2001年10月29日













 たけるちゃーん、たけるちゃーん、朝だよー、朝!

 起きろぉーーー!!

 ・・・・・・ううっ・・・純夏・・・・俺まだ眠い・・・・

 もう、そろそろ起きないと霞ちゃんが来るよ〜
 今日は、私が起こすって決めたの!
 たけるちゃんってば起きてよ〜!!

 ん・・・・純夏?・・・

 





 バッと布団を跳ね除けて武は起き上がる。





    

       


 ええっとここは・・・・・
 

―― そっか、シリンダーが置かれている部屋の隣に設置されている仮眠室だ・・・・

 夕呼先生に言われて、最近はよくここに寝泊りをしている。

「純夏の声が聞こえてたよな・・・・」

 武には、『2回目の世界』でも純夏の夢を見ることはあったが、今のそれは何かが違う気がした。


「白銀さん、起きていたんですね・・・」
「おっ、霞おはよう」
「はい、おはようございます」
「あ・・・チョッと待った」

 すぐに立ち去ろうとする霞を武は呼び止める。

「今日の純夏の様子はどうだ?」

 そういって隣の部屋のシリンダーの中の純夏の様子を尋ねる。

「最近の純夏さんはとても安定しています。 白銀さんがやってくるまでは、感情がハレーションを起こして
  何も読み取れないことが多かったですが、最近では時折 暖かい感情も見ることができます」

「やっぱり、あの純夏も霞と同じようにリーディングの能力があるのか?」

「はい、おそらくあると先生は言っています。
  だからこそ脳の状態でも外界や平行世界の情報を読み取ることで自我の崩壊を起こさず唯一生き残れたといってました。
  だから毎日のように白銀さんが純夏さんに対して語りかけることは決して無意味ではないと思います」

 本来なら喜ぶべきことであるが武はそんな気分にはなれなかった。
 なぜなら、今日が『2回目の世界』へOOユニットを完成させるための理論を回収する日であるからだ。
 あれから色々と考えてはみたが、結局 今の純夏を助ける方法を武は思いつくことができなかった・・・

 理論が回収できれば、待っているのは純夏の生物的な死である。
 純夏を犠牲にしたくはないと思っていても、彼女を犠牲にしなければ結局は人類の敗北が待っているだけなのだ・・・

 俺がすべきことはここでグダグダと悩むことじゃないな・・・・ そう思いなおし 気合を入れる。
 純夏の死が受け入れられないからと言って自分は立ち止まってよい身分ではないのだ。


「霞、今日の転移実験は午後からだったよな?」
「はい・・・先生はそれまでは自由にしてて良いといってました」
「わかったよ・・・あとどれだけ一緒にいられるかわかんないけど、純夏に色々と語りかけてみるよ」
「・・・ありがとうございます。 白銀さん・・・・」
「ん・・・俺のほうこそありがとうだ、霞。 今までずっと純夏の相手をしてくれてたもんな」
  霞はウサ耳をピョコリと動かして部屋から出ていった。




 



―――― 時空転移実験室 午後




「いい白銀。 向こうに滞在できる時間は3時間。 必ず理論を回収するのよ」
「ずいぶん短いんですね、先生」


「正直、向こうの私が何を考えているのか解んないからね。
  大体、BETAの居ない世界の私が3日で用意したのに5日もかけるなんてありえないじゃない。
  向こうを懐かしむのは構わないけれど、あんたは今はこっちの世界の人間なんだから そこのところ忘れないでよ」


―― 確かにそうだ、でも先生もっと自分のことを信じてもいいんじゃないでしょうか・・・
    それとも俺がまだまだ甘いのか?

 そう思って苦笑する武であった。

 そして 夕呼は時空転移装置にスイッチを入れ、武は 『この世界』 から消えた。


 





―――― 2回目の世界 2003年10月27日 午後



 前回と同じ場所に出現した武は検問所まで走り、夕呼先生に連絡をとってもらいB19Fへと向かう。
 執務室には夕呼と霞の姿があった。

「こんにちは、白銀さん」
「あら、白銀遅かったじゃない」
  特に夕呼はニヤニヤしながら出迎えてきた。

 先生がこういう顔をする時って絶対何か企んでるよなぁ・・・・あながちさっきの忠告は当たっているかも・・・

「ずいぶん嬉しそうですね 夕呼先生、何か企んでるんですか?」
「ふふふ、別にそんなに身構えなくてもいいわよ。 むしろあんたも喜ぶべきね」
「やれやれ・・・何か俺に喜ばしいニュースでもあるんですか?」


「このままOOユニットを完成させる理論を持って帰れば、またあんたの幼馴染が死ぬことになるわよね?」
「そうですね・・・・・・でもそれは仕方の無いことじゃないですか・・・・誰かがOOユニットにならないといけないんです」

