―――― 2001年12月3日

 














 

 

 


―――――――ッ!!」

 白銀武はハッとベッドの布団から起き上がっていた。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・ッ!! また・・・夢か・・・」


 荒い息を告ぎながら薄暗い部屋を見渡し、現状を確認する。
 汗でべっとりと肌にシャツがくっつき気持ち悪く、身体も冷えてブルッと震わせる。

 最近・・・いや、この異世界にやって来てから どうも夢見が悪く、日に一度は悪夢で目を覚ます。
 しかし、その悪夢の内容はいつも覚えて居らず、ただ嫌な感じだけが頭と身体に残っているのだけで、心持ちも非常に悪かった。

 寝汗の気化で身体の芯が冷えてゆき、それに伴い どうしようもない喪失感と罪悪感にさいなまれていく。

「・・・・寒い・・・・」

 敷き布団の上で身体を抱くように武は縮こまり、訳の分からないこの気分を押さえ込もうとする。

 確かに何かが失われていた。
 自分には、それを守る力があった、守ることができた筈だった。
 しかし結局の所、失敗をしたのだ・・・

 理由のわからないまま、涙が出そうになり、身体の震えが止まらなかった。
 見慣れない薄暗い部屋にいると、なんだか世界に一人取り残された様な気分になった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・タケルちゃん・・大丈夫?」

 すぐ隣から声が聞こえた。
 同じベッドにもぐり込んでいる幼馴染みの声だった。

「わりぃ、純夏・・・起こしちまったか?」

 そう言って武は布団の中にもぐり込んだ。

「暖かいな・・・」

 左右には、冥夜と純夏が寝ていてその人肌で体の中にあった寒気はスッと消えていく。
 そして、隣の純夏が武の体をギュっと抱きしめると、欠けていた何かが埋まっていくように、気持ちが落ち着いていくのである。


 この2人、冥夜と純夏が自分のベッドに寝ていることも、この世界で目覚めてからよくある光景の一つだった。


 現在 純夏は体が弱って歩くことができないから、純夏が隣に居るということは当然冥夜の仕業なのだが、
 当初は、武は自身の精神衛生上の理由、つまりは欲望が抑えきれなくなるという理由からこういうことは一切止めるように言ってきた。

 その所為か寝る前は2人とも自分のベッドで寝ているのだが、気が付けばいつも武に添い寝をしていて、とにかく、注意しても2人は結託したようにこのことは止めなかったのだった。


 ただ、武は このところ2人のその行動を抗議できなくなっていた。


 悪夢の後に2人が側にいてくれることは、武には心強かったのである。
 目覚めの後に押し寄せる喪失感から、2人の存在が守ってくれているように感じていた。

 そして、自分がこの世界で目覚める前の昏睡状態であった時も悪夢にうなされていたのではないだろうか?
 そんな時も2人は、自分を側から見守って居てくれたのではないだろうか?

 そう思うと純夏達には感謝こそ しても邪険にはすべきでないと思うようになっていたのだった。


 武はそばで感じる2つの体温について考える。

 幼馴染みとして、ずっと側に居てくれた女性と、小さな時に交わした約束をいつまでも覚えて大事にしてきてくれた女性。
 2人の事を想うと、等しく愛おしいと思う・・・特に最近はそうだ。

 冥夜は、御剣財閥などを抜きにしても自分には勿体ないくらい良い女だし
 純夏は今まで生きてきて多くの時間を共有し、彼女には嘘がつけないし、裏切れない。

 大事に思えば思うほど、今の関係が果たして良いことなのかと疑問に感じるのであった。


 どちらも選ばず、今のままだらだらとした関係を続けることは良くない・・・
 そんな優柔不断な態度は、2人を傷つけ、愛想を尽かされると、元の世界の夕呼が何時だったか言っていたことである。

 その言葉が今の武には身にしみるのであった。


 そして、最近2人への想いが強くなるほど、武は焦燥感に駆られてるのだ。
 このまま2人をどんどん好きになっていけば、どちらかを選ぶことができなくなるのでは無いだろうか、と・・・

 2人の悲しむ顔は見たくない。
 だからといってこのままズルズルと今の関係を続けていけば、2人とも悲しむ結果になりそうな気がした。

 この世界に居るときは、3人で協力していかなければいけない。
 しかし、夕呼の協力が得られて帰れるまでには、冥夜か純夏のどちらかを選択しなければいけないと武は決意する。


 まだ、夜明けまでには随分時間があり、武は布団の中で2人の暖かさと心地良い安心感に包まれながら、もう一眠りするのであった。

 

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 


―――――――・・・・・・・・・・」


 ビクッと身体を震わせながら、御剣冥夜は今日も明け方に目を覚ますのであった。

(また・・・アレだ・・・・・・)

 悩ましい溜息をつきながら1人思う・・・

 また、武に抱かれている夢を見た。

 見知らぬ、しかしどこか馴染みのある無骨で最低限の物しかない部屋。
 そこは、この基地を何処か思わせる雰囲気。
 自分は無機質ベッドの上で武に荒々しく抱かれ、自分とは思えない淫らな声と言葉を発していた。

 武の身体は、大きく凄く肉付きがよく、抱かれているとその肌は自分を安心させてくれる・・・
 とても求められているのがわかり、肌を重ね合わせるリズムが、頭の奥を痺れさせその陶酔が心地良かった。


 御剣での雅な生活・・・ メイドに囲まれ、最高級のものを食し、一流の物を着こなし、一流の人々と接し、一流の品々に囲まれた広く清潔で豪奢な部屋・・・

 それを思うと、夢の中で武と自分が肌の重ねた部屋は薄暗く汚く、そしてあまりに狭い。
 頽廃の匂いがそこかしこから伴い、世界からうち捨てられたことへの諦観と寂しささえ漂わせていた。


 それでも・・・ それでも、そこにいた自分は幸せそうだった。

 その風景を思うと何故か涙がでそうになった。


 ・・・・・・・・・自分が失ってしまったモノを手に入れていた夢の中の自分が羨ましかった。


 目の前に眠る武を見る。
 一度失われた筈のものが目の前にあった。

 夢の中での出来事を思うと、冥夜は顔が上気していくのを抑えられなかった。

 武に抱いて欲しいと思った。

 荒々しく求めて貰いたいと身体が疼いた。

 武の太股に自分の足を絡ませ、そして足の付け根を押しつける・・・
 そして太い筋肉の引き締まった腕に胸を押しつけながら自身の腕を絡めていく。

「・・・・・ん・・・・ぁはぁ・・・・・・・・・」


 起床の時間までには、もう一刻ある。
 冥夜は、今一度抱かれることを夢見ながら微睡みの中に落ちていくのであった。

 

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 午前中、武と冥夜はいつもの様にバルジャーノンの試作機の製作に取りかかっていた。

 武は主に社霞とともにプログラムの方を、冥夜はピアティフが紹介してくれた人物と共にハード製作の方を担当する。

 夕呼が言ったように、こちらの世界の人間はとても優秀で、霞などはこちらの考えを常に先取り、武の考えたイメージ通りにゲームガイのバルジャーノンをアーケードタイプのものへと内容を大きく書き換えていき、また、ゲーム中に出てくる機体は、此方の世界に合わせ、カイゼルやシャオ・ミュンを不知火や陽炎などの機体にローカライズしていく。
 ゲームの筐体の方も、壊れて使われなくなった撃震のコクピットを切り抜き、動部を改良し取り付けることで代用し、液晶ではなく簡易型の網膜ディスプイレイに取り替えていったのであった。

 そうして瞬く間に試作機の方は完成間近までこぎ着けていく様は、武も冥夜も圧倒されるのであった。


 そして午後・・・


「・・・・・あはぁ・・・・・ハァ・・・・タケルちゃん・・・・・タケルちゃん・・・・・」

「・・・・・ん? なんだ、純夏?」

「もっとゆっくり・・・して・・・ちょっと・・・キツイ・・・」

「・・・・・わりぃ・・・オレもまだ慣れてなくって・・・・」


 武はベッドに横たわってる純夏の白い肌をゆっくり揉みほぐす。


「・・・・・ハァ・・・・ハァ・・・・気持ちいい・・・・」


 その熱のある吐息に少し武の赤くなる。


「あ、あのさぁ、純夏・・・・ あんまり色っぽい声出すなよ・・・やってるこっちが恥ずかしくなるから・・・」

「・・・・良いじゃない、タケルちゃん。 本当に気持ち良いんだもん。 それに今は二人っきりだし、私は別に恥ずかしくないもん」

「全く・・・・ リハビリのマッサージをしているだけなのに・・・・」

「えへへへ・・・・ありがとうね、タケルちゃん!」


 今日の午後は国連軍の事務次官の視察があるということで試作機の作業の方は休みとなっていた。
 冥夜の方は清掃のアルバイトがあるといって部屋にいないので、武は純夏のリハビリを手伝うことになったのであった。

