2001年11月9日 

 

 

 

 













 

 


―― 誰かに見られている気がする・・・


 そんな思いがして武は深い眠りから覚醒した。
 だか、目を覚ましても起き上がるどころか、目を開ける気にすら ならなかった。


 ただ、ベッドの側に誰かが立っていてる気配を感じ、それを何となく意識する・・・・・・


―― 誰だろうか?


 そんな疑問が浮かぶが、目は開かない。
 こちらを伺っている気配は決して悪いモノではないとわかっていた。
 彼女が側に居ると自分は安心する・・・


―― 彼女?


 夢見心地でそう考えていると、額に何か柔らかいモノが触れていた。

 そして、その気配は部屋からそっと出ていった・・・

 

 

 



 

 ―――― 朝 B4F 兵舎 白銀武の自室


 武は自室で気持ち良く目覚めた。
 だが、そのことが すぐに変であると気が付いた。


―― 俺は、B19Fの仮眠室で昨日は寝たんじゃなかったっけ・・・
    なんで、兵舎の自室に居るんだ?


 そこまで考えて、武はさらにおかしいことに気付いた。



―― そもそも、なんで地下の仮眠室で寝たんだっけ?



 昨夜の記憶がどうも曖昧だ。
 慧や千鶴達に、自分の秘密を語ったことまでは、よく覚えている。
 たしか、その後は夕呼にその報告をするためにB19Fに降りたのだ・・・
 ついでにそこで眠ったのだろうか?

 いや、現に自分は兵舎の自室にいるではないか?
 何か大切なことを忘れている気がしてならない。


―― 若年性健忘症ってやつか?


 朝からそんなことを考えてブルーになる。


 昨夜、武は、慧達と今までのことを話していて、自分自身の過去の出来事も関連づけられ、幾つかの 『記憶』 を思い出した。
 そのことが関係しているのかもしれない・・・
 とにかく、夕呼に相談した方が良いだろうとベッドから起き上がる。

 そこで、机の上に咲いた小さな花に気がついた。


「あれ・・・ これは確かセントポーリアだっけ?」


 壬姫が育てていた花だと思い出し、そう口にする。


―― なんでこんなとこにあるんだ? 昨日の夜、たまに会ったっけ?
    そんな記憶は無いよな・・・


 やはり今日の自分はおかしいと思う武。
 急いで軍服に着替えると、夕呼の執務室へと向かうのであった。

 



 


 ―――― B19F 夕呼の執務室



 

「今までのループの中で、そう言ったことは一度も無いのよね?」

 武の話を聞いた後、夕呼は難しそうな顔をしてそう尋ねてきた。

「はい、少なくとも前日のことを忘れるなんてことは一度も無かったはずです」



 それを聞いて夕呼は少し考える。

「昨日の夢とかを覚えているかしら? 夢や夢かもしれないと思うことがあるなら、全部言ってちょうだい」

「―― 夢ですか? う〜〜ん・・・・・」



 悩む仕草を見せていた武は、「あっ!」 と小さな声を出す。


「何か思い出した?」
「・・・・・・・・・・いや・・・その・・・」
「何、モジモジ してんのよ・・・ あんたがそんなことをしても可愛く無いんだから、早く言いなさい」


「いや、何か純夏とエッチした夢を見たような気がします・・・」
「エッチ? どっかで聞いた言葉よね・・・ 確か あんたの 『元いた世界』 でいう性交のことだったかしら?」
「は、はい・・・」


 武は何となく気まずそうにそう答えるが、夕呼は気にした様子もなく、ただ机の上のキーボードを カタカタとたたき出す。



「その 『エッチ』 の前か、後のことは何か思い出せる?」

「えーーっと、確かエッチの前は、あの青白く光るシリンダーのある部屋に俺は居たような気がします・・・
  理由はよくわかりません。 そうしたら、いつの間にか隣に純夏が居たんです」



「それで?」

「いや、気付いたら抱き合ってて・・・」

「・・・その鑑は00ユニットだったかしら?」

「う〜ん、純夏は純夏だから、あんまり気にしてませんでしたよ・・・ ただ、夢にしてはリアルで、腰まで伸びた髪が何か印象的だったかなぁ〜」



 そうまで言って武ふと思い出す。
 そう言えば、昨日の夕方、00ユニットである純夏は自分の目の前でその長い髪の毛をバッサリと切って見せたのだ・・・



「――― 先生、『こっちの世界』 の純夏はまだ目覚めてないんですよね?」

「そうよ、目が覚めるには、もう少しかかりそうよ」


「00ユニットの純夏の時は俺に黙ってたじゃないですか・・・ 今回はそんなのは無しですよ」
「疑り深いわね・・・ なぜ、そんなことを気にするのよ」

「夢の中の純夏は、腰まで髪の毛がありました・・・ 今の純夏はバッサリと髪を切り落としてたから、ヤッパリ夢なんですかね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 武の言葉に何か思うところがあるのか、夕呼は暫く考え込んでいるようであった。


「今日の予定は少し変更するわね。 午前は、作戦の説明の後、白銀には一通り精密検査を受けてもらうから・・・」



 そう言って夕呼はまたキーボードをカタカタと叩き、その後、武に向き直る。



「 じゃあ、作戦のことは忘れてはいないと思うけど、説明と確認の事を含めて今までのお復習いをするわね。

  白銀の『1回目の世界』では、11日の午前6時20分・・・ 貴方たちの言い方をすれば、マルロク フタマルだったかしら・・・

  0620に佐渡島ハイヴから旅団規模のBETAが出現。
  0627に 敵BETAは、帝国海軍の海防ライン(第一次防衛ライン)を突破。
  0648にBETAは、旧国道沿いに展開していた帝国軍12師団と接敵。
  0729に増援の遅れから、帝国軍12師団は 敵戦力の3分の1を残し、壊滅。

  この教訓から『2回目の世界』のあたしは、帝国陸軍総司令部に、11日に帝国軍12師団に対して増援を要請。
  その世界では12師団の壊滅は回避。 14師団が上手く合流して敵BETAを壊滅・・・ そうだったよね?」

「はい、夕呼先生・・・」


「今回、月詠少佐と私達が立てた計画は、
  第二防衛戦近郊の旧南魚沼市、八海山で帝国軍2個連隊・・・
  内訳は、帝国本土防衛軍帝都守戦術機甲連隊と殿下直属の斯衛第二師団の月詠少佐が率いる第3戦術機甲連隊、
  極東国連軍からは、現在この基地の半数にあたる約120機の戦術機、戦術機の総数だけを見れば1個師団規模の部隊で、