「でもそれが、鑑である必要はないはずよね?」
「!!」
  確かにそうだ・・・なんで純夏がそんな目にあわなきゃいけない・・・でも・・・


「そ、それでも、脳と脊髄だけで生かされているよりは・・・」
「もし、脳と脊髄の状態から元に戻れるとしたらどうする?」

「え・・・ でも先生は無理だって・・・・」
「あれから2年経ってるのよ、こちらの医療技術も日々進歩してるんだから・・・って、そんな泣きそうな顔しないでよ・・・」

「――よかった・・・ 純夏が・・・ 純夏が元に戻れるんだ・・・・」

  武は静かに泣いていた・・・・



  ・・・・・・・・・・・・・・・・



「それで、白銀・・・鑑が人間に戻れるとして、あんたはどうする気?」
「え・・・・」
「だってそうでしょ。 鑑が00ユニットにならないのであれば、他のA−01の誰かが00ユニットになるってことじゃない」

 そんなことは解っている。 だから、ずっと考えていたことを俺は口に出した。

「必要なら、俺が00ユニットにでもなりますよ」
「――!!」
「あんた、本気!?」
  驚く霞と夕呼。

「俺は世界をループするような存在です、はっきり言って人間じゃない。 俺みたいな奴が00ユニットになったほうが
  ぴったりだと思いませんか?」

 この答えには夕呼には予想外であったようで、そしてため息をつきながらこう言った。

「なんだかあんた、しばらく見ないうちにまた青臭くなったわね・・・・」
「ははは・・・・俺も心が弱くなったように思います」

「私が鑑を元に戻す技術を用意したのは、あんたを殺すためじゃない。
  あんたには大きな借りがあるし、因果導体から解放する手助けをしてやるって約束してたのに
 こうしてまた私の前に現れてるから手を貸してるわけ」

「・・・・・・・すみません先生・・・・ でも、今の俺は知ってる仲間を見殺しにするのはもう嫌なんです」
「わかったわ。 まあ、白銀の決意なんてどうでもいいわ」  そう言い捨てる夕呼。
「「・・・・・・・・」」

「社も白銀もそんな顔しない。 だって今度は00ユニットを作らなくて済むんだから」

「・・・・どういうことですか先生?」
「こっちの世界じゃまだ反応炉が手に入んなくてね・・・・ 00ユニットが研究室の埃をかぶってるのよね〜」
「ま、まさか・・・・」


「こっちの鑑純夏を持って帰りなさい。  それが一番でしょ? 白銀武」


「ち、ちょっと待ってください。 向こうの世界の先生は、他の人を連れて世界は移動できないって言ってましたが・・・」

「ああ、意識が干渉しあうから人間の輸送は無理ね。 でも 生物的根拠も生命反応もゼロの00ユニットなら問題ないわ」
「――――!!」  


―― さ、さすがは夕呼先生だ・・・・ 俺なんかが考えないことを平気で言ってくる!!



「ODLの浄化の際の情報漏洩にも、一応プロテクトとかも考えてあるから問題ないから」
「・・・・・・」

「あとXM3の改良版や最近開発された兵器のデータとか同封してあるからこれを持って帰んなさい」
  そういって霞に持たせていた分厚い紙の束を渡してくる。

「先生!惚れちゃいそうです!!」
「やめてよねぇ〜 私は、年下は性別認識圏外なんだから」
  テンションが高くなっている武を軽くあしらう夕呼。

「でも、本当に00ユニットを持ち出していいんですか?先生・・・」
「とにかく、あんたは今関わってる世界を救いなさい。 そんなにこっちのことが気になるなら
  全てが終わってもう一度こっちに来る機会があれば、00ユニットやその他諸々の実証データを持ってきなさい。
  それで今の私達には十分だから」

「あ、ありがとうございます。 先生!!」

 そして夕呼に連れられて、武と霞は00ユニットの元へと向かう。




「白銀さん、博士は素直じゃないです・・・」

  そうボソッと武に言う霞。

「え・・・?」
「博士は初めから純夏さんを託すつもりでいました」
「俺は、また試されてたのか・・・・」
「そうではありません。 博士は白銀さんを驚かせたり困らせたりするのが好きなんです」
「ははは・・・・はぁ〜〜〜〜・・・」

  ドッと疲れがでる武であった。



 

 そして、純夏が保管されている部屋へとやってくる3人。

「白銀、あんたはあと何時間いられるの?」
「あと1時間ちょっとです・・・・」
「ずいぶん余裕が無いのね。 あっちの私も融通が利かないわね〜〜何考えてんのかしら・・・・」

「・・・・・・・」

 もちろん事実は話せない。
 ピコッとうさ耳を動かす霞がすごくすまなさそうな顔をした。
 思考を読むのは構わないが、くれぐれも先生に話さないで欲しいと願う武であった。