 時間をかけて純夏は上半身の筋肉トレーニングと、歩けるようになるのための歩行訓練を終える。
 最近では、ようやく立って歩けるようにまで回復したようで、次はその持久力を鍛える段階にまでなっていた。

 やはりこれも、こちらの医療技術の方が自分たちの世界よりも進んでいたというのであって日を追う事に彼女は順調に身体を治していく。
 そして、今日のノルマを終えた純夏は武にマッサージをして貰っているのであった。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 未だに顔を赤くしたまま武は黙々と彼女の足の筋肉を両手でほぐしていく。

 そんな武の態度が珍しく、純夏は少し嬉しくなった。


「ねえねえ、タケルちゃん。 私の声ってそんなに色っぽかった?」

「ッたく・・・あんな声を出されたら、オレが困るんだよ! マッサージしているだけなのに、なんか変な気分になるだろッ!!」

「あー、タケルちゃん、エッチなこと考えてたんだ! やらしーー!」


 そう言って純夏は軽く睨む感じで笑ってみせる。

 反射的に武は純夏の頭を叩こうとした・・・・


 それが、いつもの2人のコミュニケーションだった。


 しかし、武は腕を振り上げたまま、固まってしまっていた。


 ・・・・・ドックン


―――? な、なんなのさ・・・ ど、どうしたんだよ、タケルちゃん?」

「・・・・・べ、別に・・・」

 腕を下ろしながら武はそっぽを向く。

「ふーーーん・・・ いやらしー事考えてたのは否定しないんだ?」


 さらに挑発的な笑みを純夏は浮かべてみせる。


「ウ、ウルセーーな・・・ オレだって男なんだから、仕方ないんだよ・・・」


 ここも、いつもの武なら「バカ純夏ッ!」と言って頭を小突くところである。
 しかし、やはりそれができなかった・・・・


 ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン・・」


 武にとって彼女を「女」として認めることは、今の自分たちの関係が幼馴染みというものから男と女に変質してしまうことを意味していた。
 自分がその距離感を失うことを今まで怖れていたんだ・・・

 彼女を叩いて誤魔化すことは結局逃げているだけではないか?

 そんな自分の気持ちに気付いてしまったのだった。
 今朝、2人のどちらかを近い内に選ばなければいけないという決意を思い出すと、もうそんな態度はできなくなっていた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 いつものやり取りが成立せず武と純夏の間には微妙な空気が流れていた。


「・・・・・な、なんか、変だね。 今日のタケルちゃん」

「・・・・ああ、そうかもな」

 ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「そ、そう言えばタケルちゃん。 変だと言えば、冥夜もなんか変じゃないかな?」

「あ、あぁ。 なんかそんな感じがするな。
 オレともあんまり目を合わせようとしてくれないし、試作機を作っている時も2人っきりになると妙にソワソワし出すし、な、なんか確かに変だな・・・」

「・・・タ、タケルちゃんが何か変な事したんじゃないの?」

「・・・そ、そんなことする訳ねーだろ!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 武は幼馴染みの関係から、変るべきだと思った。

 しかし、ならばどういう関係になりたいのか、未だ見えずにいる。
 それでも、今の沈黙が耐えきれず武は口を開いた。


「な、なぁ、純夏。 もしさ・・・ 今作ってる『バルジャーノン』の試作機が夕呼先生に好評でさ・・・ そんでもって、『元の世界』に帰れることになったとしたらさ・・・
 
お前どうする?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 質問の意味が分からず、純夏は沈黙するしかなかった。

 もし、『元の世界』に帰れたら・・・
 純夏にとって、武が側にいない世界に帰ることに一体なんの意味があるのか? 今のままではいけないのか?
 口をつぐんだまま、そんな気持ちで心は一杯になっていく。


 ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン・・


「オレはさ・・・ それまでに、お前か冥夜の・・・ どちらの気持ちに答えるべきか、ずっと答えを出すことを逃げていたんだ。
 
お前がオレのことを好いていてくれていることは、薄々知っていたし・・・・
 
それに、冥夜との約束を思い出しちまったから・・・ やっぱ、このままズルズルとした関係をしていくのは良くねーよな・・・
 
そんな気持ちを意識しちまったら、もう逃げていちゃいけないような気がしてきたんだ・・・
 
だから、オレは―――――――


 冥夜か純夏・・・
 武は2人の内、どちらか答えを出すのは今しかないような気がした。

 

 ・・・・・ドックン・・・・・ドックン・・・・・ドックン・・・・・ドックン・・・・・ドックン・・・・・ドックン・・・・・ドックン ・・・・・ドックン・・
 ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン・・
 ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン ・・・・・ドックン・・

 

 思考が纏まらないまま、心に浮かび上がる名前を口に出そうとした・・・・

 


―――――― 待ってッ! タケルちゃん!!」

 


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ・・・・


 純夏の必死な声に武は思わず怯む。


「私は、タケルちゃんの答えなんか・・・聞きたくないッ!!」


 心から絞り出す、必死な叫びだった。


「私ね・・・・ タケルちゃんの事・・・とっても、とっても好きだよ・・・
 
たぶん、タケルちゃんが考えているより、その5倍、・・・いや10倍ぐらい、好きなんだからッ!
 
・・・・子供のころから・・・・ずっと好きだったんだから・・・・
 
だから、いつも側にいたんだよ? 
 
タケルちゃんが白稜に行くと言い出した時には、やっぱり私の事なんか全然考えてくれてないのかなって思った・・・
 
だって、あの時の私じゃ、白稜に入ることなんて絶対無理だったから。
 
でも、それでも、頑張ってタケルちゃんについていこうと思ったから、頑張ったんだよ?」

「純夏・・・・」

「私もね・・・幼馴染みの関係が壊れるのが、恐かったから・・・ タケルちゃんに好きだって言えなかった・・・
 
好きだって言っても、タケルちゃんが答えてくれるかどうか・・・分からなかったから、言えなかった・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

「だから、冥夜が現われた時には、本当にビックリしてタケルちゃんがとられてしまうんじゃないかって凄くオタオタしたんだよ・・・
 
でも、冥夜って凄く良い子だから、タケルちゃんを私よりも幸せにするんじゃないかって思うときもあって・・・
 
本当に・・・・どうして良いか・・・分かんなかった・・・・」

 純夏は泣いていた。

「だから・・・タケルちゃんが、もし・・・冥夜を選ぶんなら・・・潔く、身を引かないといけないなって気になって・・・ だから、『あの時』――――

 『あの時』とは、何時のことなのか? 武は考えるがよく分からなかった。
 ただ、自分は、知らない間に酷く幼馴染みを傷つけている事だけは分かった。

「私は、タケルちゃんか冥夜を選ぶんなら、諦めようと思った・・・ 諦めようと思ったけど・・・ヤッパリ、そんなの・・・無理・・だよ・・・・」


 純夏の顔はグジャグジャになって涙が止めどなく流れていた。
 

「諦めれるワケないよ・・・・ ず、ずっと、ずっと、ずっと好きだったんだもん・・・・・・・・・・
 
わ、私の思い出は、全部タケルちゃんで埋まっているんだよ? タ、タケルちゃんが居なくなったら・・・ ワタシはワタシで無くなっちゃうんだよぉぉ・・・・・・」


 激しい嗚咽と共に彼女はベッドの上で震えて蹲っていた。


 早くどちらかを選ばないと、2人を傷つけると武は思っていた。
 しかし、現実は・・・ すでに壊れてしまうんじゃないかと思われるほど、目の前の幼馴染みの彼女を傷つけているという事実だけだった。

 武はどう言葉をかけて良いか分からず、それでも、どうにかしないといけないと思い、ベッドの上の純夏に近づこうとした。
 だが、武の手が純夏の肩に触れるより早く、彼女の両腕が武に身体に縋り付いて来た。


「ワタシは、ダケルちゃんが・・・タケルちゃんが居ないと生きていけないよぉ・・・・ ワタシを捨てないでよぉ・・・」

「純夏・・・」

 何故、自分が捨てられるなどと彼女は思ったのだろうか?
 武は頭の中が痺れて、上手く思考が纏まらない。

 確かにさっき、自分は、2人の内、どちらか答えを出そうとした筈だった・・・
 だが、それが冥夜であったか、純夏であったか、もはやわからなくなっていた。


「もし、タケルちゃんが冥夜を選んでも、ワタシは一緒にいたいんだよ・・・
 
・・・ヒックッ・・・ィッ・・ワタシは、2番目でも良いから・・・側にいさせてよぉ・・・ッ・・・・」


 胸の中で小さくなって泣いている幼馴染みを見ていると、武は愛おしくて堪らなくなっていく。
 ずっと求めていたものがそこにある気がして、大事に大事にその身体を抱いてゆく・・・
 
