2001年11月3日















 

―――― 横浜基地内にある 病院






「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 白銀武は、意識が戻らない御剣冥夜の看病をしていた。
 彼女の身体には外傷は無く、目が覚めないのはおそらく精神的なものでありそれが彼女の中で解決すれば自然に目を覚ますと夕呼は言っていた。

 だから、早ければ今日にも目を覚ますだろうし、下手をすれば一生このまま目を覚まさないかもしれない。
 とにかく、今 無理に起こそうとすれば脳に掛かっている負荷のために記憶や人格に障害が出るかもしれないと釘を刺された。


 結局、武に出来ることといえば、看病と今だ目を覚まさない彼女に静かに励ましの言葉を呼びかける事くらいであった。



「・・・・白銀さん、交代の時間です」


 そういって部屋に入ってきたのは霞であった。


「悪いな、お前にまで看病を付き合わせちまって」
「純夏さんのおかげで、仕事があまり無いんです。気にしないでください・・・ それに御剣さんがこうなったのは私達の失敗です」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 武は一日中ここで看病をしているわけにはいかない。
 彼は、現在横浜基地一の衛士であり、207訓練小隊とA-01部隊の戦術機の教官を任されている。
 だから、看病は夜と朝しか出来ず任務中は霞の手を借りることになったのだ。
 
 武は、冥夜と霞に「またな」と声をかけ、病室を後にした・・・






 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 その日の午前のシミュレータールームは興奮に包まれていた。
 
 それは、昨日の実験が終わり、冥夜を除く207訓練小隊は、幾つかの身体検査を終えた後、戦術機教習に移ったからである。




 座学では、教えてもいないことをスラスラと千鶴たちは答えて教官である神宮寺まりもを唖然とさせ、

 衛士適性はもとより、動作教習応用課程を難なくクリアするころにまでなると、まりもは目の前で起こっている信じられない出来事に頭を両手で抱えて参っており、
 そんな まりもを夕呼は嬉しそうに眺めていた。


 武自身、夕呼が勝手に訳のわからない実験をしたことは快く思っていなかったが、
 この成果を目の当たりにして「凄い、凄いぞ」と連呼するばかりであった。


 また、当事者である千鶴たちも自分達の技術に驚く気持ちと、出来て当然という気持ちが交錯していて 混乱していたが、
 夕呼が数日すればその奇妙な感覚も脳が整理して慣れるから問題ないといい、一応その言葉で納得するしかなかった。



 これらの結果からも、夕呼は これ以上教習課程を受けさせても無意味だと言い、おそらく純夏が用意したであろうハイヴ攻略データを試させる。

 普段のまりもなら 一訓練兵に対して このような扱いは、ありえないものなので反対するところであったが、今回は 目が据わったまま何も言わなかった。
 そして、ハイヴ攻略データを繰りかえす事で、今の207が抱えるある問題が浮かび上がってきたのであった。









「白銀、あんたはどう思う?」

 難しそうな顔そしている武に夕呼は話かける。

「どう とは、どういうことですか?」


「あたしはね、正直に言うと 戦術機の操作技術なんてわからないわ、。でも 彼女達の能力には明らかにバラつきがあるわね・・・・ 
  さっきから彩峰が真っ先にやられてるじゃない」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「衛士としての あなたの意見を聞きたいわね」

「委員長・・・じゃない榊と鎧衣の腕前は、間違いなく 今のA-01の伊隅大尉や速瀬中尉よりも上ですよ」
「・・・マジで?」

 これには夕呼は驚いた。


「・・・先生がその言葉を言うとは思いませんでしたが、マジです。そして珠瀬は風間少尉や柏木少尉レベルといったところですかね」
「・・・・いまいち、その表現はわかりづらいわね。まぁ、A-01に参加しても問題なくやっていけるといったとこかしら?」

「ま、そんな感じです・・・・・」


 そこで言葉を切る武。

 
「それで、白銀・・・・ 問題は彩峰といったとこかしら?」
「今のあいつの腕前は・・・ ようやく衛士になれた新米少尉ぐらい・・ です・・・」

「ずいぶん実力に差があるわね」



 これが武を難しい顔にさせていた原因だった。
 初めて戦術機にのった訓練兵がこのレベルであれば十分凄いといえるし、将来有望と賞賛されるべきである。
 だがこのまま次の作戦に、Aー01と行動を共にすれば足手まといになりかねない。


「もちろん俺が知ってる彩峰の実力はこんなものじゃ、ありませんよ・・・・・ 昨日の実験が上手くいかなかったんですか?」


「そんなことはないわ、現に初めてでもこれだけ戦術機を動かしているじゃない。
  おそらく榊や鎧衣に比べ極端に因果情報の流入量が少なかったということかしら?」


 「・・・はぁ」 と因果律量子論を理解できていない武にはそんな返事しかできない。


「白銀・・・ あんた彩峰に嫌われているんじゃない?」

 ジト目で夕呼は武を見る。


「な、なんでいきなりそんな話になるんですか!? 俺は彩峰に嫌われるようなことなんかしてませんよ!!」

 やましい事はした記憶はないが、この天才が何の根拠もなくそんなことをいうはずが無いことを武は知っている。

「因果情報の流入量はね、因果導体との心理的な結びつきが強く作用してるのよ。
  ハッキリといえばあんたに対する好感度と言ってもいいわね」

「先生・・・つまり、彩峰の因果情報の流入量が少ないのは俺が好かれてないと?」
「ハッキリ言えばそういうことね」

 ―― グサッ!! 

