2001年11月7日





















「―――― いったい どういうことだ・・・ 冥夜は目を覚ましたのか?」


 朝、白銀武が 御剣冥夜の眠る病室へ訪れると、そこは空室と化していた。


 近くにいた看護婦に病室のことを尋ねても よくわからない、としか返してこない。
 冥夜の素性が複雑ゆえに武たちが看護していたのだ、それは予想できる回答であった。

 こういう時こそ冷静にならなければ・・・・・・ そう自分に言い聞かせ、武は急いで香月夕呼の執務室へと向かっていった。



  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「――――――――っ!!!」


 執務室に入るとまず目に入ったのは、すらりとした気品の漂う冥夜の立ち姿であった。
 武は興奮のあまり、周囲に目を配ることなく冥夜に近付こうとする

 と、その時。
 武は背後から現れた人物に組み敷かれそうになる。

 思わず武は相手を押し倒してしまった、

 ずどぉぉーーーーーーーん

 という擬音と共に・・・


「は、離しなさい、無礼者ッ!!」

 60代であろうと思わせる女性が不機嫌そうな声で、床から唸りを上げる。
 武自身、無意識のうちに取り押さえてしまったことに ビックリしながら相手を解放した。


「まったく、どこの世界の暗殺者よ・・・ 背後に立った人間に対してそんな仕打ちをするなんて・・・・」

 呆れた声でこの部屋の主、香月夕呼が話しかけてきた。
 
 武が部屋の中を見渡すと、冥夜と夕呼以外に、月詠少佐、スーツ姿で美琴の父でもある帝国情報省外務二課の課長、鎧衣左近。
 そして今しがた取り押さえていた女性は、『2回目の世界』で煌武院 悠陽が『侍従長』と呼んでいた人であった。

 そこでようやく武も合点がいった。


「彼女は・・・  冥夜では 無いんですね?」

 武は冥夜を見ながら夕呼に尋ねてみる。

「察しがいいですね、白銀。わたくしは煌武院 悠陽と申します」


 それに答えたのは 何の悪びれもない様子の冥夜の姿をした女性であった。
 武自身、予測はついていていたのだが、目の前の女性にそう言われて しばらくの間 呆けてしまった。


「まったく、悠陽殿下に突然近づこうとなさったり、そのお声に反応しなかったり・・・この白銀という男は甚だ 無礼です!!」

 侍従長と呼ばれる女性は険のある目で言い放つ。
 それでようやく 武は正気を取り戻す。

「どうして殿下が冥夜の格好をなさってるんですか?」

 たぶん自分の敬語は間違っているんだろうと思いつつ、
 嫌な予感が抑え切れなくて、武はその疑問を口にする。


「殿下もね、記憶の関連づけの実験をしたいって言ってきたのよ・・・」

 ばつが悪そうな顔で夕呼が答える。

「それと、殿下の格好が・・・」

「病人の看病をしている白銀と違って、殿下は忙しいのよねぇ〜〜。
  かと言って、今や帝国の上層部にも注目されてる あんたと、殿下が付きっきりってのも体面が良くないし・・・・・・
 どうせ白銀と一緒にいなければならないのなら一緒に訓練をして、教えを請いたいって殿下が仰ったのよ・・・・」

「それで?」
「幸い、今は御剣は表に出られないでしょ? だから必然的にこうなった訳・・・」

 必然的にというのは夕呼の皮肉なのであろう。
 この場で不服そうな顔をしている月詠少佐、夕呼先生、侍従長の顔を見れば、みな その殿下の行動に不満があるのがよくわかる。

 殿下は、この国で二番目に偉い人なのだ。
 武の『元の世界』の日本国の首相とかと違い、民からも絶大な信任を受けている。
 悠陽が訓練兵に混じって訓練を受けていることがバレたら、ただ事では済まないし、
 彼女に何かがあっては国連と帝国との関係にヒビが入ることは間違いない。


「御剣訓練兵と私は瓜二つゆえ、彼女の格好をすることで白銀にも迷惑になる事無く、一緒にいられましょう?」

 この計画を思いついたであろう本人の悠陽が微笑を浮かべてそう言い、何を考えているのか わからない左近は にこやかに頷いている。
 思わず武はため息が出てしまった。


「私たちは今回、白銀中尉を補佐してやることができない・・・」

 何となく申し訳なさそうに目をそらしながら月詠はそう話す。

「ち、ちょっと待ってくださいよ月詠少佐、俺一人で殿下を守れっていうんですか?」
「白銀は、侍従長ほどの人物を押さえ込むことができるんですもの、大丈夫ですわ」
「で、殿下ぁ〜〜」

 確かにその侍従長と呼ばれる人物には隙がなく 武人たる堂々とした雰囲気をまとっている。
 武自身、そのような人物を投げ飛ばしたことで自らの有能性を図らずも証明してしまった。

「とにかく白銀中尉、殿下のことは頼んだぞ・・・」

 月詠の顔には、あからさまな苦渋の色が浮かんでおり、決してこの状況が本意では無いことは武にも読み取れ、
 どうみても、月詠では 今回の事態を引き起こしている悠陽を諫めることができていないようであった。

「その・・・少佐、護衛は一人も無しですか?」
「普段の御剣冥夜には、護衛などいないでしょう? わたくしが月詠達に そのように命じました」

 そう応えたのは悠陽。

「ですけど、殿下。何かあったら本当にどうするんですかっ? 最悪、帝国と国連軍の関係が駄目になりますよ!」
「多くの臣下を引き連れ、その影に隠れる指導者に一体誰が信頼を寄せるというのでしょうか、白銀・・・」
「い、いや殿下。そ、それとこれとは、話が――」
「あなたは、わたくしを信じてはくださらないのですか? いち訓練兵のマネもできないと思っているのですか?」

 悠陽は心なし首を傾けながら武に聞いてくる。
 それはどことなく無垢で愛らしい少女を思わせ、その言葉を否定することは罪であるかのような錯覚を武に与える。
 そして、その様子をじーーーーっと見つめる月詠、侍従長に 鎧衣左近。


「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 結局、その場のプレッシャーに負けてしまい武は悠陽の意見を受け入れるしか無かった。

―― 何も無ければいいんだっ!!

