2001年11月4日
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
白銀武は、今日も 御剣冥夜が眠る病室で目が覚めた。
その気分は、あまり良いものではない。
理由は、昨日のあの彩峰慧のその態度だ。
慧が何を考えているか分からないが、昨夜はいきなりこの病室でキスされた・・・
香月夕呼の話によると、武は
榊千鶴たちに比べて慧に好かれてないからこそ
『実験』
による記憶の流入量が少ないということだ。
だが、武は 慧に嫌われていると思っていたが、果たして本当にそうだったのだろうか?
―― 俺の知る彩峰慧という存在は好きでも無い人間にキスなんかを平気でするような奴じゃない・・・・たぶん。
それとも、それほどまでに
あの 『焼きそばパン』
作戦は効果があったのか?
結局、どの平行世界であっても 慧はよく解らない・・・・
そう武は結論づけた。
冥夜の看護の交代にやって来た巴雪乃と入れ替わり、武は病室から出る。
すると
外で待っていたのか、さっそく慧と顔を合わせることになった。
「よ、おはよう〜〜〜、慧」
「・・・・・・・・・・・・・」
「こらこら、さっそく無視すんなよな」
「――
あ、居たの」
こういう慧の態度には慣れていたが、昨日のことがあるだけに、何か拒絶の様なものを 武は感じないでもない。
「お前さ、昨日のアレは一体・・・・・・」
そう口に出すと、慧はあからさまにソッポを向く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
――
ヤレヤレ、こうなッちまったら何を言っても無駄だかもなぁーー
「お前が何考えてんのかよくわかんねーんだけど、今日の俺の補佐はシッカリしてくれよな」
「―――― ん、わかった」
慧の態度に観念した武。
結果、何事もなかったように振舞うのが一番かと思ったのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「これから紹介することになっている伊隅ヴァルキリーズには、委員長や美琴はもうその知識があるんだな?」
午前は昨日
武が言ったように。A−01と207訓練小隊との合同演習が行われることとなり、
廊下の途中で榊千鶴、鎧衣美琴、珠瀬壬姫にそう切り出した。
ちなみに慧は武のサポートで、その演習には参加しない。
「はい、白銀中尉、私達は平行世界での記憶の中で
伊隅大尉達のことは知っています。」
「委員長・・・ また中尉って呼んだ」
「し、仕方が無いじゃない。あなたは上官なんだし、これから会うヴァルキリーズはあなたより階級が上の人がいるのよ。
一介の訓練兵に呼び捨てにされてたら、あなたの立場もないし、私達も睨まれるでしょ・・・・」
「そうそう、千鶴さんの言うとおりだよ〜〜。大尉はタケルや副司令と違って、そういうところは
硬いんだから〜〜」
「ま、まぁ
とにかくだ、一応207訓練小隊に施した
『実験』は
機密扱いになってるから、その辺をよく意識して話せよな。
委員長と美琴は、特に 平行世界で大尉たちの記憶がある分、変なボロを出すなよ・・・・・・ まぁ、慧と
たまは問題ないとは思うけど・・・」
「私としては、千鶴さんたちが羨ましいです。特殊部隊の人って聞くだけで、とっても緊張するんですけど・・・」
「あーー、たま。それくらいは緊張感を持っていたほうがいいぞ。なにぶん207は数日でA-01部隊のエースたちより強くなったって伝えてある。
速瀬中尉なんかは、委員長たちを目の敵にすると思うぞ」
「「「 ――――― っ!!! 」」」
絶句してしまう今日演習に参加する3人。
慧だけは複雑な顔でそんな彼女たちを見ていた。
「ねぇ、白銀・・・ なにか私達に恨みでもあるの?」
「委員長・・・ 今日は俺のことを『中尉』って呼ぶんじゃあね?」
「うっさい!!」 と怒る千鶴。
「そうだよ〜タケル・・・速瀬中尉に目をつけられたら・・・はぁ〜〜ボク達本当に衛士になれるのかなぁ〜」
「あわわわわ・・・そんなに速瀬中尉って怖いんですか?」
そんな感じで武達はブリーフィングルームにやってきた。
まずは部屋の外に千鶴と美琴、壬姫を残して、武と慧が中に入り207について説明をする。
速瀬水月や涼宮茜などは、「訓練兵ごときに負けてなるものかっ!! 」
といった感じでさっそく闘志を燃やしていた。
だが、207訓練兵を部屋の中に呼び、A-01部隊を彼女達に紹介し始めた矢先に千鶴と美琴がポロポロと泣き出してしまう。
訳もわからないヴァルキリーズたちは、大切な人を亡くした時に見せるようなその涙で、一様に毒気を抜かれてしまった。
武はすぐにそれが平行世界からの記憶の流入によるものだとわかったが、千鶴と美琴は何で自分達が泣き出したのか理解できないといった感じであった。
合同演習はヴァルキリーズの先任である
伊隅みちる、水月、宗像美冴、風間梼子のA(アルファ)隊。
元207A小隊の涼宮茜、柏木晴子と現207B訓練小隊の千鶴、美琴、壬姫のB(ブラボー)隊に分かれて、シミュレーター上における模擬戦という形で行なわれた。
A隊はみちるが指揮を執り、CPが涼宮遙中尉。
B隊は現ヴァルキリーズの茜を差し置いて千鶴が指揮を出し、CPは武となった。
個々の技量では、千鶴や美琴の方が
みちる達よりは上であっても、連携などが上手くいかず、両チームの力は拮抗していた。
それが破られたのは、水月が千鶴に対して捨て身の攻撃で追い込み、相打ちに持ち込んだからだ。
そこから徐々にB隊は追い込まれていき、最後には美琴が梼子に狙撃されるという形で幕を下ろした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「はなはだ不本意だけど、本当にあんた達がここまでやるとは思ってもみなかったわ・・・・・・」
一回目の模擬戦が終了し、ブリーフィングルームでそう口を開いたのは水月であった。
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
千鶴たちは、それにどう答えていいのかわからない。
なぜなら、自分達の今の実力は『香月博士の実験』によるもので、努力の末に獲得したものではない。
だから、どう答えてもヴァルキリーズ達の自尊心を傷つけるように思えたからだ。
「だから速瀬中尉、昨日俺が言ったじゃないですか」
「くっ・・・白銀・・・一体どんな手品を使えば戦術機も乗ったことも無い訓練兵が2、3日やそこらで、こんなに強くなれるのよっ!!」
「ま、もったいぶっても仕方ないですね。一応 タネはあるんですが、それは夕呼先生に聞いてください。
色々と機密に関わる部分があるんで俺の口からは説明できませんよ」
「「「「「「 ―――――― !! 」」」」」」
ヴァルキリーズたちはそれを聞いて驚きはしたが、多少は納得できた。
夕呼の天才ぶりは間近で見ていたし、彼女であったなら
あるいはそういった常識外れなことをやってしまうように思われたからだ。
「それでですね、さっきの模擬戦でヴァルキリーズが目指すべき方向性がわかったんじゃないですか?」
「どういうことだ?白銀中尉」 そう尋ねてきたのは、隊長である伊隅みちるである。
「俺が見た所、ヴァルキリーズは個々の能力が高い分、どうしてもそこに頼りがちな戦い方をしてて、連携が甘くなってますね。
今回のような自分たちより能力の高い相手に対しては、かなり手詰まりな戦いをしてしまっているということですよ。
模擬戦では、その膠着状態を打開するために、速瀬中尉は207の頭脳である榊訓練兵に対して相打ち覚悟の奇策に打って出ているのも頂けませんね。
正直そんな戦い方は俺の好みじゃないです」
「白銀中尉、これは好みの問題じゃあ、ありません。勝つか負けるか問題です」
そう不機嫌に割り込む水月。
「速瀬中尉、使える衛士は貴重な戦力です。 中尉なら
衛士一人にどれだけのコストが掛かっているか知らないはずないでしょ?
そんなことは、俺が言わなくても大尉にいつも言われているんじゃないですか?
この程度の戦闘で、命を捨てるなんてもってのほかですっ!!」
徐々に熱を帯びる武の声。
この程度といわれて熱くなる水月。確かに目の前の天才衛士にしてみれば
今の戦いもそんなレベルなのであろう。
「言ってくれるわね・・白銀・・・・・」
「―――
速瀬、すこし黙りなさい」
だが、水月が切れる前に みちるそれを制した 。
そんな2人を尻目に置き、武はなおも大きな声で話を続けていく。
「BETAの最大の脅威は物量です。奇策や奇襲で何とかなるなんて思うべきじゃない。
仮に自分達より強力な未知なBETAに遭遇した場合、どうする気ですか?
