2001年11月2日












 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 白銀武は、B19Fにある仮眠室で目を覚ました。

 最近は、目を覚ますとき『純夏の声』が聞こえない。
 夕呼先生が純夏の蘇生処置を行っているせいであろうか?

 隣にあるシリンダールームには、もう脳と脊髄は入っておらず、別の場所で純夏の治療を行っているらしかった。



―― 純夏には、あと半月程度で会えるって先生は言ってたけど、00ユニットの純夏の方はどうなったんだろう?

 『2回目の世界』において、夕呼は00ユニットが再起動できたとしても記憶や人格の喪失の可能性があることを指摘していたので、どのみち純夏の調律には自分が呼ばれるだろうと思い、 それまでは自分のできることをやるまでだと気合を入れる武であった。





  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 朝の点呼が終わった後、武はピアティフ中尉に呼び止められた。

「え・・・夕呼先生と霞は いないんですか?」
「はい、2人は207B訓練小隊の総合戦闘技術評価演習について行きました」


 随分突然な話で、何も聞いていないと思う武であったが夕呼に聞いても「言ってないもの」と一言で返されそうである。

―― あいつらなら大丈夫だ。 それに霞はとうとう海に行けたのか・・・・・それならいいや。


 何か違和感に思いながらも、武は自分を納得させていた。


「ピアティフ中尉。 今日の俺の予定はどうなっているのでしょうか?」
「香月副司令は、自分が戻るまでの間 みっちりとヴァルキリーズをしごいてやれと仰られていました」

 武は昨日の模擬戦の結果を思えば好都合と思いつつも、夜に見た 速瀬水月の痴態を思い出し 早くもため息をついていた。


 

―――― ブリーフィングルーム



「彼が昨日、単機でA-01A隊を殲滅した白銀武中尉だ。
  香月博士の直属で、横浜基地一の腕前と言うのは、真実である。
  今日から彼が不甲斐ない私達を一人前の衛士として一から叩きなおしてくれることになった。 わかったか!!」

「「「「「はい!!」」」」」

 昨日のメンバーが返事をし、伊隅みちるは各メンバーを紹介していく。


 みちるは、いつも通り キビキビと。
 水月は、昨夜のことの所為かあからさまに顔が青く武と目をあわせようとはしない。
 宗像美冴は昨日とはうって変わってニヤニヤしており
 風間梼子はそんな美冴をやれやれといった感じで見ている。
 涼宮茜は汚物でも見るように武を睨んできて
 柏木晴子は小さく手を振りヨロシクと口を動かした。


 みちるが彼女達を紹介し終わると武は疑問を口にする。

「伊隅大尉、ヴァルキリーズはもっと人数が多いと伺っていたのですが、他のメンバーはどうしたのでしょうか?」

「ああ、彼女達は別の任務についている・・・・とまぁ、隠し事をしても仕方がないな。
  A-01Bの連中は帝国の要請で、XM3の普及と指導をかねて現在別行動中だ。
  私達も本来ならその予定だったのだが、昨日の模擬戦の結果に博士も色々と思うことがあったのだろう・・・・
  それでわざわざ白銀中尉の協力を仰ぐことになったわけだ・・・他に何か質問はあるか?」

「いえ、俺の方からはありません」

 武がそう答えると、ヴァルキリーズの美冴から声が上がる。


「大尉、私達の方から白銀中尉に質問があるのですが」
「・・・・・・はぁ〜〜・・・ 言ってみろ。 このままじゃあ約一名、使い物にならんからな」


 そういって みちるは水月を見るが当の本人は ビックっとしたまま固まっている。


―― 自業自得です、速瀬中尉。

 と 内心思う武だが、下手に答えて自分が吊し上げられないように美冴の言葉を待ち受ける。


「白銀中尉は昨晩、速瀬中尉と夜間戦闘訓練を行いましたか?」

 そういって美冴はニヤリと笑う。


―― はぁ・・・まったく顔に似合わずオヤジ臭いことを言うなぁ・・・

「速瀬中尉は昨夜、俺の部屋で随分な御もてなしをしようとしてくれたみたいですが
  酒に飲まれた者を相手にするのどうかと思ったのでお断りしましたよ」

「本当に?」と美冴

 しかし、当の水月はギロッと武を睨んできた。

「記憶を失うほど飲んでおいて、あらぬ疑いをかけられるのはゴメンですよ、速瀬中尉。
  俺が部屋でしたことと言えば、なぜか裸で寝てる中尉にシーツを掛けたくらいです」


 おおかた武に襲われたかもしれない・・・ としか聞いていなかったであろう他のメンバーは、ジーっと水月を見る。


「ち、ちょっと待ちなさいよ、白銀! じゃあ、あんたは昨日はどこで寝たのよ!!」
「誰かさんがベッドを占拠してたので、夕呼先生の特殊任務でよく使うB19Fの仮眠室を使いました」
「う・・・・・」
「それに『夜の訓練』はハルとやってましたから速瀬中尉の相手をできる体力なんてありませんよ」