 武はそう自身に言い聞かせ、チラリと月詠を見た。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「その・・我々も忙しいのでな、殿下のことは頼んだぞ、白銀中尉。
  こちらは、次回の作戦のことや、今日こちらに持ってきた殿下の武御雷のこととか 色々しなければならない・・・・・」 

 恨めし気な目つきの武に対し視線をそらして月詠は答えていく。
 結局ため息をつくしかない武は、話題を変えることにした。

「・・・あの月詠少佐。紫の武御雷をもってきたんですか?」
 
 だが月詠に代わって、それには夕呼が答える。

「そうよ、白銀。あんたの機体に乗っけてる新型XM3、通称『XM3.2』を殿下の機体に載せることになったの・・・ 
  まぁ非公式に、殿下がお忍びで横浜基地に来てもらった『建前』がそれ。
  本来の目的が、殿下の要望で『記憶の流入の実験』を実施するためと言ったところよ」

 夕呼がそのように月詠に代わって説明したことは、何か他にも隠し事があるのでは無いかと武に思わせた。

 しかし、それはともかく 悠陽のような立場にいる人間が自身と同じような危機意識と記憶を持ってくれることは彼は賛成だった。
 そうすれば 色々と力強い味方になってくれるからだ。

 だが、記憶の流入には因果導体である武への好感度が鍵になっている。
 悠陽に対しても口説けと夕呼はいうのではなかろうか?
 そんなことをすれば、目の前にいる侍従長などは、何をするか わかったものではない・・・
 武がそんな不安を抱いていると、夕呼は近づいてきて小声でこう言った。


「無理に殿下の好感度を上げようなんて思わなくていいからね。ただし何かあれば絶対に殿下を守るのよ、白銀」
 
「それを聞いて少し安心しました。先生の任務に無茶が多いのはなれてますけど・・・ はぁ〜〜、何なんですかねこの状況は・・・・・・」
「今日一日ってことだから、我慢なさい」

「了解しましたよ・・・・・・ ところで、本物の冥夜の方はどうなっているんですか?」
「突然目が覚められても具合が悪いからね、今日は地下研究棟の方へ移送しているわ」

「そう、ですか」


 それから後、武は冥夜に扮した悠陽に現状の207訓練小隊を説明し 今日の予定について話し合った。
 姿は冥夜でも、その立ち振る舞いが全く違う悠陽に苦笑しつつも武は覚悟を決めて、彼女と共に執務室を後にした。







  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 集合場所へと向かう途中、何を話せばよいか迷っていると、悠陽の方から武の方へ話かけてきた。

「このような振る舞いによって随分と迷惑をかけますね、白銀」
「はははは・・・、そんなことはないですよ殿下」

「わたくしは、若輩者ゆえ今までは、和を持ってことを成そうと思っておりました」

「・・・・・・・・・・・・」
「しかし、月詠から聞かされた平行世界の話によれば、結局はそのような態度が民草を不安にさせ、
  ひいては臣下の者達をクーデターへと向かわせたのでしょう」

「―― 俺が知る、もう一つの平行世界ではクーデターは起きませんでした。
  その違いはオルタネイティブ4が成功しそうであったためにオルタネイティブ5急進派に強硬策を打たせたのだと・・・」


「わたくしは懺悔をしているのではありません――」
 
 武の言葉を遮るように悠陽は言葉を続ける。

「これは、わたくしの決意なのです・・・
 結局のところ わたくしは、自らの手を汚す覚悟が足らなかった、矢面に立ってことを成すことを避けてきたと言ってもいいでしょう」


 自らの手を汚す覚悟・・・・ その言葉は『2回目の世界』でも悠陽本人の口から聞いている。
 それはもしかすると、それには自らに対しての自戒が込められていたのかもしれないと武は思う。


「だから わたくしはもう少し大胆に動いてみようと思うのです。
  そのために今回のように月詠達や白銀にもご迷惑をかけるやもしれません」

「・・・世界を・・・未来を変えるためには、強い『意志力』が必要です。まぁ俺が言わなくても殿下はわかっているとは思いますが・・・」

「そうですね。何事にも屈することのない意志を持たなければBETAには勝てません」
「だから、俺なんかに気にせずに好きにやればいいです。必要があれば協力は惜しみませんよ」

 この人なら信じられる・・・ 晴れやかな顔で武は答える。

「ふふっ、随分 わたくしを信頼なさってくれているのですね。どうしてかしら・・・あなたはこの世界の人間ではないのでしょ?」

「俺は、悠陽殿下のことは正直あまり知りません。ですが、冥夜のことはよく知ってます。それこそいろんな世界の冥夜を・・・
  あいつが最も信じている人間を俺が疑う訳にはいきませんからね」


「ふふふふふ・・・・ ありがとう、白銀」
 さも、嬉しそうというか、可笑しそうに悠陽は笑う。その様子に少しだけ武も照れてしまった。

「ちょっと、かっこつけすぎましたかね?」
「そうですね、少しかっこつけすぎです。でも、冥夜があなたを好きになった理由がわかりました」
「・・・・それは、何ですか?」
「それは・・・ 姉妹の秘密です」

 もう何年も2人は会っていないというのに、確信めいた笑顔で悠陽は悪戯っぽく答えてみせた。

 この場に俺ではなく冥夜がいれば、どれほど素敵なことだろうかと、武は思わずにはいられなかった。












―――― 集合場所  ブリーフィングルーム


 集合場所で冥夜の姿を見た207訓練小隊の千鶴たちは一様に驚きの声を上げた。


「御剣・・・・ 目を覚ましたのね!!」
「め、冥夜さん〜〜!」 
「も、もう大丈夫なんですか! 本当に良かったです!」
「久しぶり」

 冥夜の無事を喜ぶ彼女達。
 ここ数日武を避けていた慧も、冥夜が復活したことへの嬉しさか、さすがに今日はそんな素振りも見せない。

「みなさん、どうもご迷惑をおかけしました」

「「「「――???」」」」
 
 明らかに冥夜と異なる口調で皆に返事を返す悠陽。

「御剣・・・・ どうしちゃったの? 言葉遣いがいつもと変よ」
「なんか別人みたいだよね〜〜」
「替え玉?」
「み、皆さん、冥夜さんに失礼ですよぉ〜〜」

 唯一 壬姫が冥夜を庇うがその目には不審の色が浮かんでいる。
 だが、そんなことに悠陽本人は特に気にした様子もない。

「こ、こら、お前らっ! 病み上がりの冥夜になんてことを言うんだ !!」
「だって、タケル・・・ この御剣はちょっと変」

 207で一番鋭い慧が指摘してくる。

「あ〜〜、えっとだなぁ・・・ あの実験で冥夜の中には、複数の平行世界の記憶が流入しててだな・・・・・・
  本人も、いつもは どうみんなと接していたのか 分からなくなって 戸惑ってるんだ」