 純夏はその居心地に暫く身を任せていたが、すぐに嫌がるように武の腕から逃げて身体を離した。

 一瞬、嫌われたのかと武は思った。

 しかし、純夏の両手は武の顔に伸びていき、しっかりと掴むと彼女は自分の唇を乱暴に押しつけてきた。

 そして、2人はお互いを求めるようにキスを重ね、舌で口内を舐め回し、唾液を貪ってゆく・・・


「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・ タケル・・・ちゃん・・・」

 純夏は潤んだ瞳をしながらまだ上手く動かない身体を酷使して、自身の衣服を脱ぎ捨てていった。

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 


 冥夜は三角巾と前掛け、大きなブラシを持って、女子トイレの清掃に励んでいた。

 タイルとタイルの間にこびり付いている汚れは落ちにくく、ゴシゴシと力を込めて磨いていく。

「ふーーー・・・ こんな姿を月詠が見たら、一体どういうであろうな・・・」

 今までずっと側に仕えてくれていた彼女の事を少し考える。
 きっと直ぐさま、自分のブラシを引ったくり、御剣の次期党首がこんなことをすべきでないと説教をするんだろうなと考えて、少し笑ってしまった。

 あの世界から別れを告げて、半月が経とうとしていた。

 御剣も存在せず、ここには月詠も巽達もそして、姉もいない・・・
 何もかも自分でしなければならず、そして誰も頼れないこの環境で、自分が如何に世間知らずか思い知らされた日々でもあった。

 それでも・・・武が側にいてくれているだけで、とても幸せだった。


 一度だけ、『この世界』の月詠にあった。
 軍属に属しているようで、国連軍ではなく帝国軍人という話を同僚の婦人達から聞かされた。

 凛々しい姿を見て声をかけようかと思ったが、チラッとこちらを見た彼女が何事もなかったように自分に気が付かない様を見て、身体が動けなかった・・・
 

 それ以来、こちらの月詠には会っていない。

 今思えば、あの時無理をしてでも話しかけるべきではなかっただろうか?
 そのことは今でも悔やまれた。

「御剣さん、そこが終わったら、19Fのトイレも御願いねッ」

「ハイ、わかりました!」

 同僚の声に答えて、冥夜はタイルに水を流してロッカーに道具を仕舞い込む。
 そして、廊下にを歩いて業務用のエレベーターに乗込もうとしたとき、ふとある一団に目が付いた。

 夕呼が仕立ての良い高級そうなスーツを着た初老の男性達と何やら話をしながら廊下の先を歩いている・・・・

(あれが、国連の事務次官か・・・?)

 そう思って遠目に彼らを眺めていると、そこに見知った顔が在った。

「・・・・榊・・・・榊 千鶴ではないか?」

 元の世界のクラスメートで、クラスの委員長。
 武を通して知り合った元の世界での友人。

 居てもたってもいられず、その一団に近づこうと足を向けようとした。
 
(だが、追いかけてどうする・・・ あっちはこちらのことなど知らないのだぞッ!!)

 そう思うと、月詠の時と同じように動けなかった・・・・・・・

(それでも、この事実は武には知らせるべきではないか?)
 気が付けば冥夜は走り出し、19Fへとやって来て 自分たちの仮住まいである部屋の前までやって来ていた。


 だが、ドアが反応しない・・・
 19Fは機密上、全て自動ドアとなっているのだから、開閉のボタンを押せば扉は開くはずであった。

(リハビリをすると聞いていたが、武達は何処かに出かけたのだろうか?)

 そう思って、ドアロックを外そうとノブの所にある押しボタンに手を伸ばそうとしたところ、中から小さな声が漏れてきた。


「・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・タケルちゃん・・・タケルちゃん・・・好き・・・好き・・・好きぃ・・・・」

「・・・純夏・・・・純夏・・・純夏ッ!!」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 冥夜は、そのまま石化したように固まってしまっていた。

 ただ、背筋に冷たい汗が流れているだけで、 
 ドアに伸びた震える手を動かすこともできず、ただその場に立ちつくすことしか出来なかった。










  ――――――――――















 冥夜はただ、宛もなく廊下を歩いていた。

 頼まれていた清掃の仕事も、この世界で見た榊千鶴の事も どうでもよかった。
 その頭の中は自分たちの住む部屋の前で聞いた武と純夏の交接を臭わせる喘ぎ声で占められていた。

 もしかしたら、勘違いかもしれないとも思いたかった。
 最近の自分は、よく淫らな白昼夢に襲われることが間々ある。
 戦術機のシミュレーターを試して以来、武と自分が性交を行なうイメージにふとした瞬間に襲われるのだ。

 ある時は、この基地の宿舎を思わせる一室で・・・
 またある時は、シャワールームや、横浜基地の屋上で・・・
 そのほかにも、薄暗い野外での時もあった・・・

 それらと同じような白昼夢だと思うには、アレには現実感がありすぎた。

 ならば、何かリハビリの過程で演劇の練習をすることになって、純夏が武に告白をしていたとか、息が荒いのはその練習が激しいものであったとか・・・
 しかし、そんなツギハギで現実感のない理由を考え出して自分を慰めることは、冥夜にとっては恥ずべきことであり、現実と向き合えきれない自身の弱さに嫌悪を抱くことにしかならなかった。


 ならば、一体何が悪かったのだろうかと冥夜は考えると、最近は武とまともに会話をしていない自分に気が付いた。

 思えば、あの白昼夢を見るようになってからだ。
 なぜ自分がそのような淫夢に襲われるのかは見当もつかない。
 しかし、その所為で武の顔を恥ずかしさでまともに直視することも話をすることも出来なくなっていたのだった。

 結局、自分の不甲斐なさが招いた結果なのだと思うと、心が薄暗く濁って逝くのを感じていた・・・


 気が付けば、冥夜は屋上へと足を運んでいた。
 海から運ばれてくる冷たく肌を刺すような風を感じていると、ふと違和感き気付き、自分の頬に手をやった。

「――――― 私は・・・泣いているのだな・・・・・・」

 この世界はおかしいと思っていた。
 しかし、本当におかしいのは世界だろうか?
 実は自分こそがおかしくなってしまったのではないだろうか?

 この世界に来る前は、泣くことなどほとんど無かった、いや許される立場では無かったからだ。
 それにいやらし白昼夢に悩まされる事などもなかった。
 ・・・・・・ そして、これほど強く武を求めている事もなかったはずであった。

 武とは絶対運命で結ばれている確信はあったし、彼のことを思うと心が温かくなって穏やかになれた。
 しかし、今の自分はどうだろうか?

 気が付けば四六時中、武の事を考え、その姿をいつも目で追っていて、見当たらないと寂しさに心が痛んだ。
 その匂いや顔を見ると、頭の奥が痺れて発熱を抑えることが出来なくなっていた。
 もっと武に近づきたい・・・ 側にいたい・・・ その体熱を感じていたい・・・
 夜、彼の布団にコッソリと忍び込むのが何よりも楽しみになっていた。
 しかし、楽しいことばかりでは無かった。
 武をあまりにも強く想い過ぎる自分に不安を隠せない。
 それは、武が鑑や他の女と楽しそうに話をしている姿を見ると、心の中に黒い感情が吹き出してくるのを感じていた。
 鑑のリハビリの手伝いをする武を見ていることが出来なかった。
 鑑が武の布団に入っているのを見ると、たらなく嫌な気分になった・・・
 まだ身体を上手く動かせない鑑なら、例えば階段の上から突き落としてやれば・・・・・・

 そう、この世界に来てからの自分はおかしい。
 まるで愛欲の病に捕らわれた女そのものだと冥夜は思う。
 自分はそんな人間では無かったし、人を想うことにこれほどまでに苦しく暗い想いをしたことはなかったはずであった。

 そうして、冥夜は叔父上から、『御剣』の後継者候補の証として手渡されていた愛刀 『皆流神威』 を見た。

 おかしいのは自分ばかりではない。
 この皆流神威もまたおかしいかったのだ。

 この世界で自分達が発見されたとき、私の唯一の持ち物がこの皆流神威であったと夕呼からは聞かされていた。
 自分は毎日この刀の手入れは欠かしたことは無い。

 だからこそ、鞘についていた見覚えのない細かな傷や少し手入れのなっていない柄などを見たとき、これが本当に自分の 『皆流神威』 であるかどうか疑問に思うのだった。
 
 冥夜は皆流神威を抜刀すると、その白刃に目を細める。
 昔はもっと鮮やかに真っ直ぐな刃紋の輝きを放っていた気がした。
 今はといえば、何処か滲んだ艶妖な光を放っていて、まるで妖刀の趣を持っている。


―― いっそう、これで何もかも壊してしまえば楽になれるかもしれない・・・・・・


 そう思うと冥夜は皆流神威を刀に納めた。
 冥夜は涙を拭うと屋上のコンクリートの上に腰を下ろし、大の字になって仰向きに倒れた。


「一体私はどうすればいいのだ・・・ 月詠」

 この世界には居ない、自分の良き理解者に向って冥夜は呟いた。


 正直、冥夜はこれからどうしたら良いのか分からなかった。

 純夏と武が付き合っていたのだとしたら、自分はどうすべきなのだろうか?
 実は、自分が気が付かなかっただけで、2人は前から愛し合っていたのではないだろうか?
 自分の知らないところで、いつも2人は体を重ねていたのではないだろうか? 