  そんな擬音と共にフラフラと後退し、武は壁に激しく頭をぶつける。

 

「目に見えて動揺してるわね・・・」
「ははは・・・ はぁ〜・・・そ、そんなことないですよぅ、ゆ、夕呼副司令・・・」


 夕呼の呼び方まで変になる始末である。
 
 
「ま、逆に考えたら?  榊と鎧衣には異常なくらい好かれているんじゃない。そうね・・・裏切ったら刺されるくらいには・・・」
「・・・・・・・・・・・・・ 脅かさないでくださいよ、先生」

 
 動揺を隠し切れない武を無視し夕呼は続ける。


「とにかく彩峰をどうにかする必要があるわね」

「どうにかって、今のままじゃあどうしようもないでしょう。今のままでは死の8分を越えられるかどうかも怪しいですよ。
  彩峰は次の作戦から外すべきです。」

 武はハッキリと夕呼にそういった。


「あんたはそれでいいの? これをキッカケに207がバラバラになるかもしれないわよ・・」
「仕方ないです。彩峰が戦死するよりはいい」
 
「・・・・白銀、結論を急ぐんじゃないわよ。まだ、やり様はあるでしょ」

「でも先生・・・さすがにあと1週間ほどで衛士として一流に鍛えるのは難しいですよ。
  彩峰に付きっ切りで教えるわけも行かないし、207やA-01の面倒もまかされてますから」
 

 何か案があるのか、夕呼はそんな武の言葉を平然と聞き流す。


「あのね白銀、彼女に関してはそんな面倒なことをしなくても何とかなるわ」
「えっ・・・  どうすれば、そんなに簡単に彩峰を鍛えることができるんですか?」


 そして、夕呼はとても嬉しそうな顔をしてこう言った。


「彩峰が白銀に惚れればいいのよ!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」

 どんな凄い案が出てくるのかと思えば、また訳のわからないことを言う・・・そんな感じで呆れている武に夕呼は補足説明を加えてくれた。



「だ〜か〜ら〜 彩峰が白銀を好きになれば、それだけ虚数空間からの因果情報の流入量が増えるでしょ。
  それからもう一度記憶の関連付けの実験をやればいいのよ」
 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」 


「だからあんたに、彩峰を口説きなさい!っていってんの!!」


 「ぶふっーーーーーーーーー!!」
  思わず口の中のものを吹き出す武。


「き、汚いわね・・・あんた。
  とにかく、彩峰がべた惚れになって白銀のことしか目に入らなくなれば207の中でも最強になるくらい強くなるんじゃないかしら?」

「せ、先生待ってください! 俺にはそんなことはできませんよ!!  い、一応俺には純夏という存在が・・・・」
「でも今のところあんたの片思いでしょ? こっちの鑑純夏は あんたが知ってる鑑とは別物なのよ」

 
「そ、それはそうですけど・・・・」

「それとも、あんたは彩峰を見殺しにする気? あんたとって、彩峰慧はその程度の存在なの?仮にも一つの平行世界で結ばれた仲でしょ」


 その言葉で、武はバビロン作戦で一緒に戦った慧のことを思い出す。
 彩峰と結ばれた『一回目の世界』、武と慧のエレメントは横浜基地でも最強といわれていた。
 彼女はできる子だ。信じてやればそれだけ期待に答えてくれる唯一無二の相棒だった。
  ・・・彼女はあの世界でどうなったのであろうか?彼女を助けるために囮をかって出てその世界の俺は死んだんだっけ・・・

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」    ぎゅっと拳をにぎる武。



「俺にとっては、慧も大切な存在です・・・・ なんとかできるなら、なんとかしてやりたいです」

「じゃあ、口説く気になったの?」
「口説く必要があるかどうかは、状況に応じて判断します。それにそうなったとしても あくまでも慧のためです」


「あら、開き直ったわね・・・ まあいいけど他の女に刺されないように気を付けなさいよ」

 そう言って笑う夕呼であった。




 

 訓練終了後のブリーフィングで夕呼は実験結果にバラつきがあることを説明した。

 それでもそんなことを気にも留めないで褒めるまりもと 実験結果に大変満足し喜び合う千鶴と美琴と壬姫。
 ただ一人納得いかない慧が対照的だと武は思った。


 