「「「「「 ハルゥ〜〜〜!? 」」」」」

 ヴァルキリーズ一同は、晴子に注目する。

「あははは・・・ひどいなぁ〜タケルは、早速ばらしちゃうなんて・・・」


 部屋の温度が数度下がった気がした。

「模擬戦の後にタケルに聞いたんですよ。 タケルの任務に私達が付いていったら何回の出撃まで耐えられるかって・・・
  そうしたら、3回程度で全滅だって聞かされたから、夜にシミュレーターで訓練をつけてもらう事にしたんです」


 その言葉に他のメンバーはハッとなる。
 夕呼の任務が優しかったことなど一度も無く、武はそれに生き残ったのではないか? だからこそ その実力は飛びぬけているのだと。
 私達が武から聞かなければいけないことは、昨夜の所業などではなく戦い抜くための技術なのだ。

「ふっ・・・ならば、私達も少しでも生き残れるように白銀中尉に訓練をつけてもらうとしよう」

  そう みちるは切り出す。
  その時には、もう水月も茜も先のような険悪な雰囲気は無く、戦場に赴く衛士のように緊張感を纏っていた。


―― さすがは打撃支援のハルだ。 日常会話でも的確な支援をしてくれるなぁ〜

 晴子に感謝しつつ、シミュレータールームに向かう武であった。


・・・・・・・・・・・・・


 武はヴァルキリーズに自分の操作概念を教え、コンボやキャンセルを説明してシミュレーターを通して動きを確認していく。
 もともと彼女達は有能であったので試行錯誤をしながらも、確実にモノにしていった。

「はぁ〜〜、白銀の動きはおかしいとは思っていたけど、操作における考え方がここまで違うなんてね」
「ふっ、香月博士が用意した隠し玉は伊達ではないということか」

  水月や美冴はすでに武を「中尉」とは呼ばなくなっている。

「私達が使っている新型OS、XM3は白銀中尉が考案したと噂があるが、本当なのか?」
  そう聞いてくる みちる。

「そんなたいしたものじゃないですよ。 先ほど話したキャンセルやコンボを取り入れて操作の簡略化を夕呼先生に頼んだだけです」
「白銀中尉のような方を 天才って仰るんですね」 と梼子。

「まったく・・・白銀、あんたには恐れ入ったわ。 噂のような女たらしの嫌な奴かと思ってたけどそうじゃないみたいね」 と水月。
「娯楽がないからと言って俺のことをあること ないこと基地内で噂されるのは甚だ遺憾です」


「いいじゃない、それだけ周りが期待してるってことでしょ。 それに あんたにだったら 抱かれたとしても女としての箔が付くってもんよ」
「ほぉ〜本音が出ましたね、 速瀬中尉」 と美冴

「や、やぁ〜ね、モノの例えよ」
「そうでしょうか・・・中尉は困ったときにお酒と男性に頼る傾向があると思われますが・・・」 そう梼子は付け足す。
「水月先輩・・・最低です」 と茜は反応を示し
「あはは、抜け駆けは駄目ですよ〜」 そう言って 晴子が締めた。

「た、大尉〜助けてくださいよぉ〜〜」
「自業自得だ、速瀬。 今日の訓練が終わりしだい腕立て500だ、いいな」


がーーーーん、っと一人ショックを受けている水月。


武はそんなやり取りを見ながら、いつの間にか自分がヴァルキリーズに溶け込んでいることにホッとするのであった。








―――― B27F 研究棟 午後




「一体、どういうことなのかしら・・・・」


 榊千鶴が、総合戦闘技術評価演習を行うと神宮寺教官から聞いたのは、昨日の夜。

 前期の演習と同じように孤島で行われると思っていただけに横浜基地の地下に案内されたことで
 千鶴たち207B訓練小隊は不安に感じていた。

 彼女達は夕呼に 訓練兵である自分達では入ることさえできない高いセキュリティーのある区画に連れてこられていた。

 そして当の夕呼は機材が並ぶ部屋に彼女達を残し、ここにはいない。

 

「タケルさんには絶対内緒だって教官も言ってたし、なんだか 変だよね〜」 そう口を開くのは壬姫。
「こんなところで演習が行われるとは、とても思えない」  と慧。
「でも、こんな地下深く降りたのは初めてだよ〜」 1人 はしゃいでいるのは美琴。


 冥夜も落ち着かない。
 なぜ武に内緒にするように釘を刺されたのだろうか?
 武に知られては不味いことがここにはあるのであろうか?