 純夏は自分が武のことを好いていることは彼が目覚めていなかった時に話して知っていたはずだ。
 知っていながら、武と付き合うことになっても、それを自分に黙っていたとは一体どういうつもりなのだろうか?
 未だに武に告白出来ない私を2人は嘲笑っていたのではないだろうか?


 そんな風なドス黒い感情が胸の内から沸いてきては、打ち消していく。


 自分は人を見る目には自信はある。
 武はそんな人間では無いし、そのような人物なら例え将来の結婚の約束があったとしても、自分は彼を受け入れるつもりは無かった。
 純夏にしても、無邪気で明るく同性の自分から見ても、素直で可愛い人間だ。

 商談先で希に出会う、腹に一物を抱え決してこちらに感情を悟らせず、野心や悪意を持つ輩とは違うのだ。


 だから、2人は今日からつきあい始めたのかもしれない。
 きっと、部屋に戻れば2人は事の成り行きを話してくれて、晴れて2人が付き合いだしたことを宣言するかもしれない・・・

 それは、とてもめでたい事だと思う。
 自分は武のことも純夏の事も好きだ、2人が幸せになるのであれば心から祝福したい。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 そこまで考えて、冥夜は胃の中のモノを地面にぶちまけた。

「―――――― 気持ち悪いッ 」

 そんな結末は自分の身体が許さないとでもいう拒絶の現われだった。


 心がから望んだ武を、またしても失ってしまうということを  とても絶えられそうに無い自分がいた・・・
 

 こんな時、月詠がいれば一体どんな助言をしてくれるのであろうか?
 思えば、いつも彼女は自分の側に仕え、困ったとき、悩んだとき、立ち止まりそうになったとき支えてくれていたのだ。

 そんな彼女が居た世界よりも、自分は武の居るこの世界で生きていこうと決めたのだ。
 帰れるかどうかは分からなかったが、それでも自分は月詠より、武の事を選んだのだ。

 武を選んでおきながら、困ったときには居るはずの無い月詠に頼ろうとする・・・

 そんな自分に嫌悪を抱きつつ、月詠よりも武を選んだというのであれば、
 自分はこのまま武を失うことを黙って見過ごすことなど出来る筈もないことに気が付かされるのであった。

 ならば、鑑から武を奪うべきなのだろうか?

 鑑がどんな思いで武のことを好きなのかは自分も知っている・・・
 自分のいた世界では、鑑も同じく武を失った仲間でもあった。

 そんな彼女から自分は果して武を奪えるのであろうか?

 ・・・・・・・・・そこまで考えると、冥夜は何もかもが嫌になっていた。
 幸せは2人の間に割ってはいることなど自分には出来そうはなかった。
 いや、きっとそんなことをすれば、鑑との友情ばかりか武にも愛想を尽かされるに違いない。

 そうなれば、自分には本当に何もなくなってしまうに違いなかった・・・

 なら、この世界でこのまま2人の仲睦まじい様を見ながら生きていけということなのだろうか?


「・・・・・・・・・・・・・・・・帰りたい・・・」

 思わず冥夜はその言葉を口すると、後は止まらなかった。
 

 あの世界で 『もう会えない武』 に会いたいという気持ちが、こんな歪んだ世界に自分を引きずり込んだのだ!  
 ならば、帰ることを強く願えば、あるいは元の世界に帰れるのではないだろうか?



 冥夜自身でもそんな考えが馬鹿げているとは判っていた。
 そんな何の根拠も無い妄執に捕らわれるほか、冥夜にはこの想いをどうぶつけてもよいのかわからなかった。

―― 姉上に会いたい・・・
    月詠に会いたい・・・
    巽、雪乃、美凪達に会いたい・・・
    父上、母上に会いたい・・・
    この際、叔父上にだってでもいい・・・
    一刻も早く、私を元の世界に戻してくれッ・・・
    もう武のことは良いッ・・・ だから私を元の世界に戻すのだッ!!

 冥夜は必死に必死に必死に必死に、念じた。
 こんなことをしても無駄だという気持ちさえ心の隅から追い出そうと必死に念じた。

「――――――― 私を元の世界に帰してくれッ!!
 私はもう良いッ!! タケルのことは諦めたから・・・ 御願いだからもう・・・この世界には・・・ 居たくは無いのだ・・・・・・」

 冥夜は立ち上がり、天に訴えるように叫んでいた。
 誰かがその言葉を聞いているかもということさえ、どうでも良かった。
 もし、そんな言葉を大声で叫んでいるのを知られれば、きっと頭がおかしい人間だと思われただろうが形振り構わず精一杯を込めて叫んだ。

 そして叫んで、叫んで、叫んだ後に・・・ 冥夜は崩れ落ちるように膝を付くのであった。

「ハハハ・・・ 馬鹿馬鹿しい・・・ こんな事をして何になるというのだ・・・・・・」

 叫んだぐらいで帰れるわけがない・・・本当はそんなことは判っている・・・ しかし、冥夜にはそうせずには居られなかった。

 乾いた筈の涙はまた溢れ、両手をついた地面を濡らしていく。
 一体、いつから自分はこんな無様な人間になってしまったのか?

 武を姉上に奪われた時からであろうか?
 それとも、あの世界で武が死んでしまった時だろうか?
 この世界にやってきた時だろうか?
 鑑に武を奪われたことを知ったあの瞬間からか?

 ・・・・どちらにしても、考えて無意味なことであった。
 とにかく、武は鑑を選んだのだ。 
 そして、武はこんな惨めな私を選ばなかったという事実だけが残されたというだけであった。

 もはや、冥夜には武と純夏の事実を問いただす勇気が残ってはいなかった。
 2人が嬉しそうに付き合っていると言うのを聞いてしまえば、自分が何をするのか考えただけでも恐ろしく、彼女は屋上の端の方へと歩いていく。

「元の世界に帰れぬというなら、私が消えればよいだけか・・・」

 そう言って、安全のために備え付けられている金網に冥夜はしがみつく。

 この屋上から飛び降りてしまえば、いっそ楽になるかもしれない・・・
 自分が死ねば、少しは武は自分の心に残るであろうか?


 そんなことを考えて彼女はまた涙する。
 自殺など、心の弱い者がするものだと考えていた。
 だが、『御剣』 というものを背負わない自分がいかに弱いかを思い知らされた。

 そして、冥夜は金網を乗り越え、屋上の隅に立つ。
 あと一足、歩みを進めれば、全てが終わるその地点に来ると、彼女も自然に足が震えてくる・・・


 冥夜は気を紛らわそうと荒れ果てた大地を見る。
 BETAと呼ばれる地球を侵略する宇宙人が存在する狂気の世界。 奴らによって焦土と化した街並み。 いずれ滅びる人類・・・

 今の自分はおかしい・・・ しかし、それ以上にこの世界は狂っているのだ・・・・・・

 ならどうして、自分は死ななければいけないのだろうか?

( 私より先に この世界が滅びるべきだ )

 そうなってしまえばいい。 自分は死ぬ必要など無い。 何もかもメチャメチャになればいい……

「この世界が絶望に満ちているというなら、なぜまだ存在しているのだ? 
 こんな世界にやってこなければこんな思いはしないですんだのだ・・・
 さっさと滅んでしまえばいい・・・」

 自殺をする気が失せ、殺意と闇のような感情を纏って冥夜ほ思わず呪詛を吐いた。







 次の瞬間、その願いが聞き遂げられたかのように、けたたましく横浜基地全域に警報が鳴り響いていた。











      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・













「クスクス・・・フフフ・・・・・・アハハハハハハハーーーーーーッ!!!」

 冥夜は、屋上の真ん中で思わず笑い転げてしまっていた。


 彼女は一度、警報の正体を知るべく基地に戻った時に、国連の事務次官と夕呼達の一団に出会いそうになった。
 今の自分を他人に見られることを恥ずかしく思った冥夜はスッと物陰に隠れていると、夕呼達の話から偶然にも現在鳴り響いている警報の話を盗み聞く事が出来たのであった。



「駆逐艦がコントロールを失って落下中か・・・ しかも、その軌道が横浜基地を直撃するコースだと? ハハハ・・・本当にふざけた話だッ!!!」

 再び屋上に戻ってきた冥夜は床で、さも可笑しそうに腹を抱えて笑い転げている。
 本当に馬鹿げた話だと思った。

 あれほど、元の世界に帰りたいという願いは聞き遂げられず、滅びを願った気持ちが こうも簡単に成就するとは、悲劇を通り越して喜劇でしかない。

 本当にこの世界は、自分が作り出した狂気そのものではないのだろうかと彼女は思い始めていた。

 話によると通信途絶で制御不能のその駆逐艦は加速を駆けながら落下しており、その内部には大量の爆薬が積載されているということで、
 現在迎撃の準備が進められているが、その撃ち落としは困難を極めるというものであった。
 そして、迎撃に失敗し基地に落下して誘爆を起こせば基地は壊滅するということである。

