2001年10月22日
















「―― 俺は・・・帰ってきたのだろうか?」

 武は、自分の部屋で目を覚ました。
 だが、何かがおかしい。

 記憶が確かなら、『元の世界』の10月22日に、武は冥夜と出会うのだ。
 だから、隣に冥夜が寝ているはずなのだが・・・・

 しかし、いない。

 それに部屋が・・・ いや辺りが静かすぎる。
 急いで階段を降り玄関の扉を開けると、やはりそこには廃墟の光景が広がっていた。

 
「―― なぜなんだ? 夕呼先生は、俺は因果導体から解放されたって言ってたのに・・・」

 『元の世界』に帰れるはずではなかったのか? そういう話であったはずだと武は思い出す。


―― 俺はまだ世界をループしているのだろうか?
    純夏と結ばれたこと、オリジナルハイヴでの激戦、冥夜の最期・・・・そして、あ号標的を倒したことも覚えている。
    俺は死んでいないのになぜだっ!!

    覚えている『記憶』から数えると、ここは『3回目の世界』になるのか?
    いや、待て。この世界が必ずしも BETAのいる世界とは限らないぞっ!!


 結局、ここで考えていても何も分からないので 武は白稜柊跡へ向かうことにする。
 BETAの世界がどうかは、そこに横浜基地があれば はっきりすることだ。

 武は部屋に戻り今度はゲームガイを持っていく。
 それは、夕呼を説得するのに役に立つかもしれない、そう思ったからであった。



―――― 白稜柊 近郊


 純夏の家があった場所には撃震らしき戦術機が朽ち果てていた。
 この廃墟も見覚えがある感じがする・・・
 やはり俺はまたループしているのか?
 武はそんなことを考えながら白稜柊に繋がる坂を上っていく。 

 目的地に着くと、やはりそこは横浜基地になっていた・・・・

 全く違う世界ではないだろうと思い、少し安心する。
 相変わらず変なアンテナがクルクルと回っているのを見て、つい笑ってしまう。

 見覚えのあるあの2人の衛兵達もおり、 そして今までのループと同じように彼らは武に話しかけてきた。


「俺はA-01部隊の特別任務についていた白銀武だ。
  至急 因果律量子論と第4計画のことで 香月博士と社霞少尉の面会を求める」

 武は衛兵たちに向かってそう返答したのだった・・・・



  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 その後、『シロガネタケルなど知らない』という夕呼に対し『第5計画』のことを示唆し、何とか香月夕呼と社霞に面会できる見通しが立つ。
 そして、いくつかの取り調べを受けた後、武は夕呼の執務室へと通されたのであった。

 部屋の中には夕呼と霞の姿があり、数時間前に 今生の別れを告げたばかりなので妙に気恥ずかしい・・・・
 だが、そうは言ってはいられないと武は気合いを入れる。


「あなたがシロガネタケル?」
「はい、俺は白銀武です。でも国連のデータベースでは死んでいることになっているでしょ?」

 相手に信頼してもらうためには、まずこちらの持っている情報を見せるべきだと思い武は話す。

「―――― っ!! そうね、その通りよ・・・・ あなたは一体何者なの?」
「だから白銀 武です・・・ ただしこことは違う平行世界からやって来ました」
「・・・・・・ あんた、私を馬鹿にしてるの?」