 香月博士については、武に関わるようになってから その人柄がわかってきた。
 決して無意味なことを指示する人ではない。

 それに博士は、武が平行世界からやって来たことも受け入れているらしい。
 武から聞く夕呼という人物は、目的のためには手段を選ばない、敵味方双方にとって油断のならない人物であった。

 どう考えても、ここで演習が行われるとは思えない。 それに代わる何かをするのだろうか?
 考えすぎでなければいいが・・・・


 そう思っていると、夕呼が人を連れて部屋に戻ってきた。


 一人は 社霞だ、彼女には207訓練小隊のみんなも面識がある。

 もう一人は 赤い長髪を黄色いリボンで結んだ、自分達と同じくらいの見たことの無い女性であった。
 その顔は表情が乏しく、階級証は少尉である。


 みんなが夕呼に注目する中、冥夜だけがその見たことの無い女性から目が離せない。

―― 赤毛に黄色いリボン・・・・アンテナのような飛び出た髪の毛・・・・武が言う 鑑純夏という人物ではないのか!?


 だが、武の話ではまだ、人前に出られる状態ではないと言っていた・・・・どういうことだ?
 とにかく鑑純夏の存在が『総技演習を武に内緒にする理由』であろうか?

 そう冥夜が考えていると、夕呼が説明をはじめた。

 

「初めに言っておくけど、総合戦闘技術評価演習は中止になったから」
「「えっ!!」」 と 驚く千鶴たち。

「10日には帝国軍と国連軍とで大規模な作戦が行われるわ。
  それに向けて横浜基地は色々と忙しくなっててね、訓練兵に無駄な時間を割くゆとりはないのよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 一様に不安な顔を覗かせる千鶴たち。
 またも、衛士になれる機会が遠いていくのだろうか?


「その作戦にはあなた達も戦術機のパイロットとして参加してもらうことになるから」

「「!!」」
  驚く壬姫と美琴

  驚きを通り越して困惑する千鶴と慧と冥夜。

「香月博士、私達は戦術機の衛士として必要な座学も 訓練もまだ行ってはいません。
  もちろん・・・・命令であれば従います。
  ですが、このような未熟な私達が作戦に参加をしては、他の衛士たちの足手まといになるのではないでしょうか?」
  と、千鶴は口を挟む。

―― それとも、衛士として期待されているのではなく 私達は囮か何かとして使われるというの?
  慧はそう考えるが、さすがにそれを口にすることは無い。


「そうね、足手まといをわざわざ作戦に参加させる必要は無いし、私は優秀な衛士にしか興味がないわ。
  戦術機を触ったことも無い訓練兵を10日そこらで一流の衛士として育て上げられるなら、それはど簡単なことはないわね」


「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」

「だけど、白銀の話ではあなたたちには一流の衛士としての素質と潜在能力があるそうよ」
「えっ・・・白銀中尉がそのようなことを?」
  思わず顔がほころぶ千鶴。

―― だったらなぜ ここに白銀がいないのか?
  対照的に 何か納得がいかない慧。


「だから あなた達には、その潜在能力を引き出す実験を受けてもらうわ」
「『実験』・・・ ですか?」
「ええ、実験よ。 潜在能力が引き出せるかどうかは、色々と条件が必要で まだ不確定の段階なのよ」


 ここに来て207小隊はさらに不安になってくる
 彼女達の中には帝国軍の旧横浜基地で行っていた後藤部隊の人体実験の話を思い出し、顔が青ざめている者もいる。

 しかし、ここで怯んでいても仕方ないと千鶴は勇気を出した。

「その、実験とはどのようなものなのでしょうか?」
「聞きたい?」

 夕呼はニヤリといやらしそうに笑ってみせる。

「も、もちろんです・・・」

「そんなに不安そうな顔をしなくてもいいわよ。
  その実験は私自身で試してみたけど、別に痛くも痒くもないし、見た目には何も変わらないもの」

「・・・・・・・・・・」


「この実験はね、『因果導体』 という存在に深く関わった者にしか効果がないのよ。
  だからね、誰でもいいわけじゃない。 そしてあなた達はそれとは知らずに、その因果導体と深く関わっているわけ」

「「「「 ―― ? 」」」」

  聞いたことも無い単語に首をひねる千鶴たち。
  ただ一人冥夜だけが、その言葉に記憶がある。


―― 因果導体とは武のことであるな・・・  武と私達の潜在能力に何の関係があるのだ?

「もちろん何のリスクも無いわけじゃあないわ。 記憶の混乱や、精神状態の不安定化、下手をすれば発狂する危険性もある。
  もっとも 私と社 そして鑑のサポートがあるから、そんな可能性は限りなく低く抑えてあるわ」

  千鶴たちは社と鑑と呼ばれた者をチラリと見る。


「まぁ、あんた達に何かあると白銀が五月蝿いからね、最善を尽くすわ」

  その言葉に『白銀中尉には内緒』の意味を理解する。

「それにどうしてもダメって言うなら私は強要はしないわ。
  ただし、10日に行われる作戦であなた達が衛士としての有能性が証明できれば  すぐにでも任官が可能になるわ。
  最もそのタイミングを外すと、いつ任官できるか私には見当も付かないけどね」