 あらかじめ用意をしていた言い訳を武は披露する。


「ごめんなさいね、みなさん。私だけ、実験でこのような形になってしまって・・・・」


「ち、ちょっと御剣、いいのよ。私達の方こそあなたの事情を知らないで好き勝手に言っちゃってて」
「そ、そうだよぉ、冥夜さん。ボク達は仲間じゃないか〜〜」
「疑ってゴメン」
「でも良かったですよぉー。 私たちずっと心配をしてたんです」

 武の言葉に納得したのか、安心した顔で悠陽に応える彼女達。
 壬姫などは本当に嬉しいのであろう、目に涙まで浮かべている。


「でも本当にみなさん、私と仲良くなさってくれているのね・・・ いつもと違うとは思いますが、どうかヨロシクお願いします」

 そう言って悠陽は頭を下げる。
 
「それにしてもなんだか、そういう話し方をしていると、悠陽殿下にますます・・・・・  ひぃーーーーーー」
 
 突然の壬姫の急変に皆が訝しむ。

「な、なんだよ、たま、途中まで話して、急に変な声を出すなよな」
「タ、タケルさぁん〜〜。  い、いや、ドアのすき間から斯衛の人たちが覗いてて、な、なんだか私のことを睨んでたんですぅーー」

「・・・・・・・・・・・・そ、そうか・・ たま、気をつけて話せよな」
「そ、そうよ、珠瀬。今日はなんだか基地内で斯衛をよく見かけるし・・・
  御剣のことは色々と政治的なことが絡んでるみたいなんだから、斯衛に聞かれたら大変よ・・・」

「わ、わかりました、タケルさん、千鶴さん」

―― 睨んでいたのは絶対に月詠さんだ。
    あの人、ちゃんと仕事してんのかな〜〜?  絶対にストーカーとかしてそうなんだが・・・・・・

 『元の世界』で神出鬼没であった月詠を思い出し、武はため息をつく。
 

「ごめんなさいね、白銀中尉。私のことでまた悩ませてしまって・・・」
「えっ、いいんですよ、そんなことは・・・」 



 そんな何気ない やりとりを見ていた美琴。

「今日は、タケルのほうが、かしこまったしゃべり方をしてるよねぇ〜〜 どうしてかなぁ〜?」

 その無邪気な言葉がまた波紋を作り出す。

「そういえばそうよね。御剣ばかりでなく、白銀中尉も今日は変だわ。妙に御剣に対して優しいというか・・・」
「その配慮、愛を感じるね」
「ううぅーー、差別です」

「ち、ちょっとお前ら、俺はいつもどおりだろ?  ははは・・・」

―― 月詠さんたちが監視している中で、俺に悠陽殿下へ馴れ馴れしくしろというのか? お前らはっ!!

 そんなことをすれば、いつ後ろからズブリとヤられるかわかったものではない。
 だが、そんな武の気持ちを他所に悠陽は彼女達に話しかける。


「わたくしと白銀中尉はどのような感じで日頃は接していたのでしょうか?」


「そうだねぇ〜 まず冥夜さんは、たけるのことは、白銀中尉じゃなくて『タケル』って呼んでたよ」 
「私達の中では、一番仲が良かったかしら・・・ 夜のグラウンドで、密会してたり、私は抱き合ってるとこも見たわ・・・」
「2人は私達に隠し事をしてる」
「壬姫は、端から見てると少し羨ましかったですねぇ〜〜」

 その4人の嫉妬に満ちた視線は悠陽でなく、なぜか武に向けられた。


「―― と、とにかくだ。今日はこれからシミュレーター訓練を行い、午後は実機で演習を行うからなっ!!」

「誤魔化した・・・」
「誤魔化したわね」

 こういうときだけ息の合う 慧と千鶴。
 壬姫や美琴は冥夜が居なかった間に何があったかを事細かに話してくれた。

 それらを見ていて、妹は良い仲間に恵まれたのだと悠陽は思う。


「―― では、武さん、みなさん。今日は一日よろしくお願いします」

 この部屋にいる人たちに心よりの感謝を込めて悠陽はそういった。 


 












―――― 昼休み PX



「一応、御剣にも『実験』の効果は現れているようね」

 合成鯖味噌定食を食べ終えて、榊 千鶴は口を開いた。

 午前のシミュレーター訓練で 御剣 冥夜に扮する 煌武院 悠陽 は 戦術機を見事操って見せた。

 『2回目の世界』では100時間程度の訓練を受けていると悠陽から武は聞いていたが
 こちらの世界では、あの世界よりも さらに頑張っていたのであろう・・・・・・

 その操縦技術は洗練かつ大胆。
 新米の衛士程度では足元にも及ばないものであった。
 戦術機の動きは、月詠のそれに良く似ており、悠陽の師の中には、おそらく彼女も入っているように思われた。


「ふふふ、みなさまの方がとてもお上手ですわ。特に彩峰さんの動きなどは一流と言っても差し支えないかと・・・」
「私なんてまだまだ、タケルのほうが全然凄い」

 謙遜もなくそう答える慧。

「確かに武さんは凄いですね。24機の不知火を相手にした時などは――」
「あれぇ〜〜、なんで冥夜さん。そのことを知ってるんですか? ずっと昏睡状態って聞いてたんだけど・・・・」

「それはですね、美琴さん。今朝、香月副司令にそのデータを見せてもらったんです。
  その鬼神のごとき強さであると、病院内でも 武さんのことは噂になっていたものですから」

