒される


 ・・ドックン・・・ドックン・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・
 ・・ドックン・・・ドックン・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・

 

 武は、壬姫と過ごした 『思い出』 が、急速にハッキリとしてくるのが実感できた。


 ドックン・・・


 『1回目の世界』 でクリスマスの夜、壬姫を初めて抱いたことを思い出す・・・ それから何度も身体を重ねた、逢瀬の記憶を思い出す・・・・・・


 そして、その世界のもう一つの分岐点。
 武は、壬姫を移民船団に乗って貰おうと説得をした・・・ だがそれは叶わなかった。


 その後の壬姫と結ばれた『1回目の世界』。

 武たちは霞を移民船団へと運んだ後、『バビロン作戦』 が決行された。
 帝国軍は佐渡島の 『甲21号目標』 へ、極東国連軍は大陸の 『甲20号目標』 に、その他の各国も隣接するハイヴに奇襲、陽動を仕掛けていく。
 そして本命のオリジナルハイヴには米軍を主力とした軌道戦術機降下部隊を投入。

 だが、米軍によるオリジナルハイヴの攻略は完全に失敗という形で終わったのであった。

 米軍は軌道戦術機部隊の8割を失い、これより先、完全にオリジナルハイヴを攻略する手だてを失ってしまった。
 その後、米軍は各国への統率力を失い、各ハイヴを各国が個別に攻略するという形になってしまい人類は消耗戦へと突入していく。

 武たちは3度目、佐渡島の 『甲21号目標』 の制圧を目的とした作戦に参加する。
 最後の作戦では、新しく開発された加工技術によって、突撃級の装甲殻を利用した新素材による飛躍的に耐久性を高めた戦術機が投入された。

 武達もそれに乗り込みハイヴ突入部隊に選出される。
 ハイヴの最下層までたどり着き、今度こそ反応炉を破壊できると思った。

 しかし突如、ハイヴの隔壁を食い破り、出現した 未知の巨大なBETA。

 トンネルの掘削機を思わせる姿。
 その前面にある巨大な円形の口からは、無数のBETA群が出現したのだ・・・

 突撃級や要撃級はもとより、要塞級のさえその口から現れる。

 中でも戦術機のF-22Aに瓜二つのBETAが確認され、今までにない高速移動するそのBETAに、武達の部隊も為す術がなかった。
 武の目の前で壬姫の機体もバラバラにされてしまった。


 壬姫の千切れた身体が、BETAによって機体の中から引きずり出されていく光景が・・ 目に浮かぶ・・・

 

 ・・ドックン・・・ドックン・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・
 ・・ドックン・・・ドックン・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・


 『2回目の世界』・・・ 『あ号標的』 は武に突きつけたのだ・・・ 壬姫の千切れたその身体を・・・
 それは、『材料』 でしかないと・・・


 ・・ドックン・・・ドックン・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・
 ・・ドックン・・・ドックン・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・
 ・・ドックン・・・ドックン・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・
 ・・ドックン・・・ドックン・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・

 

―― はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・

 

「・・・るさん・・・けるさん・・・・ たけるさん! たけるさんっ!!」
「――――――っ!! み、壬姫!?」

 壬姫が呼ぶ声でようやく武は現実に引き戻された。


「ど、どうしちゃったんですか、たけるさん・・・ 突然、呼吸が荒くなって、顔も脂汗でビッショリです・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「も、もしかして、私が急に抱きついたりしたからですか? ・・・・・・ ほ、本当にごめんなさいっ!!」