我々衛士が自分達よりも強い相手に勝つ方法は奇策を用いて相手を揺さぶるか、
個々の連携を強化し、相手を自分達の必勝の型へと追い込むかの どちらかであることは疑いはないです。
そして通常必要なのは後者だということで、
特にヴァルキリーズは連携を強化していくことが部隊として能力を引き上げる最も早い近道ということですよ!」
「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」
「あと正直な所、 XM3に対する錬度はまだまだ低いです。ハッキリ言って使いこなせていないから、その辺も考えて精進してくださいっ!!」
「「「「「「 ――――!!」」」」」」
いつもに比べ突き放したような武の変化に戸惑いを隠せないヴァルキリーズたち。
よくわからないが彼は何かひどく怒っているようであった。
「だが、戦いは勝って何ぼでもある、どんな形であれ勝てなければ人類に勝利はない今以上の精進を求める。」
そう言葉を終え今度は、B隊に武は向かい合う。
それは、いつも見せる少しいい加減な顔ではなく、眼光の鋭いやり手の衛士を思わせるそれであった。
「榊訓練兵、『戦いにおいては敵の最も高い行動に備えるよりも奇襲にそなえよ・・・』 誰の言葉かわかるな?」
「ハッ、フリードリヒ・ウィルヘルム1世です!」
「そうだ、それが分かっているなら実践して見せろっ!
『奇襲を受けるものは万死に値する!!』
分かったかっ!!」
「はっ!!」
そして、さらにメンバーを変えて模擬戦を行い、ヴァルキリーズと207は午前を終えていった。
――――
PX お昼休み
白銀武と彩峰慧がPXで、合成さば味噌定食を食べていると、二人の前に意外な人物がやってきた。
帝国本土防衛軍帝都守備第1戦術機甲連隊に属している沙霧尚哉大尉である。
武の平行世界の記憶の中で沙霧大尉が横浜基地に現れたことはただ一度も無い。
ということは、自分が大きく行動したためであり、おそらくは月詠少佐が関わる10日の作戦に関連してこの基地に来たことは容易に考えられた。
そんな武を余所に、慧は驚くばかりで口をパクパクとさせている。
彼女にして見ればあまりにも意外なことであった。
慧と尚哉は、父を通す形での古くからの知り合いで、端から見れば、2人は恋人同士のようにも思われていた・・・
だが、父の部下の彼は、父が不名誉な最期を遂げて以来、疎遠になってしまっていたのである。
一応、尚哉の方からは、慧に手紙を送っていたが、それは一方的な内容で
彼女は返信をしたことは無い。
そして、彼は米国の影響力を強く受けている国連軍を嫌っているので、わざわざ出向いてくることは無く、ここ数年は一度も顔を合わせたことは無かった。
また、最近では保守的な政治家たちとつるんで、尚哉は何か危険なことをしようとしていると
父の知人から聞き、
もう自分は、彼のことが理解すらできなくなっているのと考えるようになっていた。
だから、突然の彼の来訪は、青天の霹靂であった。
「ひさしぶりだね・・・慧」
「そうだね・・・尚哉」
「ちょっとした用事でさ、横浜基地に来たんだ・・・ ちょっと君の顔も見たくなってね、時間いいかな?」
慧は無言で武をチラッと見る。
「気にすることは無いから、行ってこいよ
慧」
「・・・タケル・・・・」
慧の態度は武に対し感謝をしているのか、それとも引き止めて欲しいのか、その一言では武は判断が付かなかった。
ただ慧の『タケル』という言葉に尚哉が反応を示す。
「あなたがあの白銀中尉なのか?」
「尚哉は知ってるの?」
武がそれに答える前にと慧が聞き返す。
「斯衛を手玉に取ったことや、帝国に最近導入された新型OSの発案者とか、横浜基地最高の腕前を持つ衛士だとか、様々な噂を聞いている・・・」
尚哉のその眼は、武を睨んでいるようにも見える。
きっとその噂の中には、一部の訓練兵への良くない噂も含まれていることが、口には出さないがありありと態度で伺えた。
「慧、君はなぜ白銀中尉のような方と一緒に?」
「これは任務の一環なの」
その答えに尚哉は苦虫を噛み潰したような顔をする。
一体、どんな任務で一訓練兵とこの基地でも重要な人物が一緒にいるというのだ・・・
任務と称して階級を笠にとって気になる女を連れまわしているだけなのではないか?
やはり、国連軍は腐っているな、と尚哉は思う。
そして苛立ちの炎を目に宿しながら、武に挨拶をした後、慧をPXから連れ出していった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
武は2人のことが気にならないと言えば 嘘だった。
彼の中には、『元の世界』で慧と結ばれた記憶や
『1回目の世界』での慧への想いが断片的に再生され、彼女に対する独占欲があることを認めるしかなかった。
だからと言って2人の邪魔をするわけにもいかない。
自分には純夏という存在がいるのだ。慧がこの先、誰と付き合うことになっても自分は祝福してやらなければいけないと思う。
気付くと、武のそばにイリーナ・ピアティフが立っている・・・・
「ど、どうかしましたか、ピアティフ中尉。用があるなら声を掛けてくださいよ・・・」
内心の動揺を悟られまいと、ドキドキしながら武はそう答える。
「白銀中尉、私は声を掛けましたよ。ですが上の空のようでして・・・
中尉のような凄い衛士でも
ボーっとすることもあるんですね」
「そ、そうでしたか、すみません。もしかして、夕呼先生が呼んでいるんですか?」
「はい、緊急の要件とのことです。急いで執務室にいらしてください」
――
緊急と言ってたけど俺は何かやったかな?
そう思いながら武は執務室へと向かっていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「また、JIVESを使った模擬戦闘演習ですか?」
そう武は聞き返す。
執務室には、香月夕呼のほかに、社霞と月詠真那がいた。
「ちょっと帝国に頼み事をしてたんだけど、そうしたら
あっちはどうしても白銀と模擬戦をしたいって言うのよね」
そう言って夕呼は月詠の方を見る。
「斯衛はともかく、帝国軍の中には、国連軍の存在自体を快く思わない連中がいる。
その筆頭が白銀中尉の言う 『2回目の世界』
でクーデターの決起部隊だ。
彼らは殿下の復権を視野に入れた今回の作戦には乗り気なのだが、国連軍が絡むことを未だに納得はしていないのだよ」
なるほど、それで沙霧が来ていたのかと武は理解する。
「つまり今回はその連中の自信を俺が打ち砕けばいいってことですか?」
「そういうことよ、白銀。国連衛士の優秀性と重要性を、帝国の末端にもキッチリと理解してもらう必要があるわけ。
それで帝国本土防衛軍帝都守備第1戦術機甲連隊と富士教導隊から選ばれた、計24機の不知火を白銀1人で相手にしてもらうわ」
「・・・・・・・・・・・・あの・・・夕呼先生? すっごく無茶なことを言ってません?」
どうせ無理を言ってくると思っていたが、これはあんまりだと思う武。
「なによ・・・
今までだってありえないことを軽くこなしてきたじゃない。これぐらいやってくれなきゃサプライズにはならないわよ」
「そんなことを言われても、負けたら元も子もないじゃないですか?」
「ついでに言っておくと、彼らはみな貴様が用意したXM3を搭載した不知火だぞ」
「・・・あの・・・これは一体なんの嫌がらせですか・・・・?」
武のそんな反応を無視して月詠は話を続けていく。
「よくは解らんのだがな、私の中にある平行世界での白銀少尉に比べて、今の中尉は遙かに強い。
24機を叩くことは、決して不可能ではないと私は思っている。
それに例え負けたとしても、やつらは斯衛を除けば、国内でもトップクラスの腕前だからな。
そんな彼らを1人の衛士が半分でも叩くことができれば、それだけで彼らも他の連中も納得するさ」
そう説明する月詠に対し、夕呼はこの模擬戦の別の意義も述べる。
「私としてはね、実際のところ
あんたがどこまでやれるのかを見てみたいのよね。
通常の訓練で手を抜いているわけじゃあないとは思うけど、訓練の時のデータと
前回と前々回の模擬戦のデータを見る限り、叩き出される数値が全然違うのよ」
武が、敵わないと感じる2人からこのように言われたら、もはや逆らう術がなかった。
「はぁ〜〜〜解りましたよ、死なない程度に頑張りますよ。作戦に出る前に近接戦闘での事故死なんてのはゴメンですからね」
「それで、今回の白銀の勝利条件は、戦術機の殲滅。初期条件では、白銀機を中心に敵24機を円形に配置するわ」
「・・・・あ、あの・・・ 俺、夕呼先生に嫌われるようなこと、何かしましたっけ?」
「博士は、白銀さんの困った顔を見るのが好きなんです・・・」 と初めて口を開く霞。
「ちょっと、社、そういうんじゃないわよ。この条件を入れてきたのは少佐なんだから」
なぜか照れたように顔をそっぽに向ける夕呼。こんな状態でなければ、あるいはそんな夕呼はカワイイと武は感じたかのしれない。
「白銀中尉、どうせなら『2回目の世界』での空挺作戦を模したものの方が面白いと思ってな」
「全然おもしろくないですよっ!」
とツッコミをいれる武。
―― まったく何を考えているんだ月詠さんは・・・
まさか、やっぱり 前の模擬戦でのことを根に持っているのかなぁ・・・・
それとも未だに冥夜が回復しないことに対するあてつけなのか?