 やはりというか、夕呼はあからさまに不審な目つきで武を見る。


「してませんよ・・・ 夕呼先生が提唱する因果律量子論でなら説明できるはずだと思いますけど?」
「――!!」

「まあ、俺が嘘をついているかどうかは先生が霞にリーディングさせれば分かるんじゃないですか?」

  武に警戒しながら、ちらっと霞をみる夕呼。
  霞は少し首を横に振るのみである。


「―― さっきから私のことを先生とか言ってるけど、あなたのような生徒をもった覚えはないんだけどね」

「ははは・・・ 俺が 『元いた世界』 では横浜基地は高校になってて
 夕呼先生と まりもちゃんはそこの先生でしたから・・・ って、また同じ会話をしてますね」


「同じ? ・・・こちらから質問するわ。取調べの時に持っていたあの機械は何?」

「ああ、ゲームガイですか? あれは俺の世界の玩具ですよ・・・・
  うーん・・・ とにかく、俺の現状から報告しますよ。話が複雑なんで、そこからはじめましょう」


 少し夕呼は考えて それに肯定する。


「さっきも言ったように、俺はこの世界の人間ではありません。BETAのいない世界の日本に住んでました。
  ・・・・・・そうだったんですけど、ある日、目覚めたら こっちの世界の2001年10月22日に来ていました。
  何も知らない俺はこの横浜基地で夕呼先生に出会って、207B訓練小隊に配属されて訓練兵として鍛えられます」

「―― はぁ? ・・・・・・何を言ってるの、あなた?」

「とにかく最後まで聞いてください。そしてその年の12月24日にオルタネイティヴ4は何の成果も出ないまま終了します」
「「 ――――!! 」」

 夕呼と霞は驚く。
 今話している滑稽な内容が真実かどうかはわからない。
 だが、少なくとも目の前の男は自分たちが進めている計画が上手くいっていないことを知っている。
 その事実は夕呼を警戒させるには十分であったが、そんなことを気にもせず武は話を進めていく。

「それでオルタネィティヴ5が発動し、2年後には約10万人が移民船でバーナード星系に向けて出発します。
  地球に残った俺達はG弾によるBETA殲滅を目的とした『バビロン作戦』に駆り出されるんですがこの辺のことは記憶があやふやで、
  まぁ人類も頑張るんですが、結論をいうと人類は負けちゃいます」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「俺もその時に死んでるはずなんですけど、気付くと またこの世界の2001年の10月22日に戻ってまして・・・」
「へぇー、それが今のあなただというの?」
「いや、そうでもなくて・・・・」
「はっきりしないわね」
「とにかく先生は俺のことを因果導体っていう存在になっているって言ってました」
「・・・・・因果・・導体・・・?」


「話を戻します。それで2回目の俺は、前回の人類の失敗を教訓に色々頑張るんですよ。
  それで先生の研究に協力することで OOユニットの鑑 純夏を完成させます」

「なっ!! 霞・・・どう?」
「・・・本人は嘘だとは思っていません・・・」

「まだ話は終わってませんよ。オルタネイティヴ4の駒がそろった先生は、それから甲21号目標を帝国と協力して消滅させます。
  この時 凄乃皇弐型に不調が起こり、伊隅大尉がML機関を暴走させることで佐渡島ごと甲21号目標を消滅させました・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「そして次にA−01部隊と凄乃皇四型でオリジナルハイヴを攻略します」
「・・・・・・甲20号目標ではなくて?」

「もちろん理由はあります。
  甲21号目標の残存BETAが横浜基地を奇襲してきて、結果 俺たちは反応炉を破壊することになるんです。
  ODLが浄化できないって言えばわかりますよね」

―― 今はまだ00ユニットの問題点を先生に話すべきでないだろう・・・
    少なくとも純夏のことに関しては夕呼先生は、味方とは限らないからなぁ。

 そんな武の心を余所に、夕呼は何かを考えてそれに同意する。

「なるほど・・・ね・・・・ それで?」

「そして俺達A−01部隊と凄乃皇四型でオリジナルハイヴの『あ号標的』を消滅させます。
  俺の方も因果導体にしていた原因が消えて、その世界から消えて『元の世界』に帰れる予定でした・・・・」

「それで?」
「―― そのはずだったんですけど、気付くとまた この世界の2001年の10月22日にループしているようだ・・・ と、ここまでです」
「それが今のあなたの現状なわけ?」
「そうです」

「やれやれ、最高機密のオンパレードね・・・・ 妄想にしても無視できないわね、あなたの本当の目的は何?」

 そういって夕呼は武に銃を突きつけた。

「―― また、この展開ですか・・・」
「本当のことを言いなさいっ! あなたは知りすぎている・・・ 返答次第では生かしてはおかないわ!!」

 怒気の孕んだ声で夕呼は武を睨んでいる。
 もしかしたら、前回より状況が悪いのでは無いか? 俺は何か失敗したのではないか?