 青い顔をして、武から離れようとする壬姫。
 しかし、それをさせまいと、武は彼女を抱きしめた。

「――――――!!」

 壬姫は何が起こったのかわからなかった。
 無理に抱きついたことで、武に何か迷惑をかけたと思ったのに、逆に抱きしめられてしまったから・・・


「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」


 武は言葉を発さなかった。壬姫も何も言えなかった。

 それは、驚きからではなく、安心からだった。

 彼女はこんなに優しく抱きしめられたのは、初めての体験だった。
 それはとてもキモチヨクて、アンシンする。

 ジブンが求められているのがわかった。
 そこにイるだけでジブンという存在を肯定してくれているのがわかった。
 ここには、ナンの不安もない・・・

 ワケもなく涙が出そうになった、とてもうれしかった、愛されているとわかってしまった。

 そして、壬姫は武の項に腕を回し、その身体を抱き返す・・・・・・

 

 武は、壬姫の耳に口を寄せ、耳朶を優しく、甘く噛む。

 その初めての感覚に壬姫は身体の力が抜けてゆき、その仕草に身をゆだねていく。
 耳から首筋へ、そして、ゆっくりと壬姫の小さな口に向けて武のキスは動いていき、唇と唇は軽く触れあった。

 愛を語る小さな小鳥のように、互いの口縁を何度かつつき合った後、ソレは深く結びつき武の舌が壬姫の口内へと侵入する。

「はぅ〜〜・・はむ・・・はむ・・・ はぁ・・・ ぁはぁ・・・」 

 初めての感覚に壬姫は翻弄されていく。

 顔は熱くなり、頭は ボ〜〜っとしてきて、ただその甘い舌に身体が蕩けていく。

 


 だが、不意にその刺激は中断された。

 武がキスを止め壬姫の身体を引き離したのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・たけるさん・・・ど・・・どうしたんですか・・?」


 少し不安になり、小声で尋ねる壬姫。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」






 武はふと考えてしまったのだ。




 壬姫は、初めてとはいえ、『純夏』 に比べて舌の動きがたどたどしい・・・ と・・・

 

 


 ・・・・・・・・・・・・・・・・ス・・ミカ・・・・・すみか・・・ すみか・・・
 ・・純夏・・・・・・ 純夏・・・・・ 純夏・・・? ・・純夏っ ――― 純夏っ!!

 

 今の今まで 『純夏』 のことを忘れていた・・・・・・
 純夏だけを愛すると決めていたのに・・・ 今自分は何をしていたのだ?


 ドックン・・ドックン・・・ドックン・・ドックン・・・


 壬姫のことで気持ちが一杯になって、一番大切な人のことを忘れてしまっていた自分に、武は恐怖する。


 今すぐここから逃げ出してしまいたい衝動に駆られるが、そんなことをすれば目の前の少女に、致命的な心の傷を与えかねない。
 壬姫のためにも逃げ出すべきでないと武はなんとか自制した。


 心配そうに こちらを伺う少女を安心させることこそ 今は重要なのだと、彼は自身に強く言いきかせる。
 そうして、気持ちを落ち着かせ、ようやく言葉を発することができるのであった。

 

「思わず、キスしちまった・・・」
「わ、私は構わないです・・・ たけるさんにならもっとキスをしてもらいたいです・・・」

「お、俺はまだ、色んな事にケジメを付けてない・・・・ 『答え』 を出していないのに・・・ それなのに こんな事をしちまってスマン」
「た、たけるさん! 謝らないでください!! わ、私はたけるさんに求められて嬉しかったんです・・・」 


 ・・ドックン・・ドックン・・・ドックン・・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そ、そうか・・・」
「わ、私の方こそ、いきなり抱きついてしまってごめんなさいです〜〜」


 そう言って、今までの夢見心地から覚めるように、現実感覚を取り戻してゆく壬姫。
 その顔は今までにないくらい真っ赤になっていた。


「と、とにかく私は、たけるさんに想いを知ってもらいたかったんです・・・」

「あ、ああ。『たま』 の想いはよく伝わったよ―――」



      ・・・ドックン・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・ドックン・・・・・ 



 俺も、お前が、『壬姫』が、好きだから・・・・・・  そう言いかけて、武は慌てて口を紡ぐ。
 気を緩めると 未だに気持ちが壬姫に引っ張られそうになっている自分にショックを受けた。