  新型OS、開発中の新兵器のテスト、佐渡島ハイヴ攻略の為の合同訓練を行なう事になっているわ」

「『2回目の世界』では、夕呼先生は帝国陸軍総司令部に事前に増援を要請したじゃないですか、今回は無しですか?」

「そうよ。 戦況打開の花は、殿下に差し上げるのもこの計画の一部って知っているでしょ。
  第二次防衛ラインを守る帝国14師団よりも早く展開することが、今回の帝国軍と国連軍の共同部隊に求められているわね」


 旅団規模のBETA・・・ 多く見積もっても約6000体のBETA。 2個師団で良いところを今回は3個師団を投入。
 『2回目の世界』よりも楽に対応できると武は思う・・・

 だが、そう言った油断が、数々の平行世界で、戦況の危機を招いてきたのだ。
 感情を見せないBETAに対して、油断を持つと言うことは、みすみす相手に付けいる隙を与えるだけだと、武は『記憶』を振り返る。



「今回は不確定要素は何かありますか、夕呼先生」

 夕呼は少し考える仕草を見せる。

「不確定要素は無い訳じゃないわ・・・ 今回の合同訓練に、米国も参加したがっていたのよ・・・
  帝国は突っぱねたけど、現在横須賀沖に米軍の空母が停泊していてね、
  そこには、米国の陸軍第66戦術機甲大隊が待機しているわ。

  BETA侵攻時に帝国軍の要請に対して増援に駆けつけるなら良し。 まぁ、帝国がそんな要請するなんてあり得ないけれど・・・
  ただ、帝国軍の混乱に乗じて、彼らが横浜基地に乗り込んできたら厄介ね。

  もう一つ気になることは、『1回目の世界』で一時ロストしたBETAのことかしら・・・
  すでに、本土に通じる地下坑が存在している可能性があるから、戦況次第でそこから奇襲を受けるケースもあり得るわね」

 

「地表には、そういうゲートは確認出来てないんですか?」

「今のところそういう報告は無いわね・・・ ただ、あいつらには大深度を掘削する 『未知のBETA』 がいるから、いつでも坑を開けるなんて可能だと思うわ」


 そう言われて武は、地下の大深度を掘削する名称未定の巨大な未知のBETAを思い出す。
 武自身も一度だけ『1回目の世界の記憶』 で見たことがあり、『2回目の世界』において、美琴がオリジナルハイヴ内で確認したと言っていたアレである。

 そして、『2回目の世界』での横浜基地に壊滅的な打撃を与えた襲撃事件には、こいつが一役買っていたらしい・・・


「その未知のBETAの名前はまだ決まってないんですか?」

「正式名称じゃあ無いけど、一応 『搬送(キャリー)級』 って呼んでいるわ。 BETAを送り込んでくるところから付いた名前よ・・・
  ただ、こいつがバイブの横坑などの形成に関わっているとも言われているから 『掘削(シールド)級』 とか 『横坑(ドリフト)級』 とか幾つかの候補はあるわ」

「キャリー級か・・・」

 たしか、どこかの世界でもあのBETAをそう呼称していた気がしたと、武は平行世界の記憶を検索していく。

 その中で、、戦況を有利に進めた自分たちが、背後から奇襲を受けて追い込まれていった一つの戦場を思い出していた。
 奴らは、予想外な角度から攻めてくる・・・・
 奇襲の可能性を常に考慮しなければと武は心に刻む。



「まぁ、不確定要素の続きだけど、最大の不確定因子は 『伊弉冉』 よね・・・・」

「・・・・・・・やっぱり、伊弉冉のML(ムアコック・レヒテ)機関ですか」


 『2回目の世界』・・・ ML機関にBETAが反応をしていたことを武は思い出す。

 それを持った兵器を無闇に戦場に投入すれば、BETAを過剰に招きかねない危険があるのであることは重々承知してる。
 伊弉冉を投入することで、仮に師団規模以上のBETA群が誘き寄せられでもしたら、とても3個師団の戦術機甲部隊では対応仕切れないことは判っていた。


 しかし、『伊弉冉』 の投入は、決して悪いことばかりではない。

 その能力は火力では 『凄乃皇』に劣るものの、少なくともシミュレーター上では、既存のBETAに対して非常に有効であり、
 この機体が活躍出来たならば、XGー70bを出し渋っている米国に対して大きなプレッシャーを与えることが可能なのだ。

 そして、実証データを取ることは、今後の作戦の安全性をより高める結果になる。



 武は夕呼の顔を見ると、彼女も不確定要素は大きいものの、その使用を止めるという選択肢が無いことは、更々見て取れた。



「まぁ、細心の注意を払って『伊弉冉』は運用するに限るわね・・・」

「じゃぁ、どういう形で使用するんですか? 俺はまだ、その辺のことは何も聞いてませんが・・・」

「まず、言っておくけど、前の世界で11月の10日〜11日にかけて、この基地でML機関の実験が行なわれていたことは知ってたかしら?」


 そのような話は、武には初耳であった。


「前の世界や『1回目の世界』などでも、その所為でBETAが突如、佐渡島ハイヴから南進を開始した可能性があるわ・・・
  もちろん、あくまで可能性の話よ。 実際にあいつらが何を考えているのかわかったもんじゃあ無いからね。
  つまり、それくらいML機関に対して奴らは敏感なのよ。

  それが、明星作戦での2発のG弾運用によって、G元素の利用に対するBETAの警戒度が上がった所為なのか、
  それともML機関自体が奴らの興味を引く何らかの波長を出しているのかは、今のところ不明よ。

  とにかくそういう訳だから、『凄乃皇弐型』 みたいに 直接ここでML機関を起動させて出撃させることはしないわ」



「・・・? じゃあどういう形で前線までいくんですか?」



「まず、10日明朝に 『伊弉冉』 は、第一滑走路の電磁カタパルトで、宇宙に打ち上げるわ」



「―――― へ?」



「ラグランジュ点にある国連宇宙総軍が管理する宇宙ステーションにドッキングの後、先に向かわせているピアティフの指示に従って、
  ML機関の最終調整や、必要な武器の受け渡しをそこで行なうこと。
  そこなら、いくらBETAでも手が出しようが無いから安心しなさい。

