2001年10月28日














―――― 午後、第二演習場



 4機の武御雷の前に現れたのは、何の変哲も無い不知火である。
 ラプターが出てくるものとばかりと思っていた月詠たちにとっては それは驚きであった。



 そして戎達3人組の驚きは、怒りへと変わっていく。

 それは、昨日から対ラプターを想定して立てた作戦が台無しになってしまったこと というより
 不知火単機で 4機の武御雷に挑むということは それだけ自分達を下に見ているということであった。


「白銀武・・・私達をどれほど見くびっているか わかりましたわ」
「不知火1機で私達に勝つ気でいるとはいい度胸です」
「帝国の武御雷の実力、見せてあげましょう」

「少々期待はずれであったが、まぁいい・・・白銀武。お前が負ければ、こちらの約束を守ってもらうぞ・・・」


 いつもの冷静な月詠であれば、武の乗っている不知火の挙動に違和感を覚えたはずであった。
 滑らかすぎる、と。
 そしてその不知火が今まで見てきたものとは別物であると気付くことができたであろう。

 だが、冥夜が関わっている約束に気をとられ、違和感を見逃していた。




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 スピーカーから夕呼の声が聞こえてくる。

「いい白銀、あんたはこの模擬戦で新型OSの実力を帝国の奴らに見せ付けなきゃいけないのよ。
  武御雷4機を相手にするって言い出したのはあんただからね。
  こんなところで負けたら承知しないわよ!」

「わかってますよ夕呼先生。
  それにしてもこのOS、前の世界のものに比べて使い勝手がいいですね。その辺も考慮しての武御雷4機です」


「あんたが体験してきた2回目の世界の話を聞いて 作ったからね。多少、前の世界で使ってたものと違うものになってるはずよ」
「その辺も含めて模擬戦で確認します」

「そうしてちょうだい。実戦データは多いに越したことは 無いからね」


 そして、まりもの合図で夕呼と美琴を欠いた207B訓練小隊が見守る中、模擬戦が開始された。


 

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「戎、巴、神代、お前達は3機連携で白銀をこの地点に追い詰めろ。私がとどめを刺す。」



     






「「「 了解!!!」」」





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「ねぇ御剣、白銀の奴何かやったの?」

 そう尋ねてきたのは、一緒に指揮車両の中で戦況を見つめる千鶴たちであった。

「何かとはどういうことだ?」

「とぼけないでよね、どう見たってこれって模擬戦なんかじゃないわ。不知火1機に対して武御雷4機なんて私刑じゃない!」
「白銀・・・・誰かに手を出した?」
「タケルさん、怪我をしなきゃいいけど・・・・」

口々に言う207訓練小隊の仲間達。

「まぁ何分もつか、と言うところだな・・・」  そう口を開いたのは神宮寺まりも であった。


「神宮寺教官は、白銀中尉の実力をご存知なのでしょうか?」
「いや、今回はじめて見ることになるが・・・ まぁ、この演習には香月博士も参加をしていらっしゃる。
  このまま終わるとは私には思えんがな」

「なんだか、どんくさい動きね・・・ あれでは囲まれてしまうわ」
「白銀・・・もう終わり?」
「相手が武御雷で しかも斯衛だもん・・・ タケルさんは悪くないよ・・・・・」
「白銀は何をやっている。あれでは1機も倒せないぞ・・・」


―― 昨日の武は勝つ気でいたのだ・・・ならば、これは何かの策か?

 そう思いながら冥夜は画面を見ていると、突如 武御雷のビーコンが次々と消えていく。



「え・・・武御雷がやられてる・・・・?」
「白銀・・・速い・・・」
「タ、タケルさんが乗ってる機体って、不知火ですよね・・・・・」


 神宮寺教官と冥夜はというと、ただ呆然と画面を見ているだけだった・・・

 

 そして最後の武御雷のビーコンが消えたとき、指揮車両内は騒然となった・・・




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「あれは、本当に不知火なのか!!」
 そう叫びながら、いつもは冷静な月詠は混乱していた・・・

 戎達がやられた時、白銀を侮っていたのは、自分達であると思い知った。
 そして、その白銀の不知火と対面した時、それが自分の知っている不知火とまったくの別物であることを突きつけられた。