ううっ・・・そんな気がするな・・・
冥夜・・・早く目を覚ましてくれないと今後なにを要求されるか分かったものじゃないよ・・・
そんなことを考えて、武は小さくため息をついた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「タケル・・・探したよ」
PXに武が戻ると慧が早足で合流してきた。
「悪い悪い、夕呼先生に呼ばれててさ、午後の予定が大幅に変わることになった」
「・・・・そう」
「・・・・ん? お前さ、沙霧大尉となんかあったのか?」
「・・・・なんでそう思うの?」
「ん〜〜、なんでかなぁ・・・ 顔には出てないんだけど、なんか違和感があるんだよ、いつものお前に比べてさ」
「――
タケルは超能力者?」
「そんなわけあるかよ。困ったことがあるなら相談にのるぜ?」
「・・・・・・・・ タケルは気にしないでいい。これは、私と尚哉の問題だから・・・・」
そう慧は言ってみたものの、その内心は酷く動揺していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
沙霧尚哉はこの数年間、ずっと ある目的と大義のために生きてきた。
自らの野心と目的のために帝国を利用しようとする米国と、それに擦り寄り 『将軍』
を蔑ろにしている現政権・・・・
彼らの存在は、帝国のためにならないと尚哉は考えていた。
現政権を失脚させることは帝国を亡国の道から正すことになり、それは尚哉が慕っていた師であり、慧の父でもある彩峰萩閣の仇を打つことにも繋がっていた。
そして数日前、その大義の方、つまりは
『将軍の力を復権させる計画』 が、彼が思っていたやり方とは別の形によって 成し遂げられる道筋がついてしまったのである。
大義が成し遂げられる・・・ そう思った時、彼の仇討ちという暗く深い情念も付き物が落ちたように消えてしまった・・・
そして、彩峰萩閣という師は、常々「人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである。」と語っていたことを思い出す。
大義のための計画は、師を迫害した現政権への復讐でもあった。
そして、尚哉達が計画していたクーデターは、その大義と復讐が両立していたのである。
だが大義が成し遂げられる道筋が見えた時、その復讐心で自らの行動が大きく歪んでいたことに彼は気が付いてしまったのだ・・・
大義のためと言いつつも、現政権に、師を抹殺した者達へ復讐したいだけだったのではないのか?
国のためにと思って行動していたことが、結局は自分のためでだったのではないか?
そう彼は自らに問いかける。
しかし、その問いに答えは出ない・・・
だが、一つ言えることがあるとすれば、師は自分のこのような過激な行動、つまりクーデターなどは決して賛同はしないし、頼みもしないということだった。
師が尚哉に頼んだことといえば、一人娘の慧のことだけだったではないか?
師は、敵前逃亡の罪によって自らが罰せられることは受け入れていたのだ。
だが、その罪が娘に及ぶことを何よりも危惧していたのではなかったか?
それらに気付いた時、彼の中の復讐心はすっかりと消え去ってしまっていた。
その復讐心が消え去ることで、大きく開いてしまった心の穴に、妹のように可愛がっていた慧への想いが流れこんでいた。
この数年、何時も彼女のことは心の片隅にあった。
そして彼女を幸せにしてやることこそ、師に対する恩義を果たすことにもなる。
そう思うと、彼はいても立ってもいられなくなっていた。
今はただ、一人の男として、自分にとって一番大切なもののために戦いたい。そう自然に考えるようになっていたのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数年ぶりに慧と再会を果たした尚哉は、2人で基地の屋上にやって来ていた。
慧が言うには、尚哉は最後に見た時と違い、その顔からは暗い情念の影が
すっかりと消えているとのことであった。
それはきっと自分が新たな目的を見つけたからだと尚哉は素直に思う。
2人は数年にわたり開いた溝を埋めるように、いくつかの会話をこなした後、尚哉は慧にプロポーズした。
「俺が本当に戦うべき理由が分かった・・・ 慧と幸せに暮らせる国を作りたい、だから一緒について来てほしい」
その言葉に、慧は目を丸くして・・・・・・・・・ うつむいてしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・すごく・・・うれしい・・・・・・・・・」
思わず笑みを浮かべる尚哉・・・
「・・・・でも・・・・・もっとその言葉を早く聞きたかった・・・」
「――― それは、どういう意味かな?」
「・・・・尚哉は・・横浜基地には、何時までいるの?」
「今日は、用事があって来た。夜には帰ることになる」
「わかった・・・それまでに私の答えを出しとくね・・・」
「ああ・・・」
そういって2人は自分の戻るべき場所へと帰って行く。
慧は、尚哉について行くなら、自分は軍籍を後にすることになる・・・
国連軍を良く思わない真面目な尚哉なら自分にそれを強いることはわかっていたし、
慧の守るべき場所が、国家から家族へと変わっていくことになるのは、自分にとっても自然に思われた。
尚哉の言葉は本当に嬉しかったのだ・・・
だけど、すぐに答えが出なかった・・・ いや、今でさえ答えが出ていない。
もし、2週間前にこの言葉を聞けたなら、すぐにでも私は付いていったのだと思う。
よくわからない・・・よくわからないが、プロポーズされたとき、真っ先に 『嫌いなタケル』
のことが心に浮かんだ。
彼のことを思うと心が痛む。
長い間慕っていた尚哉よりも、私の心は 10日ほど前に出会った、『嫌いなタケル』 のことで占められていく・・・
そこで、慧は考えることをやめた。
これ以上考えてはいけない気がした。
とりあえず、タケルのことを探そう・・・
私の今の任務は、良くわからないことだが・・・『彼と一緒にいること』なのだ。
そして彼女はPXへと向かっていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
慧がPXでタケルを探していると彼が入り口の方からやってきた。
「タケル・・・探したよ」
「悪い悪い、夕呼先生に呼ばれててさ、午後の予定が大幅に変わることになった」
「・・・・そう」
「・・・・ん? お前さ、沙霧大尉となんかあったのか?」
「・・・・なんでそう思うの?」
「ん〜〜、なんでかなぁ・・・ 顔には出てないんだけど、なんか違和感があるんだよ、いつものお前に比べてさ」
「タケルは超能力者?」
「そんなわけあるかよ。困ったことがあるなら相談にのるぜ?」
「・・・・・・・・ タケルは気にしないでいい。これは、私と尚哉の問題だから・・・・」
「そうか? 慧がそういうんなら、何も言わないさ。」
「それより、午後の予定はどうなったの?」
「ああ、帝都守備第1戦術機甲連隊と、富士教導隊から選ばれた奴と俺が模擬戦をすることになった。」
「――――――!!」
帝都守備第1戦術機甲連隊は尚哉の部隊である。慧は彼も模擬戦に出るに違いないとハッと息を呑む。
「しかも1対24だぜ・・ まったくありえねーよ・・・ 」
「1対24? それ、本当??」
「嘘なら、すっげーー気が楽なんだけどな・・・」
そう言って天を仰いでみせる武。
相手は不知火ということらしいが、どう考えても武が勝てるとは慧には思えなかった。
1対24の模擬戦など聞いたことが無い。
そもそも前にも武が不知火単機で4機の武御雷を倒したことでさえ、普通の衛士ではありえないとされていることなのだ。
いくら武が化け物じみているとはいえ、それは無理だと慧は思う。
24機の不知火を相手にして勝つことが出来る衛士など果たしてこの世界に存在するかも疑わしい。
扱っているものは機械でありそれを乗りこなしているのは人間だ。
24機も相手にするとなれば短期決戦などありえない。
ゆえに機体の耐久性や、衛士自身の体力や集中力など通常の模擬戦に比べ、遙かに多くの要素を考慮して戦わなければならないのだ。
「・・・・・なんとかなるの?」
なんとなくそんなことを慧は尋ねてみた。