「どういうことですか?」 と質問する慧。
「あなた達が『特別』なことは自分達が 一番良く知ってるんじゃなくて?」

  武が言っていたことは、本当のことだったのだ、と 慧は唇を噛む。


 早く任官したいし、有能な衛士にもなりたい・・・
 だが、このような よくわからない実験に参加するというのは みな不安であった。
 上手くいけば、衛士としての能力を最短の時間で手にすることができ、任官も確実となる。
 しかし 条件が旨すぎるからこそ疑いたくもなる。
 判断材料が少なすぎると千鶴たちは思っていた。


「香月博士、ひとつよろしいですか?」
「何かしら 御剣」
「博士は、この実験が白銀中尉の為になるとお考えですか?」
「・・・・・・・・・さぁ、わからないわ。 私は白銀じゃないもの」


 そう答える夕呼に対して、思わぬ人物が反応した。


「御剣さん、私は 『たける』 ちゃんの為になると思って 香月先生に実験を提案しました」
  そう答えたのは赤毛の女性。

「「「「 たけるちゃん? 」」」」 その言葉に反応するのは千鶴たち。

「そなたが 『鑑純夏』 か?」
「―― ええ、そうです。 御剣冥夜さん」
「武から話を聞いていたのと違い、随分と落ち着いた方であるな」
「・・・・・・・・・・・・・」


 えも言われぬ緊張感が漂うが、それを取り払ったのは夕呼であった。

「とりあえず、御剣は実験に参加でいいかしら?」
「はい、香月博士。 鑑少尉が白銀中尉の為になると言うのでしたら 私は参加します」

「まったく白銀はモテモテね。 実験の準備には、もう1時間ほど掛かるわ。 榊達もそれまでにどうするか決めなさい」

 そう言って夕呼たちは部屋を後にした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・


 夕呼は実験に必要な作業を進めながらも、先ほどの冥夜の言葉が引っかかっていた。

 これは、白銀のためになるのか?
 結論から言えば、NOである。
 誰であれ自分の好いた相手らを戦場へと送り込むことを良しとするわけがない。


 次の作戦でもきっと多くの人間が死ぬであろう。
 この世界では当たり前のこと、犠牲の無い勝利など見込めないのだ。

 そうであっても、犠牲が少ないに越したことは無い。

 そのためにも この実験は必要なのだと。

 

 この人体実験の仕組みは、00ユニットである鑑純夏の能力を使って行われる。

 彼女が対象者の脳の中にある膨大な情報をリーディングして
 無意識下に眠る平行世界の記憶をプロジェクションで呼び覚まし それを意識下に関連付けをするというものだ。


 因果導体である白銀武に近しい人物には、彼が関わった世界の記憶が無意識下に多く流入していることは
 『2回目の世界』でも確認済みだ。

 その特性を利用して 今回は戦術機に関わる記憶、その操作技術を引き出すのが狙いである。


 しかし、実験には不確定要因がある。

 夕呼の場合は、実験の結果で確認できた記憶は やはり白銀の言う 『2回目の世界』 のものであった。


 だが、千鶴たちの場合は向こうの世界ではすでに死んでいるのである。
 仮に自分が死んだときの記憶が『関連付け』されてしまっては、あまり良い状況とはいえない。

 生きながらに自分の死を体験するということ。
 心の弱い人間にそんなことを行えばショック死すらしてしまう。
 もちろん彼女達なら 例えそうなったとしても大丈夫であると思うが
 重度のトラウマが発生してしまう可能性もあり、そのために薬物や催眠処置を施してたとしても 結局は衛士として使い物にならなくなる。


 そして、そんな結果を招けば、今まで協力的であった白銀がどう変化するか見当も付かない。

 『2回目の世界』の白銀武なら あるいは仕方の無いことだと自分を納得させるであろう。
 だが00ユニットである鑑純夏の話によると、今この世界に居る白銀武はそれとは 『違っている』らしい。


 本来であればこのような強引な実験は行うべきではないのかも知れない。


 それでも夕呼にそれをさせているのは、昨日の模擬戦の結果からであった。
 霞の報告では、この世界の伊隅たちは、前の世界の彼女達より弱い可能性があること
 そして、今のままでは遠からず全滅すると白銀が思っていることであった。


 人間らしさなど とうの昔に捨てたと思っていたが、いざ腹心の死の可能性を突きつけられて心が揺れる自分に苦笑いする。
 とにかく実験が成功すれば何も問題ない、桜花作戦を成功させた榊達の技術があれば 戦力として非常に心強いものだ。

 自分も白銀に関わることで知らずしらず大きく変わってしまったのかもしれない。

 そう思いながら 夕呼は実験の準備を整えるのであった。










 
―――― B27F 研究棟 1時間後




「あなた達はどうするか決めたかしら?」

 そういって夕呼は冥夜以外の訓練兵に話しかける。

「はい、私達は人類の勝利のために国連兵に志願しました。
  それに少しでもお役に立てる可能性があるのでしたら答えはすでに出ています」

  そう千鶴は返答する。
 それを満足げに聞いた夕呼は千鶴たちを部屋の奥に連れていく。
 そしてそこには時空転移装置を小型化した機械があり、霞と純夏が立っていた。

「じゃぁ、誰から実験を行う?」 と尋ねる夕呼。
「では、わたしが・・・・」
「待ちなさい、御剣。 分隊長である私からするわ。 あなたは最近 抜け駆けが多いから一番最後」