 武自身、状況が理解できない苛立ちから、つい夕呼を挑発してしまう。

「俺が死ねば、絶対にオルタネィティヴ4の完成はありませんよ。それでもいいなら撃ってください、俺は『次の世界』で何とかしますから」
「そう? じゃあ撃とうかしら?」

 剣呑な空気が二人の間に流れ、なぜこんなことになるのか? と武は悲しくなってしまった。

「・・・・・・前の世界で伊隅大尉も速瀬中尉、涼宮中尉、まりもちゃんも、みんなが最良の未来を選択して死んでいきましたっ!
  それが先生の選びうる最良の選択なんですか!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

―― くっ、何泣いてんだ、俺は・・・


「前の世界では結局、人間同士が信じあえなくてオルタネィティヴ派と反オルタネィティヴ派が
 くだらない足の引っ張り合いをしてました。
  そんなことだからBETAに勝てないのだ! って思っていたのに、今度は俺と夕呼先生が同じことをしていますね・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「俺が言えることは、俺と夕呼先生が信じあえない世界では、絶対にオルタネィティヴ4は完成しないということだけです・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 再び霞を見る夕呼。
 霞はやはり少し首を横に振るのみ。


「『あなたがワケわかんなくったって事実は変わらない』」
「―― えっ?」

「おれが最初にBETAのいる『この世界』を夢だと言い張った時、現実を認めない俺に先生が言った言葉ですよ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 しばらく沈黙が続いた後、根負けしたのは夕呼の方であった。


「――――― ふー、なんだか本当に面倒なことになったわね・・・」
「信じてくれるんですか?」

「確かにありえない話じゃないのよね・・・ でも認めがたいわ・・・ シロガネ、あんたの望みは何?」

「俺の望みは人類の勝利と 『前の世界』 以上のより良い未来を選択すること。もう一度 『この世界』 に現れた理由を探し当てることです!」
「わたしたちは、BETAに関しては利害が一致していると考えていいのね?」
「――っ! ・・・はい、先生!!」

「まぁ BETAが駆逐できるんなら、因果導体って奴の方も私が何とかしてあげるわ〜〜」
「あ、ありがとうございます!!」

 そう言った後、夕呼は銃をしまってしまう。

「ところで、あんたが機密を漏らさないという保障はある?」

「俺の知ってることが、ある種の人間にとって都合が悪いということは承知してます。
  俺と先生の関係は対等だと思ってますから その辺は保障しかねますが、足を引っ張ることは絶対にしませんよ」

「信用しろというの? まぁいいわ、せいぜい消されないように注意なさい」

「やだなぁ、先生。俺が協力しないとオルタネィティヴ5が発動しますよ、ちゃんと俺の安全も保障して下さいよぉ〜〜」
「―― 性格悪いわね、あなた・・・」
「お互い様でしょう。 先生」

 そういって2人は、不敵な笑顔を浮かべあった。




「なら さっそく協力してもらうわね。『前の世界』 では、どうやってオルタネィティヴ4を完成させたのかしら? 答えてもらいたいものね」
「半導体150億個の並列処理装置ってやつですよね?」

「―――― っ!! そうよ、それよ・・・それっ!! あんた、本当に何でも知ってんのねぇ〜〜」

「あれは、そもそも理論が古いのでそのままだと完成しないんです・・・」


「な、なんですってぇーーーー!! 理論が古いってどういうことよっ!!! あれは最新の・・・」

「せ、先生落ち着いてください・・・」

「そ、それなら新しい理論ってのはどんなものなのよっ!  教えなさいよ!!」
「い、いや、俺は知りません・・・・・・」
「―― あんたねっ!! ふざけてるとぶっ飛ばすわよっ!!!」 