  で、11日の0200に『伊弉冉』は宇宙ステーションを離れ、新潟に着陸可能な低軌道上で以後、別命あるまで待機ということになっているから」
 


「軌道降下戦術ですか・・・・」




「そうよ、今回は前の世界と同様に、予定通り横浜基地では10〜11日にかけて実験を行なうわ。
  まぁ、これはBETAをおびき寄せるため なんだけどね。

  ただ、鑑の予測だと、数%の低い確率で、新潟内陸部からBETAが出現するという可能性があるの。
  それに対して柔軟に対応出来る、衛星軌道からの降下戦術が最善だと思うわ」
 


 武自身は軌道降下作戦に良い記憶が無い。
 武がそれに参加したのは、『桜花作戦』のみであり、その時は、対レーザー(AL)弾へのレーザー照射が無く、重金属雲が発生しないままの降下が行なわれ
 多くの再突入型駆逐艦がレーザー級によって撃沈されたからであった。


 それでも、軌道降下による移動が最も早くBETAに接敵する 最良の手段であり、純夏が強く押していた手法であると夕呼は言う。


 彼女の話では、今の00ユニットの純夏の状態は万全で、しかも『伊弉冉』の体積も小さいことから、
 機体を覆うラザフォードフィールドの展開領域が非常に小さくて済むために、より高密度に展開することが可能であり、
 万が一、重金属雲が発生しない場合であってもある程度のレーザー級の多重照射ならば、何とか持ちこたえられると言っていた。

 ただし、その場合は『伊弉冉』の落下地点をかなり後方へと設定し直さなければいけないということだ。


 あと夕呼は、AL弾によって重金属雲が発生していようと 軌道降下には一つ弱点があると話す。



 それは、重金属雲を抜けた後の着地時において、ラザフォードフィールドは、機体の減速に多くが割かれ、『伊弉冉』 が一定時間 無防備になるというものであった。


 そのために、その時点までに ある程度、地表に展開するレーザー級を排除しておかなければいけないということだ。
 地上部隊がそのお膳立てを整えてくれるならば、それで良し、そうでなければ武達が上空からの攻撃によってそれを排除という事である。

 それがクリア出来たならば、とりあえずは当面問題ないだろうと言っていい
 仮に 『伊弉冉』の存在によって、佐渡島ハイヴからの増援が確認された場合には、速やかに後方へと下がり、ML機関を停止することという対処が示された。




 なお、『伊弉冉』への推進剤や武器補給コンテナも衛星軌道上から投下するらしい。
 70mを越す長刀や460mmレールガンのカードリッジは、非常に巨大で地上での運送や空輸での受け渡しは無理ではないが、作戦上困難であることからであった。





 その後も、武と夕呼は幾つかの点で作戦の詳細を話し合う。
 それは、万が一の事態を想定するということを忘れないためだ。


 そして、その慎重さは大事だと評価する夕呼。


「BETAは馬鹿じゃないわ。
 その物量とレーザー級の存在が脅威だと考えて、それ以外のことに目を向けてこなかったから、『2回目の世界』 で横浜基地の半壊を許してしまった・・・
 あなたも、その教訓を学んでいるようね。

 気を付けなさいよ?
 何が起こるかわからないのが戦場なんだから・・・ 油断しない事ね」



 

 その言葉に武はゾッとした。




 『2回目の世界』 でも似たような言葉を聞いたことを思い出す。
 前回、トライアルの中に現われたBETAに翻弄されて、結果、まりもの死を招いたのである。

 もう それは二度とゴメンだと思い、絶対にBETAに慢心も油断などしないと心に誓う武であった。


 

 






































 ―――― 昼休み B27F ブリーフィングルーム

 

 

 午前中は、精密検査にかかり切りであった武は、結局 千鶴たち207の出撃を見送ることは出来なくて、
 午後からの作戦に向けた最終的な打ち合わせのためにB27Fの第21ブリーフィングルームへとやって来た。


 部屋には、すでに 共に 『伊弉冉(イザナミ)』 へと乗り込む00ユニットである 鑑純夏こと 自称 『鑑零夏』 の姿があった。

 彼女には純夏を印象づける長い赤髪はすでに無く、髪飾りの淡黄色のリボンを付けている。
 その姿を見ていると、やはり昨夜の髪の長い純夏との出来事は夢だったのだろうかと武は考える。

 

 そして、肩の下からバッサリと切られて短くなった髪型は、昨日の彼女の奇行を思い出さずにはいられない。


 この世界には現在、2人の『鑑純夏』がおり、目の前の純夏は、自分を 『零夏』 と名乗っているらしい。
 そんな彼女に対し、武が 『純夏』 と呼びかけた途端、彼女はナイフを取り出し、有無を言わせず自分の髪の毛を切り落としたのだ。

 そうした拒絶の行動を見せられて別れたために、正直 武はどう接していいか分らずにいた。


 ただ、未だに武の存在に気付いていない純夏は、背筋はスラッと伸びてはいるが面差しは沈んでおり、どこか元気がない。
 その様な彼女を見ていると武は何かが引っかかった・・・

 

     「私は今回の作戦の要だもの、暗い顔なんてしてたらみんなが心配しちゃうでしょ?」

 

 昨日の彼女は笑顔でそう言ったのだ。
 今の、ともすれば泣き出しそうな純夏を見ていると、武は胸が締め付けられていく。

 あの奇行を見て、武は 自分が純夏から言われたように、あの純夏も自分の知る純夏から変わってしまったのかもしれないのだと思い込もうとした。
 だが、変わったという前に、自分は純夏の何を知っていたというのであろうか?


 思えば何も知らないことに気付かされる。

 この世界にとって武は 『異邦人』 であるのと同じように、あの純夏にとってもそうではないのか?

 あの純夏にとっては、似た世界であっても、ここには 『鑑純夏』 は存在していて、自分の名前さえ自由に明言できないのではないか?
 知り合いがいたとしても自由に会うことが出来ないのではないか?

 オリジナルハイヴを叩き、全てを終えたつもりでいたのに、武の都合でまたBETA攻略を強要しているのではないか?

 武はこのBETAが存在する 『異世界』 にやって来た時、不安ではなかったか?
 世界をやり直すことに、やり直さなければいけないというループに、絶望を感じたことはなかったか?

 

 そういう気持ちは夕呼は分かってはくれなかった。
 だが、自分には207訓練小隊の彼女たちがいた・・・ その存在が自分にとって心の支えになっていた・・・

 

 果して、今の純夏にそういう存在はいるのだろうか?