  その言葉に頷く慧と壬姫。

「榊、彩峰、珠瀬まで・・・ ふむ、そなたがそう言うのであれば従おう」

「なら榊は、その機械の上に鑑と一緒に乗りなさい」
「博士、この機械はいったい 何なんでしょうか?」

「これはね、榊のこの世界における存在確立を最小化させるためのものよ
  そうすることで、榊の中にある平行世界から流れ込んだ記憶をより掴みやすくするためのものなの」
「・・・はぁ」
  千鶴は、これ以上夕呼の話を聞いても自分では理解できないと悟り素直に純夏がすでにいる機械の上に乗る。

「それで一体、私は何をすればいいんでしょうか?」
「あんたは、その上でボーっと立っていればいいわ。 ものの数分で終わるはずだから」

  そう言って夕呼は霞に指示をだし機材のボタンを押していく。
  しばらくすると、千鶴と純夏の周りに淡い光があふれ出してきた。

  それをジッと見つめる他の千鶴の仲間たち。

 千鶴には特に変化は見られず  きょとんとしたままであり、こちらに注目している仲間に対し 少し気恥ずかしそうに視線を返す。
 そうこうしている内に周りの光は消えていった。


「鑑、どう?」
「問題ありません」
「そう、榊もういいわ。 降りてらっしゃい」

「博士、今ので実験は終わりなのでしょうか?」
「ええ、そうよ」

  実験が終わっても、なにが変わったか自覚できない千鶴は首をひねりながら降りてくる。

「本当に、私の潜在能力というものは、引き出されたのでしょうか? 何も変わらないのですが・・・」

「私にもいつもの千鶴さんに見えます」  と壬姫。
「失敗?」  相変わらず失礼な慧。
「えぇ〜 ボクには なんとなく千鶴さんが強くなったように思うなぁ〜〜」  と美琴。
「そうであるか?  鎧衣。 私には特に変わったようには見えないが・・・」 そ う答えるのは冥夜。

「―― 榊、この鉄パイプを引きちぎって見せて・・・」
 
 慧は おもむろに鉄の棒を取り出して、千鶴に渡す。


「あなたねぇ〜〜  そんなことができるわけないでしょうーーーがっ!!」
「―― む・・・・私にはわかる。 ・・・この委員長は前より頑固になった!」

 そんな馬鹿なやり取りを繰り返していると夕呼も口を挟んできた。

「そうね、生身の榊を ルクスとさしで勝負させてみようかしら?」

「じ、冗談はやめてください博士・・・
  レーザー級を生身の兵士が相手にできるわけないじゃぁないですか。
  ルクスは防御力が弱いというのは、戦術機を基準にしてで、36mmチェーンガンで対応する相手です。
  しかも、あの俊敏さでは、重武装した兵士が対応できるものではありません・・・」

 あわててそう答える千鶴。 博士ならあるいは やりかねないとゾッとする。

 そんな千鶴をジーーっと見ている慧と美琴、壬姫と冥夜。

「な、何よあなた達・・・ 言いたいことがあるなら言いなさいよ」

「千鶴さんはルクスを見たことあるんですか?」 と尋ねる壬姫。
「何言ってるのよ、当たり前じゃない」


 気が付くと目を丸くしている207の仲間達。
 夕呼はというとニヤリと笑っており、それを見て戸惑う千鶴。

「え・・・わたし何か変なこと言ったかしら?」
「・・・うん、変。 どうしてBETAのことを知ってるの?」


「ばかなこと言わないでよ彩峰。 その程度の初歩的なことは衛士にとっては当然でしょ」
「私達はまだ、BETAの詳細なことは何も教えてもらってない・・・」


「え・・・そんなわけないでしょ。 じゃあ何で私が知ってるのよ。 だいたい座学で一緒に・・・・あれ?」
         
「ハイ、そこまで。 榊もあまり深く考えないほうがいいわ、頭が痛くなるだけだから。 これが今の実験の成果よ」
「・・・・・・・・・・・・・・」

「今の榊なら、おそらくすぐにでも 戦術機を動かすことができるわ」
「「「「 ――!!! 」」」」

 さすがに、その言葉には慧たちも驚きを隠せないでいる。

 しかし、それは千鶴にとっては『当たり前』のことで夕呼の言っていることがよくわからない。
 なぜなら自分の記憶の中には戦術機を動かしたことがある情報が入っているのだ。
 だが、それがいつであったかハッキリしない。