 そういって再び銃を突きつける夕呼。

「は、話を最後まで聞いてくださいよ・・・ その理論は、俺がいた『元の世界』の夕呼先生が完成させていたんです。
  それを『前の世界』 の先生に言ったら、先生は時空転移装置ってやつを作って、俺を『元の世界』に理論を取りに行かせました」

「――っ!! なるほど・・・ 『元の世界』のあたし も 『前の世界』のあたし も やるわねぇ〜〜
  さすがはあたしかっ! よし!!  今回もその案で行きましょ。
  ふふふっ、なんだか面白くなってきたわ」


―― うーん、なんかこの世界の先生って 『元の世界』 の先生に近いナァ。 なんか緊張感がないし・・・

「時空転移装置なら2日ほどかかるわね・・・・ シロガネタケル、あなたは これからどうしたいの?」
「希望としては、神宮寺軍曹の副官として207訓練小隊の指導を手伝いたいのですが・・・」
「―― なぜ?」

「俺はあいつらが居たから、このBETAのいる世界で戦えました。 それに彼女達を戦場に出すのは止められません。
  でしたら生き残れるよう鍛えてやるのが俺のできることです」

「そうはいってもね・・・・ あなたの腕前を見せてもらえるかしら?」

 そこでシミュレータールームでヴォールク・データを試し、武は不知火単機で最下層まで突破してみせた。
 これにはさすがに唖然とする夕呼。

 未だにA−01部隊が中間層を突破できていないことを考えれば夕呼にはありえないことだった。

「なにあの気持ち悪い動き・・・・ それにこの結果って・・・・ あなた、本当に同じ人間なの?」
「まぁ衛士としての能力はこんなもんです」
「・・・わかったわ。 階級は中尉、訓練兵の特別顧問ということにしましょ。 それでいいかしら?」

「ありがとうございます・・・・ それとですね先生、言い忘れていましたが 新しいOSも開発して欲しいんです」
「―― はぁ? 何よそれ」

「いまのOSは、雑で無駄が多いんです。 もっと簡略化することで戦術機の性能を大幅に上げることができるんですよ」
「・・・それも 『前の世界』 の経験って奴?」
「はい、俺が考案して、先生が作ってくれました」

 そして、武は夕呼に対しキャンセルとコンボの説明をする。

「わかったわ、こちらの方も何とかして置きましょう。 他に何かある?」
「今のところは無いですね」
「そう、後で制服とパスカードを送るわ・・・ 何かあればまた来なさい。 社、部屋まで送ってあげて」

 そして、武は霞と二人で執務室を後にした。
 廊下に出ると、武は霞に話しかけてみる。

「ただいまって言うべきかな? それともはじめましてかな?」
「はじめましてです、シロガネさん」
「そう・・・・だよな・・・・・」


 せっかく感情豊かになっていた霞が、元に戻って自分のことを初対面のように扱う姿は やはりキツイ。


「・・・すみませんシロガネさん」

  リーディングをしたのか 謝る霞。

「いや、分かっていたことだ。 それより純夏に会っていっていいか?」

 武をじっと見つめる霞は、頭の飾りをピクリと縦に動かす。

「本当にいくつもの世界を移動してるんですね・・・」
「ん? 分かるのか?」
「笑っている純夏さんと私の姿が見えました・・・」
「ああ、なんか友達ってよりは姉妹って感じだったろ?」
「よくわかりません・・・でも私も純夏さんとあんな風になれるでしょうか?」

「なれるといいな・・・」  そう言って霞の頭をなでる武。

 しかし、と思う。
 そのためには前回の様に『元の世界』の純夏の犠牲が必要なのだ・・・ 自分にそれができるであろうか? と。

  
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 薄暗い部屋、中央にある青白く光るシリンダーに浮かぶ脳と脊髄。
 それに向って武は語りかけていく。