 
―― 何考えてんだよっ!! 俺はっ!!!
    俺が、あいつを支えてやらなくてどうするんだよっ!
    俺が・・ あいつを分ってやれなくてどうすんだよ・・・・

    好きだとか、愛しているとか、言っておきながら、俺は何もしていないじゃねーか・・・

 

 武の 『この世界』 を救いたい、この世界の 『鑑純夏』 を救いたい。
 そのために、別の世界の純夏を利用しているという事実。


―― あいつは、俺にもっと文句を言っていいはずなんだ。
    なのに何も言わず現状を耐えているんじゃねーのか?
    また、あいつの優しさに甘えてんじゃねーーかっ!!


 そんなことに気付きもしなかったことの腹立たしさで、武は泣きそうになった。
 しかし、そんなことをする前に、自分にはしなければいけないことがあると、拳を握る。





 武は、純夏に気付かれないように、そっと近づいていく・・・





 

 


 そして、背後から・・・・




 

 優しく・・・

 

 

 

 

 




 頭をペシッと叩いた。



 

「あいたぁーーーーーーっ!!」




 そんな純夏のマヌケな声が部屋の中に鳴り響く。

 

 

 本当は、武は純夏を小突くのではなく、抱きしめたかった・・・
 だが、寸でのところで恐くなった。
 嫌がられたら、拒絶されたらと思うと、結局いつものように馬鹿なふりをしてやっていったほうが傷つかないで済む・・・
 最後の最後で逃げてしまった。

 


「隙アリ だぜ! 俺がチョビットなら、おめーは10回死んでるぜっ!!」

「うう・・・ いきなり 非道いよ〜〜 たけるちゃん・・・」

「暗そうな顔で、ボケェ〜〜っと突っ立っているのが悪い。 お前が暗そうにしているとみんなが心配するんだろ?」

「ふ、ふんっ、たけるちゃんは、頭ばかりでなく目も悪いんだね? 私はいつも通りだよっ」


 小馬鹿にした感じで武を挑発する純夏。

 だが、落ち着いて見れば明らかに空元気であることが武には見て取れた・・・・




 

―― クソっ、俺は馬鹿かっ!! 何ガキみたいなことをやってんだ!! これじゃ、元いた世界の時と変わりねーじゃねーかっ!!

 

 素直になれなくて、お互い傷ついたこと・・・
 自分の気持ちに気付かないフリをして、誤魔化して過ごし、気が付けば取り返しが付かない事態になっていたこと・・・

 そして、純夏が苦しんでいることを知らず、追い詰めてしまったこと。


 武自身の後悔


 今ではあまり思い出せない、今の自分の基になった 『元の世界』 のこと・・・

 

―― 俺は、あの時、願った・・ はずだ・・・・

    ・・・・・・・・・
 
    ??? 俺は、確かに、願った・・・ だが、何を願ったんのだろうか ?

    チクショウーーーっ 記憶が抜け落ちている・・・ 最近は、こんなんばっかじゃねーか・・・

 

    俺は、どうしちまったんだ・・・・・・

    でも、一つだけ、わかることがある・・・ それは、こんな純夏を放っておいていいはずがねーーー!

 

 

 嫌われたっていい、拒絶されてもいい・・・ 純夏のことを考えろと武は自分に言い聞かせる・・・

 


「なぁ、 『純夏』・・・」


 武はあえて、そう言った。


「・・・・・・・たけるちゃん、昨日言ったよね、私は 『零夏』 だよ、間違えちゃダメだよ」

 

 無表情に純夏は訂正を加えてきた。

 

「別に間違えてねーーよ。 お前も、『純夏』 だろ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 


「なぁ、返事ぐらいしてくれよ、純夏・・・」


「・・・・・・・・・・・・・」


「・・・お前には、本当に済まないって思っているんだ・・・」


「――――――――!!」


「 『この世界』 と 『こっちの純夏』 を助けるために、わざわざ 連れてきちまったもんな・・・ 
 あの世界でも・・・ 桜花作戦の後でも、まだ他の奴らはBETAと死闘を繰り広げてるってのに・・・
 俺のエゴの所為で、本当に お前には迷惑をかけっぱなしだ・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「こっちの純夏が生きているから、名前すら、捨てなきゃいけないなんて思いもしなかった・・・ 」


 自分の所為で、この純夏は、人の命を捨て、自分の居た世界を捨て、名前すら捨てようとしている・・・
 そんな仕打ちをしておいて、今更ながらに「愛している」というのは甚だ おこがましいと武は実感してしまった。

 そして、だからといって今すぐ彼女が居た 『2回目の世界』 へと帰してやることなどできないのだ。
 ある程度・・・ 少なくとも、今回の作戦が終わり、次の00ユニットが準備できる段取りができない限り、
 彼女は手放すことはできないと、何処か頭の隅の冷静な部分がそう言っている。



「そんなことにも俺は気付いてやれなかった・・・・ だけどさ、だからこそ、お前を 『純夏』って呼びたい。
 こんな事までしておいて、俺にはこんな事を言う資格は無いかもしれないけど・・・ もうお前から、何かを奪うのは嫌なんだ!!」


 そう言って、武は頭を 深く深く下げる・・・
 そんな武に対し、純夏は背を向けるのだった。


「―――― もういいよ、たけるちゃん・・・ たけるちゃんが謝るようなこと何も無いよ・・・ たけるちゃんはまた勘違いしているよ・・・」

 少し嗚咽を含んだ声が部屋の中に鳴り響く。


「たけるちゃんを混乱させるようなことをしてゴメンね・・・ 私が 『零夏』 って名乗ることには深い意味は無いよ・・・
 ただ、『こっちの私』 の治療にも、私は深く関わっているから、紛らわしいのは嫌だっただけなんだよ・・・ 」


 武には、その言葉がとても真実を示しているようには思えなかった。 だが、口を開こうとした矢先に純夏の言葉が邪魔をする。


「―― そうだよ、たけるちゃん・・・ そんなに 『零夏』 って名前が嫌なら、2人っきりの時でなら、私の事は 『純夏』 って呼んでいいよ!」


 まるで、その名前には興味など無いと謂うように今まで背を向けていた純夏は、笑顔でこちらに振り向いた。
 武が複雑な顔でそれを見ていると、純夏は武の頬をペシペシと叩いてくる。