 そんな千鶴を放置して夕呼は話を進めていく。


「それじゃあ、次は誰が実験の被験者になる?」
「じゃあ、私が」
「わかったわ、彩峰。 榊と同じようにそこの上に立ちなさい」

 そんな具合で慧、美琴、壬姫の順に次々と実験を終えていく。

 実験を終えた後、慧たちも一様に自分の変化に気付けないので、やはりおかしな気分である。





 そして冥夜の番になり そのまま実験が終了すると思われた時に、『ソレ』 は起こった。

 突然、霞が叫ぶ。

「――― 博士、純夏さんのバイタルが乱れています。 ODLも急激に劣化しています!」
「社、すぐに鑑のバッフワイト素子のパターンをBに切り替えなさい、実験は中止っ!!」

 夕呼がそう言っている最中にも純夏はうめき声をもらし、糸が切れた人形のように倒れこむ。

 それと同時に今度は冥夜の様子がおかしくなった。



 冥夜は頭を激しく振り、両手で身体を抱きしめ顔を赤らめながら苦しんでおり 何かを呟き始めた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・殺せ・・・殺せ・・・」


「「「「み、御剣!!」」」

 突然の出来事に千鶴たちは何が起こったのか わからない。 

 冥夜の身体からは無数の筋が浮かび上がりはじめ、その叫びは頂点に達する。

殺せ、殺せ、殺せ殺せ、殺せ、殺せ殺してくれーーー!! 

  やめてくれぇ! もうやめろ!! やめろ、やめろ、やめろやめろ、やめろやめろぉーーーーっ!!

  私を汚すな!!  わたしの中に  入ってくるなっあああぁーーーーー!!!!」




 冥夜は叫び、実験台の上で のた打ち回る。
 千鶴たちは駆けつけようとする。
 しかし、夕呼が「近づくんじゃない!!」と一喝でし 動きを制される。




「―――― 私を汚させるな・・タケル・・・殺せ、殺してくれ・・・・ 頼む・・・・頼むから殺してくれ・・・・タケ・ル・・・・」





 装置の上で暴れていた冥夜は その言葉を最後にその場に崩れおちた・・・

 千鶴たちは戦慄し、ただ呆然と 冥夜の姿を見ていることしかできなかった。




















―――― B27F 研究棟 夜



 

 香月夕呼は予想外の出来事にイラついていた。


 冥夜のこともそうだが、問題は00ユニットの方であった。

 記憶の関連付けが上手くいかず何も効果が出ないケースや、被験者が嫌な記憶を関連付けられることによって最悪の場合は精神が崩壊するというものまでは想定していた。

 だが、00ユニットに負荷が掛かり自閉モードに移行するとは思っても見なかった。

 これが、どのような形で00ユニットに影響してくるかは分からない。
 そして、これからのタイムスケジュールが大幅に変更することも、あるいは余儀なくされるからだ。



「先生、これは一体どういうことですか!」

 そんな夕呼の前に現れたのは、白銀武であった。

「あら、耳が早いわね」
「俺はてっきり、みんなは南の島へ向かっているのかと思っていたら・・・・ 実験で冥夜が意識不明って、何やってんですか!!」


「落ち着きなさい白銀、今あんたにも説明するわよ。 207のあの子達を手っ取り早く強くするために
  白銀から流れてくるであろう因果情報に対して 『記憶の関連付け』 ってやつをやってただけよ」

「で、でも そんなことで意識不明になんて なるんですか!?」

「それは、本当に想定外。 記憶の関連付けを選別する『装置』のほうに予想外のトラブルが発生したのよ・・・ 
  おかげで こちらも参っているの」

 今はまだ武には00ユニットが起動したことは話せないので ぼかして説明する夕呼。

「そ、それで冥夜は・・・ 」
「外傷があるわけじゃあないから、今すぐ目覚めてもおかしくないけど記憶の関連付けで脳に負荷がかかってるからね
  自然に目覚めるまでそっとしておくのが一番いいわ」

「そう、ですか。 でもなんで先生は黙ってこんなことをやるんです!
  俺、言いましたよね。 俺にとって あいつらは 掛替えの無い存在なんだって・・・」

 そう話す武は殺気を纏っていく。


 いまだ見たことも無い暗い瞳の武に睨まれて夕呼はゾッとする。

 そして自分は今まで思い違いをしている事に気付いた。


 避けるべき事態とは、00ユニットが故障することなどではなく、彼を敵に回すことなどではないだろうか。
 それは、ここ数日で成し得た大きな成果には、必ず彼が関わっているからだ・・・




「――― たけるちゃん・・・ 香月先生は悪くないよ。 だから落ち着いて・・・」

 剣呑な雰囲気が両者の間に流れる中、思わぬ方向から 武にとって聞き覚えのある声がした。
 武が振り向くと そこには鑑純夏の姿があった。


    
     



 その姿は一糸を纏わぬ姿で身体はODLで濡れている。
 鎖骨や腿、腕に走るラインから彼女が00ユニットであることが武には見て取れた。

「純夏・・・ お前、目覚めていたのか?」


「うん、随分前にね。 でも、たけるちゃんに秘密にするようにしたのは私が先生に頼んだから・・・
  そして、今回の実験には私が関わってたから たけるちゃんには内緒だったの」