「『たま』の気持ちは凄く嬉しいよ。でも、本当にこんな事をする気はなかったんだ。ちょっと気持ちが高ぶってて・・・ 今の俺は普通じゃ無いと思う」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「だからさ、ちょっと外で頭を冷やしてくるよ・・・」
「た、たけるさん・・・?」

「『たま』 も明日のことを考えて、早く休むんだぞ」
「・・・・はい・・」


 結局、武は 純夏への想いを理由とした壬姫への拒絶も、壬姫への労りもはっきりとこなすことが出来ず、
 逃げるように自分の部屋から出て行くのであった。








  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 武は深夜、基地内を彷徨っていた・・・
 それを咎める者は無く、辺りはひっそりとしていた・・・

 屋上から星を眺め
 丘の上から今は無い 『元の世界』 の街並みを夢想する
 部屋に壬姫がいたと思うと、帰る気になれなかった。


 純夏が好きだ・・・ その気持ちに偽りは無い。
 純夏を愛している・・・ その想いは真実であると思っていた。

 自分にも 純夏が必要だと判っている。
 純夏がいて、はじめて 『白銀武』 なのだ・・・

 ならば、なぜ壬姫に対してあのようなことをしたのだ・・・・・・
 本当に、ワケがワカラナイ・・・

 武は丘に立つ大樹の幹に額を何度も打ち付ける。

 壬姫は大切な仲間だが、それ以上では無いと思っていた。
 だが、あの時 気付けばその温もりを求めていた・・・ ソレが当然であるかのように。

 壬姫に抱きつかれ、彼女と過ごした記憶が鮮明になるにつれて、その愛おしさが押さえることが出来なくなっていた。


 武は幹に何度も何度も頭を打ち付ける・・・

 それが、純夏に許しを請うているのか、壬姫への謝罪なのか、自己への戒めなのか、武自身わからない・・・


 気がつくと、今でも壬姫の小さな身体の感触を思い出す。
 柔らかく暖かい肌、少し未発達な乳房、淡い優しい髪とその匂い・・・


 純夏が好きだと確認するそばから、ソレだっ!!!!


 自分はドコか壊れてしまっているのでは無いだろうか・・・?
 ループを繰り返す度に、何か大切なものが抜け落ちている気がする。


 人としての在り方が歪んできている・・・
 いや、ループすること自体、自然の摂理から反しているのでは無いのか?

 纏まらない思考を抱えて、武はまた歩き出す・・・・・・





  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 目の前には、青白い光を放つシリンダーが佇んでいた・・・
 その中身には何も無い。

 武はジッとそれを見つめている。


 いつここに来たのか、何故ここに来たのか、武は よく思い出せない・・・・・・


    ・・・タケルちゃん・・・


 そう呼ばれた気がして武は振り返る。
 薄暗い部屋の入り口には、純夏が立っていた。

 寝間着姿にカーディガンを羽織っており、軍事施設の無機質な造りとは、おおよそ似つかわしくない格好である。

 そして、肩から腰まで伸びた、燃える色の綺麗な赤髪が印象的であった。


 何を話せば良いか、武にはよくわからない。
 何か大事なことを忘れている気がする。

 謝らなければいけない様な気がした・・・ いや、本当にソレが忘れていることなのか?



 気がつくと、純夏は目の前にいた。


「・・・・・・・・・・・・」

「―― よぅ、純夏・・・ ここで何をしてるんだ?」
「・・・・ タケルちゃんの声がしたの・・・ それで、ここに来てみたらタケルちゃんがいたんだよ・・」


 そう言って純夏は武を抱きしめた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 武もそれが自然だと思い、彼女の身体を抱きしめる・・・







 懐かしくて、涙がでた・・・・・・







「隣の仮眠室を使おっか?」

 純夏はそう口を開くと、武の手を引いて歩き出す。




 その日の夜、武は 『この世界』 に来て、初めて純夏と結ばれた・・・


























次へ