 冥夜のフリをしていても悪びれもせず、会話にボロが出ても落ち着いてそれを優雅に返す。
 多くの人間を率い、国を支える者は こうでないといけないのであろう・・・
 そんな風に 武は感心しながら、冥夜を演じる悠陽の様子を見ていた。


「ねぇねぇ タケル〜、あれ見てよ」

 何の前触れもなく、そう美琴が囁いてくる。

「―― な、なんだよ、美琴。一体どうした」
「いいからぁ〜〜」

 美琴が示すほうを見ると、ここに居ない壬姫が何やら2人組みに絡まれていた。

「あれ・・・あの2人どこかで・・・・・見たことあるんだが・・・・・誰だったかな・・・・」

 だがすぐに 「あぁっーーーー !!」 と言った感じで思い出し 「またあいつらか・・・」 と武は嘆息する。


 『1回目の世界]』でも、『2回目の世界』でも・・・ なんでああも成長が無いのか・・・・
 小一時間、武は問い詰めたくなった。

 

 
「おいお前、ハンガーにある特別機・・・ 帝国斯衛の新型は一体誰のだ? おまら訓練兵の誰かのものだと聞いてるんだがな」
「わ、わたくしは知らないですぅ〜〜」
「そんなことは無いだろ! いいから知ってることを答えろよっ!!」

 

 そんなやり取りがこちらの席まで聞こえてきており
 いい加減、壬姫を助けようと 武は立ち上がろうとした。

 だが、突如 2人組の国連衛士の背後から現れた スーツの男と緑の髪の帝国斯衛。
 彼らは2人組の国連衛士の肩を掴み、一言、二言を何かをかわした様であった。

 その後、国連衛士達は項垂れて、スーツと緑髪に連行されてしてしまった・・・・


 ぽか〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん

 そんな音が聞こえそうなほど、武は口を開けたまま呆気にとられており。
 彼らにどんな仕打ちが待っているのか、あまり想像したくない。


「武さん、何かあったのでしょうか?」

 ようやく 場の空気がおかしい事に気付いた悠陽が尋ねてくるが、武は上手く答えることが出来なかった。



 

「あぁ〜〜  ビックリしました〜」

 その後すぐに、壬姫が合成豚角煮定食をトレイに載せてやって来た。
 
「珠瀬、大丈夫?」
「な、何とかなりましたよ〜〜、慧さん。 突然 スーツの人と斯衛の人がやって来て助けてくれました」

「なんだかねぇ〜〜 あのスーツの人って、ボクの父さんにどこと無く似てたなぁ〜〜 いや面影か、なんかが・・・」
「あら、ホームシックなの、鎧衣。父親が恋しくなったのかしら?」
「ち、違うよぉ〜〜 千鶴さ〜ん。でも、やっぱり父さんなわけないか。さっきの人、ちょっとマトモそうだったもんね」

 207の彼女達は普段通りの談笑に戻っていた。
 
―― 課長・・・ 美琴に早く会っておかないと本気で忘れ去られそうですよ・・・・・・

 武は、一応心の中でそうツッコミを入れておいた。 



 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 

 午後は、207だけで実機を使った市街戦闘演習を行うことになっている。
 夕呼からの報告ではすでに、新型OS『XM3.2』は武御雷に換装が済んでいるということであり、悠陽はそれに搭乗することになっていた。


 
 武達がハンガーにやってくると まず壬姫が大きな声を上げた。

「た、武御雷じゃないですかぁ〜〜〜 な、なんでこれが私たちのハンガーに入っているんですか!!」

 壬姫が嬉しそうに武御雷に近づいてゆく。

「たま、ストップだ!!」

 そう言って武は壬姫を呼び止める。

「――――? どうしたんですか、たけるさん」
「ペタペタと触るんじゃないぞ〜」
「あはははは・・・・ わ、私はそんなことは しませんよぅ、だって 向こうで斯衛の人たちが睨んでいるじゃないですか」

 壬姫が視線を送った先には、武の見たことの無い斯衛たちの何人かが、厳しい目つきでこちらを伺っている。


―― 月詠さん達が手配したんだろうけど、警備の奴らも大変だなぁ〜〜

 冥夜に扮した悠陽はこの国でもトップクラスの重要人物である。
 それを考えれば、たぶんこちらの目につかない所でも警備が行われているのだろう。
 悠陽の安全が確保されていることには安心するが、こうも監視されていては訓練などは かえってやりにくいと武は思わずにはいられない。


「あっ、さっきPXで聞かれた新型戦術機って もしかしてこれのことですかねぇ〜〜」

 壬姫が思い出したように独りごちる。

「ああ、たぶんそうだろうな、たま。この機体は今回の演習で冥夜が乗ることになっている」
「へ、へぇ〜〜〜 やっぱり冥夜さんって・・・・」

 そこまで言って壬姫は口を止めた。

 この世界の日本国民であれば
 これだけ情報を与えれば冥夜の素性が皇族か将軍のどちらかに深く関わっていることは容易に想像できる。

 触らぬ神に祟りなし。

 壬姫は、帝国軍衛士の影を気にしながら、とぼけた振りをして皆の元へと戻っていった。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ハンガーの状況を確認しながら武は考える。
 不知火が一機少ないとは言え、このハンガーにとうとう武御雷がやって来た。
 その事実が武に不安な気持ちを植え付ける。

 何かデジャヴを体験しているような嫌な感じ・・・
 この世界の歴史は『1回目の世界』や『2回目の世界』とも異なる様相は見せている。
 だが、大きく変わってはいるがそれを引き戻すような幾つかの出来事。


 昼食の時に見た2人組や、この武御雷が納められたハンガー・・・


 『世界の修正力』・・・ そんな言葉が武の頭の中に浮かんでいた・・・・・・



  『世界』は無数に分岐していく・・・・
  だけどね、世界は無数にあるわけじゃない

  隣接しあう世界は、常にその因果を交換しあい、偶然という名を借りて事実を一致させていく。
  そういう形をとって、世界は収束していくんだよ・・・・

  プリンを食べた世界とそれを食べないで冷蔵庫に残した世界に分岐したと考えるとね
  結局、誰かがそのプリンを食べることで分岐の差異が消失してしまうんだよ

  ん? 後者の食べた人間への因果の作用だって?
  人間の記憶ってのは、とても軽い因果だって君も知っているだろ・・・
  そんなことを気にする意志が消えてしまえばそれらの差異なんて世界にはどうでも良いことなんだ。
  ちょうどオレ達が原子レベルの活動を確率でしか気にしないだろ?
  それと同じさ