 訓練終了後に慧に近づく武。

 慧を励ますが「気休めはやめて」と武は拒絶された。




「私ひとりが足手まとい」
「でもさ、まりもちゃんは初めて乗った訓練兵でもこうは行かないと言ってたじゃぁねーか」
「そ、そうですよ〜慧ちゃん」と壬姫。

「榊たちはもっと凄い」

「とりあえず、PXで落ち着こうぜ」
「そうですよ〜」

「あら、いいわね」 と賛成する榊と美琴
「僕らもタケルに戦術機の操作を色々聞きたいんだ。なんてったって武は横浜基地一のエースなんだからね」


「・・・ 私は残る、みんな行って」

 さすがに慧にこれだけ拒否されると場の空気が重くなっていく。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そして、その沈黙に口を開いたのは千鶴であった。


「あなたねー、言いたい事があるならここで はっきり言ったら?」
「さ、榊さん!」
「自分の内に感情を溜め込むのはあなたの悪い癖よ」

「―― クッ・・・ 榊・・・ 言うようになったね。私に勝ててそんなに嬉しい?」 敵意を持った目で睨む慧。



       





「別にそういうつもりじゃないわよ。ただ彩峰には、大尉の最後の言葉を思い出して欲しいの。
 この隊のみんなは誰もあなたのことを侮ってなんかいない。必要なら頼って欲しいと私は心からそう思ってる」

 真面目な顔でそういう千鶴。


「大尉? 何言ってるの榊・・・ 私にはそんな知り合いは居ない」

「ち、ちょっと彩峰! あなた、なんてことを言うのよ!!」
「そ、そうだよ慧さん・・・それはなんでも言い過ぎだよ」

 千鶴と美琴は慧の言葉に反発をするが、それを急いで止めに入る武。


「よせ、委員長。慧は本当に伊隅大尉のことを知らないんだ・・・」
「ちょっと白銀、何よそれ・・・・ どういうことよ?」


 武は記憶の関連付けがここまでやっかいだとは思わなかった。
 今の千鶴たちはまだ みちる達に出会ってない。だが記憶の関連付けの所為で、会ったことがある気でいるのだ。


「正確には委員長達は、まだ伊隅大尉には会っていないだろ」
「え・・・でも・・・」

「実験結果による記憶の流入で会ったことがあると思っているだけだ。委員長のその記憶は別の平行世界での記憶によるものだ」
「・・・・・・・・・」

 だが、納得できない千鶴。


「白銀・・・あなたもその平行世界の記憶ってものを持っているというの? そもそも、なんで大尉の名前を知っているのよ」

「そうだな・・・ 俺も平行世界の記憶を持っている・・・ みんなには黙っていたが俺が 『特別』 なのは、その辺の理由からなんだ」


 その突然の告白に驚く207の彼女達。


「あなたも・・・ あの実験を受けていたのね。なるほど、それがこの横浜基地でその若さで最強の衛士であるわけ?」
「まぁ、そんなところかな」


 本当はそうではないのだが、この場で全てを話すわけにもいかず武は適当に誤魔化した。

 

 千鶴と武の話についていけず、その場を離れようとする慧。だがそれを千鶴は引き止める。


「ま、待ちなさい彩峰。私の話は終わってないわ」
「・・・ 私は話すことは無い。時間の無駄」

 

 そう言って慧は立ち去ってしまった。
 武も慧を追いかけようとしたが、STAを決められて、気が付くと彼女は目の前から消えていた。


―― チクショウー、どこの世界でもアレは避けられないのかよ!!

 そんなことを思っている武に話かける千鶴。


「誰にでも一人になりたいときがあるわ。今の彩峰にはそのときだと思うの。
 207はお互い実力が拮抗してたでしょ?  良くも悪くもバランスが取れたチームだったもの・・・
 だけど実験という自分ではどうしようもない形で、こうも簡単にバランスが崩れるとはみんな思っても見なかったわ」


「・・・・・・・・・・」

「特に彩峰は私と同じで負けず嫌いだし、こんな形で差がつくのは納得ができるもんじゃないわ
 彩峰はまず自分自身と向き合う必要があると思うわ。
 自分の気持ちが整理できてなければ、私達に向き合うことなんて できないでしょ?」


「でも、今の慧には・・・・・」


 そう口を挟む武に対し、千鶴は少し冷めた口調で言葉を続ける。


「そういえば白銀。いつの間に彩峰のことを名前で呼んでるの? 初めて私達が会った日には 『彩峰』 と呼びたいと自分で言ってたくせに」
「そういえばそうだよね〜」
「そうですね、タケルさんは自分で言いました」

 そう謂われて初めて気付く武。

「それほど彩峰訓練兵のことが大切なんでしょうか、白・銀・中・尉 」  とさらに冷えた口調で尋ねる千鶴。


 なにやら空気が重くなるのを感じる武は 『刺されないように気を付けなさいよ』 と不敵に笑う夕呼を思い出す。

 