「いや、なるようにしか ならんだろうなぁ〜〜〜」
真面目なのか、巫山戯ているのか良くわからない顔で答える武に、慧は もしかしたらなんとかしてしまうんじゃないかと・・・ そんな気がした。
「あのさ、慧はどっちを応援するわけ?」
「ん?」
「いや、あっちは沙霧大尉がでてくると思うんだけどさ・・・
仲よさそうじゃんか?」
「――当然、尚哉」
慧が即答してやると、武はがっくりと肩を落としシクシクと泣いており、なんとなく
そんな姿がカワイイと思った。
「まぁ、がんばれ」
そう言って武の肩を叩いてやる。
「お前ね、誰のせいで純真な青年が心を痛めていると思ってんだ・・・」
「私は罪作りな女・・・ かつ 悪い女」
「まったくだな・・・」
「酷い・・・否定してよ」
「こらこら、自分で言っといてそれはないだろ!」
そんな感じで2人は武の戦術機が待つ格納庫へと歩いていった。
「・・・・・・・・・・・・・」
実際のところ、慧はどちらを応援するか、まだ決めてはいなかった。
ただ、この模擬戦が自分の迷いに対する何かしらの答えを出してくれる・・・そんな気がしていた。
――――
第2演習場 午後
白銀武のB01(ブラボーゼロワン)を中心に円形状へ沙霧尚哉が率いる敵24機の不知火、A(アルファ)隊が配置されており
その円の外側、北東部の二時の方角に白銀機の補給用コンテナが設置されているという条件で模擬戦が開始された・・・・
開始早々沙霧尚哉が率いるA隊は、各個体同士で連携をくみ、円の中心にいる武に警戒しつつ、一部隊が二時方面の補給コンテナを確保し、他方がその円周を狭める様に武に対し距離を詰めようとした。
敵の兵站を断つことで戦況を有利に進めるという戦法である。
だが武はというと、建物の間の低空をアフターバーナーで滑走するかのように潜り抜け、八時方面に展開していた不知火4機を大破、2機中破、1機を通信途絶にしてしまう。
その神業に近い操作技術と、早くも7機の戦術機が使い物にならなくなってしまった事態に尚哉を含めたA隊は動揺してしまった・・・・
彼らがその現実を冷静に受け止めて、B01を脅威に対処する方策を練った時には、その半数の戦術機を失っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「大尉・・・ あれは本当に我らと同じ不知火なんですかね?」
部下の呼びかけに 尚哉はハッキリと応えることが出来なかった。
そんなことは一番自分が知りたかったが、黙っているわけにもいかない。
「もしそうであるなら、あの『白銀武』という衛士は 間違いなく化け物だということだ」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
それは皆が認めたくない事実であった。
自分達は帝国内でも不知火を駆る衛士としては、トップクラスの実力を持っていると自負していたのだ、つい数刻前までは・・・・・
それをこともあろうか、同じ不知火を扱いながらこうも実力の差を見せ付けられては、自分達がいかに井の蛙であったかを思い知らされる。
そしてその相手は、帝国軍衛士などではなく、横浜基地所属の国連衛士にだ。
横浜基地は
その多くが日本国民で占めながら、常に米国の思惑を汲み取って行動し、現政権と同じく結局は米国の傀儡組織であるというのが彼らの見方であった。
そんな強いものに巻かれるような連中に負けるはずが無いし、この兵力差の模擬戦に一体何の意味があるというのか? と半ば呆れていたというのが彼らの当初の認識である。
「もはや、我らがB01を倒したとしてもそれは勝利でもなんでもない・・・・ それは変えられようが無い事実・・・
我らに対する罵声や嘲笑は甘んじて受け入れよう・・・」
通信回線に向かって、尚哉はそう叫ぶ。
「だがこのまま負けたとあっては、我らどころか帝国軍に属する全ての者の、のそしりとなるっ!!
それだけは、なんとしてでも避けなければならんぞ。いいかっ、どんな手段を持ってしても、かの機体に土をつけるっ、わかったなっ!!」
「「「「 ―― 了解!!! 」」」
そう叫び 残った12機の不知火は、補給コンテナを中心に陣形を展開していった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ねぇ、白銀、24機でも少なかったかしら?」
12機目を倒したところでA隊の動きが変わり、彼らが後退して行くと、突然
秘匿回線が開き香月夕呼が呼びかけてきた。
「何言ってるんですか先生・・・ これでも いっぱいいっぱいなんですよ」
「全然そうには見えないけどね」
「それに、これからが本番と言ったところでしょうね。彼らは連携を重視した布陣を取ってきました。
こうなると人間相手は厄介なんですよ・・・」
「経験あるみたいな言い方ね」
「伊達にいくつもの平行世界の記憶を持ってないといったところでしょ?」
「で、本当のところ勝てそうなの?」
「そうですね・・・
奇襲が上手くいったこと。相手が人間相手の戦闘を想定していなかったこと。
あとは思いのほかこの新型XM3と俺の機体とのマッチングが良い事なんかを考慮すると、案外いけるかもしれませんね。
とくにこのXM3は前の模擬戦のときより格段に良くなってますよ」
「そう、なら鑑に礼を言っておくのね」
「――
えっ?」
「そのOSと機体の改良には、白銀に使いやすいようにって、あの子が手を加えてくれてたのよ」
あの日「バイバイ」と言われて以来、武は純夏に会えていない。
時間が空けば、ちょくちょく夕呼の元や、地下研究棟に顔を見せに行ったが決まって彼女は居なかった。
「純夏がそんなことまでやってくれてたんですね・・・・・・ だったらなおさら負けるわけには行きませんね」
勝てたら儲けものだとしか考えていなかった武の目に力が入る。
「へぇー、いい感じに気合が入ったじゃない。いい結果を期待してるわ」
そう言ってニヤニヤしながら夕呼は回線を切った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
A-01と207たちはモニターが設置された部屋で模擬戦を観戦していた。
今回は演習場と各機体とにカメラが搭載されており、俯瞰表示されたビーコンと共に戦闘状況をよりわかりやすくするためのものであった。
初めは、この模擬戦の内容を聞いた時、いくら武が優れた衛士とはいえ、単機で24機もの戦術機を相手にするなど、甚だ無理のある実機訓練だとしか、速瀬水月は思わなかった。
だが、戦場を駆けるその不知火を見て、先の模擬戦で感じた圧倒的な強さを思い出してしまった。
あの尋常でない戦術機と、日頃 訓練で会う
あの青年のイメージがずっと一致してなかったのだ。
それはシミュレーター訓練をしているときも同じであった。
そしていつの間にか、かなり秀でた腕を持つ衛士・・・ そんな評価に落ち着いていた・・・・・・
あの模擬戦で感じたプレッシャーを思い出すと、速瀬水月などは今でも肌が粟立ちはじめる。
とても人間を相手に戦っている気などしなく、実は香月副司令が作り上げた戦闘用AIだと聞いたほうがまだ納得ができたものである。
すでにA隊はその半数の戦術機を失っており、補給コンテナ付近を陣にとって、持久戦の構えを見せている。
彼らは2機連携から、3機連携に変えて陣形を作り、白銀機に対処していた。
それを見た当初の水月などは、そんな付け焼刃な対応をしても
あの白銀を止めることなんて出来はしないと薄ら笑いを浮かべていたものだが、
2機、3機と失いつつも、その連携によって彼らは辛うじて白銀機の激烈な攻勢をなんとか防ぎきっていたのであった。
「いかんな・・・どうも我々は常識というものに囚われすぎているようであったな・・・」
そう口を開いたのは伊隅みちるであった。
「そうですね、大尉。今朝 白銀が言っていたことが私にもようやく解りました」
それに神妙に言葉を返す水月。
「水月先輩・・・
3機連携というのはそれほど効果的なんですか? 白銀機は、彼らを攻めあぐねているように見えるのですが・・・・」
「なんで戦術機が2機連携をしているのかをまず思い出すことね、茜。
あれはレーザー級に対処するために
もともと考案された形なのを忘れてない?
