2001年10月27日












 この日の夜、白銀武に二日前の夜と同じように呼ばれた御剣冥夜と月詠真那は、彼をグラウンドで待っていた。
 しかし前とは異なり2人の態度はそれぞれ違っていた。




 月詠の方は前回以上に苛立っている。

 白銀武が渡してきた機械を 帝国軍の研究施設に分析を依頼した結果、
 研究者達は一様に この『ゲームガイ』という機械は何であるのか、この中央演算処理装置はどうしたのか、
  液晶はどこで作られたのか、と興奮して尋ねてきた。

 彼らの話では、いくつかの部品は今までに見た事の無い技術が使われていると言うことであった。
 そして、何とかしてこの機械の秘密を聞き出そうとしてきたが、月詠に答えられるはずが無かった・・・

 結局、彼らはこれが米国製のものと結論を出すことで納得しようとし、
 「米国はこのようなものを娯楽にまわせるほどの 余裕と技術力があるということか・・・・」 と歯噛みをしていた。

 それを見ていた月詠も、これが異世界のものと考えるより 米国製であることのほうがよっぽど自然であると考えるのであった。

 彼女には武の言うことを信じることができなかった・・・・
 できるはずがない。
 平行世界の話はもとより、このまま行けば あと数年しか人類が持たないとは思いたくも無い。

 月基地がBETAに襲われた昔、このままBETAが地球にやってくれば数年で人類は滅びるであろうと言われていた・・・
 だがそれから30年近く人類は、もがき苦しみながらも戦い続け なんとか生き残っているのだ。
 今はまだ、BETAに対する戦いの決定打が無いにしても、月詠はいつの日かそれを見つけ出せると信じているからだ。


 あの男は信じることができない・・・・  だが冥夜様は・・・・

 隣で落ち着きの無い冥夜を見ていると苛立ちが増すばかりである。

 そして、せめて武が自分や冥夜様に近づいた目的さえわかれば対応できるのだ。
 いま少し彼の身辺を探るしかないと思うことで納得するしかなかった。


 


 その月詠が心配する 落ち着きの無い冥夜はというと、やはり先日の武の話で心が乱れていた・・・
 この2日間、あまり訓練にも身が入らず 軍曹や207小隊のみんなには少なからず心配をかけていた。

 冥夜も、あの不思議なおとぎ話のようなものを信じているわけでは無いつもりだ。

 だが、武が時折見せる苦悩に満ちた顔、自分や207のみんなに向ける絶対の信頼、そして何事にも一生懸命に取り組む態度が
 武という人間を信じさせているのであった。


 そして何より、彼は 『将軍の影としての冥夜』 ではなく、そのままの 『御剣冥夜』 を必要としてくれていた。

 『将軍の影』 としてしか必要とされなかった自分。
 そして自分に近づくものは 『将軍の面影』 に惹かれてそれを見ているに過ぎないということ。
 そこに生じる絶対的な壁。
 他人との距離。

 仕方のないことだと自分に何度も言い聞かせていたはずなのに、いともたやすく壁の内側に入ってきた武を信じていたかった。


 だから、武の話を信じるには、もっと彼が体験したことを色々と聞きたい。
 彼が何を見て、どう感じてきたのかを もっと知りたい。 
 それが果たして、武を信じるためなのか、武に対する個人的な興味なのか冥夜は分けて考えることができていなかった。

 ただ、あの夜以降、武とは話せていない。

 訓練でも武を意識してしまい うまく話ができず、
 PXで武を見かけても社霞と一緒のところを見ると なぜか声をかけるのを躊躇われた。

 自分はもっと思い切りのよい人間と思っていただけに、冥夜にとってこの自分の変化が何であるのか戸惑いを覚えずにはいられない。
 とにかく武と話ができれば、少なくとも今の自分が抱えているモヤモヤとした気持ちは消えるはずだ・・・
 そう考えて、武がやってくるのをドキドキしながら待っていた。


 そして武はやってきた。


「月詠さんに冥夜、遅れてすまない」

「貴様、まだ冥夜様をまだそのように呼ぶか! それに、人を呼びつけておいて遅れるとはどういう了見だ!!
  斯衛は貴様のように暇ではないのだ。 この間のような妄言を聞かせるために呼び出したのであれば ただではおかぬぞ」