「ははは・・・い、いやだなぁ〜〜 榊訓練兵。俺は教え子の一人を贔屓にするつもりはないよ・・・ 」

「だったらさタケル〜、早くPXに行こうよ〜〜」 と言う美琴。
「私も慧さんの気持ちがすこしわかります。今は一人にしたほうがいいと思います」 と壬姫。


 そして結局 武はPXへと連行されていったのであった。







  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







 昼食も早々に終え、武は千鶴と美琴、壬姫たちと戦術機の格納庫にやって来ていた。


「これが私達の戦術機なんですね〜。でも、不知火にいきなり乗れるなんて驚きです!!」 
「そうね珠瀬、本来なら訓練兵が乗る機体は吹雪と決まってるのに博士の手回しには頭が下がるわ」
「でもこれなら僕達も十分活躍できそうだね、千鶴さん」


 207の彼女達は自分達の機体を前に素直に喜んでいた。
 ハンガーに収められた戦術機は不知火5機、慧と冥夜の機体も用意されている・・・・
 今回は帝国が不知火を優先的に回してくれたらしいがおそらく月詠さんの仕業ではないだろうかと武は考える。

 ただ、冥夜は今だ目を覚まさず、慧も不知火本来の力を引き出せるほどの力を持っていない。
 特に慧に関しては夕呼に任されているので 何とかしなければ と考えていた。



「あれ・・・なんだか、変ね・・・」

 そう声を上げたのは千鶴であった。



「どうかしたんですか?」
「デジャヴーってやつかしら・・・このハンガーに吹雪6機と紫の武御雷が置いてあるような気がしてたのよ」
「あれ〜、千鶴さんも? 僕もね、なんか変だな〜って思ってたんだよ」

 首を傾げている千鶴と美琴。


「ふたりとも変だよー、私達207は5人じゃないですか。それだと2機も多いよ。それに紫の武御雷がこんな所にあるはずないです」
「そう、よね・・・ これも平行世界の記憶ってやつかしら・・・」

 委員長は勘がいいな、と武は思いつつも 確かに今回は待っていても武御雷の搬入が無い。

 それがこの世界が 『二回目の世界』 と異なるせいなのか、自分が異なる行動をしたせいなのか判断が付かなかった。
 そんなことを考えているとハンガーの入り口の方から武を呼ぶ声がした。


「白銀中尉、ちょっといいか?」

 そう話しかけてきたのは月詠少佐であった。





  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 『二回目の世界』でよく来ていた丘に2人はやって来た。


「中尉、時間を取らせてすまないな」
「そんなことはないですよ月詠少佐、ちょうど俺も聞きたいことがあったんですよ」

「ん、なんだ聞きたいことというのは? まずはそちらから伺おうか」


 今日の月詠は心なしか随分親しげに武は感じる。


「えっとですね、207に戦術機が渡される時には『一回目の世界』や『二回目の世界』でも、武御雷が吹雪と共にやって来てるんです。
 たしか殿下が紫の武御雷を冥夜のために用意していたと思ったんですが今回はそれが無いのが不思議でして・・・・」

「そのことか、ここにあっても冥夜様は乗ってはくださらぬからな。ならば、もっと意味のある使い方があるはずと私が殿下に進言した」
「どういうことですか、月詠さん?」

「なんだ、香月博士からは何も聞いてないのだな・・・ 10日の作戦には殿下もご出陣なさる。この国を守るためにその威光を示される」

「んな・・・・ で、殿下が!! ・・・それで紫の武御雷がないんですか?」

「そういうことだ。殿下の護衛には我らの武御雷とお前達Aー01と207訓練小隊。そして帝国本土防衛軍帝都守備第1戦術機甲連隊の沙霧たちだ」

「―― さ、沙霧大尉ですか!?」


「そうだ、帝都の守備という後衛にいるからこそ 『余計な考え』 を抱くというものだ・・・
  本当の最前線でわが帝国が置かれた現状を 殿下と共に実感できれば、そのような愚かな考えなど思い浮かべはしないだろう」



 たしかにそうだ と思う武。
 だいたい、BETAの恐怖を知っているものならクーデターの時に、奇策とはいえ あのような空挺作戦による無謀な奇襲に出るはずが無い。
 それに10日の作戦で殿下が戦の矢面に立ち 威光が示すことができたなら、帝国議会でも殿下の発言力が増すというもの。
 そうすれば米国に付け入る隙を与えることも無いということだ。


 武は武者震いがした。

 月詠を協力者に引き込めば、何かの役に立つとは考えていた。
 しかし、ここまで動いてくれるとは、ハッキリいって予想外であった。

 11月10日のBETA襲来という事件をここまで上手く使うとは思っても見なかった。

 月詠の話では、この作戦が上手くいけば悠陽殿下が帝国内で地位を復権し、クーデター部隊を仲間に引き入れ議会勢力に釘を刺すことができ、
 冥夜たちの任官も決定的になるというものだった。

 この世界でも月詠と和解できていて良かったと心から武は思った。


 
「そういえば まだ言ってませんでしたね。佐官への昇格おめでとうございます、月詠少佐。
  まさか数日で2階級も特進するなんて思っても見ませんでした。ずいぶん、異例中の異例なんじゃないですか?」