 今までに見たことの無い変則的な動きをし、素早い攻撃には隙が無く、
 しかも こちらの動きを予測したように動かれては、たまったものではない。

 結局、白銀機の連続攻撃に攻め手を欠いた月詠が負けるのは時間の問題であった・・・


「白銀の圧勝か。まぁ当然よね〜〜」  そう言ってこの結果に満足している夕呼。

 悔しそうに顔を歪める戎、巴、神代。
 その結果を真摯に受け止めている月詠。

「博士、あの不知火には何かをなさっているのでしょうか?」  と まりもが尋ねるてくる。
「とても不知火とは思えない動きでしたわ・・・」  そう口を挟む巴。

「今回の模擬戦では、白銀の機体には新しく開発したOSを載せているの。
 どれだけ既存の戦術機に対して有効かという実証試験だったわけ、まぁ見ての通りかなり使い物になりそうってことよ」

「――――  新型OS!!」

「OSを変えただけで、不知火1機が武御雷を上回る性能を出すなんて・・・・ す、すばらしいわっ!!」
「ちょっと待ってよ、夕呼! そんな話は聞いてないわ!!」
「あら言ってないもの、まりも。このOSは私の研究の一環でもあるの、この意味わかるわよね?」
「―― はい・・・」

「まぁ今回の結果に関して言えば、新しいOSのこともあるけど、一番は白銀の実力よね。
  見た目は若いけど、実力は横浜基地一だと思うわ」


 そう夕呼が口にする。

「「「「「 ――!!!! 」」」」」

 声が出ない斯衛たちと冥夜。

「白銀ってそんなにすごいの・・・・?」
「だてに中尉じゃないね・・・・」
「たけるさん凄すぎです!!」

「や、やめてくれよーみんな。俺、増長しやすいから」

 みんなを落ち着かせるようにする武に対し、夕呼は火に油を注ぐ。

「いいじゃない、白銀。あんたが発案しなければ、このOSも作んなかったんだから」

 それを聞いて、武と夕呼以外は呆気にとられる。
 これがまだ20にも満たない青年の成し得ることであろうか、と。

「はぁ、これが天才っていうのね・・・・勝てる気がしないわ」 あきれる千鶴。
「白銀、すごくすごい」  と慧。
「タケルさん、尊敬します!!」 目を輝かせる壬姫
「本当に特別なのね」  と まりも。

 降参のポーズを見せる戎、巴、巽。
 沈黙する月詠と冥夜。

「じゃあ、後はヨロシク〜」 

 そう言って夕呼は去っていった。
 その後、武が質問攻めにあったのは言うまでもない。





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 その夜も月詠と冥夜は、グラウンドで武を待っていた。

「わり〜、今日も遅れちまった。」  そう言って 武は現れた。

「「・・・・・・・」」

「ううっ・・・そんなに睨まないでくれよ・・・・」

「ふん、白銀・・・私は怒っているわけではない。私はお前の話を信じると約束したはずだ。だが馴れ合うつもりは無い。」
「私は武に驚かされてばかりだからな・・・ 今度は何をやってくれるかと、少々警戒したくもなる」


「今日は、これを月詠さんに渡そうと思って・・・」
「ん・・・なんだこれは?」

「今日見せた新型OSとその実戦データだよ」

「「――――――!!」」

「た、武!そのようなものを持ち出して、気は確かか!!」  と 声を荒げる冥夜。
「ああ、夕呼先生には許可を取ってあるよ」


「白銀・・・貴様は何を企んでいる・・・」


「ち、ちょっと、落ち着いて話を聞いてくださいよ月詠さん。
 俺が未来のことを知っているって前に言いましたよね。
 それでですね、今度の11月11日の日曜にですね。新潟にBETAが上陸する予定です」

「「――何!!」」

「このデータがあれば、少しでも帝国の被害が減らせると思ったから月詠さんに渡すんです」
「・・・・・・・・・・・・」

「武、そなたという奴は・・・」


「それにオルタネイティヴ4が上手くいくためには帝国の協力が不可欠なんです。
  夕呼先生が表立って動くと、反オルタネイティヴ派やオルタネイティヴ5推進派が邪魔をしようとするんですよ。
  具体的には、前の世界では12月に帝都で将軍の復権を求めるクーデターなんかが起こりました」

「「 な、なんだと!!」」

「俺なんかはこの世界のことをあまり知らないんで、これをどう処理をすればいいかわからないんですよ。
  前の世界では、クーデターが起きたからこそ、207B訓練小隊の任官はありえたんです。
  月詠さんならこの意味わかりますよね」