「月詠、呼び方は私が許したといっている。 それに少々口がすぎるぞ」
「しかし、冥夜様・・・・」

「落ち着いてくれよ、2人とも。 この間のことは少し反省してるんだ俺も・・・・ 突然あんな話をしたもんだから、余計に不信感を与えたみたいで・・・」

「当たり前だ、あの話を信じるほうがどうかしている」
  そういう月詠に対し、ムッとする冥夜。

「まぁ、月詠はこれで少し頭が固いからなぁ・・・」
「め、冥夜様!! 冥夜様は、まさかあの話を信じているとおっしゃるのではないでしょうね!!!」

「あの話はともかく、私は武を信じておる」
「・・・・・・」

 黙って武を睨みだす月詠。
 居心地が最悪な武はあわてて月詠のフォローをしようとする。

「まぁ、信じてくれるのは嬉しいんだが、
  この2日間 あぁも冥夜に避けられると俺もよく考えて話したほうが良かったと思ったわけで・・・」


「わ、私は避けていたわけではないぞ・・・ただ・・・・・・・その・・・・なんだ・・・・・」

 武を伺うように見る冥夜。



        

    


「・・・・・・・・・・・」

 結局なにも話せない冥夜に対し、それを見かねる月詠。

「先ほどから、私は暇では無いといっている、呼び出した用件を伺おうか」
 
「そ、そうですね。 え〜〜っとですね。
 あの話は、今は信じてもらえなくても、少なくとも衛士としての実力なら月詠さんにも 信じてもらえるんじゃないかなって思って・・・」


「「――!!」」  ハッと驚く冥夜と月詠。

「それは、貴様が私に戦術機で模擬戦を申し込んでいると思っていいのだな?」  そう言って ニヤリを笑う月詠。

「ええ、そうとって構いませんよ、明日の午後でどうですか?」  と 武も笑みを浮かべてみせた。

「いいだろう・・・貴様と私のサシの勝負でよいな?」
「・・・・どうせですから、神代、巴、戎も呼んでください」

 これを聞いて声を荒げたのは冥夜である。

「武! そなた、帝国の斯衛というものを侮っているのではなかろうな!!」

 だが、怒る冥夜と対照的に月詠は落ち着いていた。



――この男、我らを相手にそれでも勝てるというのか・・・・ 仮にこやつが米国の手先であれば、
   もしや新型機のF-22(ラプター)を持ち込んでいるのかも知れぬな。
   F-15(イーグル)相手に10対1でも互角に戦えると聞くF-22ならば、油断はできぬ・・・・・
   だが、F-15と武御雷を同じに見たことを後悔させてやる。


「4対1か、それは構わぬが それを負けた時の言い訳にするのではないぞ」
「もちろんですよ」

「あと一つ。 貴様が勝てば、あの妄言を信じてやってもいい。 ただし 負ければ二度と冥夜様に近付かないと誓え」
「「――――!!」」

 この要求に対しては、少なからず武は動揺した。

「月詠!!勝手にそのようなことを・・・・」

  だが冥夜の言葉を遮る武。

「・・・いいですよ。 俺が負ければ冥夜には2度と近付きません」
「――――!?」

「ふふふ・・・明日の午後を楽しみにしているぞ。 では冥夜様、明日の準備のため お先に失礼します」

  そう言って月詠はグラウンドを去っていった。


 暫く2人は去っていった月詠を眺めていたが、ハッとして冥夜は武を睨んだ。

「そなたはなぜ、あのような決闘を・・・・ 本当に勝てると思っているのかっ!
  月詠の実力は斯衛の中でも秀でておるのだぞ。
  何よりその武御雷は普通の戦術機とは違うのだ!!
  それも4機も相手に・・・ しかも負ければ・・・・ あんな約束をしてどうするつもりだっ!!!」


「俺は別に月詠さんを侮って、あのような条件の模擬戦を申し込んだわけじゃないよ。
  月詠さんの強さは前の世界で嫌というほど見せ付けられてるからね」

「そ、そうであるなら、なおさら・・・・ お前は勝てると思っているのか?」

「この前話した平行世界の話なんて信じられないだろ?
  それを信じてもらうためにも、俺は冥夜たちにとって 信じられないことを成し遂げなきゃいけない」

 俺はこんなところで躓くつもりは無いから・・・・そう胸に秘める武。

「武は勝つつもり、なのだな?」
「もちろんさ」

  そう言って笑って見せる武。
 その笑顔を見ていると、なぜか冥夜には本当に武が勝つような気がしてきた。

「では、武の衛士としての実力は、明日の午後じっくり見させてもらうぞ」
「ああ、楽しみにしてくれ」

 あとは夕呼先生を説得するだけか・・・ そう思い武は冥夜と別れ執務室に向かうのであった。




 →次へ