「やぁ純夏、また戻って来ちまったよ・・・ 何が足りなかったのかな・・・・・・」


 そう言いながら、目に滲む涙を止めることが武にはできない。


「きっと前の世界でも、どこかで『お前』を救うことが出来てなかったんだよな・・・ 
  すまねぇ・・・ 本当にすまねぇ・・・・・・
  こんなだらしねぇ幼馴染でさ・・・・・ 
  だからもう少し我慢して欲しい、きっと最良の未来を掴んでやるからな」


 いくつかの言葉を変わり果てた純夏に語りかけた後、武は霞と共に部屋を後にした。
 そして、部屋に向うことなく、グラウンドのところで武は霞に別れることとなった。


 なぜなら、武は動けなかったから・・・・

 死んだはずの千鶴たちが生きてグラウンドを走っていたからである。
 霞に礼を言った後も暫くその風景を武は眺めていた。



―― 冥夜と美琴が居ない・・・ああ、美琴は入院中か・・・
    なら冥夜はどこだ?



「もし、そこのお方・・・」


      
    




 振り向くとそこには御剣冥夜の姿があった。


「・・・・・め、冥夜っ!!」

 驚く武。

―― いかん、涙が出そうだ・・・

「む・・・そなた・・・・はて、どこかで逢ったであろうか? 私には見覚えが無いのだが・・・・?」

 いきなり名前を呼ばれ冥夜は訝しむ。

 早くも失敗をしてしまったと感じる武。
 初対面の人間に名前を呼び捨てられて気分のいい人間が居るはずもない。

「御剣、いいんだ・・・」 

 そう言って 別の声が割り込んでくる。
 それは、神宮司まりもの姿である。

「白銀武中尉ですね?」
「・・・・・ま、まりもちゃん!!」

  またしても同じ失敗をする武。

―― くっ・・・おれはアホな子か!!

 反省の無い行動に武は自らツッコミを入れる。

 一方、冷めた目で冥夜とまりもは見ており、失敗したとも思ったが、この際 開き直るかと武は考えを改めることにした。

「まりもちゃん、みんなに俺のことを紹介してくれ!」
「・・・・分かりました。 しかし、中尉。 まりもちゃんはおやめください・・・」

 釈然としない まりも であったが小隊を集合させ、武を紹介していく。
 委員長と彩峰、そして たま・・・また会えたな・・・
 やはり目頭が熱くなる。

「俺は新しく207B訓練分隊に配属された特別顧問の白銀武だ。 主に戦術機の実習で参加することになる。
  普段は香月博士の直属で特別任務についていることが多く、お前たちの訓練を見てやることは少ないかもしれんがヨロシクな」


―― 冥夜、委員長、彩峰、たま、まりもちゃん、そしてここには居ない美琴・・・こんどこそお前達を死なせはしない!!

 ともすれば、暗くなりがちな思考を拭い去り、武はそう決意する。

「それから、階級は中尉だが、俺のことは白銀とか、タケルとか好きに呼ぶといい。 で、敬語は禁止だ!」
「ち、チョッと白銀中尉、それでは他の将校に示しがつきません!」