 そんな2人の会話を遮る夕呼。

「鑑、あなた大丈夫なの?まだODLの浄化も済んでいないでしょう?」
「香月先生、私は問題ありません。 だから、たけるちゃんと少し話したいの・・・いいですか?」

「・・・ いいわ、私は席を外すわね」

 純夏を心配しつつも そう言って夕呼はドアから出て行った。




「と、とりあえず、これでも着ろよ」
 
 そういって武は上着を脱ぎ裸の純夏に渡す。

「夕呼先生から何も連絡が無かったから純夏はまだ目を覚ましてないのかと思ったよ」

「ごめんね、たけるちゃん。
  でも私のことは伝えないほうがきっと私にも、たけるちゃんにも、そしてこっちの世界の私にも良いと思ったの」

 その言葉には色々と言いたい事があったが、あえて武は言葉を飲み込む。 そしてまずは聞くべきことを目の前の純夏に質問する。

「今のお前はここより前の世界のことを覚えているのか?
 あっちの世界の先生は、00ユニットが再起動できても記憶と人格の再現ができなくなる可能性があるって言ってたけど・・・」


「それは大丈夫だよ。
  いくつか人格や記憶を構成する因子がダメージを受けていたみたいだけど、ODLの浄化を通して
  こっちの世界の私と情報をやり取りすることで補完と記憶の関連付けができた・・・・
  そして この経験から榊さんたちに施した 『実験』 を私が思い付いたの」

「まさかお前が・・・」

「そうだよ、実験をすることを直接 提案したのは私」
「な、なんでだよっ!!」
「・・・・それは・・・・そうすることは無駄なく戦力を増強できると思ったから」

 純夏が何か遠くに感じる・・・ 言ってることは間違っちゃいない。
 でも、それが夕呼でなく純夏の口から出てくることに武は動揺が隠せなかった。


「そ、それでなんでお前は、俺に再起動したことも実験のことも黙っていたんだよ! 
  さっきは俺の為とか言ってたけど訳わかんねーよっ!!」

 つい、武は語尾が荒くなってしまう。

「たけるちゃんにはね、こっちの世界の私に対して優しくして欲しいの」
  言葉を選ぶように話す純夏。


「きっと、たけるちゃんは00ユニットの私とこっちの世界の私、その2つに区別をつけるのは、できないんじゃないかな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 それは前に夕呼に言われて武が悩んだことでもあった。
 俺にとってはどっちの純夏も同じ、それに区別をつけることなんてできやしない。
 結局 悩んでも答えが出ることではないと考えることをやめてしまったことではあるが・・・


「私は、『あっちの世界のタケルちゃん』に幸せを一杯貰ったから、もう一人でも大丈夫だよ。
  こっちの世界のたけるちゃんにまで手を出したら、それこそ浮気になっちゃうし、こっちの私にも悪いよ」

「ち、ちょっと待ってくれよ純夏。 『あっちの世界のタケルちゃん』って誰だよ。 それは俺のことじゃないのか? 
  それとも『2回目の世界』でお前を守って死んだ俺のことか?」

「・・・・・・そうだね、たけるちゃんは少し勘違いしてるみたいだから話すね」
「――― ?」


―― 俺がいったい何を勘違いしているんだ?


「たけるちゃんが言う 『2回目の世界のタケルちゃん』 と、今のたけるちゃんは別物なんだよ」

「――!! ちょっと待てよ、純夏・・・・ なんだそれ・・・ だって俺は桜花作戦の記憶だって・・・ 」
「いいから最後まで聞いて、たけるちゃん」

  そう言って武の言葉に口を挟む純夏。

「桜花作戦の後に 『2回目の世界のタケルちゃん』 は、たけるちゃんが言ってた『元の世界』に帰っていったの」

「―― そんなことは無い、俺は桜花作戦のあと、目が覚めたら この世界にいたんだぞっ!!」
「・・・たけるちゃんは自分がどんな存在か理解してないよ」

「どういうことだよ」

「元々は、私の無茶な願いでBETAのいる世界にタケルちゃんを呼び出したんだよね。
  私が願った時にはこっちの世界のたけるちゃんはもう死んでいて・・・・ 
 だから平行世界から、同じくやり直しを願っている『元の世界』の私の力を借りて
 その平行世界のタケルちゃんの因子を集めてこっちの世界に現界化させたの」

「ああ、確か 『2回目の世界』 でそんなことを言われたよ・・・」

「たけるちゃんが言う 『1回目の世界のタケルちゃん』 はその因子で構成されてたの。
  『元の世界』 で私が後悔した世界は、冥夜ちゃんや榊さん、彩峰さんや壬姫ちゃんと結ばれた世界だったから
  私なんかよりも彼女たちのことを想って当然なの」


「そ、そんなことはないぞ・・・ ただ、俺はお前の存在に気が付かなくて・・・・ 」

 
「それでね『2回目の世界のタケルちゃん』の身体は、BETAの世界でタケルちゃんが後悔した世界の因子が半分占めていたの。
   だから、タケルちゃんの体が鍛えられたままだったの」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