一方がレーザー照射を受けた時、それ受けた機体はレーザーを回避するために対応する。
片やもう一機がそのレーザー級の排除を行なう。 これがもともと戦術機が2機連携をとる大きな理由よね」
「た、たしかに・・・そうですが・・・
だからと言って、3機連携にすれば それほど対応能力が上がるものなのでしょうか?」
「さぁ、どうなのかしら・・・」
「さぁって・・・」
「少なくともあれは3機連携なんて呼べる代物ではないわ」
「えっ・・・」
「3機で攻めてるけど、あれは実質2機連携で衛士たちはやってるわね。そういう訓練を受けてきたんだから、あいつらもそのほうが一番力を発揮できるもんよ」
「じぁあ、残りの1機は?」
「2機連携に引っ付いていって、隙あらば白銀機に 特攻する覚悟で倒す気でいるみたい・・・ 随分と無茶な攻め方をしてるわよ・・・下手すりゃ死者がでるかもね」
「――!!
で、でもこれって模擬戦ですよね?」
「あっちのプライドを凄く傷つけたのかもね・・・ ま、一番悪いのはこの馬鹿げた模擬戦を仕組んだ―――」
「速瀬・・・」
ギロリッと睨むみちるに水月は気付いて言葉をあらためる。
「――っと、すみません大尉、口が過ぎました。まぁ茜もみんなもこの戦いを良く見ておきなさい。白銀中尉が体を張って色んなことを教えてくれているわ。
例えば、頭の使い方と戦術次第で、中尉のような化け物に対してもある程度の対処が可能という事実。
後はまぁ、今朝 私が見せた戦い方が、いかに無様かもわかったし・・・ 」
「そうですね、速瀬中尉。今朝のアレはハッキリ言って美しくありませんでした・・・」
「宗像ぁ〜〜」
「そうだな、速瀬・・・ 貴様は、体よりも頭を使うことを覚えたほうがいいかもしれんな・・・・」
「た、大尉まで・・・・」
そんな風に、みちると水月、そして宗像美冴がガヤガヤと言い合っている。
だがそれは心から楽しんでいるわけではなく、心配そうに見つめる207訓練小隊の気持ちを少しでも和らげるやろうとする配慮からであった。
そして、そんな配慮を知ってか知らずか、モニターから目を離し
榊千鶴は みちるに声をかけてきた。
「大尉は、今後の戦況をどのように見ているのでしょうか?」
「・・・そうだな、もしこれが本物の戦場であったなら白銀中尉はこうも苦戦はしなかったかもしれんな」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「今回の模擬戦は、一応建前としては、次の作戦のための相互理解を促進するために開いたと聞いている。
それなのに、相手の無茶な戦い方に引きずられ、死者が出るようなことがあればお互いがやりにくくなるというものだ」
「白銀中尉は手を抜いていると?」
「いや、そうとは思わない。ただ、A隊があの連携を採ってから中尉の動きに目に見えて無駄が増えているのは事実ね。もしかしたら怒っているのかも知れんな」
「怒っている・・・ですか?」
「榊も今朝のアレを見たであろう? 白銀中尉があからさまに怒っていた姿を・・・
彼は敵であれ味方であれ、命を粗末にするような戦い方には否定的なのかもしれんな」
そう言葉を切り、みちるはさらに続ける。
「とにかく、補給コンテナを押さえられているんだ、それに残弾を意識してか、近接戦闘による長刀を意識した戦いにシフトをしている。
それに彼の戦い方では推進剤の消費が激しいであろうし、相手は持久戦に持ち込もうとしている・・・・
早めに決着をつけなければ案外白銀中尉は負けるかもしれんな」
今回はB01は連携を組めないためにコンテナを確保できれば、一時的に模擬戦は中断され、弾薬と推進剤の補給が行なわれることになっていた。
だが、それをA隊に抑えられた以上推進剤が尽きる前にA隊を倒さなければならない。
そして、3機連携の捨て身の攻撃をかわしながらも戦ってはいるものの、タックルや攻撃力を無視した蹴りを交えた相手の戦い方に1撃、2撃と機体にダメージを武は負っていく。
それによって動きが鈍り、3機連携に隙を見せてしまい付け込まれる・・・
といった悪循環が生れつつあった。
そうはあってもやはり武の戦闘技術は大したもので、A隊を一機、また一機と戦闘不能へと追い込んでいく。
「時間的には、もうそろそろやばいかも知れんな・・・」
モニターを見つめる207に聞こえないように呟くみちる。
「そうですね大尉、白銀の戦い方は見ている限り推進剤の消費がとても激しいでしょうから・・・」
それにそっと反応する水月。
そんな2人に気付きもしないで207訓練小隊はもうそろそろ決着がつこうとしている戦場に見入っていた。
「あと、2機ですっ!!」 そう言って拳を握る珠瀬壬姫。
「たける〜頑張れっ、頑張れっ!!」 上官の前ということも忘れて鎧衣美琴は大きな声で武を応援している。
「私は中尉を信じてる・・・」 祈るようにそっと呟く千鶴。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
慧は黙ったままモニターを見つめていた。
彼女はいまだに迷ったままだ。横浜基地に残るか、尚哉について行くか答えが出ないでいる。
いっその事、この戦いに勝った方に付いていこうと何度そう思ったことか・・・
だがそんな選択をすれば、誰も幸せになどなりはしない、そんなことはわかりきっていた。
だけれども、答えが出ないのだ。
もしかしたら、こんな馬鹿な自分には幸せになる権利なんて無いのかもしれない・・・
きっと私は勝った方へ付いていくことになる・・・
慧はただ、その結末を注視するしかなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
通常 、JIVESを利用したペイント弾と模造刀で行なわれる模擬戦では死者などで出はしない。
まれに戦術機同士の接触による事故で死者が出るといったケースのみである。
本来、JIVESが正常に機能しているなら、模造刀が相手に当たる瞬間、その制御系が戦術機の腕を振る速度を落とすことになっている。
そして、制御系がそのように反応しても、双方のコクピットには、擬似的な形で本当に模造刀で斬られた時の衝撃を伝えられることになっているのである。
だが、殺傷力の無いタックルや蹴りなどの攻撃には適用されず、A隊とB01双方が過酷な操縦を行なった結果、制御系に負荷がかかりすぎてしまい本来あるべき姿であるリミッターの機能が、現状の模擬戦では上手く作動していなかった。
結果、模造刀を振るうことでも、十分殺傷力のある形で相手の戦術機に刀などは接触してしまい、もはや模擬戦から死闘の様相を呈していたのだった。
武はこれ以上やれば死者が出るとオープンチャンネルで尚哉達に模擬戦の中止を呼び掛けたが、彼らは頑としてそれを受け入れはしなかった。
そして、彼らがこの戦いに名誉を賭けて望んでいると知った時、ならば全力で叩き潰すのみと武も気持ちを入れ替えた。
隙を見せればやられるし、下手をすれば自分が命を落としかねない・・・
武自身も 死に物狂いで襲い掛かってくる戦術機に対し、もはや余裕など一切無かった。
36mmのペイント弾であれば、殺傷力など無いが、長刀も模造品はそうではない。
刃は削られ鈍らであったとしても、直撃すれば、戦術機の関節をもぎ取ることは容易に出来る。
そんな事態に陥れば、彼らの攻撃に対してなす術をなくしてしまう・・・
だから武は、長刀で弾を節約しつつも、要所要所で36mmを効果的に使用する。
そうは言ってもペイント弾には限りがあり補給コンテナを尚哉達に確保されているので、武は倒した敵機の銃器を素早く拾い、自分の武器にしていくしかない。
相手にしてみれば、こちらの弾は見切られ一向に掠りもしないのに、武のそれは、発砲するたびに仲間達にダメージを与える忌々しい存在でしかなかった。
そうやって、辛うじて武は戦況の主導権を握りつつあった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「模擬戦を即刻中止すべきじゃない?」
そう口にしたのは指揮管制室にいた香月夕呼であった。
「JIVESが正常に機能していない以上、最悪なかの衛士が死ぬような事態が発生するわよ」
「・・・たしかに、香月副司令の言うとおりですね。下手をすれば相互理解どころではないということだな」
若干の躊躇を見せつつも夕呼の言うことに月詠は同意をみせた。
だが、いざ模擬戦の中止を月詠が命令しようとした所、それを制する人物が現れた。
それは、スーツの男性と強化装備をきた女性を従えるように立つ二十ほどに見える女性である。
「殿下・・・・」
月詠は彼女に向き合うと畏まりそう呟いた。
「沙霧はその帝国軍、防衛隊の誇りにかけて戦っています。わたくしもこのような死闘は見たことがありません。
研ぎ澄まされた日々の研鑽によって培われた技術と集中力、そして執念。今彼らを止めれば、きっとあなたは恨まれますよ?」
そう言って 『殿下』
と呼ばれた女性は微笑む。
「し、しかし私は指揮官として・・・」
「あなたは、武人として
今あの場に立ってみたいとは思いませんか?」
「――――――!!」
その言葉に彼女はハッとする・・・
事実、月詠はあそこで白銀機と戦う彼らのことが羨ましかった。
自分もあの場にいて、白銀と刃を交えることが出来たならと思うと身体が熱くなることが止めることが出来ない。
「それにもうすぐ白銀の推進剤が切れると香月博士も仰ったではないですか?