「私は 元々 大尉への昇格を蹴っていた口でな」


「へ?」

  いきなりそんなことを言われて武は混乱する。無理に昇格を蹴る理由がわからない。


「何を呆けている。連隊や中隊を連れて冥夜様を護衛するわけにもいくまいであろう。
  第19独立警護小隊という形でなければ冥夜様の傍にいることが出来なかった・・・・
  そして、佐官に上がらなければ今回の作戦指揮をとることもままならない、そういうことだ」

 そういうことだといわれても、それを実行できてしまうことが侮れない。
 この人はただ家柄と戦術機の腕前で中尉で居たわけではないと改めて武は思い知らされる。

 そして彼女にとって いかに冥夜が大事な存在であるかも思い知らされて気分が沈む。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 
 昨日の実験で冥夜は意識不明に陥っている。
 本来なら武も冥夜のそばに居てやりたいが自分の置かれている立場を放棄するわけにもいかず、結局 看護は霞に任せたままここに居る始末だ。

 今の冥夜の現状をやはり話すべきだと武は考えていると月詠が先に口を開いた。



「冥夜様の現状は、香月博士から報告は受けている」
「――――!!」


 その言葉に武はハッとする。だが、月詠にどう言葉を返せばよいか見当も付かない。
 そんな武を見て、月詠は言葉を続ける。

 
「冥夜様が望んで実験を受けたのであれば、私からは何も言うことはない」

「そうは言っても・・・冥夜はいまだ目を覚ましません・・・」


「白銀中尉、何か勘違いしていないか? 貴様は冥夜様の保護者ではないのだぞ。」
  そう諭すように月詠は言う。

「・・・・・・・・・・・・・・」



「今回の事故は 確かに私達にとっては想定外であったが、実験を受けた207訓練小隊の彼女たちも ある程度覚悟はできていたはずだ。
 リスクをとるとはそういうことであろう?
 冥夜様がなぜが実験を受けたのかは少しは考え、その意志を尊重することが我らのできることだ。
 そして白銀、貴様は 冥夜様の意識が戻ったときに何の心配も無い状況を作っておくことこそ重要なのではないか」


 この人は本当に強い・・・・ 武にとって冥夜が「尊い人」であるように、きっと冥夜にとって月詠こそが「尊い人」なのであろう・・・
 そう思わせるに十分な強さを持っていると思う 武であった。



「・・・・そうですね、少佐」
「まぁ、私もあのような実験でこのような事態に成るとは思っても みなかったがな・・・ 」
「少佐は実験の詳細を知ってたんですか?」

「知っていたも何も、私は香月博士や社霞と同様にその実験を受けた者の一人だ」

「え!?」


「11月1日に、博士から207の処遇に関することで 実験の内容を聞いてな、それならばと私も受けたまでだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」


「しかし、自分が知らない世界を疑似体験するとは奇妙なものだな。
 まぁ、そのおかげでクーデターの連中の面がわれたり、お前の言っている『意味』が本当に理解できたのだがな・・・
  ああそうだ・・・結局白銀には言いそびれていたことがあった。 今日はこのために会いに来たのだ」

 急に月詠は真剣な顔をして、武に向かいあう。
  その瞳には今までに月詠からは見たことも無い強い想いが籠められていた。


「白銀少尉、桜花作戦の完遂ご苦労!  少尉のおかげで 『あの世界』 は救われた。 あの世界を知る者の一人として礼をいう !!」


 そういって月詠は武に対し敬礼を行った。


 武の心はいっぱいになっていた・・・

 別に誰かに褒められたくてやったわけじゃない。そして、あの戦いでは 何より207の彼女達を失ったのだ。
 それでも、あの戦いには意味があった、そう言ってくれる人がいる。

 ならば、まだこのBETAの世界にいることは、きっと何かの意味があるのかもしれない。
 いや俺という存在に意味を見出してくれる人達がいる以上戦い抜くまでだ。

 そう決意する武だった。
 






 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







 

 午後は、207訓練小隊のことは まりもに任せ、武はA-01の指導を行っていた。

 1日指導しただけでも、彼女たちは 武の技術を 水に浸したスポンジのように吸収していく。

 だがやはり、操作概念の転換までには至らない。
 小手先の技術だけの進歩では遠からず壁に突き当たるかもしれないと思う武。


 そして純夏の言葉を思い出す。
 『伊隅大尉たちが弱くなったんじゃなくて たけるちゃんが強くなったの・・・・』


 そうは言われても やはり武自身ではその強さを実感できずにいたし、弱いと感じる みちる達のことを放っておくわけにもいかない。
 だから、午前中に思いついた考えを みちるたちに宣言した。


「明日からA−01は207訓練小隊と合同で訓練を行うことにする」

 この決定には、みな驚き、やはり水月が最初に噛み付いてきた。

「ちょっと待ちなさいよ、白銀! あんであたし達が訓練兵なんかと一緒に演習をしなきゃなんないのよ!!」
「速瀬中尉、おれは元々207の戦術機担当の教官なんですよ」

「・・・・・・・・・・そんなことは、わかってるわよ。本来なら私達なんかより彼女達と一緒に居たいんでしょ。でもねこれだけは言わせて貰うわ。
 あんたほどの凄腕が訓練兵の教官をしてるなんておかしいわ! 本当なら副司令に進言して あたし達の専属になって欲しいくらいよ!!」