「もっともその因子の選別の段階で、私のエゴで他の人たちとの思い出は抜き取られちゃったけどね」

「ち、ちょっと待ってくれ・・・その話だと、『1回目の世界』と『2回目の世界』の俺自身も別人なのか?」


「やっとわかったの?
  ただ、タケルちゃんの主観で見た場合、ループしているという表現でも何も問題なかったから夕呼先生は言わなかったんじゃないかな。
  そして『2回目の世界』のタケルちゃんは因果導体から解放されて、『元の世界』に帰っていったんだけどね。
  その帰っていったタケルちゃんの因子は、もともと『元の世界のタケルちゃん』だけなの」


「ど、どうしてだよ」

「たけるちゃんがBETAの居る世界の因子を持ち込めば『世界』が、どうそれを解釈するかわからなかったから・・・ 」

 どこかやり切れない表情で純夏は息を継ぐ。

「そして『2回目の世界』のタケルちゃんの体を半分を占めていた、『1回目の世界』を体験し後悔した タケルちゃんは
  『元の世界』に再構成されることなく虚数空間に漂っていた・・・・・
 それをこの世界の『私』が何かを願い、今のたけるちゃん呼び寄せてしまったの」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「だから、この世界で時空転移をしても 決して『元の世界』に帰ることは無いと思う。
  それはたけるちゃんの中に『元の世界』を構成する因子がほとんど残っていないためで
  実験で『2回目の世界』に転移したり、その世界の記憶を継承してるのはそのためなの」


「・・・この世界は『2回目の世界』と限りなく同じようでいて、別の平行世界ってことか・・・
  伊隅大尉たちが弱くなっているのはその所為か?」

 武は気になった疑問を純夏にぶつけてみる。

「それはたぶん違う」
「じゃあ、大尉たちはこれから強くなるってことか?」
「大尉たちが弱いんじゃなくて、たけるちゃんが強くなっている」
「――どういうことだ?」


 これは私の仮説だけど、と前置きを入れる純夏。


「たけるちゃんがこの『3回目の世界』に再構成された時に
 足りない因子をその多くが『1回目の世界のタケルちゃん』で補完されているんだと思う・・・ 
  『1回目の世界』で、タケルちゃんが獲得した強さ、想い、その後悔を今のたけるちゃんは背負ってる・・・・・」

 その言葉に少なからず武は実感できた。
 それは『元の世界』の記憶より、『1回目の世界』の記憶の方が鮮明であること。
 『元の世界』で冥夜と結ばれた記憶より、『1回目の世界』で美琴と結ばれたことのほうが激しくドキドキした経験があること。
 なにより戦術機が自分の思い通りに操縦できていること。
 

「だから今のたけるちゃんはまだ因果導体から解放されてはいないの」
「――!!」

 あっちの世界の夕呼先生は「白銀は因果導体から解放された」といい、こっちは「そうではない」と言っていた意味が武にもわかった・・・
 だからこそ、今回の実験で千鶴たちに軽い因果の流入が見られてともいえる。


「こっちの世界の『私』は、私とは別のことを望んだみたい。 だからこそ私が居た世界とこっちの世界が分岐した可能性があるの」
「どういうことだ純夏? お前はもう、こっちの純夏と会ったのか?」


「そうじゃないよ。 ODLを浄化する際に反応炉と00ユニットである私との間に、こっちの『私』をフィルターとして通しているの・・・
  だから私はBETAじゃなくて、こっちの私と情報のやり取りをする仕組みを香月博士が考えたの。
  これが対BETAへの情報漏対策。 人間では00ユニットの情報量は処理しきれないから
  オリジナルハイヴには限りなくノイズに近い情報しか流れていないし、私の記憶と人格の再生が調律なしに成功した理由。
  だから色々こっちの『私』が何を考えているかは知ってるんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・ 私は忙しいから、この世界ではあまり たけるちゃんの相手はできないし、その分こっちの『私』を大切にしてあげてね」

「ま、待てッたら純夏!!」

  そんな言葉では納得できない武。


「私は今、10日の帝国軍と国連軍との共同作戦に関わってるの。
  あっちの責任者は月詠さんで、こっちは香月先生だけど、実質的には私が仕切っているからとっても忙しいの・・・
  だから本当に たけるちゃんに構っていられないんだ」

 
 そんな風に言われると武は何も言い返せない。


「今は 私より冥夜ちゃんの傍に居てあげて・・・ 冥夜ちゃんの最後の記憶・・・・
  BETAに体を侵食されてたなんて知らなくて私がヘマしちゃった・・・ ゴメンね、たけるちゃん。
  私それで混乱しちゃって戦闘経験以外の記憶、1回目や2回目の世界の記憶や私の記憶が流入したんだと思う。
  今一番大変なのは冥夜ちゃんだから・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・」



「じゃあね、たけるちゃん・・・・・・・・・・バイバイ 」



 そう言うと純夏は上着を武に返し、部屋の奥へと消えていった






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