「あと15分でここも壊滅か・・・」

 なんとなくソワソワした気分になり 冥夜は屋上の扉の方を見た。
 
「タケル達はちゃんと避難したのだろうか?」

 防衛体制警報が敷かれた場合、自分たち民間人は速やかに指定のシェルターに避難することになっている。
 夕呼の話では迎撃に失敗して駆逐艦が墜落すれば最低でも地下4階までは完全にダメになるらしい。
 自分たちの住居は地下19階にあり、武達はきちんと避難をしていれば駆逐艦が墜落しても運が良ければ助かるかもしれないらしい。

 冥夜の心も今となっては、みんな消えてしまえばいいと思うと同時に、やはり武には生きていて欲しいという複雑な気持ちになっていた。
 
 ジッと扉の方を見ていた冥夜であったが、屋上から東の方に見える建物の方に動きがあり、そこに注視する。
 その巨大なリフトを完備した建物の屋上では、戦術機と呼ばれるロボット兵器が動いており、ライフルに似た戦術機サイズの巨大な長銃のセッティングをしているようであった。

「あれは確か・・・ 不知火という機体であったか? まさかあのライフルで接近する駆逐艦を打ち落とすのであろうか?」

 冥夜はこの世界の戦いの定石など知らない。
 それでも、なんだかこの作戦には無理があるような気がして少し笑いが漏れた。

 自分としては むしろ駆逐艦は落とされない事をを望んでいるのだ。
 なのに失敗しそうな作戦を見ていると不安になってしまう自分が何処か可笑しく思えるのであった。
 そして、その戦術機の作業をぼーっと見ていると、なぜかそのパイロットの事が気になった・・・

「・・・・・・デジャヴという奴か?」

 前にも同じ事を体験している・・・ ふとそんな感覚に囚われていた。
 あのロボットに乗っているパイロットが 何となく元の世界のクラスメートの珠瀬壬姫のような気がして、その感覚を打ち消すように頭を振った。

「ありえないな・・・ そんなことは・・・」

 なぜ自分がそんなことを考えたのか冥夜には判らない・・・ 
 ただ、それはよく見る白昼夢のような不思議な現実感を伴ったものでそのことが冥夜を酷く混乱させるのであった。

 冥夜が魚の小骨が喉の奥に詰まったような不快感でいると、突然 戦術機が作業をしていた方角の方で爆音と大気を震わす振動が襲いかかってきた。
 そして、中空の一点に向けて放たれた閃光を冥夜は見た・・・
 
「打ち落としたのであろうか?」

 ここにいても、現状がどうなっているのかはわからない。
 だから、冥夜は戦術機の動きを目を凝らしていると、再度 先ほどと同じような爆音と閃光とがライフルから発射されるのを見た。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう一発あるな」

 彼女はそう思った。
 そして、冥夜の予測通りライフルを構えた不知火は弾丸の装填作業を行ない、3発目の弾丸を爆音を伴って空へと放っていたのだった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ フフ・・・ 外したではないか? フフフ・・・ アハハハハハハハーーーーッ! これでこの基地は終いではないかッ!!!」

 冥夜の位置からはその着弾が見えているわけではなかった。

 だが、彼女はアレが外れたこと直感的に・・・ まるで歴戦のスナイパーが自分の放った弾丸の行方を言い当てるように、ただ冥夜はこの作戦の失敗を理解した。
 事実、そのリフトの上の戦術機の周りではなにやら騒がしく動きがあるようであったが、冥夜はというと、ライフルを構えた戦術機には興味を無くし ただ屋上のドアの方を何かを期待するかのように見つめるだけであった。

 しばらくすると、今度は西方にある廃屋が建ち並ぶ戦術機の演習場の方に動きがあり、冥夜はそちらの方に興味を持った。
 およそ10機近くの戦術機が展開されており、しかし その装備は長刀や87式突撃砲といった、およそ駆逐艦迎撃にはそぐわないことは 彼女の目にも見て取れた。

 一体何がはじまるのか 冥夜は関心を向けていると、ふと演習場の瓦礫の隙間に動く人影を目撃し、彼女は思わず走り出していた。


「――――― あれは、タケルだ・・・ タケルに違いないッ!!!」

 遠目から確認できた訳ではない。
 それでも冥夜は、確信を持って叫んでいた。

 彼女は屋上のドアを飛び出て 階段全速で駆け下り 2階までたどり着くと、そこから一気に窓から飛び降りた。
 着地時に足に強く負荷が掛かりもしたが、気にしている余裕など冥夜には ありはしなかった。

 自分が屋上にいたのは、最初は駆逐艦の迎撃が成功するかどうかをこの目で確かめたかったからなのだと思っていた。
 しかし、本当はそうではなかった。 
 
 今更ながら、自分がなぜ屋上のドアをしきりに気にしていたのかを理解した。

 武が来てくれることを待ちわびていたのだった。 
 武が自分を心配して探しに来てくれることを心の何処かでずっと願っていた。

 この非常時に自分がシェルターに居ない事に気付いて屋上に来てくれるのではないだろうか?
 そんな甘い期待を自分が抱いていたことに彼女は気が付いたのだった 。


 運動場を越え、演習場へと一直線の足場の悪い森の中の道を 冥夜は懸命に走った。

「――――― タケルッ! タケルッ! タケルッ!!」

 叫ばずにはいられなかった。 タケルに早く自分の存在に気付いて貰いたかった。

 あと何分、この地上の平穏が保たれるのか、冥夜には判らない。
 駆逐艦の迎撃に失敗したのであれば、待っているのは この地を焼き尽くす業火の結末のみであったから・・・
 しかし 冥夜にとってはそのことも、人生最後の瞬間を武と共に過ごせるのなら、甘美な誘惑にさえ思えていた。

 ただ、その最期の刻を武と共に過ごしたい・・・
 冥夜はそんな想いに身体が満たされる。

 早く、早く、早く、その胸に飛び込んで、武の体温を感じたくて堪らなかった。
 そして、気が付けば瞼からは涙が溢れかえっていた。

「――――― タケルッ! タケルッ! タケルッ!タケルッ! タケルッ! タケルッ!!!」

 冥夜は叫びながら森を抜け、ついには演習場へと辿り着く目前までやって来る。

(もう少し・・・ もう少しでタケルに会えるのだッ!! もうタケルと結ばれなくても良いッ! ただただ、共に死ねるなら・・・・・・)

 ああ自分は何て幸せ者なのだろうと冥夜は思う。
 やはり、自分と武とは 『絶対運命』 で結ばれていたのだと実感した。

 有頂天になっていた冥夜は、だからこそ 一瞬反応が遅れた。














  ――――――――――



















「クスクス・・・フフフ・・・・・・アハハハハハハハーーーーーーッ!!!」

 冥夜は、屋上の真ん中で思わず笑い転げてしまっていた。


 彼女は一度、警報の正体を知るべく基地に戻った時に、国連の事務次官と夕呼達の一団に出会いそうになった。
 今の自分を他人に見られることを恥ずかしく思った冥夜はスッと物陰に隠れていると、夕呼達の話から偶然にも現在鳴り響いている警報の話を盗み聞く事が出来たのであった。



「駆逐艦がコントロールを失って落下中か・・・ しかも、その軌道が横浜基地を直撃するコースだと? ハハハ・・・本当にふざけた話だッ!!!」

 再び屋上に戻ってきた冥夜は床で、さも可笑しそうに腹を抱えて笑い転げている。
 本当に馬鹿げた話だと思った。

 あれほど、元の世界に帰りたいという願いは聞き遂げられず、滅びを願った気持ちが こうも簡単に成就するとは、悲劇を通り越して喜劇でしかない。

 本当にこの世界は、自分が作り出した狂気そのものではないのだろうかと彼女は思い始めていた。

 話によると通信途絶で制御不能のその駆逐艦は加速を駆けながら落下しており、その内部には大量の爆薬が積載されているということで、
 現在迎撃の準備が進められているが、その撃ち落としは困難を極めるというものであった。
 そして、迎撃に失敗し基地に落下して誘爆を起こせば基地は壊滅するということである。

「あと15分でここも壊滅か・・・」

 なんとなくソワソワした気分になり 冥夜は屋上の扉の方を見た。
 
「タケル達はちゃんと避難したのだろうか?」

 防衛体制警報が敷かれた場合、自分たち民間人は速やかに指定のシェルターに避難することになっている。
 夕呼の話では迎撃に失敗して駆逐艦が墜落すれば最低でも地下4階までは完全にダメになるらしい。
 自分たちの住居は地下19階にあり、武達はきちんと避難をしていれば駆逐艦が墜落しても運が良ければ助かるかもしれないらしい。

 冥夜の心も今となっては、みんな消えてしまえばいいと思うと同時に、やはり武には生きていて欲しいという複雑な気持ちになっていた。
 
 ジッと扉の方を見ていた冥夜であったが、屋上から東の方に見える建物の方に動きがあり、そこに注視する。
 その巨大なリフトを完備した建物の屋上では、戦術機と呼ばれるロボット兵器が動いており、ライフルに似た戦術機サイズの巨大な長銃のセッティングをしているようであった。