  とにかく世界は分岐すると同時に、収束もしているってことさ

  その収束させようとする力をね、『世界の修正力』って呼んでるんだよ

  だから、例えこの世界がBETAに勝つことができたとしても、周りにBETAによって滅びた人類の平行世界がある限り
  この世界も偶然、隕石や地殻変動か何かによって滅びてしまう可能性もあるってことさ・・・・
 
  それが10年後か、100年後か、1万年先かはわからない。
  しかしね、世界は収束していく。

  常に事実を一致させていく志向性、強制力を持っている。

  滅びという因果に 『この世界』は 常に晒され続けている・・・・・・

  それに打ち勝つことができるのは強い『意志』 をもつことだけだ。
  『意志』のあり方こそ、『因果律量子論』のあり方なんだよ

  既存の物理学が、光を観測することで成り立ち、そしてそれゆえに光という物理的存在を超えることはできない。
  だが、意味や意志を観測することで成立している因果律量子論なら、光が超えられない、時間の壁や世界の壁をも越えていける

  『意志』にもとづいた世界を構成しえる。

  因果導体はね、隣接しない世界を繋げているて因果を交換する存在なんだよ・・・

  気を付けなければいけないのは強い『意志』を持つことだ・・・
  そうでなければ容易に この世界の未来は周りの滅びた世界と同じになってしまうんだよ・・・・



 どこかの世界で 誰かがそう武に言っていた・・・?
 誰であったか?
 そう語ったのは、男であったか、女であったか・・・

 もっと別の語り口でその人は話していたかもしれない・・・・・・

 記憶の焦点を合わせようと試みるが、かえってその輪郭は武の中でぼやけていく。



 

「難しそうな顔をしていますね、武さん。何かございましたか?」

 そう話しかけてきたのは悠陽。

「ああ、何でもない。ただ、何か重要なことを忘れているような気がしてさ、それを考えていたんだ」

「邪魔をしてしまったでしょうか?」
「あー、そんなことはない。それじゃあ、ブリーフィングに移るか・・・」

 武は、内にある不安を拭い去り、みなが集合している方へ歩いていった。



 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 

 実機訓練は『207訓練小隊VS白銀機』という形になった。

 当初の武の予定では、207を分けて戦わせるものであったのだが、
 折角 冥夜がそろったのだから武と戦いたいという彼女達の声 (悠陽も含め) があまりにも大きかった。

 また、武にとっても悠陽の身を案じると207の彼女たちを戦わせることに一抹の不安も感じていた。

 彼女達を信じていないわけでは無かったが、自分が相手をする方が、力加減がコントロールできると思ったのだ。
 結局、何かあっても全ての責任が背負えるように考え、彼女たちの意見を了承した。


 そのような経緯をで模擬戦が行われたのだが、武の予想に反して彼女たちは善戦し見事 白銀機に土をつけたのであった・・・・・・

 





「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」

 汗をしたたり落としている悠陽に秘匿回線が入る。

「殿下、大丈夫ですか?」

「白銀・・・ そなた、手を抜きましたね?」

「そ、そういうつもりは無かったんですけどね」
「甚だ遺憾です」

「そうは言ってもですね、明後日には207訓練小隊は、この基地から出撃しなければいけないですし、殿下にもしものことがあったら・・・」
「―― 言い訳は見苦しいですよ、白銀」
「うぅ・・・」

 手加減をしたことが、これほど悠陽の機嫌を損ねるとは武には意外であった。
 『2回目の世界』では大人びた知的な印象の方が強く残っており、もっと物わかりの良い人だと思っていたからだ。

 だが、その拗ねた感じは どこかた冥夜に似ており やはり姉妹だと 実感すると何か武は嬉しくなる。


「私のことを本気で気遣うのであれば、そなたが体験してきた戦場の厳しさを わたくしに叩き込んでください」

「う、うーーん」
「今朝、私に協力すると言ったのは口先だけなのですか?」
「そ、そんなことは、無いですよ、殿下」

「―― でしたら、もし次に私たちが勝ったのなら、こちらから 何か1つ、願いを叶えてはもらうというのはどうでしょうか?」

 悠陽はどこか挑発的な視線でこちらを見てくる。

―― まるで悪戯っ子だなぁ・・・

 そんな感想が武の口から出そうになる。


「了解しましたよ、殿下。俺もそれで無理難題を押しつけられるのは嫌ですからね、次は本気でいきますよ」

 わがままな姫に毎度毎度 困らせられる若き騎士のように 武は恭しく答えて見せる。

 悠陽は立場上、同年代の子供達と思いっきり遊ぶと言うことが無かったのかもしれない。
 今の悠陽は、そうしたストレスを冥夜の姿を借りることによって発散させているように 武には思えてしまった。

―― そう言えば、『2回目の世界』で出会ったときも殿下は変装をしてたんだよなぁ・・・ 今回の事といい、まさかコスプレ好き?