彼の者達が、何も言ってこない以上、それで良いではありませんか」
夕呼にしてみれば色々と言いたいことはあったが、この帝国で帝についで最も影響力がある彼女にそういわれては何も言い返せなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「残り、1機!!!」
なりふり構わず長刀で目の前の不知火の首を武は 薙ぎ払う。
24機いた敵機も、残りは沙霧尚哉が操る1機のみになっていた。
さすがは 『2回目の世界』
でラプターを倒しただけの相手である。それがXM3を搭載していては、なおさら強敵だと言わざるを得ない。
武の戦術機自体、タックルなどを仕掛けてきた戦術機にダメージを受けたり、それらの相手を無理に殴るなどした結果、左手首等がいかれてしまい、果たして尚哉に勝てるかどうか予断を許さない状況へと変化していた。
「よもや、ここまで追い込まれるとは思わなかったぞ・・・白銀武」
尚哉はオープンチャンネルで武に呼びかけてくる。
「だったら、認識を改めたほうがいいですね沙霧大尉」
そう軽口を叩いて武は切り返す。
「日本人の癖に帝国軍ではなく国連軍に属し、横浜基地という後方にいるものなど腑抜けぞろいかと思えば中々どうして・・・」
「・・・・・・・・やはり、あんたは何もわかっていないようだな・・・」
「――
ッ!! 何が言いたい、白銀武」
「帝国軍とか、国連軍とか米国とか・・・そんなことを言っている余裕なんか『人類』にはないんだよっ!!」
そう叫びながら、武は戦術機を駆り長刀で仕掛ける。
「クッ・・・ 『帝国』 ばかりでなく 『人類』 にも余裕が無いときたか。各国に内政干渉したがる米国がいいそうな言い分だな!」
「人間同士の争いなんかはな、BETAを地球から追い出した後に好きにすればいいっ!! あんたも軍人なら、『考えたくないこと』 を考えなきゃならんだろ!!」
――
考えたくないこと・・・
人間しかいなかった平和な時代においては、それは『戦争』という事態であった。
そしてそれを避けるために国力の強化と外交力を駆使すればよかった。
人間同士の戦争が始まったときにおいては、それは『敗北』であった。
それを避けるために軍事力と外交力を駆使し、いかにして相手から妥協と和平を引き出すかが求められた。
BETAの脅威にさらされたこの世界において、それは『人類の敗北』である。そんなことは尚哉も解っている。
そして、その最前線たる日本は、帝国国民はBETAの恐怖におびえ、それゆえに政威大将軍の下で一致団結をして対処していこうと頑張っているのだ
――
ここまで考え、尚哉は気付いてしまった。
殿下の復権を目指すのは、日本の民意を反映し、それによってBETA大戦によって疲弊した人々の心に勇気を与えるためのものであって、
それが帝国軍の強化にゆくゆくは繋がっていくという、軍人として冷徹な判断があったはずだ。
殿下の復権は手段であって、目的は人類そして帝国の勝利である。
だが、結局のところ我々はどうだったであろうか?
殿下が復権を果たせば、何とかなると思い込んでいたのではないだろうか?
その威光に縋ろうとしていたのは、民衆ばかりで無く 気付けば我々もそうだったのではなかったか?
そして復権のためには、どんな手段もいとわず、戦略研究会ではクーデターもやむを得ないというところまで行き着きかけていた。
結局は、我々まで、そのBETAの恐怖に心のゆとりをなくし冷静な判断を失っていたと言わざるを得ない。
冷静な判断ができなければ、勝てるものも勝てるはずが無いというものである。
もっともそんな判断も今だから言えるのであろう・・・そう考えて尚哉は苦笑いをしてしまう。
月詠少佐に出会うまでの我々は、どんどん先鋭化をしていっていたのだ。
現政権が目的を手段が凌駕してしまっているというなら、我々は目的と手段がいつの間にか すり替わってしまったな・・・・・・
「いちいちもっともなことを言うな・・・白銀武。
確かに我々軍人は常に人類の敗北を念頭においてそれを回避する術に努力を惜しんではならない。
・・・・・・そういえば、君の口から
一つ聞きたいことがあったのだ。このXM3の発案者というのは、本当に君なのか!?」
武の戦術機から距離をとり、突然 尚哉はそう尋ねてくる。
「・・・・そうですよ、俺が考えて香月副司令が作ってくれました」
急な相手の豹変に戸惑いながらもそう武は答えた。
「ならば、一帝国軍人として、礼を言う・・・ 君には様々な噂が流れていてね、一様に信じがたいものばかりだったが、今ではどの噂にも信憑性を感じるよ」
「大尉には言っておきたいですけど、横浜基地に流れてる噂でも、俺が訓練兵に手を出しているなんてものは真っ赤な出鱈目ですからね」
「―― く、くくっ、くっ・・・ふ、ふははははぁー・・・・ 君は本当に面白い男だな。そして観察力も侮れない」
「・・・・どういたしまして」
尚哉は、武が慧のことを言っているのだと解りこの青年の判断能力を高く評価した。
「人類同士はもとより、我らが争うのも、そろそろやめにしよう」
「いいですね、大尉。どっちが勝っても恨みっこ無しですよ」
「もちろんだ、今はこの馬鹿げた模擬戦を用意してくれた月詠少佐に感謝しているよ・・・・・では、参るっ!!」
オープンチャンネルは閉じられると共に尚哉は長刀による連続攻撃を仕掛けていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あの男、やるわね」
そう呟いたのはモニターをジッと見つめる水月である。
残り1機となったA隊と白銀機との攻防をヴァルキリーズと207訓練小隊は臨時にモニターが設置された部屋で息を呑んで見つめていた。
「アルファ隊の最後の衛士は、確か沙霧大尉とか言ったわよね、白銀をここにきて押しているじゃない」
「・・・・・速瀬中尉、奴が大将と言ったところですかね?」
そう尋ねる美冴。
「そうね・・・白銀、負けるんじゃないわよ」
応援するかのように水月はそう言い放つ。
その部屋にいる慧はというと、心が乱れていた。
武の動きは鈍くなり、尚哉の攻勢に押されはじめていた。
心のどこかで、きっと武が勝つと慧は自分がそう思っていたことに気付かされる。
武の劣勢を見ていることが出来なかった。
・・・・かんばれ、がんばれ、がんばれ・・・・
俯いたまま、心の中でそう呟いてみる。
そんなものは届くはずが無いとわかってはいる。
・・・・かんばれ、がんばれ、がんばれ、かんばれ、がんばれ、がんばれ・・・・
なぜ、自分はあの時タケルを応援してやると言ってやることができ無かったのだろうか?
・・・・かんばれ、がんばれ、がんばれ、かんばれ、がんばれ、がんばれ、かんばれ、がんばれ、がんばれ、かんばれ、がんばれ、がんばれ・・・・・・・・
―― タケルはできる子だ、褒めてやレば期待に答えてくれるこトを私は一番わかっていルはずじゃあぁナカッたノカ・・・?
・・・・かんばれ、がんばれ、がんばれ、かんばれ、がんばれ、がんばれ、かんばれ、がんばれ、がんばれ、かんばれ、がんばれ、がんばれ、かんばれ、がんばれ、がんばれ、かんばれ、がんばれ、がんばれ、かんばれ、がんばれ、がんばれ、かんばれ、がんばれ、がんばれ、かんばれ、がんばれ、がんばれ、かんばれ、がんばれ、がんばれ、かんばれ、がんばれ、がんばれ、かんばれ、がんばれ、がんばれ、かんばれ、がんばれ、がんばれ――――――――
「「「「 あぁーーーーーーーーーーーっ!!