「あれは確か・・・ 不知火という機体であったか? まさかあのライフルで接近する駆逐艦を打ち落とすのであろうか?」

 冥夜はこの世界の戦いの定石など知らない。
 それでも、なんだかこの作戦には無理があるような気がして少し笑いが漏れた。

 自分としては むしろ駆逐艦は落とされない事を 望んでいるのだ。
 なのに失敗しそうな作戦を見ていると不安になってしまう自分が何処か可笑しく思えるのであった。
 そして、その戦術機の作業をぼーっと見ていると、なぜかそのパイロットの事が気になった・・・

「・・・・・・デジャヴという奴か?」

 前にも同じ事を体験している・・・ ふとそんな感覚に囚われていた。
 あのロボットに乗っているパイロットが 何となく元の世界のクラスメートの珠瀬壬姫のような気がして、その感覚を打ち消すように頭を振った。

「ありえないな・・・ そんなことは・・・」

 なぜ自分がそんなことを考えたのか冥夜には判らない・・・ 
 ただ、それはよく見る白昼夢のような不思議な現実感を伴ったものでそのことが冥夜を酷く混乱させるのであった。

 冥夜が魚の小骨が喉の奥に詰まったような不快感でいると、突然 戦術機が作業をしていた方角の方で爆音と大気を震わす振動が襲いかかってきた。
 そして、中空の一点に向けて放たれた閃光を冥夜は見た・・・
 
「打ち落としたのであろうか?」

 ここにいても、現状がどうなっているのかはわからない。
 だから、冥夜は戦術機の動きに目を凝らしていると、再度 先ほどと同じような爆音と閃光とがライフルから発射されるのを見た。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう一発あるな」

 彼女はそう思った。
 冥夜の予想通り ライフルを構えた不知火は 弾丸の装填作業を行ない、3発目の弾丸が爆音を伴って空へと放っていく。
 それを見た彼女は思わず顔が歪んでいた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ フフ・・・ 外したではないか? フフフ・・・ アハハハハハハハーーーーッ! これでこの基地は終いではないかッ!!!」

 冥夜の位置からはその着弾が見えているわけではなかった。

 だが、彼女はアレが外れたこと直感的に・・・ まるで歴戦のスナイパーが自分の放った弾丸の行方を言い当てるように、ただ この作戦の失敗を理解した。
 事実、そのリフトの上の戦術機の周りではなにやら騒がしく動きがあるようであった。
 しかし、冥夜はというと ライフルを構えた戦術機には興味を無くし ただ屋上のドアの方を何かを期待するかのように見つめるだけであった。

 しばらくすると、今度は西方にある廃屋が建ち並ぶ戦術機の演習場の方に動きがあり、冥夜はそちらの方に興味を持った。
 およそ10機近くの戦術機が展開されており、しかし その装備は長刀や87式突撃砲といった、およそ駆逐艦迎撃にはそぐわないことは 彼女の目にも見て取れた。

 一体何がはじまるのか 冥夜は関心を向けていると、ふと演習場の瓦礫の隙間に動く人影を目撃し、彼女は思わず走り出していた。


「――――― あれは、タケルだ・・・ タケルに違いないッ!!!」

 遠目から確認できた訳ではない。
 それでも冥夜は、確信を持って叫んでいた。

 彼女は屋上のドアを飛び出て 階段全速で駆け下り 2階までたどり着くと、そこから一気に窓から飛び降りた。
 着地時に足に強く負荷が掛かりもしたが、気にしている余裕など冥夜には ありはしなかった。

 自分が屋上にいたのは、最初は駆逐艦の迎撃が成功するかどうかをこの目で確かめたかったからなのだと思っていた。
 しかし、本当はそうではなかった。 
 
 今更ながら、自分がなぜ屋上のドアをしきりに気にしていたのかを理解した。

 武が来てくれることを待ちわびていたのだった。 
 武が自分を心配して探しに来てくれることを心の何処かでずっと願っていた。

 この非常時に自分がシェルターに居ない事に気付いて屋上に来てくれるのではないだろうか?
 そんな甘い期待を自分が抱いていたことに彼女は気が付いたのだった 。


 運動場を越え、演習場へと一直線の足場の悪い森の中の道を 冥夜は懸命に走った。

「――――― タケルッ! タケルッ! タケルッ!!」

 叫ばずにはいられなかった。 タケルに早く自分の存在に気付いて貰いたかった。

 あと何分、この地上の平穏が保たれるのか、冥夜には判らない。
 駆逐艦の迎撃に失敗したのであれば、待っているのは この地を焼き尽くす業火の結末のみであったから・・・
 しかし 冥夜にとってはそのことも、人生最後の瞬間を武と共に過ごせるのなら、甘美な誘惑にさえ思えていた。

 ただ、その最期の刻を武と共に過ごしたい・・・
 冥夜はそんな想いに身体が満たされる。

 早く、早く、早く、その胸に飛び込んで、武の体温を感じたくて堪らなかった。
 そして、気が付けば瞼からは涙が溢れかえっていた。

「――――― タケルッ! タケルッ! タケルッ!タケルッ! タケルッ! タケルッ!!!」

 冥夜は叫びながら森を抜け、ついには演習場へと辿り着く目前までやって来る。

(もう少し・・・ もう少しでタケルに会えるのだッ!! もうタケルと結ばれなくても良いッ! ただただ、共に死ねるなら・・・・・・)

 ああ自分は何て幸せ者なのだろうと冥夜は思う。
 やはり、自分と武とは 『絶対運命』 で結ばれていたのだと実感した。

 有頂天になっていた冥夜は、だからこそ 一瞬反応が遅れた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・・


――――――― 地響きと激しい揺れが突然大地を襲ってきたことに彼女は対応できず、体勢を崩し、前のめりになって地面に両手をついた。

「―― な、何なのだ・・・ この揺れは?」

 武との逢瀬を邪魔するこの地震を忌々しく思いながら冥夜は状況を確認する。
 唐突に起きた揺れはより激しさを増しており、彼女は立つことも叶わなくなり 身動きさえも とれなくなってくる。

「あと・・・あと少しだというのに・・・・・・」

 歯を食いしばりながら揺れが収まるのを冥夜は待っているしか無かった。
 それでも彼女は武を探そうと目を凝らして辺りを見回していると、前方300m先で 徐々に地面がせり上がって来ているのが見えたのだった。

 そして次の瞬間彼女も唖然とした。

 大地が盛り上がったかと思うと、突然噴火を起こす活火山のように中空へと土砂が立て続けに3度、轟音を供なって巻き上がったのだ!!
 そして、その粉塵の中からは、これまで見たこともない巨大で奇怪な 大きな1つ目の生物らしき物体が姿を現わしていた・・・

「―――――――ア、アレは・・・ いったい・・・・・・?」

 辛うじて、冥夜はそう声に出すことが出来た。

 その冥夜の目前に現われた化物・・・ 国連軍では重光線級BETA、俗称「マグヌス ルクス」と呼ばれる化物は、白亜紀に生息したという肉食恐竜を思わせるほどの大きさでありながら、そのフォルムは恐竜たちとはとても似あわないもので馬の蹄を持った2本足に魚を思わせる尾ヒレを持ち、その胴体は一見ブヨブヨとした脂肪の塊を積み上げたような腹部の上に、背には出来損ないの翼、その頭部は4メートル近くある巨大な眼を思わせるレンズによって出来ており、生理的な嫌悪と嘔吐を誘う容姿であった。

 その姿に、冥夜は足が震え 腰も抜けてしまい、大地の揺れが収まった後も暫くは動くことが叶わないでいた。

 このような奇怪な化物に自分は殺されるのだろうか?
 武と共に死ぬどころか、全く未知のグロテスクな存在に無残に殺された自分を想像して、彼女は息を呑んだ・・・

 だが、化物達は冥夜の予想を反し 地下から現われただけで その場から決して動こうとはしなかった。
 その間に演習場に展開していた戦術機達は化物の周りを包囲するように配置を完了すると、奴らに向って銃を突きつけていた。
 そして、3体の化物達はそれに呼応するかのように一斉に西方へと向きを変えると、その次の瞬間  空のある一点に向って一直線に光の帯を解き放ったのであった・・・・・・

 そのことに一体なんの意味があるのか冥夜にはすぐに判った。
 その方角が先ほど長距離砲を装備した戦術機が砲撃したものと同一であることから、迫り来る駆逐艦を狙ってレーザーが放たれたのだと彼女は理解した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 おそらく、あの化物共は駆逐艦を撃墜したのであろう・・・
 そんな風に冥夜が思っていると今度は化物共の周りに待機していた戦術機の方に動きがあった。

 彼らは構えた銃器から一片の慈悲もなく 大きな破裂音と共に金属の固まりを発射した。 
 そのことによって奇怪な化物共はその肉片をまき散らしながら崩れ落ちたのだった。