 そんな とりとめの無いことを考えながら武はハンガーに戻っていった。




 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 

 ゴ ・ゴ ・ゴ・ゴ・ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・



 一回目の模擬戦の反省会。ブリーフィングルームの空気は最悪である。

「たけるぅ〜〜〜、手を抜いたら駄目だよぉ〜〜!」
「そうよね。白銀中尉、これでは演習の意味がありません!!」
「特に御剣への対応は甘い。タケル、隙だらけだった」
「み、みなさん、落ち着いてください、一応 たけるさんは上官なんですから〜〜」

 一応でなく間違いなく俺は上官だ、たま。 そう武は 付け加えたくはあったが、とてもそんな雰囲気では無い。

―― まったく、冥夜が悠陽殿下と知ったら、とても本気でヤレなんて言えないだろうに・・・

 だが、そんなことを口に出せば、どこに潜んでいるか分からない月詠さんに一体何をされるか・・・
 そんなことを考えて武は身震いをする。


 部屋には武と悠陽、それと207訓練小隊 と神宮司まりも の姿。

 さっきは、悠陽に対し本気でやると言って見せたが、さて本当のところ どうするべきかと武は悩む。
 結局、困ってますと言った感じに模擬戦を監督している まりもの方へ チラチラと視線を送ることとなった。


「ヤレヤレ、お前達は少しは落ち着いたらどうだ」

 そう言って まりもは不機嫌な訓練兵たちに話しかけた。


「お前たちは、自分の実力がわかっていないのだろう・・・
 博士の 『実験』 というやつで、技術だけは間違いなく一流の衛士になっている。
 彩峰に関しては、この基地で白銀に次ぐ実力を持っていると言っていいだろう 」

「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」

「それで、1対5で模擬戦をやっておいて 負けた方に不満をぶつけるというのは、全く良識のある者の対応とは思えんがな」

 その言葉に千鶴達は黙り込んでしまう。


 さすがです、まりもちゃん――  武は心の中で感謝しそうになる。



「だが、24機もの不知火を単機で撃破した死闘を見た後では、いささかこの模擬戦の結果は不満ではあるな、白銀・中尉」

 まりもは武に視線を移しながらそう言う。
 公の場でない時に まりもが『白銀中尉』と呼ぶとき、それは多分に嫌みが含まれている。

「あ、あの・・・ まりもちゃん?」

「病み上がりの御剣が心配なのはわかる。だが模擬戦中、事あるごとに秘匿回線で何か話をするのは正直どうかと思うぞ。
 仮にも敵味方であるのに・・・」

 まりもは冥夜の正体は知らないし、秘匿回線の内容までは確認できない。
 だが、模擬戦を監督する者として、白銀機と紫の武御雷が何かを話していたのは掴んでいた。


「そ、それ、本当なの? 御剣・・・」

 千鶴達はそれを確認するかのように悠陽を見る。


 

「―― 何度も、武さんには心配無用と言ったのですけどね・・・」

 今まで沈黙していた彼女は肩をすくめ、さも困ったように大げさに演技をする悠陽。




  ド ・ ド ・ ド・ ド・ ド・ ド・ ド・ ド・ ド ド ド ド ド ド ド ド ドドドドドドドドドド゙・・・・
 

 武はさらに空気が重くなるのを実感していた・・・

 


「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 千鶴、慧、美琴、壬姫の4人は黙ったまま武を見ている。


 幾つかの情念を孕んだの沈黙・・・・・・
 いっそ何かを言ってくれたほうが武は楽である。

 本気で戦い、何か事故でもあれば帝国と国連の関係にヒビが入り、手を抜けば悠陽や207に責められる。
 本当のことを話せば、月詠達から睨まれるのだ・・・

 全く持って、BETAとの戦いとは無関係な事で、武は心身ともに追い込まれていく感じがした。


 そんな沈黙による緊張状態に、悠陽が言葉をかけた。


「今度は本気でやってくれますから皆さんご安心してください。そうですよね、武さん」

「そうかしら、御剣・・・ 白銀中尉はあなたには甘いみたいだからね、口先だけかもしれないわ・・・」

「そんなことは無いですよ。今度、武さんが負けたら 『白銀武、1日自由券』 というものを1枚配布してくれるらしいですよ」

「「「「「―――― !!」」」」」

 その言葉に207の彼女たちは驚き、それ以上に武が驚いた。

「ち、ちょっと待てよ。みんなの言うこと一つ叶えるって話じゃなかったのか?」

 慌てて武は約束の内容を確認する。

「あら・・・ そうでしたかしら? では、武さん。少しお待ちください」

 悠陽の周りに千鶴、慧、美琴、壬姫が集まり、お互いに色々と話し出した。



 そんな彼女達を尻目に武は 『1回目の世界』 で発行した 『白銀武 、1日自由券』のことを思い出す。

――― ・・・・・・・・・ アレは、危険だ。あんなモノはこの世界にあっちゃいけないんだっ!!

 武は、嫌な汗が止まらない。 

――― アレは・・・ 人間の尊厳を貶めるっ!!
     もしかして、クリスマス以降の記憶があやふやだったのは、その所為なのか?

     っく、涙が止まらないぜ・・・


――― つーか、殿下ってなんでいつも こう察しがいいんだ?

 『2回目の世界』のクーデター事件の時も、悠陽は何も知らない風でいて、しかし207の彼女達のことをよく理解していた・・・
 本当に侮れない・・・と武は思う。



 彼女達の相談は徐々に熱を帯びていくようであった。

 白熱した議論と主張が展開し、いつのまにか教官である まりも もそこに加わっている・・・
 そして、それが突然に終了し静かになった。



「な、なぁ・・・ それでどうなったんだ?」

 恐る恐る武は彼女たちを見た。

 なぜか、まりもは肩をがっくり落としブツブツと言っており、一方 207の彼女たちは悪魔の微笑みを浮かべていた。
 いや、より厳密に言うなら 少なくとも武にはそう見えた。

 

「ボク達、 『白銀武、1日自由券』 で何も問題ないよぉ〜〜」
「なんだか、 その響きってドキドキするね」
「あら、彩峰。奇遇ね、私もそれに賛同するわ・・・」
「えへへへ・・・・・・ 私はたけるさんと一日なにをして遊ぼうかなぁ〜〜〜」

「―― ち、ちっと待て。それは一枚だけだぞ。貰えなかったら不公平だろ?」

 なんとか『1回目の世界』 の記憶から、それだけは回避したい武は必死に説得を試みる。


「え〜〜とね、たける、それは大丈夫だよ。模擬戦で一番活躍した人が貰うことになってるんだ」
「それは、神宮司軍曹に判断していただくので問題ないわ」
「でも、軍曹も参加したいって言ったのは驚いた」
「丁重にお断りしましたけどねぇ〜〜〜」

 そういって壬姫はへらへら笑う。
 まりも が一人落ち込んでいる理由が武にもようやく理解できるのであった。

―― つーか、一体何を考えているんですか、まりもちゃん・・・

 一応そうツッコミを入れておく。



「お前ら、本気なのか?」

 武は彼女たちにそう尋ねる。

「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 黙って頷く彼女たちの瞳の中に彼は本気の色を見た・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


―― いいだろう・・・やってやるさ
    帝国と国連軍の関係? 不慮の事故? んーなもん 知ったことかっ!!
    あの世界のような生き恥を晒しては、俺は一体どの面を下げて純夏に会えるっていうんだよっ?
    純夏との清く正しい幸せのために・・・
    俺は一度は愛した者達を手にかけなければ ならねぇーーとはなっ!!!