 そのあと夕呼から、00ユニットの説明を受け、時間通りに 『3回目の世界』 へと帰っていった。






 

―――― 3回目の世界 2001年10月29日 夕刻



 コーヒーを飲んでいた夕呼は、「ブッ!!」と吐きだした・・・

「汚いですね・・・先生・・・・」
  コーヒーまみれで答える武。

「あ、あんたそれは何よ・・・・」
「えぇーーーと・・・00ユニットです・・・・」
「ま、まさか・・・相手が追ってこれないと思って奪ってきたの・・・?」
「そ、そんなことするわけないじゃないですかっ!!!」

 武は向こうであったことを話す。


「向こうの私は随分あんたにご執心なようね・・・・」

 なんだか面白くなさそうに答える夕呼。 しかしその目は武から渡された資料から離れない。
 そして物凄い速度で資料をチェックしていく。

 こういう姿を見ていると先生はやっぱり天才なんだなぁと思う武であった。


「・・・ない・・・ない・・・ないじゃないの!!」
「・・・へ? ・・なにが無いんですか先生・・・」
「とぼけるんじゃないの、白銀!! 新理論の資料がどこにも無いっていってるの!!」

 武に掴みかかる夕呼。

「は、離してください・・・ そ、そのことなら00ユニットが知ってるんで、そっちから聞けばいいって向こうの先生が言ってました・・・・」

「あんた、向こうの私と組んで何か企んでるんじゃないわよね〜」
「そんなことする訳無いじゃないですか・・・・ く、苦しい〜〜」


 夕呼は霞のほうへ振り向くが霞は「企んでません」と答えるのみ。
 それで落ち着く夕呼。

「まったく・・・・いいわ、鑑純夏を00ユニットにするのは中止ね。
 この00ユニットを反応炉を通して起動させることに専念しましょ。
 それと、鑑を人間に戻すほうも同時に進めるわ・・・・ これでいいかしら白銀・・・・」

「あ、ありがとうございます!! 先生」

「新理論がわかんないことには モヤモヤしてむかつくけど、私達の置かれている状況は決してそんなことに
  拘っていられるものでは無いのよ・・・・それに今回あんたが持って帰ってきた資料はとても興味深いわ・・・・
  あんたへの感謝の気持ちもこめて半月以内に鑑純夏に会わせられるようにしてあげる」

「半月って・・・そんなに早く純夏は元に戻れるんですか!?」

「まぁね・・・あんたには言ってなかったけど、あの子を人間に戻す計画のほうも元からあったのよ。
  唯一BETAの捕虜となった人間だもの・・・その存在はとても貴重だってことよ。
  ただ人間に戻す方も技術的な問題で半ば頓挫してたのよね。
  でもこの資料でそれも解決したってわけ」


―― やった! ・・・純夏が元に戻れる!!  00ユニットも手に入った!!  何もかも順調だ!!!


「うれしそうな顔しちゃって・・・・ でもどうする気?白銀・・・・」
「へ・・・何のことですか?」


「あんた、ばかね〜・・・00ユニットの鑑と人間の鑑・・・2人のうちどっちを選ぶわけ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「へ? 先生・・・今なんと?」

「ほんと、頭悪いわねー・・・こないだ聞いた話だと、あんたと00ユニットは恋人同士の関係になってたんでしょ?
  そこに人間の鑑が加わるっていってんの」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 俺は純夏が好きだ・・・・00ユニットであっても構わない・・・・脳みその姿でも放って置けない・・・・
 ・・・それぐらい大切だ・・・・・純夏が2人・・・・・どういうこと・・・・・・?


「こら、白銀〜〜、思考を止めるな!!
  とにかく、あんたがあっちから00ユニットを持ってくるから面倒なことになるのよ・・・・・
  00ユニットと人間の鑑純夏を引き合わせたらどうなるのか、私にも予想がつかないわ・・・・ふぅ・・・・」


「あのー先生・・・・ 今日はじっくり考えたいんで、帰ってもいいですか?」

「今のあんたは、居るだけ邪魔ね、今日はもういいわ」

  武はフラフラと夕呼の部屋を出て行った・・・・




――考えもしてなかった事態が起こっている・・・・1回目の世界・・・・この狂気の世界に純夏がいないことに安堵した・・・
   2回目の世界・・・・幾度のループを繰り返し、ようやく純夏にあえた世界・・・・俺ははっきりとあいつを愛していると確信した・・・・
   3度目の世界・・・・愛した純夏が2人に増えた・・・・・訳がわからん・・・・・俺は一体どうすればいいんだ・・・・


 さっきまで、この世界の未来が明るく見えた・・・・
 だが、2人の純夏を相手にしなきゃいけないと考え出すと、それはどの世界でも体験したことの無い戦慄を覚える武であった。







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