「よしなさい、速瀬。元々白銀中尉の要求で207の教官をやっていると副司令からは聞いている、中尉にも色々事情があるのだろう」

 みちるはそう言って水月を制する。
 だが、水月はみなの考えを代表しただけであり 美冴や梼子、茜の顔をみるとやはり不満の色がそこに出ていた。


 武も彼女達の気持ちは、わからなくはない。
 A-01は衛士の中でもトップエリートに属しており、それだけ自負心を持っている。

 それを 最近では 『家柄が特別』 と揶揄されるいわく付きの訓練兵と同系列に扱われることには、甚だ不本意なのであろう。

 みちるの言い方にしても 『特別である訓練兵』の関係者が、帝国軍に要請して武を訓練兵の教官に派遣したのではと思っているのかもしれない。


「中尉たちは勘違いしているようだから言っておくけど、もちろん207訓練小隊のことも考えているが、これはA-01のためでもある」


 その言葉を挑戦的な目つきで水月は切り返す。


「へー、言ってくれるわね、白銀。訓練兵と一緒に訓練することがあたし達のためになるっていうの?」


「そうです。明日の訓練には207訓練小隊からは 3人を参加させますが、内2人は速瀬中尉、伊隅大尉より実力が上です」

「「「「「「――!!」」」」」」


 その言葉にヴァルキリーズは固まってしまった。
 そして、そこから一番早く解けたのは茜であった。


「ち、ちょっと待ってください白銀中尉。千鶴たちは先日、総合戦闘技術評価演習を終えたばかりですよ! そんなのありえません!!」
「涼宮は、俺が嘘を言っているといいたいのか?」

「そ、そういうわけではなくて・・・ でも普通に考えればその言葉は 信じることは出来ません」

「なら、明日自分の目で確かめればいい、俺の言葉よりはよっぽど説得力があるだろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「タケルはさ、207の実力は私達に加わっても遜色が無い、むしろ刺激になるって考えてるの?」
 そう尋ねてきたのは今まで黙っていた晴子である。


「そういうことだ、ハル。明日参加する榊と鎧衣は大尉達よりも確実に実力は上だ。
  残りの珠瀬にしてもハルや風間少尉と同格と俺は見ている」

「御剣と彩峰は?」
「冥夜は現在ある事情から隊を離れている。彩峰に関しては現在はまだその域に達してないと俺が判断したから明日の訓練には参加させない」

 それを聞いて他のヴァルキリーズのメンバーはハッとする。
 訓練小隊のことを考えただけなら、わざわざ小隊のメンバーを外すわけが無い。無理にでも参加させるはずである。
 そうしないのは、彼は本当に私達のことを考えて今回の決定をしたのかもしれないということだ。

 だが、それでも207の実力を目にするまでは武の言うことは納得できたものではなかった。
 いかに白銀が指導することで『特別』と噂される207訓練小隊とはいえ 数日戦術機を乗っただけで、日々研鑽を重ねてきた自分達を超えられては立つ瀬がないということだ・・・


「ふふふ・・・あははははっ・・・・ずいぶんと明日が楽しみになってきたじゃないの!!」 

 様々な感情をない交ぜにした表情で水月が不敵に笑い出す。

「速瀬中尉、それでは悪役の笑い方です」 と ツッコミをいれる美冴。


 武は207の彼女達に施された実験のことを言おうと思っていたが、盛り上がっている水月を見て それは止めにした。

 『二回目の世界』では、自分が水月に目を付けられたが、今回は委員長か美琴がそうなるのかなぁ・・・
 そんなことを考えながら明日は大変なことになるかも知れないと武は少しだけ気が重くなった。
 






  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








 慧のことを考え、武は早めにA-01のブリーフィングを切り上げPXに急いでいた。

 そして、京塚のおばちゃんに頼んでいた焼きそば とコッペパンを利用して 『焼きそばパン』 を完成させると、207が訓練しているシミュレータールームへと向っていった。

「彩峰か? 彼女は今日は気分がすぐれないと言って、午後からは訓練には出ていないぞ」
 
 まりも からそんな言葉を聞いた武はすぐに医務室へと向かったが肝心の慧はそこでも見当たらない。
 一体どこだと悩んでみたが、焼きそばの次に高い所が好きな慧である。
 すぐに屋上へと武は向かってみると、案の定 慧はそこに居た。