  そう口を挟むまりも。

「これは命令だ、軍曹! 香月博士同様、俺も肩がこるようなことは嫌いなんだ、分かったな!!」

 まりも も千鶴達も困惑した表情を浮かべている。

「しかし・・・ はぁ・・・ 夕呼の部下だものね・・・ やれやれ、分かったわ、では白銀と呼ばせてもらうわ、中尉」

 そういって、まりもはため息をついていた。



―――― PX



「「「「 し、白銀中尉!!」」」」

 榊千鶴、御剣冥夜、彩峰慧、珠瀬壬姫 は、武に敬礼をしようと立ち上がる。

「あ、敬礼なんていいから、委員長」
「へ? 委員長?」

 何のことか分からないという顔をする千鶴。
 また やってしまったと思いつつ、ここでも武は強引に出ることにした。

「そうだ、それが榊のあだ名だ、あと、冥夜、彩峰、たま、俺からはそう呼ばせてもらう」


「私だけ苗字・・・」  ぼそりとつぶやく慧。
「り、了解しました・・・」  口でそう言いつつも納得していない千鶴。


「――委員長・・・」
「あ、彩峰・・・あなたねぇ・・・」

 そんな慧と千鶴の取りを見て、久しぶりだなぁと感慨にふける武。


「でも白銀さんって、わたしたちと同じぐらいに見えますねぇ〜」

「ああ・・・たま には『たけるさん』って呼んで欲しいな〜〜。 冥夜にはタケル。 委員長には白銀君、彩峰には白銀が俺の希望だ。
  まぁ、それが嫌なら 俺の事は好きなように呼べば良い。 ただし中尉は勘弁な」

「・・・・・ 呼び方を指定する人なんて初めてみました」
「だから、敬語はやめろって、委員長」
「し、しかし・・・」

「俺はお前達と同い年だから、気安くやってくれよ」

「「「「 ええぇーーーーーーーーっ 」」」」

 その言葉に驚く千鶴達。

「す、タケルさんって、すごく優秀なんですねーー」 そう無邪気に目を輝かせる たま。
「ふむ、口はともかく・・・ やはり 『特別』 なのだな、そなた」 一人納得する冥夜。
「同い年で中尉なんて・・・何をやったのかしら・・・」 と真面目に考える千鶴。
「白銀・・・老け顔?」 いつもながらクールで容赦の無い慧。

―― むむっ、老け顔って・・・確かに主観時間では3年半ぐらい年上になるんだがなーー。


「まぁ鎧衣が退院次第、総合戦闘技術評価演習に入ろうと思う」

「「「「――――!!!」」」」

「それに合格しないと俺の出る幕が無いんで、まぁ頑張ってくれよな」
「ち、中尉、そのようなことを口外してよろしいのですか・・・?」


「だから中尉はやめろって委員長。 元々お前らは 『特別』 のせいで任官しにくくなるよう圧力が掛かっている、評価演習もしかりだ」

「「「「――――――――!!」」」」

  その言葉にさらに驚く冥夜たち。


「まぁ、お上の都合は置いといて、
  俺と夕呼先生の都合としては、お前らみたいな優秀な奴らを訓練兵として腐らせておくのは勿体無いんでね。
  まぁ早く任官させたい訳だ。  そういうことだから期待を裏切らないでくれよなっ」

 そういって席を立つ武。

「「「「 わかりましたっ! 頑張ります、中尉!! 」」」」

 むー、中尉はやめろって言ってんだけどなぁ・・・ そう、ぶつぶつ言いながら武はPXを去っていった。



  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 兵舎の自室に向かいながら、初日はこんなものか と考えながら武は歩いていく。

 『1回目の世界』とも『2回目の世界』とも違うことをした。
 そして、これからも そうしていくつもりだ。

 吉とでるか凶とでるかは分からない。 だが、『2回目の世界』 と同じことをしていてはみんなを救えない。


 もしかしたら、自分の持っている悩みは贅沢なのかもしれない。
 BETAという狂気が住む世界で人類が生き残るだけでも幸運なことなのだ。
 きっと、自分が別の行動をすることで、『2回目の世界』で死ななかった人が死ぬだろう。
 もしかしたら、『2回目の世界』よりも酷い結末を迎えるかもしれない・・・

 それでも、純夏を、冥夜を、委員長を、たまを、彩峰を、美琴を、伊隅を、速瀬を、涼宮を、柏木を、まりも を救いたいのだ。

 この考えが正しいのかどうなのか、武には分からない。
 それでも思うのだ、一つでも多く、彼女らの命が救えるのであれば、この『3回目の世界』にも意味があるのだと。

 



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