「こらこら、たけるちゃん。 この作戦の影の主役がそんな顔をしてちゃダメだよ〜〜 私が心配になっちゃうじゃないっ!!」

「・・・・・お、おう・・・」


 はぐらかされた感じがしないでも無い武だが、頬に感じる純夏の手に顔が赤くなってくる。


「じゃあ、私の名前を呼んでみて?」

「―――― へ?」

「はやく、はやくっ!」


 足にじゃれつく子犬の様に純夏は急かすが、改まって純夏の名前を呼ぶのは何処か武には恥ずかしい。


「・・・・じ、じゃあ言うぞ・・・ す、純夏 ・・・」

「―――声が小さいっ!!」


 鬼軍曹のように、武をしかる純夏。
 しかし、それはお遊びを含んだ笑みが伴っており、武もそれに乗ることにした。


「―――――― 純夏!」


「まだまだっ!!」

「 純夏っ!!  純夏っ!!  純夏っ!!」


―― もういっちょっ!」


「 純夏っ!!  純夏っ!!  純夏っ!!! 純夏っ!!  純夏っ!!  純夏っ!!――――」

 

 調子に乗っていた2人は、ドアを開けて入ってきた霞に気が付かなかった。

 

「・・・白銀さん、零夏さん、何をしているんですか?」 



「「 ――――――――――っ!! 」」



 珍しく怪訝な顔で尋ねてくる霞に、只でさえ恥ずかしいと思っていた痛い行為をノリノリでやっていたのを見られ、2人は真っ赤になっていた。
 せめてもの救いは、霞の隣に夕呼がいないことだろう。



「2人で何をしていたんですか?」

 無垢な瞳で、背丈は武の胸ほどもない霞は聞いてくる。

「あははは・・・ 霞ちゃん。 たけるちゃんがエッチなことを考えていたから、その罰ゲームだよ!!」

 しれっと嘘を付く純夏。

―― ちょ、おま・・・」



「白銀さん、エッチってなんですか?」

  その言葉はこちらの日本には無い。



「エッチ・・・ 教えてください・・・」


 ウサギのような可愛らしさを持つ霞に言われ、思わず吹き出しそうになる武。
 この言葉だけを聞けば、非常に誤解を招きかねないが、その淫靡な響きにドキドキする。


「エッチ・・・ 教えてくれないんですか?」


「うっ・・・・・・・その、なんだ、そんなことはお前が口にしたら犯罪だぞ!」



「  思い出が欲しいです・・・」

「――― グフゥーーーッ!!! ち、ちょっと待てーーー霞っ!! その言葉は、ここで言うセリフじゃないだろっ!!!」



 『2回目の世界』での泣けるセリフも台無しである。



 


「―― し〜ろ〜が〜ね〜・・・ あんた・・・ 社に何をする気なのかしら?」


 気が付けば、夕呼もこの部屋に入ってきていた・・・
 その顔は無表情・・・ いや、薄ら笑いを浮かべ始めている。
 そして、身に纏う邪悪な波動が武の眼にも見えた――――――

 

「ち、違うんです、先生! これは、激しく誤解ですっ!!! マジ、勘弁してくださいっ!!!」


「・・・・・・・・・・・・午前の検査・・・ もう一度、必要なようね・・・ 今度は、頭蓋骨を開いて、直接 脳味噌の中を覗いてみようかしら?」

 

「ひぃぃぃぃいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 


 11月9日午後、B27Fは一時的に閉鎖されている・・・ 不慮の事故のため、と報告書は上がっているがその内容は記されていない。
 

 

 
































 ―――― 新潟県 八海山





 9日の帝国軍・国連軍の共同作戦は開始されていた・・・

 作戦名 は、『妖精王(オべロン)作戦』

 佐渡島から、約2万のBETA軍が発生。
 日本本土に向けてBETAは南下を開始し、帝国軍は国連軍に派兵要請。


 それに伴い、横浜基地から各部隊が出撃。

 途中で、帝国陸軍と合流し、旧南魚沼市、八海山に本部を布陣、両軍が協力し合い新潟に上陸したBETA軍を迎え撃つ・・・ 
 


 そうした事態を想定した合同軍事訓練である。


 

 

 午前は、横浜基地から出撃した部隊は、戦術機を匍匐飛行で移動させながら、新潟へと向かい、途中、帝国軍から補給をうける訓練を行い、八海山の作戦本部へと移動。
 午後は、随時戦況が悪化したことを想定し、帝国軍部隊が、国連軍の指揮下に入ったり、その逆のケースを行なったりしながら、BETAを扮した部隊との交戦を行なっていた。



 まりもが率いるA-207部隊もA-01中隊から離れ、悠陽が率いるオベロン隊の指揮下に入り、八海山から眼下に展開した戦術機達と共に訓練に参加していた。
 その時、突然 中隊規模のBETA群が出現するというアクシデントがあり、現場に混乱が走ったが、悠陽殿下の一喝で帝国軍はもとより国連軍まで統率を取り戻す姿を見た207の訓練兵達。

 壬姫は、素直に感心し、美琴はやはり佐渡島ハイヴに近いから油断はできない気持ちを引き締め、千鶴は後日出現が予測されているBETAに気を重くし、慧はこれぐらいは軽く対処ができないと生き残れないと考えた。

 もっとも、このアクシデントは、帝国が研究用に捕獲したBETAをA-01部隊が解き放ったものである事に気付いているものはこの中にはいなかった。
 唯一、撃震に乗っている まりもだけが、夕呼の仕業かもしれないと薄々感づいているだけであった。

 

 とにかく、まりもは自分の指揮下にある4人の訓練兵をしごきにしごいた。


 この『妖精王作戦』 終了時まで生かすことを考え、これから必要になるであろう戦場で生き残る技術を叩き込んだ。

 正直、11日に旅団規模のBETA群が佐渡島ハイヴから南下を開始すると夕呼から聞いた時は、まりもには信じられなかった。
 だが、夕呼は天才でありその側にいて、何時も とんでもない事をやってのける姿を見てきたから受け入れるしかなく、
 そうであるなら、これから発生するであろう戦場を、自分が育てた訓練兵達には 是非 『死の8分』 を、その 『初陣』 を、乗り越えて欲しいと強く願っていたからである。



 幸い、彼女達は筋がいい。

 いや、正確に言うなら訓練兵としては、規格外と言って良く、
 まりもは帝国軍でもエリートとされる教導隊の出身であり何人もの教え子を育ててきたが、このような教え子達は初めてであった。


 元から207の彼女達は優秀だったのだが、
 それに加えて、夕呼が施した 『実験』 というもので、話によると こことは別世界での記憶を継承し、
 そこでも衛士であった彼女達は、そのスキルを見事に 『この世界』 に持ち込むことができたというのである。