「・・・・ 何しにきたの?白銀」

「やれやれ、お前が心配だから来たんだよ・・・・
 まったく、まりもちゃんに嘘をつくんじゃない。 上官に対する虚偽報告は懲罰ものだぞ」

「別に構わない・・・ 今の私では みんなの足を引っ張るだけ・・・」
「・・・・らしくないぞ、慧」



 そんな言葉に慧は過剰に反応する。



「なれなれしい白銀、何も知らないくせに・・・・」
 
「そんなことはないぞ、お前のことは知っている。  例えば お前は焼きそばが好きだし、焼きそばが好物で・・、焼きそばに目が無くて・・・・・」

 何か良いことを言おう考える武だが、この時は いまいち思いつかなかった。


「・・・私は焼きそばの女?」
「いや、そんなことはない!」

 きっぱりと否定をするがまるで説得力が無い。


「ちなみに榊のことはどれくらい知ってる?」
「ん、委員長が? えーーっとだな、委員長は頭が固くて、頑固で、融通が利かなくて・・・・」
「白銀、全部一緒の意味だから」

「あと、メガネだ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・」

 なぜか慧の視線が痛い。 やはり天敵の千鶴の話をしたのが悪かったのか?  しかし話を振ってきたのは慧のほうだぞ!!

 白銀武・・・・相変わらずの鈍チンである。

 

「白銀は何も分かってない・・・もう、行くね」
「ち、チョッと待てよ!」

 慌てて武は、慧を引き止めた。

「私は白銀に心配される必要はない」
「そんなことは無いだろ。  お前さ、今日の昼はPXに来てないから、昼飯を抜いているんじゃないのか?」
「・・・・・・・・・・・・・」

「そんなお前のためにすばらしい食べ物を持ってきたぞ!!」
「・・・・焼きそば?」

 ピクリと反応する慧。


「ふ、相変わらずだぜ彩峰慧!  何も分かってないのは どうやらお前の方だっ!! 」

 そういって、武は 『焼きそばパン』 を取り出した。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

  ド  ドンッ !!


「―― うおっ!」
 突然、武の目の前に急接近する慧。 神速の速さである。


 
「 TA ・ BE ・ TE  ☆  い ・ い? (ゴクリっ) 」


 片言以上の反応だ。



「う、うむ。 ―― そのために用意した」

 パッ と武の手から焼きそばパンを奪い取ると後ろを向いて食べ始める。


 モフモフ・・ もふもふ・・ モフモフ・・・・・・ ―― ごっくん。


「おかわり」

 振り向きざまそう口にする慧。
 

 前の世界のような失敗を犯さないとばかりに 武はもう一つ焼きそばパンを取り出す。
 その手から再び焼きそばパンを奪い取ると 慧はまた後ろを向いて食べ始める。


 モフモフ・・ もふもふ・・ モフモフ・・ もふもふ・・モフモフ・・・・・・ ―― ごっくん。


「おかわり」
「あ・・・・ああ・・」

 計5つの焼きそばパンを食べ終えた後 ようやく慧は落ち着いた。






「私が間違ってた・・・白銀は、私のことをよくわかってる・・・」


 あの慧がこんなことを言うなんて・・・ 焼きそばパンは偉大である。


「そうでもないさ、慧は嘘が上手いからな・・」
「それだけ分かってくれるだけでいい。 全部を理解するなんて自分自身のことでも無理」


 なんとか慧の心の壁を取り払うことが出来た武は、慧にもう一度実験を施すことを説明した。

「だからさ、慧さえよければもう一度実験を受けてみないか?」
「・・・・・・・・・・・」

「正直なところ、俺には何が一番正しいなんてわからない。
 このまま慧が訓練に参加しても10日の作戦までに特殊部隊に編成されるほどのスキルが身に付くとは思えない。
 かと言って 無理に実験に参加すべきとも言えない。 冥夜の例もあるし決して安全とは言い切れないからな」


「・・・・今の榊たちには、特殊部隊についていけるほどの能力があるの?」

 慧は抑揚の無い声で聞いてくる。

「ある。 委員長と美琴に関しては、次の作戦で付随する部隊の隊員よりも能力が上だ」
「――――!!」

 それを聞いて慧は嬉しいのか悔しいのか複雑な顔をした。


「・・・・ちなみに今の私の腕前はどんなレベルなの?」
「新米衛士レベルだ・・・・正直 『死の8分』 を超えられるかどうかと言ったところだろう」
「・・・・・・・・・・・・」

 今度は本当に悔しそうな顔を浮かべる慧。


「白銀は、私が実験を受けて、榊たちに追いつけると思う?」
「思っている。 俺が持ってる平行世界の記憶ってやつでは、今の委員長に負けないレベルの実力を慧は持ってたよ」


「―― なんだか不思議だね。 私の知らない私を白銀が知ってるなんて・・・・ わかった、実験をもう一度受けることにする」
「いいのか?」
「いい。 ・・・・ それより、なんで私だけこんなにも実験結果に差が出たのか わかってるの?」


「わかっているといえば、わかっているんだが・・・・うーん・・・・」


 果たして慧に説明して良いものかどうか武は悩む。
 自分のことが好きじゃないから上手くいかない、など言えたものではない。
  俺に惚れろ!と言って惚れてくれれば苦労などしない。
  人間の心はそんなに単純ではないからだ。