「武・・・前に私達が任官できないと言っていたのはこのことなんだな。 ・・・どうなのだ月詠」

「・・・・冥夜様・・・確かにそうなのです。 今の状態では207訓練小隊の任官は絶望的だと思います・・・」

「くっ・・・・なんということだ・・・・ これではあんまりではないか!
  榊たち207訓練小隊は、一刻も早く任官しようと頑張っているというのに・・・・・これはあんまりだ!!」


 無念な表情を浮かべる冥夜。
 だがそれが、月詠の心を動かしたのかも知れない。

「いいだろう白銀。 このディスクは預からせてもらう。
  ところで、クーデターが起こると言ったが首謀者はわかっているのであろうなぁ?」

「ああ、帝国本土防衛軍帝都守備連隊所属、沙霧尚哉大尉と言う男だ。
  将軍の復権以外にも、彼の個人的な動機は 彩峰中将のことを罰した政府へ復讐だ」

「あの沙霧大尉がか・・・・わかった。
  だが確認しておく。 いまのお前の望みは207訓練小隊の任官できる状況を作ること。
 帝国との関係を強化することと捉えていいのだな」

「ああ、それと帝国軍が強くなることかな。 そうすれば佐渡島ハイヴ攻略の時に被害が少なくてすむ」

「ふん、言ってくれる・・・ ならば、貴様の掌で踊ってやるとしよう。 では冥夜様、お先に失礼します」

  そういって立ち去る月詠。





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「なぁ、武・・・・」
「ん・・・どうしたんだよ冥夜。 深刻な顔をして・・・・・・」

「武は凄いな・・・衛士としての実力はもとより 新型OSを発案したり、私達や帝国のことにも身を砕いてくれる・・・
  どうしてなのだ?」

「そりゃあ、BETAに人類が滅ぼされるのは勘弁だからさ」
「・・・・・・・・・・・」

「それにBETAを排除できても、その世界に冥夜たちがいないのは今の俺には耐えられそうに無いからなぁ・・・」
「そなたがそのようなことを言うとき、いつも泣きそうな顔をしておる・・・」

「あ、すまねぇ・・・また、お前に心配かけちまったようだな。 俺の弱さを許してくれ」

「また、とはどういうことだ? 私はそなたにそのようなことは・・・・」

「あぁーー、ええっとだな・・・前の世界で神宮寺教官がBETAに殺される事件があって・・・
  それで俺が自暴自棄になったことがあったんだ・・・
  そのときお前がさ、俺のように周りから期待されて上に立つような人間は、人に弱さを見せてはいけないって言ったんだ。
  上が不安を抱えていると、下の者にもそれが伝わって現場が困る、って感じのことを言われたよ」


「ふふ・・・私らしい言いようだな・・・・・・だが、先ほどの言葉はそのようなつもりで言ったのではない。
  今のそなたは、とても人の上に立ってよい人間には思えぬ・・・
  それでも上に立たなければならぬのなら、誰かがそれを支えてやらねばならん。

  なぁ武・・・・私では月詠のように帝国という人脈もなければ、衛士ですらない
  私は お前に何もしてやることはできない・・・・なのになぜあのような話をした? そなたは私に何を期待している?」


「俺にとってこの世界がループの終着点なのか、無限に続くループの一片なのかわからない・・・
  今が3回目の世界の一周目かどうかもわからない・・・
  ただどんな世界であっても、お前達には俺よりも長く生きていて欲しいんだ・・・・
  そして今は、できることならループする世界の中で勇敢に戦ったあいつ自身のことも覚えてやって貰いたいんだ」


「ふぅ・・・回りくどい言い方をしてしまったようだな。 はっきり言えば、私はそなたを支えてやりたい。
  私になら弱さを見せても構わない、頼ってくれても良いと申しておる」

「・・・・・・なんか冥夜らしくないな・・・」  と苦笑いをする武。

「ふん・・・私もそう思う・・・」  と冥夜は顔を赤くして視線をそらす。


「そなたは、なんでも内に抱え込む癖があるのではないか?
  今までも世界で、きっちりと自分のことを相談できる相手はおったのか?」

「う・・・・平行世界のことは夕呼先生に口止めされてたからなぁ・・・・
 たしかにみんな自分のことで精一杯だったし・・・・
  だけど、それを冥夜に言われるのは心外だな・・・・」