 冥夜はその一連の出来事を、現実感を欠いたままただ呆然と見ているしかなかったが、その光景が酷く歪で奇妙なものに映って見えた。

 一見すると国連軍のロボットが、銃器で化物達を脅かしてレーザーと思われるモノを発射させた様にも見える。
 だが、両者の間には一切のコミュニケーションが見当たらず、ロボットが銃器を発射しても彼らは何事もなかったかのように
 ただの肉塊へと変わり果てていくだけであったからだった。

 銃を撃つ方も、撃たれる化物もそこには何の感情の起伏も無いまま ごく自然な光景のような趣で行なわれた一方的な殺戮から
 とにかく 『アレ』 が、人類の敵でありこの地球を侵略する宇宙人の仲間であるBETAと称される存在なのだと冥夜も理解した。

 その直後、戦術機の小隊は重光線級の死骸に一瞥をくれただけで、基地へと帰投しようとする。
 それに気付いた冥夜は慌てて近くの物陰に隠れると、飛び去っていく機体を静かにやり過ごすのであった・・・







  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







「・・・・・・・・・タケル・・・タケル・・・・・・タケルぅ・・・」

 そんな声が、朽ちた建物が広がる、戦術機の演習場に響いていた。
 それは人を探す声にしては あまりにも小さく、迷子の子供が親を求めるような声であった。

 ここに向かう時の武を求める高揚感はすでに無く、今はただ激しい不安を寂しさで気持ちが一杯だった。

 この世界の人類が戦うべき敵。 その宇宙人・・・ 『 Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race 』・・・ 通称 『BETA』 。 
 その姿を目の当たりにして冥夜は酷く動揺していた。

 その醜悪で不気味で巨大な姿を一目みて、冥夜は身体が震え、発汗が止まらず、動悸の激しさを抑えられなくなっていた。
 アレを見た瞬間、頭は何も考えられなくなり、身体は死を予感して引きつり動けなくなっていた・・・

 武と共に死ねることには甘美な味わいがあると思っていた。
 だが、アレを前にした時、その 『死』 というものは、虚無であり絶望であり 人の生というものには何の一片の価値も無いという現実感が突きつけられていた。

 その人類というものを否定するアレの存在感に冥夜は恐怖を覚えていた・・・

 その姿を思い出そうとするだけで冥夜は 理由も無く 怒りと恐怖、そして絶望の感情に叩き落されてしまう。
 それほどの存在が、今まで世界に在るとは彼女は思っても見なかった。
 今までみんな死ねばいいとか、少しでも武や鑑も死んでしまえばいいなどと考えていた自分が いかに何も知らない人間であったかを思い知らされていた。

 そして、この世界の人間達が、あのような化物共と その生存をかけて死闘を繰り広げていたということを知って、少なからずショックを受けるのであった。

(私は・・・私は・・・ただ震えて動けなかった・・・・・)

 冥夜は御剣を継ぐために幼少の頃から鍛錬を重ねてきた。
 だから、彼女は自分の強さというものに多少なりとも自信はあった。
 だが、武一人の存在に自身の心は掻き乱され、そして あの化物に出会った時の己の体たらくを鑑みると果して自分は本当に強かったのかどうか判らなくなっていた。

 そして、自分はもうあのような化物がいた場所には居たくはない。
 本当なら、一刻も早く基地へと引き返したかった。
 しかし、この近くに武がいると思うとその胸元こそが自分の一番の安らぎだと感じ、彼女は瓦礫の中を宛もなく彷徨うのであった。


「タケル・・・一体どこに隠れているのだ? そこに居るのであろう? ・・・・・・意地悪をしないで出てくるのだ・・・」 

 涙ぐみながら冥夜は、もう何度目かは判らないくらいに誰もいない廃墟の暗闇に向って声を投げかけていた。
 その涙は武に会えるという喜びからではなく、既に心細さで泣きそうになっていただけだった。

―― まったく我がそのようなことでどうする!! 御剣冥夜として恥ずかしいぞッ!!

 頭の隅の醒めた部分では、そんな自分を叱責する声が聞こえた気がした。
 だが、今の冥夜にはそんなモノに構っている余裕など無かった。
 それは、今では あの人影が本当に武だったのか不安になっていたからだった。

 すでに、辺りは探索をし尽くし 調べていない所といえば、残るはあの巨大な化物共が出てきた大穴とその死骸が散乱する一角のみとなっている。
 その場所は奴らが死んでからまだそれほど時間が経っていないにもかかわらず、既に腐臭が漂っており冥夜も出来うる限り近づきたくはなかった。

 そんなところに武が居るとは到底思えなかった。
 それでも万が一ということも考えて、辺りを警戒しながら亀裂の入った地面に気を付けながら化物の肉塊が飛び散っている領域へと足を踏み入れようとする・・・・

 だが、その前に地面に開いた大穴がある方角の方から何か物音がした。
 冥夜は心を落ち着かせながら武の名を呼び、音がする方に近づいていき、『ソレ』 を目撃した。

 『ソレ』 は、大きく開いた地面の穴から出てきたのか、それともあの巨大な化物の死骸の中から現われたのか、彼女には分からなかった。
 もしかすると、自分が武だと思った人影は 『ソレ』 であったのかもしれない。

 『ソレ』 は約冥夜の2倍もの全高を持ち、犬の後ろ足に似た大きな2本足で立ち、股間部にはグロテスクな毒針と思わせる突起。
 人間の肩や腕にあたるものは持ってはいないが、代わりにその顔には象のような鼻とその先端部に人の頭も鷲掴み出来そうな手に似た触手と10程度の眼を付けており、頭部は奇形のように膨らんだ 『 闘士級(ウォーリアー級) 』 と呼ばれる小型種BETAであった。

 奴が何をしていたのか、冥夜には分からない。 
 ただ 『ソレ』 は、冥夜の顔を確認するとまるで興味を持ったように反応し、人間を遥かに超える凄まじい速度でもって こちらに近づいてきた。



 不思議な感覚だった。

 冥夜の心はちりぢりに乱れ、只その化物の存在に恐怖した・・・ 
 逃げるべきか、叫ぶべきかどうすればよいかも判らなかった。
 あと数秒、立ちすくんでいるだけで 自分は死ぬのだと判った。

                     ―――――――――――  この世界は優しくはない

     痺れた頭の何処かでそんな言葉が浮かんでいた。


 他方、冥夜の身体の方は、混乱する気持ちとは裏腹に 全力で生き残る準備を整えようとしていた。

 体は勝手に右手を動かし 『皆流神威』 に手を掛けると素早く抜き放ち、
 奇怪な化物の初撃に合わせ、カウンターを仕掛けようと上段の構えに大きく振りかぶろうとしている・・・・・・


 その直後、冥夜はその化物に体当たりを食らわされて、5メートル近く吹き飛んでいた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!」

 ―――――― だが、カウンターには手応えはあった。

 冥夜は素早く受け身をとると 自身の乱れ戸惑う心に活を入れると、その思考を無心へと追いやった。

(・・・・・・・・・・・・・・・)

 そして、現在置かれている死地からどう離れるかの算段のみに集中を切り替えていく。

 もし奴の身体に 突き を入れていたら、おそらく皆流神威を失っていた・・・
 日本刀は本来 切る ことに特化した刀であり、奴の肉体の硬さを考えれば一度突いてしまえば、引き抜くチャンスなど無いからである。

 化物の表皮の硬さ、動きの俊敏さには、無現鬼道流剣術免許皆伝の冥夜でさえ身震いがした。
 自分の腕ならば、分厚い鋼鉄の金庫の壁さえ 『皆流神威』 で粉砕することは可能だ。

 だが、カウンターによって化物の右頭部と脚部の一部を切り落とすことができただけであった。
 そして、

 あのカウンター時、もう少し冷静に対応していたならば、奴の動きを封じるべく奴の足を薙ぎ払って動きを止めることが先決だったのだろうか?
 だが、おそらく奴もBETAと呼ばれる宇宙人の仲間で、既存の生物と同じ観点で相手を見ていれば命取りになると思った。

 薙ぎ払いではどうしても踏み込みが甘くなり上段ほどの破壊力は見込めない・・・ 故に奴の足一本を切り落とせていたかどうか怪しかった。
 そう思えばこそ、自分は咄嗟の判断で最善の選択をしたことを実感した。

 そして、それをあの化物は気にした様子など無く、直ぐさま あの長い象の様な鼻を鞭のようにしならせて襲ってきた。
 だが、冥夜は相手と打ち合うことなく、牽制しつつ後退して距離をとろうとする。

 「ハァ・・・・ ハァ・・・・ ハァ・・・・」

 相手を こちらの武器は愛刀の皆流神威しかなく、相手の能力も不明、特に股間部の巨大な針には何やら滑るような体液が付着しており 厭な感じがした。
 化け物は右肩を失ってもさしたる苦痛も見せず、出血と思われる体液の流れも既に止まっている。

 生物的な形はしても、果してアレが宇宙から来た侵略者と言うのであれば、こちらの尺度で相手を測るのは危険すぎると判断した。

(  クッ!! 正直分の悪い戦いだッ・・・・・・ )

 冥夜はじりじりと化け物の負傷した右側に回り込むと一気に背を向けて走り出そうとした。
 だが、同時に化け物も冥夜へと襲いかかってきた!