」」」」
そんな声が部屋の中で上がった。
慧が顔を上げると、白銀機の腕が切り落とされていた・・・・
「こ、ここまでなのかしら・・・」 そうポツリと漏らす千鶴。
「で、でもさ〜 23機もやっつけたんだよ、それは、スッゴイことだよね・・・」
なんとかフォローを入れようとする美琴。
「そ、そうですよね〜美琴さん・・・ちょっと惜しかったけど、これでも十分ですよね」 と壬姫。
そんな仲間達を見て慧は思わず口にした。
「タケルは、負けないっ!! そんな程度の逆境じゃ、負けたりなんかしない!!!」
普段感情を表に見せない慧が、そのようなことを突然叫んだことに、千鶴たちは呆気にとられていた・・・
「落ち着きなさい彩峰。あなたの言いたいことはわかるけど、誰の目にも白銀中尉の劣勢は明らかよ」
子供を諭すような優しい目で千鶴は慧を制する。だがそんな配慮も今の慧にとっては苛立ちでしかない。
「榊は解ってない。タケルはね、どんな絶望的な状況でも決して諦めたりなんかしないっ!!」
「ねぇ、彩峰。あなた何言ってるの?
白銀中尉と出会って私たちはまだ10日あまりしか経ってないでしょ?」
ここに来て、さすがの千鶴も慧の不審さに気が付いた。
慧自身も千鶴にそう指摘され、初めて自分の言動がおかしいことを理解した。
そんな2人の戸惑いに気付かない水月は両者の間に割ってはいる。
「どのみちもうすぐ決着がつくわ。白銀機の推進剤はもうほとんど残ってはいないはずだからね・・・ だからモニターを見てなさい。」
その言葉に従い、ふたりは黙ってモニターに注視する。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
白銀機は距離を取りながら徐々に後退していき、一方の沙霧機は勝者の余裕か、それとも警戒からか、その後退の誘いには必要以上にのってこない。
「どう攻めるか見ものだな、速瀬ならどうする?」
「そうですね大尉。勝てないのであれば、やっぱり相打ち覚悟で引き分けに持ち込む術を探すかしら・・・」
「速瀬中尉、また白銀に嫌われますね」
「うっさい宗像! 勝てば官軍なのよっ!!」
そんな茶々をいれている時に武が動いた。
「「――!!!」」
「え、なんで・・・」
「ち、ちょっとどういうことよっ!!」
「白銀中尉があんなことをするなんて・・・」
「何を考えているのかしら」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
口々にヴァルキリーズや207の仲間達が叫ぶなか、慧は黙って見ていた。
ただ、武は絶対に勝つと一人、信じて待っていた・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しばらく沙霧尚哉は何が起こったのか理解できなかった。
白銀機はまるで誘うかのように少しづつ後退した後、脱兎の如くその場から逃げ出したのだ。
ハッキリといって意味がわからなかった。
あの優れた衛士が無様な姿を見せることが理解できなかったし、逃げることで戦況が打開できるはずがない。
何よりも彼の機体にはもう推進剤が残っていないことは同じ戦術機乗りとしてわかっていたからだ・・・
逃げ回ったとしても補給コンテナがここにある以上、すぐにあの機体は推進剤を切らして動けなくなるだけなのだ。
興ざめな終わり方だとため息をついた時、尚哉は武の意図に気が付いた。
「―― しまった!!」
現在最新の不知火には、XM3が搭載されているのと同様に、推進剤を入れたパックが容易に外部から取り外しが可能なように仕様が変更されている。
それは、戦闘中に孤立した部隊が仲間や破損機から燃料を簡単に分け合うために考案されたものであり、今回の武の行動が倒した不知火から補給を行なう意図にようやく気付くことができた。
ちなみにその仕様は、『2回目の世界』で、柏木晴子を推進剤が足りないために救えなかった武が考案したものだが、そんなことは尚哉が知るよしも無い。
尚哉は武が仮に補給コンテナ戻ってきても推進剤を手に入れられないようにコンテナを破壊した後、急いで武が向かった演習場八時方面に戦術機を走らせる。
その途中で遭遇した戦術機に対するワイヤートラップなどは、舌を巻くより他なかった。
「まったく末恐ろしい青年だな・・・ 時間稼ぎのために対戦術機のトラップなど聞いたことがないぞ」
ようやく模擬戦直後にやられた味方の残骸跡に
尚哉はたどり着く。
コックピットをこじ開けられた機体や腕がもがれた機体などがある。
仲間の衛士たちは他の部隊のものによって回収されており、ここが戦場になっても何の心配も無い。
そして残骸の中には推進剤のパックがもぎ取られたものがあった。
「この近くのどこかに・・・」
そして残骸の中には推進剤のパックがもぎ取られたものがあり、その向こう数百メートルの建物の影で推進剤の交換作業をしている戦術機を見た。
尚哉は36mmを構え、トリガーを握り締める
その直後、長時間にわたって続いた模擬演習に幕が下りた。
ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ
模擬戦を見ていた者たちは皆、何が起こったのか理解できなかった。
帝国軍の沙霧機が、遠方で推進パックの交換作業をしている白銀機に87式突撃砲を構えた時、模擬戦闘演習の終了が表示された。
それに一番驚いたのは沙霧尚哉本人である。
「――
な、なぜだ!? 何が起こった!!」
網膜表示された内容には『A01大破』と出ており、それはB01の勝利でもあった。
だが、白銀機は今も交換作業を継続しており、なんらかの攻撃を仕掛けた様子は無い。
模擬戦をサポートしていたJIVESの誤作動の可能性を考えた時、尚哉の機体に表示されてたマークは「味方誤射(フレンドリーファイア)」の印であった。
そして、その誤射を行なった機体は、さきほど 大破したと思っていた
コクピットまで裂けている戦術機である。
その倒れた姿とその手に握られている87式支援突撃砲。白銀機とその機体の直線上に自分が立っていることに、いまさらながら気が付いた・・・・
まさかと思い、尚哉がその戦術機のコクピットを拡大表示してみると、中から国連軍の強化服を着た人物が現れた。
「してやられたよ、白銀武・・・」
そう言わざるを得ない。
ならば建物の向こうに見えている彼の機体は、オート制御によるものだと容易に見て取れた。
武が今しがた乗っていた機体は、模擬戦直後 彼の強襲によって戦闘不能にされた小隊のうちの一機だ。
中破が2機、通信途絶が1機・・・そうした報告を尚哉はCPから受けている。
思えばこの時から 彼はこうした事態への布石を打っていたのだろう・・・・
ここまで来る途中に仕掛けられていたトラップも逃げる時に仕掛けたものと思っていたが、そうではないのであろう。
自分達が半数の戦術機を失ったあの時、一時後退したわずかな時間にあらかじめ用意していたという方が納得がいく・・・・
「完敗だよ・・・ 」
空を仰いだまま尚哉は誰かに言うでもなく
そっと呟いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このあと、武と尚哉は後方に控えていた部隊に基地へと回収された。
そして、武はこの激戦を見ていた者達や、伊隅ヴァルキリーズ、207訓練小隊、相対していた帝国軍人達から喝采をあび、賞賛を受けることになった。
あと数日後に両軍の共同作戦が行なわれるというのに、大事な戦術機を数機
大破させた事については、不思議と夕呼からも月詠からもお咎めはなかった。
もちろんそれは、さる高貴な人物が手を回したからであったのだが、帝国軍のA隊も武も知ることはなかった。
1対24のいう理解しがたい模擬戦を見事に制した国連軍衛士、白銀武。
戦術機の卓越した操作技術や新型OSの開発だけでなく、戦況を冷静に判断できる知性、卓越したサバイバル能力など評価が、今回の戦闘模擬演習によって加わった。
モニターを通してリアルタイムで見ていた鎧衣美琴などは、そのサバイバル技術に感心して興味を覚え どんな人物から どんな環境下でそれを教わったのかを
しきりに聞きたがっていた。
もちろん、武のサバイバル技術の師は、目の前にいる美琴本人なのだから武は苦笑するしかなく、『美琴と結ばれた1回目の世界』で獲得したことなどを話をしても混乱を招くだけと思い、適当に誤魔化した。
柏木晴子も心底感心したように話しかけてくる。
「タケルって凄いよね。推進剤のパックの仕様の変更を突くなんて随分クールな戦い方をしてるんだ・・・
考え付かなかったなぁ」
「普段から冷静なハルに言われると嬉しいな」
「あたしはさ、タケルが1on1で押されてた時
正直ダメだと思ってたんだぁ・・・」
「ハルはさ、割り切りが良すぎるんだよ・・・ そこがお前のいい所でもあるんだけど今回は見誤ったな」
「えへへ・・・
タケルはいい意味でいつも期待を裏切ってくれるから、一緒にいても面白いね」
「あんがとよっ。あ、あとこの推進剤のパックの仕様の変更を忘れるんじゃないぞ」
武は一応、晴子にそうした釘を刺し、彼女の未来のために用意したものがこんな形で自分に関わってきたことに奇妙な感じがした。
そんなことについてふと冷静になって考えていると、お祭り騒ぎのブリーフィングルームの中でただ一人、表情の無い顔で部屋の隅から
視線を向ける人物に気が付いた。
彩峰慧である。
―― 慧は沙霧大尉を応援するといっていたな・・・
そんなことを武は思い出し、仲良くなるどころか2人の関係が どんどん悪化しているように感じられ、ため息をつくほかなかった。
―――― 夜 横浜基地 屋上
「ここにいたのか・・・」
横浜基地の屋上の扉を開けると、武はようやく慧を見つけることができた。
模擬戦の後の騒がしいブリーフィングが終わると、なし崩し的に国連軍と帝国軍の親睦会がPXではじまった。
それと共に夕呼や霞、月詠たちはその場を後にし、気付けば慧もPXから消えていた・・・・
親睦会の主役たる武がいなくなるわけにも行かず、結局そこから彼が抜け出せたのは午後8時を過ぎてからであった。
「ごめん、タケル。一緒にいるのが任務なのに こんなところにいて・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「なぁ、慧・・・ 俺といるのはキツイか?」
武はそう切り出した。
これ以上、2人が一緒にいることで関係が悪化するようなことが増えれば、夕呼の実験にも何の意味も無くなってしまう。
大切な慧に嫌われて実験も成果が見込めないなら、完全に拒絶される前に早めに手を打ったほうが良いと武は考えていた。
だが、そんな武を無視するかのように慧は別のことを話し始める。
「私ね、今日のお昼に沙霧大尉・・・尚哉から求婚されたの・・・」
「―――――――
!!」
突然の慧の告白に武は胸が締め付けられる思いがした
昼間に覚えた違和感はやはり間違ってなどいなかった。
なぜ、あれをもっと深く追求しなかったのであろうか?