 全く持ってそれも信じがたい話であるが、彼女たちの能力を見れば、まりも も納得せざるを得ない。


 榊千鶴、鎧衣美琴は、まだ未熟な点も幾つか見られるが、単純な戦闘能力だけを見れば、A-01部隊の伊隅みちる、速瀬水月と同等。
 彩峰慧などは、自分が不知火に搭乗して戦っても、勝てるかどうか怪しいといったほどの腕を持っているというのが、まりもの認識であった。


 そして、彼女にとって目下、一番気になるのは、珠瀬壬姫である。
 207の中では今は一番、戦闘能力が劣っており、最近は情緒も不安定であったが、それでも彼女の能力も通常の新兵から比べれば、戦術機の操縦技術もずば抜けていて、射撃技術なども、極東一と噂されるほどだ。


 しかし、それでも彼女たちにとっては、予想されうるBETAの襲撃が 『初陣』 になるのである・・・
 まりも自身、『初陣』 で、ライバル視し、まさか死ぬはずがないと思っていた屈強な同僚が死んだ経験があり、戦場ではそういうものであると身を持って知っている。

 壬姫が、午前は、最近では希に見る 良い動きをしていたのに対し、午後になると打って変わって愚鈍になったその姿を見て、その不安定さは、彼女の仲間達のみならず、まりも も心配になっていたのであった。

 

 

 

 夕食後の休憩時間、拓けた丘の上で暗い顔で座り込んでいる壬姫のもとへ 彼女はやって来た。


「ひとりでどうしたんだ? 珠瀬は、昼間のイメージトレーニングでもし直しているのか?」
「―― じ、神宮司先生!!」

「なんだ、珠瀬・・・ 私はいつからお前の教官を辞めて先生になったのだ?」


 昼間のしごきが効き過ぎたのか、壬姫が大いに混乱しているように まりもには見えた。


「も、申し訳ありません、神宮司教官!」 

 そう言って敬礼をし直す壬姫。


「まぁ、夕呼では無いけど、今は堅苦しいのは無しにしましょ、肩の力を抜きなさい」
「は、はぁ・・・・」


 昼間の鬼教官ぶりが頭から離れないのか、壬姫は落ち着きの無い顔で頷いた。 


「それで、珠瀬、一体何があったのかしら? 朝はあんなにも調子が良かったのに、急に悪くなるなんて・・・ 大丈夫かしら?」
「うう〜〜〜〜・・・」

 まるで悪戯がばれてしまった子供のようにオロオロとしだす壬姫。


「教官としての観察力と経験則が導き出した結論よ。 さ、白状しなさい、どうしたのかしら?」


 面倒見の良いお姉さんのように語りかけるまりもに対いし、少し迷いながらもポツポツと壬姫は語り出した・・・


「じ、実は〜〜 み、壬姫の友達のことなんですけど・・・ その子にはとっても好きな男の子がいるんです。
  でも、彼女が好きな男の人は、彼女の友達たちも大好きなんです・・・」

「・・・・な、中々に複雑ね〜〜」

「で・・・ 最近その彼女は、友達たちに内緒で 彼に告白しちゃったんです・・・」
「――― そ、そうなの、珠瀬!?」


 彼女とは珠瀬壬姫のことで、彼とは白銀武のことだと、まりもには容易に想像がついたが、
 その壬姫が、207の仲間達に黙って抜け駆けするとは かなり意外であった。


「はい・・・ それで、たけるさ・・じゃなくて、その彼は告白に対してキスで答えてくれたんです。
  彼女はずっと、自分は仲間ハズレにされているとか、あまり自分のことは気にも止められていないと思っていたからとても嬉しくて・・・」


「なら、その彼と彼女は付き合うことになったのね!」
 「―― い、いえ、そうではありません」

「はぁ〜〜〜? どういうことなのかしら、それは・・・」
「その・・・ 彼には、好きな子がいるようでして・・・ ケジメを付けられなくてゴメンって・・・・」


 ふぅ〜〜〜っと溜め息をつく まりも・・・
 彼がもてることは知っていたが、真面目であるから裏でそんな優柔不断なことをやっているとは思いもしなかった。
 自分の教え子達を泣かすようなことがあれば、階級に関係なく制裁を加えてやろうと心に誓う。


「判ったわ、珠瀬の悩みは、その彼のことかしら・・・・」
「い、いえ。 違うんです!!」

 慌てて否定する壬姫に まりもは訝しむ。 てっきり彼の優柔不断さに悩んでいるのかと思っていたが違うのであろうか?


「じ、実は、彼女の友達たちは、お互いに抜け駆けはしないという不戦協定を結んでいたみたいなんです・・・
  彼女はそれを知らなくて告白しちゃってて、それを今日になって知ってしまって、
  ど、どうしようかなぁ〜〜〜〜って・・・・ その、か、彼女に相談されたんですよ。  一体、どうすればいいんでしょうかっ!?」


 目を潤ませながら、切実に訴えてくる壬姫。
 なかなかに複雑な話題と状況でまりもは三度嘆息する。


 まりもは、平時であれば 壬姫は素直に207の仲間達に事の経緯を話すべきだと助言するであろう。
 207の彼女たちは、根はスッキリとした者達なので、多少の緊張状態が発生しても すぐに片が付くと思われた。
 だが、現状では、BETAの襲撃に備え部隊内はピリピリとしており、余計な混乱を持ち込むことは、小隊長としては看過できなかった。

 それにまりもの個人的な体験として、彼氏ができても長続きがしない自身を鑑みて、そのアドバイスが適切であるとは言い切れないのも事実であり、
 壬姫の若さと勢いが少し羨ましくも思いもした。


 だが、ここで必要なのは、壬姫の気持ちを前向きにさせることであって、彼女の置かれた状況を解決することではないと思い出す。
 


「珠瀬は、その彼女にどんな助言をしてあげたのかしら?」
「――― えっ!!」

「だから、あなたはその子から相談を受けたんでしょ?」
「・・・・・・・はい」


 いまさら、その子は自分とは言い出せない壬姫。
 だから、まりもの質問にすぐには答えることができなかった。

 繰り返し尋ねてくる まりもに対し、壬姫は考えながら答えていく・・・

 


「わ、私としては、友達の皆さんには、報告した方がいいとは思うんです。
  でも、そうしたら、皆さんと喧嘩になるのが、その子にとっては、嫌なんです・・・
  皆さんのことも、とっても大好きだから、嫌われるのが怖いんだと思います」