「・・・・姉上のことは例外だ・・・・・」
「それを言ったら、平行世界のほうが・・・・」
「ええーい、男子たるもの細かいことを言うでない!」

 なんだか誤魔化された感じはしなくもない武であったが、冥夜の気持ちは素直に嬉しかった。


「やっぱり冥夜はどこの世界でも冥夜だな・・・・」
「ふむ、それだ。 私としてはもっと他の世界での私や武のこと、BETAのいない世界のことが聞きたいのだが・・・・・・」


 そこで武はBETAのいない元の世界のことを色々と冥夜に話してやった。




  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ふふふ・・・まさか、そなたが居た 『元の世界』 にも榊や私がいたとはな・・・・何の因果であろうなぁ・・・・
  それに神宮寺教官や香月博士が学校の教師とは・・・・」

「ああ・・・俺にしてみれば、こっちの世界には誰も知り合いがいなかったからさ。
  知った顔の人間が近くにいてくれただけで随分助かったよ。 はじめは馴れ馴れしいってよく言われてたなぁ〜」

「ただ、その世界に姉上がいないのは残念な限りだ・・・ 何もかもが一緒ではないのだな・・・・
  しかし・・・その世界の私はそなたを好いていたとは・・・・・・そなたの作り話ではないだろうな?」

「ば、馬鹿いえ! そんな恥かしい嘘つけるかよ!!
  本当はその話を避けて通りたかったんだけど、俺がこの世界に来たことと無関係じゃないからさ・・・」


「・・・どういうことだ?・・・・・・
  そちらの世界の2001年10月22日に私がそなたのもとに現れたことと、
  こちらの世界の2001年10月22日にそなたがこの世界にやってきたことか・・・・・不思議な縁であるな・・・

  ところで、私と そなたを取り合っていたという鑑という女性は、こちらの世界に居たのであろうか?
  もし居るのであれば、ぜひとも会ってみたいのであるが・・・」


「今はまだ、会わせられる状態じゃないんだ・・・・・ちょっと酷い状態でさ・・・」

「―――― そうであったか・・・」

 今の状態で2人を会わせれば2人とも傷ついてしまう・・・ そう思う武であった。

「まぁ紹介できるときが来るからさ、そん時は友達になってやって欲しい」
「・・・友達ではなく、またライバルになるかもしれんがな・・・・」
「――えっ・・・どういうことだ?」
「鑑の苦労が少しわかった気がするな・・・・」


 武の鈍感さにあきれる冥夜であった。

「それで結局、元の世界では そなたは誰を選んだのだ?私か? 鑑か? それとも榊たちか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」  返答に困る武。


「ま、まさか、神宮寺教官か!?」

「な、なんでそうなるんだよ!!」

「まりもちゃんと呼んで親しげではないか・・・」  と口を尖らせる冥夜。

「あ、あのなぁ〜〜・・・ うまく説明しにくいんだが冥夜を選んだ世界もあれば、純夏や委員長を選んだ世界もあるんだ・・・
  俺はこっちの世界では死んでるからよ、そうした欠けている部分を、他の平行世界の白銀武で補完して存在してるのが『俺』だから・・・
  はっきりと誰かを選んだって言いにくいんだ・・・」


「・・・・・ なんだその答えは・・・・ 上手くはぐらかしている様な気がしないでもないが・・ 私を選んだ世界もあるんだな?」

「あ・・・ああ・・・・・・」

 そういいながら武の中で、ウエディングドレスに包まれた冥夜との記憶が様々に再生され 顔がドンドン赤くなっていく・・・


―― ああぁー・・・ 冥夜をすっげぇーー抱きしめてぇーーー!!!


 じぃーっと上目遣いで睨んでいる冥夜に襲い掛かりたい自分を抑えるのに精一杯であった・・・


「と、とにかく冥夜・・・今日はもう遅いから・・・は、話はまた今度だ・・・・」
「ん・・・・もうこんな時間か・・・そうであるな・・・・ではまた時間があれば今日のように話を聞かせて欲しいが・・・・」
「そうだな、約束だ」
「うむ、ではまたな・・・武」
「ああ、またな!」

 そういって武はB19Fへ、冥夜は兵舎の自室へと別れるのであった・・・・


 




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