もしかして、何もかも手遅れなのだろうか?
武の心はかき乱されていく。
そんな心を知ってか知らずか慧は話を進め出す・・・・
「尚哉とは古くからの知り合いで、私はあの人を兄のように慕ってたし、好きだった・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「 『自分が本当に戦うべき理由が分かった・・・ 慧と幸せに暮らせる国を作りたい、一緒について来てほしい』
昼間ここでそう言われたの・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
痛む胸の思いのままに、そんなことは認められないっ!!
武はそう叫びたかった・・・
『1回目の世界』で慧と結ばれた記憶は鮮明で、彼女の全てを知るものが自分以外に存在しようとすることが許せなかった。
だが・・・ だがっ、それでも武は黙るしか無かった。
純夏を選ぼうとするなら俺には他の女性にそんなことを言う資格などないのだから・・・
それに・・・
慧があの男と結ばれることで、彼女が幸せになれるというのなら、そんな未来もあってもいいのかもしれない・・・・・・
「求婚されたときに私は真っ先にタケルのことを思い出したの」
「―― えっ・・・」
「意外?
まぁ、私自身もそのとき意外に感じたけどね」
「・・・・・・・・・・・」
「タケルに言っておきたいのだけど・・・ 私ね、初めてあった時から あなたのことが嫌いだった・・・」
嫌われているかもしれない・・・
夕呼にそう指摘されてはいたが、面と向かって言われると武は激しくショックを受け平衡感覚を失っていく。
ふらつきながらも武は何とか持ちこたえようとし、「なぜ俺が嫌いなんだ?」 そう聞きたかった。
だが、武にはその答えが怖く、結局何も尋ねることはできずにいた。
そして
慧はただ、言葉を続けていく。
「・・・・・
もし10日以上前に尚哉に求婚されていたら私は喜んでついていった。
でも今日それを聞いても、私の心は動揺するばかりで答えが出なかった・・・・
長い間慕っていた尚哉より、私の心は 10日ほど前に出会った
『嫌いなあなた』のことで占められていることに気付いたの・・・・」
そんな慧の言葉に武はハッとする。
「たぶん私、悪い女なんだと思う。どうしようもなく不義理なんだと思う。好きな男よりも嫌いな男を選ぶなんて・・・ どうかしてる・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
軽い沈黙の中、意を決して武は口を開いた。
「なぁ、慧。今の話を聞いてると、お前は沙霧大尉からのプロポーズを断ったのか?」
「プロポーズ? 求婚のことだね ・・・そだね、断った」
武はそれを聞いて嬉しくて堪らなかった。
だが、なぜ断ったのであろうか?
―― 慧は俺を嫌いと言い、沙霧大尉を好きという・・・ この世界の慧の不可解さは前にもまして拍車をかけているなぁ・・・
そんな慧を喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか武はどう判断していいか分からなかった。
「――
タケルの顔、可笑しいね。ニヤニヤしながら納得いかないって感じ・・・」
「そ、そりゃ・・・・ 好きな男より嫌いな奴を選ぶ人間なんて普通いないだろ」
ニヤケ顔を悟られたことを恥じながらそれを誤魔化すように武は素っ気無く答える。
「私をそのへんの普通の女と一緒にしないで」
「そうだな、慧だもんな」
「――
差別だ!」
「・・・・ヤレヤレ、俺に何を言わせたいんだよっ」
相変わらずの慧にツッコミを入れる武だが、その顔には優しい色が浮かんでいる。
「でも・・・俺にはこんなことを言う資格がないことは十分わかってるんだが、あえて聞くぞ・・・ 慧は本当にそれでいいのか?」
幸福の形など、人それぞれである。それでも少しはこの世界の慧のことを武は知りたいと思った。
「尚哉についていけば、おそらく私は幸せになることができる。 だけど、彼とでは
『本当の未来』
はたぶん勝ち取れない・・・
タケルについていけば、女としての幸せは得られないかも知れない・・・ だけど・・・・
だけれども、人類の勝利という 私達の宿願を
この目の前で見ることができるかもしれない。本当にそれを見てみたい・・・
私は強く、そう思ったの」
「そっか・・・ 俺についてくるって言うんなら、どんなことがあっても俺はお前を守る」
自身のそうした呪いをかける様に、武はそう言葉に想いをこめる。
「勘違いしないでタケル。私は嫌いな男に守られても嬉しくなんか無い・・・」
えぐるような言葉・・・ に武は目眩を覚えていく・・・
「そんなに俺はだめかなぁ?」
「うん、駄目だね」
「じゃあ、なんでキスなんかするかよ・・・」
「・・・・嫌い・・・
だからかな?」
「訳わかんねーよ・・・」
『1回目の世界』で分かり合えた慧はもう居ない・・・ あの慧とこの慧は違うのだと武は理解する。
同じ姿、同じ存在で、ただ 『世界』
が違うということだけで、こうも理解できなくなってしまうのだろうか?
だが武自身、『1回目の世界』のそれと今の自分を姿を考えれば、それは天と地の開きがあるではないか、そう思えば慧の変化は仕方の無いことなのかもしれない。
でも、分かってはいても武にとっては、どの世界の慧もやはり彼にとっては彩峰慧であるということだ。
たとえ彼女に嫌われたとしても、嬉しくないといわれても、彼女を死なせたりはしない・・・武はそう決意をする。
そんな武の想いを知ってか知らずか慧は次のような言葉を口にした。
「ねぇ、タケル。私を守らなくてもいい・・・・ だから、一つだけ約束して」
「――――
なんだよ」
いつの間にか、慧は真剣な顔で武を見つめている。
それがどことなく
『1回目の世界』
で結ばれた慧を思わせる雰囲気に
武は愛おしさを止められない。
「私より絶対 先に死んじゃ駄目。
今度、先に死んだら本当に嫌いになるんだから・・・・」
慧はハッキリと強い口調でそう言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・え?・・・・」
ある平行世界。
世界が終わる戦場の片隅で、ある男は愛する人よりも先に死んでしまったのかもしれない・・・・
そんな因果を彼女は受け継いだのだろうか?
「・・・ごめん、今わたし、変なこと言った。
タケルが死んでたら、今ここに居るはずないのにね・・・・ でも悲しくて・・・・
嬉しくて・・・・」
しかし、そういいながら慧は泣いていた。
「―― わかった。俺は、これ以上慧に嫌われたくないから死なない程度に頑張るさ」
そう笑う武に慧は抱きついてきた・・・
「ゴメン、嫌いっていったのに こんなことをして・・・ でも、 しばらくの間だけでいいから こうしていたい・・・・・」
寒空の中、そんな慧を優しく抱きしめてやる武。
ただ、もう一度、会いたいと、あの時、あの世界で慧は願っていた・・・
それが世界を経て叶えられたことを、今の彼女はまだ知らずにいた・・・・・・
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