 

 彼女たちが別世界で『白銀武、1日自由券』を使って、『幼なじみを忘れさせるために施した処置』 を思い出すと今でも震えが止まらない・・・

 今ならわかる。純夏がループの際に俺の記憶の一部を抜き取ってしまったことの意味を・・・
 今なら言える。そのことに対しての純夏に感謝の言葉を・・・


―― 人間の尊厳と己の貞操をかけて、俺は全力を尽くす。

 そして、武は彼女達への思いを振り切るように拳を握りしめる・・・



「いいだろう・・・ 俺の本気を見せてやるっ!!」



 不敵に笑いあう 武と207。
 彼らは、無言のまま 部屋を出ると互いのハンガーへ消えていった・・・・・・



 

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 その戦闘記録が公表されたなら、それは伝説となる死闘と言われることになったであろう。

 

 24機もの戦術機を操るエース達を単機で打ち倒した 『白銀武』 が、唯一勝利を飾ることができなかった戦闘訓練であったからだ。

 だが、政治的、軍事的な事情や諸処の理由から、その記録は決して日の目を見ることは無い。

 


 その模擬戦は『噂』という形でのみ、人々の口に語り継がれる事となった。

 公式的な記録は一切残っておらず、このときの記録、データ等は全て帝国軍が極秘資料として押収したと言われている・・・

 噂の中では、『白銀武』 の相手をしたのは、まだ戦術機を乗り始めたばかりの5人の訓練兵であったとか、人体実験によって生成された強化人間が相手であったとか、さる高貴な人物がその戦闘訓練に参加していたなど、およそ信憑性を疑わせるモノばかりであり その話を聞いた者の多くはそれを失笑した。

 だが、一部にはその噂を真実としてとらえる者もおり、それを匂わす幾つかの資料が国連軍に残っているという・・・

 そして噂にある戦闘訓練の内容と経過はこうである。


 帝国軍の1機の新型戦術機と4機の不知火のα隊と白銀機1機とで演習は行われた。


 α隊の衛士達の名前はわかっていない。
 そのことも噂の神秘性を高めている一因になっている。
 一部には、副司令直属の特殊部隊であったという説があるが、彼女達はその演習の数日前に彼と戦い敗れているという非公式の記録があり、現在はその説は否定されている。

 また『白銀武』が極東国連軍一のエースと言われるように、そこの横浜基地の衛士では彼の足下にも及ばないというのが定説だ。

 そして、特殊部隊、普通の横浜国連軍衛士でもないとされた時、密かに注目されたのは相手が『訓練兵』であるという説であった。
 その訓練兵たちは特殊な事情を抱えていたとされているため、あまり多くの資料は残っていない。
 ただ、彼らは 『白銀武』 が直々に指導したという話であり、そのことが『訓練兵説』の根拠になっている。
 それは、弟子達に自信をつけさせるためにわざと負けたというものである。

 だが、その戦闘の内容を聞けば、それがそんな生やさしいものでは無かったとされている。


 戦闘開始直後、白銀機が、奇襲をかける。
 それは、『24機の戦術機』を倒した時にも同様の戦術であったのだが、彼らはそれを何とか防ぎきり攻勢に打って出た。

 4機の不知火には、白銀に次ぐ近接戦闘のエキスパート、射撃のエキスパート、トラップのエキスパートがいたとされ、それらの機体を1つの個体のように指揮したとされる指揮官がいたということらしい。だが、これらの噂の中ではα隊の中で新型戦術機がどのような役割を成したのかは今だわかっていない。

 ただ、それでも白銀機は、彼らを個別に倒してゆき、残り不知火1機と新型戦術機までα隊を追い込む。
 そして、最後の不知火を倒した時『STA』と呼称されるモノによって白銀機も戦闘不能状態になったとされる。

 最後に新型戦術機が白銀機にとどめを刺そうとしたところ、突如、その新型機が崩れ落ち 決着が付かぬまま模擬戦が終了したということであった。



 新型機の衛士は戦闘による極度の疲労によって気絶したとされるが、通常の衛士であればそのような事態はまず起らない。
 日頃から重度の疲労を負っていれば、そのようなこともあり得るだろうが、そのような衛士の状態で模擬戦は行われるはずはなく、薬か何かで強化された人間が新型機に投入され、制限時間内に戦いが終了しなかったためにそのような事態に陥ったなどいくつかの諸説がある・・・

 また『STA』とよばれるものが何であったのかも、よくわかっていない。
 帝国の新型装備である等の様々な噂があり
 それはあの 『白銀武』に 「ただ一度として躱せたことがない」と言わしめている何かである・・・ 

 この噂は 『衛士の正体は何であったか?』 『新型戦術機とはなんであったか?』 『なぜ引き分けという事態になったのか?』 『本当にあの白銀武が負けたのか?』 『STAとはなんであるのか?』  『なぜ帝国はこの模擬戦の存在を否定するのか?』等、多くの謎を持ち、今でも一部の者達の興味を引いてやまない。

 




 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 





「月詠さん、殿下は大丈夫なんですか?」


 扉の前に斯衛がずらりと並んでいる病室から出てきた月詠に武は声をかけた。

 模擬戦は途中で悠陽の武御雷が倒れ、動かなくなってしまったところで中止となった・・・・・・
 千鶴達には真相が伝えられないまま、後は自主訓練ということにして、武は悠陽の病室にやって来たのである。