「なるほどねぇ〜〜  私は、珠瀬の考え方に賛成よ。 知らずに抜け駆けをしていたなら、言ったほうがいいかもしれないわね」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「例えばの話なんだけどね、その子が珠瀬で、彼が白銀中尉、友達たちを207の彼女たちに置き換えて考えてみたらどうかしら?」


 激しくビクリとする壬姫は脂汗をタラタラと流しだす・・・


「きっとあの子達なら、抜け駆けをした珠瀬に感心するんじゃないかしら? 先手を打たれたってね。
  それにね、一つしか無いものを奪い合うなら、対立は不可避よね、傷つくことが嫌なら最初から戦うのはやめなさいって言ってあげて・・・
  でもね、私達の戦い・・・ BETAとの戦いでもそうだけど、戦わなければもっと大事なものを失うことになる。
  人の命やその誇りや自信に自分の居場所、大切なものに対する自分の想い・・・
  戦いには失う痛みが伴うけれど、戦わなくても失っていくものはたくさんあるの・・・
  そのことは覚えておいたほうがいいわよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう・・・ですよね」


「それに、その子は友達のことも本当に好きなら、彼女達のことをもっと信用してあげたら?」
「―――― !!」

「彼女たちってそんなに陰険なのかしら?」
「そ、そんなことはないですっ!! あっ、いや、ないって聞いてます!!」


 それを聞いて、まりもは同年代の子達に比べ未発達な壬姫の髪を優しく撫でる。

「は、はぅ〜〜」

 一瞬壬姫は驚いたが、その手に武にされるのとは違う優しい安心感を覚えていく。


「珠瀬もね、その子のことも大事だろうだけど、自分の仲間達にも、もっと目を向けてあげなさい」
「・・・・・?」

「あなたがお昼以降、調子が悪いのを随分と心配していたわよ」
「―――――――  っ!!!」

「さっきみたいに暗い顔で悩んでいるのを見たりしたら、あの子たちも不安になるじゃない。
  あなた達は命を預けあう仲間になるんだから、榊たちのことが大事なら、もっと元気でいなさい。
  空元気も元気のうちだからね!!」


「は、はいっ!!」


「それとね、珠瀬・・・ あなた達は新兵にしては、飛びぬけて高い能力を持っているけど、それでもこれは 『初陣』 になるのよ。
  私個人としは、教え子のあなた達には『死の8分』を乗り越えて、一人も欠けることなく生き残って欲しい。
  そう思っている人が貴方の周りにもいることを忘れないでね」


「あ、ありがとうございますっ!!」

 壬姫は胸が熱くなる思いがした・・・
 いつも厳しい教官が、なぜ自分のところにやってきたのか、わかった気がした。
 昼以降に連発したミスを叱りに来たと思っていた。
 人格を全否定されるような謗りを受けるのだと思っていた。


 まりもは根が優しいと言い、敬愛をこめて 『まりもちゃん』と呼ぶ武のことを思い出す。

 平行世界の話があまり納得できていない壬姫にとっては、こことは違う平行世界のことはよくわからない。
 彼はここに来て日が浅いし、まりもの上官であるから、あの鬼軍曹のことを何も知らないのだと思っていた。
 
 だが、何も判っていないのは、どうやら自分の方であったと理解した。

 

 まりもの期待に応えるためにもこの作戦を生き残ろう・・・
 そして、その後に、みんなに抜け駆けを報告しようと壬姫は決意する。

 今は、自分の大切なものを守るためにできる限りのことをしようと、自分を心配している仲間達のもとへ笑顔で駆け出していくのであった。

 

 






























 ―――― 夜 B19F 香月夕呼の執務室

 

 





「どうして、私があなたをここに呼んだか判るかしら? 鑑・・・・」


 椅子に座っている夕呼は、目の前に立っている鑑 純夏に質問をする。
 純夏の他には、夕呼の隣に霞が申し訳なさそうに立っているだけであった。

 

「さぁ、私にはよくわかりません」

 純夏の思考リーディングには、現在バッフワイト素子によるプロテクトが掛けられており夕呼の思考など読むことはできない。
 もちろん、量子電導脳を持つ彼女が本気になれば、その程度のプロテクトは意味など無いのだが、
 夕呼の思考がリーディングできたとしても、純夏はそう答えたであろう。


「私はね、あなたが目覚めてから、時折 真夜中に白銀の自室へ忍び込んでいたのを知っているのよ・・・
 てっきり、逢い引きとかしてるんじゃないのかと思って放っておいたけど、白銀の話だと、あなたとは2日と8日以外は会っていないっていうのよね」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「昨夜は、隣のシリンダールームで密会をしてたみたいじゃない・・・ でも白銀はそれを夢だと思っている。
 ご丁寧にセキュリティーログを全て書き換えてまで、自分の行動を無かったことにしようとするなんて・・・
 白銀の話を聞いてログの改ざんの痕跡を見つけるまで、私もあなたがそんなことをしてるなんて思ってもみなかったわ」
 

 


 そう言って、夕呼は立ち上がり、純夏に対して銃を構えた。


「答えなさいっ! 鑑!! 白銀に対して、一体何をしているの? ・・・そして、あなたの目的は何なのかしら?」


 夕呼のそんな行動にビックリしたのは霞であり、当の純夏は銃など気にしていないように無表情のまま平然と立っていた。


「あなたは、よくやってくれているわ・・・ 正直、ここで居なくなられたら随分スケジュールに遅れが生じるかもね。
 でも不確定要素を抱えたまま これからの作戦を行なうことは、もっとリスクが高くなるの・・・」

 なおも表情を崩さない純夏。

「あなたが居なくなれば、次の00ユニットの選定が必要よね・・・
 私の予想だけど、207を中心に選定したら、おそらく白銀自身が00ユニットに立候補するんじゃないかしら?」


 その言葉で初めて、純夏は夕呼を睨む。


 それを見て、夕呼は少し悩んだのち、銃を下ろして席に着く・・・


「・・・・やっぱり、あんたにとっても今の白銀は大切だと言うことなのね。
 つまり、あんたが影でコソコソやってることは決して白銀を害するためじゃ無い・・・
 てっきり、あんたは、この世界に連れてきた白銀を恨んでるのかもって思ってたけど、そうじゃないのね?」