「―― 言えない事?」
「そうじゃないが、たぶん説明しないほうが上手くいく。 とりあえずさ、再実験までは 俺といつも一緒に行動した方がいい」


 夕呼が単純接触が多いことが相手に好感を抱く要素になると武に説明していたことを思い出す。


「もしかして白銀が因果導体?」
「――――!!」

 まったくなんで彼女達は、こうも勘が良いのかと武は言いたくもなる。

「それは NEED TO KNOW だ。 察してくれ」

 そんな感じで誤魔化した。

 

「白銀・・・いつも一緒って言ってたけど、シャワーも寝るときも?」
「ば、馬鹿言うな!! べ、別にそこまで一緒にする必要はないだろ!!」


「白銀は実験が失敗すればいいと思ってるんだ・・・・」
「う・・・・そ、そんなことはないぞ!!」

―― 俺の馬鹿やろう!  自分で壁を作ってどうする・・・・・ 彩峰は必死なんだぞ!!


 そう思い武は覚悟を決める。


「ま、まぁ・・・シャワーはともかく、同じ部屋で寝るくらいなら必要かもしれねーな! ただし布団は別々だぞ!!」
「あたしのこと惚れた? 下心みえみえ」
「そ、そんなんじゃねーよ!!」 

「赤くなってカワイイ・・・わかった、上官命令なら仕方が無いね、今日と明日は白銀と一緒にいてあげる・・・・  夜が楽しみだね」


 そう言って慧はニヤリと笑った。 




 そのあと慧は武の呼びかたを「白銀」から「タケル」に変更することを宣言した。
 それは、武が「彩峰」と呼ぶことを自ら指定してきたのに勝手に「慧」と変えたためらしい。

 そんなところも慧と自分との心の差が開いた理由だろうか? と なんとなく武は考えていた。 





 


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 武は余った焼きそばパンを夕食としてたいらげ、夕呼に報告といくつかの用事を終えた後
  慧と共に冥夜が入院している特別病棟に移動した。

 その病室には霞はおらず、代わりに戎美凪がいた。
 どうやら戎、神代、巴の3人は霞と共に交代で冥夜の看病をすることに取り決めたらしい。

 そして戎に代わる形で慧と武は病室に残った。


 いくつかの手続きと看護を終えた後、慧は武に尋ねた。


「御剣のことがそんなに大切なんだ」
「そうだな、冥夜のことは大切だ・・・・ もちろん他の207のみんなのこともだぞ」


 出会って10日ほどだが、嘘をつくのがうまい慧にはそれが真実であるように聞こえた。
 なんとなく面白くない慧は、武にさらに尋ねる。


「だったらタケル。 もし、どうしようない絶望的な戦場で207のみんなが、それぞれピンチになった時 タケルは誰を真っ先に助けに行く?」


 我ながら意地悪な質問をしたと思う慧。
 だが困った顔のタケルも見てみたいとも思った。

 だからハッキリとその質問に答えたタケルという存在が、どこか遠くに思えた。

「・・・・・・・・きっと誰も助けることができず、おろおろしたまま みんなを見殺しにしてしまうかもしれない・・・・・・」


 その言葉にも真実が含まれているように慧には聞こえ、イライラする。




 やはり私はこの男が嫌いだ・・・・ハッキリとそう感じた。




 今し方と同様に、時折見せる虚無に囚われた表情が嫌いだ
 死の気配を纏っていることも嫌いだ

 私達と同い年でありながら どこか大人びていて、今は無き父を思い起こさせる雰囲気も嫌いだ
 悲劇の主人公を気取っている感じも嫌いだ

 彼に近づくたびに『嫌い』という言葉が増えていく


 なぜ他のみんなが彼を好きなのかがよくわからない


 もちろん彼は凄いと思う。

 その戦術機の操作技術は他を圧倒している
 新型OSを考案するなど、私には考えも付かないことだ
 初めて出会ったとき、何かしら胸が熱くなったのも確かだ

 だが、と思う。


 榊たちは気付いていないのだろうか?
 私達が彼を好きになればなるほど、きっとそれだけ彼を追い込んでしまうだろう と。


 彼を嫌いでいることこそ正しいことなのだ。 



 慧は冥夜を看病するタケルにそっと近づいていく
 気付かれないように・・・背後からそっと

 そしてタケルの顔を掴み、そっとキスをした。

「――!!!」

 武は驚くも決して暴れはしなかった。 ただ 長い口付けが終わると こう言った。


「いきなり、何考えてんだよ慧」
「―― ただ なんとなく」
「お前ね、ただなんとなくでキスするかよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 
 慧自身も自分の行動がよくわからなかった。
 嫌いだと思った瞬間、なぜか切なくなった。  そして、気付けばキスをしていた。

「ムラムラするから、やっぱり今日は一人で寝るね」

 そして、慧は部屋から出ようとする。

「ち、ちょっとまてよ訳わかんねーぞ!?」
「・・・・何、私を襲う気?」
「ば、馬鹿いえ!!」

「・・・・そ、残念・・・じゃあ、またね・・・」

 そう言うと 今度は本当に慧は部屋を後にし、呆然とする武だけが残された。














 


 →次へ


→感想はこちらへ