「殿下は、過労で気を失っていただけだ、そう心配する事ではない」

「過労、ですか?」
「ああ、最近はずっと、次の作戦の打ち合わせや それに向けた訓練、根回しで殆ど お休みになっておられなかった・・・」

 そういえば、最初の模擬戦の時も悠陽はかなり息が上がっていたことを武は思い出す。

「本当に大丈夫なんですか? 殿下が過労で作戦に参加できなかったら意味無いですよ」 

「ああ、本当のところ 今日は休養を兼ねて横浜基地に来たつもりであったのだがな・・・ 私たちが不甲斐ないばかりで結局はこんな形になってしまった」

 それは、殿下の要望を断り切れなかったことを言っているようであった。
 しかし、月詠の顔は明るい。


「なんか、嬉しそうですね、月詠さん」
「ふふふ、そうか? まぁ、最終的にはこのようなことにはなったが、あれほど楽しそうな殿下は初めて見たからな」

 武は普段の悠陽を知らない故、その意味はよくわからない。
 だが、月詠の顔、周りの斯衛達の顔を見る限り今回 悠陽が倒れた事を取り立てて問題にする気は無いようであった。


「――白銀、殿下が中でお待ちです」

 そういって病室のドアから出て声をかけてきたのは、侍従長と呼ばれる女性である。

 武が病室の中に入ると悠陽は他の者を下がらせた。

「私の所為で折角の試合が台無しになってしまいましたね・・・」
「あははは・・・ いいんですよ。あのままだと俺が負けてましたから、正直ホッとしてます」

「しかし、あの子達はそなたを好きにできる権利のためにそれこそ必死になって戦っておりました。
  一人の男のために あれほどの力を発揮するとは・・・ そなたは果報者ですね」

 先の千鶴達の力は武にとっても予想外であった。
 今考えると1度目の模擬戦では、彼女たちも本気を出してはいなかったのだと武は思う。

 慧などは武の動きに付いてきており、時折、その先を読むかの様に先手を打ってきた。
 美琴のトラップは巧妙に仕掛けられ、それを避けようとすれば遠くから壬姫の銃弾が襲ってくる・・・
 千鶴の指揮下の1機の武御雷と3機の不知火は未だかつて無い強敵として武の前に立ちはだかったのだった。


 それでもなんとか、4機の不知火を倒すことができたのは、おそらく武の尋常ならざる執念なのであろう。


 だが、彼はそこで力尽き 最後に残しておいた武御雷まではとどめを刺すことができなかったのだ。
 もっとも、激しい操縦で 力尽きていたのは悠陽の方も同じではあったのだが・・・・・・


「わたくしは、あの子達がとても気に入りましたわ」
「それを聞いたら、あいつら喜びますよ」

「彼女たちには、ぜひとも幸せになって欲しいものです」

 武もそれには大変同意するのだが、なぜかその言葉に返事を返すことができなかった。


 そして、悠陽は思い出したように両手をあわせる。


「―― そういえば、先ほど、奇妙な夢を見ました」
「夢ですか?」

 気絶していた彼女は、それを大切な思い出のように話し出した・・・


「とても不思議な話なのですけれど、聞いて貰えますか?」
「もちろんですよ」

「・・・ 夢の中では、この国連軍横浜基地が、学校になっているんです」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「その世界にはBETAのような恐ろしい存在はいなくて、とても平和なんですよ、なんだか可笑しいでしょ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「そこでは、わたくしと冥夜が、共に学校生活を送っているんです。そして、周りには、白銀・・・ そなたや鑑少尉、
  それに榊や珠瀬、彩峰、鎧衣の娘達まで居るんです」

「・・・・・・・・・・・そう・・ですか・・・・・・・」

「香月副司令などが、先生をやっていたりしていて、とても穏やかな日々でした・・・」


 悠陽の話の幾つかのエピソードを聞いていると、それは凄く自分がいた 『元の世界』 によく似ていると武は感じ、懐かしくなる。
 最近では、もう夢であっても 『元の世界』 のことはあまり見ない。
 あれは本当に幸せな世界であったと今だからこそよくわかっていた・・・

「あの世界の あの人達の笑い顔を見ていますと、私がこの世界で・・・ この国で、何をなすべきなのか、少しわかったような気がします」

「――――――?」

「今、この国はBETAを駆逐することで精一杯です。その恐怖に怯え、打ち勝とうとみな努力をしています。
  しかし、それは先の見えない努力なのです・・・ 希望が見い出せないこと、それは人々の心を狂わせます。
  私の成すべきことは、それが実であれ、虚であれ、人々の心に希望を抱かせるもので無ければいけないのだと しみじみ思いました」

 怒りや憎しみ、恐怖だけでは、戦い抜けれない・・・ その言葉は武にも実感できた。
 俺にとっては純夏が、207のあいつらが居るから戦える、そう言い切れる。

「殿下なら、きっとできますよ」

「ふふふ・・・ ありがとう、白銀。努力したものが報われる世界であって欲しい・・・ それこそが人々の希望になります。
  白銀は、協力してくれますよね?」

「もちろんです、殿下。今朝も言ったじゃないですか!!」

「それを聞いて安心しました。その言葉は、きっと そなたを好いたあの子達の希望にもなります」

「―――えっ? どういう事ですか」

「皆が幸せになれる国作りに協力してくださいね・・・・ ふふふふ・・・」

 そういって悠陽は微笑むだけで、その意味を武には教えなかった。

 

 それから、病室に夕呼が顔を出し 『実験』のために悠陽と武は地下研究棟へと降りていった。
 記憶の継承は、見事成功したようであったが、それがどの平行世界のものであるかは時間が経ってみないとわからないと夕呼は言う。


 そして身体検査を一通り終えた後、悠陽は一人冥夜の眠る部屋へと入っていった・・・

 

 


 暫くした後、悠陽は部屋から出てきたのだが、その目元は少し赤かったことが武には印象的だった。

 こうして、全ての用事を終えた悠陽は、月詠達斯衛を連れて帝都へと帰っていく。

 

 

 その直後、武は地下研究棟に降りていった・・・・・・
 冥夜が目を覚ましたという連絡を受けたからだ。


 そこに冥夜と悠陽の2人の絆を強く強く武は感じ、気持ちが一杯になっていくのを止められなかった。




 






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