 そう聞き返すが、やはり純夏は黙ったままである。
 それでも夕呼は内心安堵していた。


 想定していた主なケースは3つ・・・

 1つは、『2回目の世界』の夕呼が何かを企んで、それを何らかの形で知ったこの鏡純夏が、その目的を果たすために動いていること。
 2つ目は、普段は明るいこの子が白銀の話となると硬くなることから、なにか恨みを持っていること。
 最後は、何か白銀自身が問題を抱えていてそれに鑑が対処しようとしていること。

 大まかに、そのような事態を考えていた・・・

 夕呼自身、『2回目の世界』の記憶を継承していたが、その記憶量は多くない。
 そして、その『記憶』から、手段を選ばないやり方と知ってるからこそ、一番厄介だと思っていた。
 だが、彼女が武のことで動いていると判った今、それはあり得ないと判断した。


 鑑の自分に対する複雑な思いは、夕呼にも察しがつく。
 『2回目の世界』で、BETAを倒すためとは言え、彼女自身を直接殺し、大好きな武に対し過酷な任務ばかりを押しつけていたのだ・・・
 世界の滅びを回避し、復讐のチャンスを与えたことには感謝をしているようであったが、
 同時に武を苦しめた事に対する憤りを感じ、心の底では信用していないに違いない。

 もっとも、自分は 『鑑純夏』 では無いのだから、本当のことは判らないのではあるが・・・

 

 とにかく、彼女に本当のことを喋ってもらうためには、一枚カードを切る必要があることを夕呼は感じていた。


「ねぇ、鑑。 私は、あなたと白銀には、本当に感謝しているのよ・・・ あなたと白銀がもたらしたモノは、すでに人類の生存を10年は伸ばしていると言って良いわ。
 だからね、あなたと交わした 『約束』 は、オリジナルハイヴを叩いた後に果たす取り決めだったけど、この作戦が終わった後でもいいわよ」


「―――――――― えっ!!」


「だからね、絶対にこの作戦は成功させたいのよ・・・ そのためにも不確定要素は、極力排除しなければならないの、わかるでしょ?」

 子供に言い聞かせるように話す夕呼。
 内心、柄じゃ無いと呟きながら・・・


「香月先生、本当に 『約束』 を守ってくれますか?」

「もちろんよ、社が証人になってくれるわよね?」

 そう言って隣に居た霞に顔を向ける夕呼。 霞もコクリと頷き、純夏もようやく肩の力を抜くのであった・・・

 







 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 

 

「今回のたけるちゃんは、『2回目』のループと違い、『1回目の世界』のことを多く思い出しています。
 
 冥夜さんや慧さん達を愛した記憶・・・ 彼女達や207の仲間を失った時の記憶・・・ 自分の死の記憶・・・
  これらの記憶は私の時には、継承させませんでした・・・

  その記憶は、たけるちゃんを苦しめると思ったし、それらがあると私の存在に気が付かないと思ったから・・・」


 少し苦い顔をして話し始める純夏。
 武のためと言いながら、結局は自分のエゴで武の記憶を改竄した事実がそんな顔をさせていた。

「でも、今回のたけるちゃんはそれらの記憶を全部は思い出してはいませんが、継承はしているみたいです」

「その記憶を有する因子が今回の白銀の強さでもあるんでしょ?」

「そうです、香月先生。 でもそれは、たけるちゃんにとって同時に弱点にもなってます」


 その言葉に眉をひそめる夕呼。


「・・・・・白銀の心や、記憶の状態はそんなに不安定になっているのかしら?」


「今はまだ大丈夫です。 ですけど、何時、何がキッカケでそれが悪化するかは判りません・・・・
  状態が悪化すれば、目の前で起っていることが、記憶の出来事なのか、現実のことなのか区別が付かなくなるかもしれません・・・」



 夕呼自身も『平行世界の記憶』を持っているため、時々自分が知りもしないことを知っていることに気付いてハッとすることがある。
 その、他の『平行世界の記憶量』 を半端無く有している武であり、
 そうなる危険性があることは、可能性としては予見していたし、対策も一応考えてはいた。



「だから、鑑は夜に白銀の寝所に忍び込んで 『処置』 を行なっていたということかしら?」

「はい、先生。 私は、たけるちゃんの記憶を覗いて、危険な関連づけはプロジェクションで極力邪魔をして、必要なら記憶の上書きをやってました・・・」



 それが、深夜 密かに武の部屋へと訪れていた純夏の全てであった。


 そして、昨夜は、武は壬姫に告白されて、その強い想いと共に急速に記憶の関連づけが進んだために、非常に危険な精神状態だったというのだ。

 純夏はそれを元に戻すために、昨夜の記憶ごと武自身に認識させないような隠蔽処置を施したというのであり、
 結果が 『記憶の欠落』 という現象であった。





 夕呼は、ふと 『珠瀬壬姫』 のことを思い出す。
 彼女は『実験』の結果、『2回目の世界』の記憶よりも武が 『元いた世界』 の記憶を多く保有していた。

 そのような記憶を思い出しても、この戦争では、何の役にも立ちはしない。
 むしろ、BETAやこの世界に対する拒否感を生むばかりで害になるとさえ考えて、純夏にそれらの記憶を隠蔽するように処置させていた。


 自分が壬姫のため教えたことを、同じ様に武にもやっていたとは思いもしなかった。
 だが、今回は結果として良かったのかもしれないとも考えた。

 話を聞く限り、昨夜の武の状態はかなりまずい状態であったのかもしれないと判断したからだ。


「で、ちょっと聞きたいんだけど、白銀は夢だと思っているみたいだけど、結局あんたは昨夜は白銀に抱かれたの?」


 何となく気になって聞いてみる夕呼。
 その質問に真っ赤になる純夏を見て、答えを聞くまでもないとすぐに理解した。

 


「ま、そんなことは、どうでもいいわ〜〜〜。 ねぇ、鑑、たぶん、あなたには、礼を言うべきなのね・・・ 感謝するわ」

「・・・私は、たけるちゃんのためにやっただけです」


 硬く、そして赤味がかった表情で答える純夏。

 

「もういいわ、下がっていいわよ、鑑。 明日には宇宙に上がって貰うから今日はじっくり休みなさい」


 そう言って夕呼は純夏を下がらせた。
 とにかく、不確定要素は把握したはずだと言い聞かせる夕呼。



 あとは、本当の 『妖精王作戦』 の開始を待つばかりであった・・・・・・

 

 

 


















 

 

 →次へ




 →後書き〜〜