(―――― やはりッ!!)

 冥夜は振り向き様に今度は襲ってきた化物に対し掬い上げるようなカウンターを放つッ!!

 ―――― タイミングは合っているはずであった。

 だが、奴の瞬発力は異常そのもので、冥夜の間合いから遥か後方へと飛び下がる。
 それでも、冥夜は一番危険視していた奴のグロテスクで巨大な針を相手の体から切り離すことは出来たのであった・・・

( この程度のフェイントに引っかかるとは、やはり見た目通り頭は悪そうだ・・・ しかし、何という俊敏力ッ! )

 どう考えても、奴の機動力を封じなければ、逃げ切ることは不可能だった。
 それをどう封じるべきかと考えようとした時、冥夜は辺りを漂う異臭にハッとした。

(――――――――― ッ!!)

 見れば、奴から切り離された巨針の 周りの地面が 強い強酸の臭いを発しながら溶けていた・・・

 嫌な予感がした。
 見た目には 皆流神威に変化は無い。 だが、その酸を浴びているのであれば著しく切れ味が落ちている可能性があった。

 だが、冥夜の焦りに関係無く、化物は再び 常軌を逸した速度で接近してきており、
 冥夜は 上段から今度こそ奴を真っ二つにするその意気込みで カウンターを試みた。

 しかし、化け物は冥夜のその間合いに入る直前、唐突に彼女の視界から姿を消す。

「―――― 上かッ!!」

 あまりに素早い動きで飛び跳ねた敵はあたかも消え去ったように見えたが、それでも彼女は反応し上を向く。

 化け物は人の片足ほどの太さもある象鼻を無理矢理 回して落下してきた。
 カウンターは可能。 
 だが、今の体勢では 碌なダメージを与えることは不可能。
 そう判断した冥夜は、直ぐさま真横に飛び 化物の攻撃を回避する。
 大きな衝撃を 地面に打ち付けながら着地した化物は、間をおかずして近くに居る冥夜に向い その象鼻の連撃を重ねてくる。

「ちいいいいぃぃぃーーーーーーーーッ!!!」

 たった一瞬の攻防で、冥夜は防戦一方に追い込まれてしまっていた・・・

 完璧な間合いと踏み込みがあってこそ、皆流神威を含む日本刀はその真価を発揮する。
 その間合いを確保するには、相手の速度が速すぎた!

 そして、冥夜は奴の石のように硬い長鼻を刀で受け流しながら、その過ちにすぐに気付いてた。
 本来切るために洗練を重ねた日本刀はあまり耐久性などない。
 その刃も切っ先から約20pまでの所にその研ぎ澄まされた本質が備わっているのだ。
 強酸を浴び、このような打撃を受けていれば遠からず この 『皆流神威』 といえど 何時までも耐えきれるものではなかった・・・


 唯一の武器が使えなくなる恐怖・・・ その一瞬の焦りは さらに自分の足を掬う。
 冥夜は強打に体勢を崩し、その鼻のすくい上げるような一撃を腹部に受けて宙に舞っていた。
 
 3メートルほど吹き飛ばされる冥夜は、腹部に走る激痛で今度は受け身もとることが出来ずに落下する。

「――――― ガハッ!!」

 痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!!
 神経が焼き切れるような激痛に彼女は一瞬、意識を持っていかれそうになる。
 しかし、目を見開いた冥夜は、その痛みにさえ構っている余裕など無かった 。

 自分の顔めがけて打ち落とされる硬い鈍器を思わせる象鼻を彼女は首を捻って避け、危うく死から免れる。
 そして、痛みとは無縁の境地に意識を無理矢理押し込めると、直ぐさま身体を引き起こし再度化け物と向かい合う。

 だが、もちろん事態は改善などしていない。
 先ほどと同じく振るわれる化物の狂鼻を 今度は迷いを捨てて 白刃が欠けようが構わず冥夜は受け流す。 

「―― ィッ!!!!」

 四合、八合、十合・・・絶え間のないその連撃に手足を痺らせつつも、化物の攻勢をしのいでいた。
 このような間合いでは、奴の肉を断ち切る事は叶わず、下手に斬りつければ、刃はその途中で止まってしまい、その白刃をへし折ってしまう危険性がある。

 故に 冥夜は ただ防戦一方を強いられて、反撃の機会を窺っていた・・・
 だが、手足に伝わる激しい痛みは、その思考も麻痺させ、腹部に受けた傷の激痛も徐々に再燃させていく。

―― 自分はこんな所で死ぬのか?

 凶暴に打ち出される鼻頭を防ぎながら冥夜ふと考える。

 どう考えても絶望的な状況であった・・・
 本当にあと一太刀この化物に入れるチャンスはあるのだろうか?
 ・・・・・・このボロボロになった白刃がこの化物の鋼のような肉体を断ち切ることなどありえるのだろうか?
 なら助けを期待するのか?
 でも、自分がここにいることは誰も知らない。
 基地に自分がいない事に気付く者が居るとすれば武と純夏だけだった・・・ 
 だが、もし 偶然にも武がここに現われたからといって事態は改善などしない。

 助かる道があるとすれば、武装した衛士達気まぐれにここを通るのを期待するしかなかった。
 しかし、皆流神威が上げる鋼の悲鳴と、自身のもう感覚すら失った両手を思えば、
 そんな気まぐれが起きる前に 自分の命が消えてしまっている未来の方が、容易く 想像出来た・・・

―――――― 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬしぬ死ぬしぬしぬ死ぬしぬシヌしぬシヌシヌシヌ


 そんな言葉で頭の中が埋め尽くされていく・・・・・・
 脳裏に浮かぶ惨めに頭を砕かれて死んだ自分の姿。
 次に浮かんだのは幸せそうに映る武と純夏が抱き合う姿。


(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 そんなモノを認められる筈がなかった。
 御剣に生まれたときから、自分は成功者であった。
 確かに多くの責務と責任を背負うことになったが、それは自身が御剣であればこそ苦にはならなかった。

 そして、自分はその成功をより多くの自分を支持し、付き従う者に享受させることこそ使命としていた。

 その全てを諦めて、この世界に残る決意をしていたのだッ!!!

                                   ――――― 全てはタケルのためだった

 それなのに、それなのに、それなのに、それなのに、それなのにッ!!!
 こんな所でこのような醜悪なものによって全てが台無しになろうとしている・・・・・・・・

 認められるはずが無い!! こんな事は、あってはならぬのだッ!!

「・・・死んで・・・ なるものか・・・・ 」



            私はまだ武に何も伝えていない・・・
            ここで死ぬことが自分の運命だとは思いたくないッ
            自分は絶対運命として武と結ばれなければ ココに居る意味など無いッ!!!



「――― このような場所でッ、 死んでたまるかあああぁぁーーーーーーーーッ!!!!!」



 冥夜は、次の化け物の一撃を 身を引いてかわすと刀の切っ先を奴の太股へと深くねじり込む。
 その瞬間、化物の象鼻の強打が襲いかかり、冥夜は刀を手放したまま、その体は呆気なく宙に舞っていた・・・・・・

 だが、彼女はその痛みにも耐えながら、何とか地面に上手く着地をすると、もはや化物の動向など確認せずに全力で基地に向って駆け出したのだった。
 その化物も冥夜を直ぐさま追おうとするが、股に突き立てられた日本刀に所為で不格好なまま追いかける羽目になっていた。

 冥夜はこの方法以外、自分が生き延びる手段が見いだせなかった。
 敵の機動力を封じ、逃走する・・・ それがこの状況下での最善の一手であった。

 しかし、冥夜にはずっと 『皆流神威』  を手放すことに躊躇いがあった。
 これは、御剣家の家宝の一つであり、幼少の頃叔父上から御剣家の継承者の一人といて託され自分にとってはこの命に等しい価値を持つものであった。
 そして、なによりこの世界で 唯一 自分を証明する持ち物だった。

 だが、皆流神威を犠牲にして走り去る冥夜は今、別の考えが浮かんでいた。
(結局、皆流神威を手放せなかった私はその時まで 『御剣』 に執着していたということか・・・)
 そう思えた瞬間、冥夜はその刀を失うことにもう戸惑いが無くなっていた。

 元の世界を捨て去って置きながら  未だに 『御剣』 に拘っていた自分に なぜか笑みが漏れていた。
 そして、絶対に生き延びてみせる、その一心で瓦礫の中を彼女は駆け抜けていく。

 すでに、幾度と無く受け止めた化物の攻撃や体当たりによって身体はボロボロになっている。
 早く走るために両手を大きく振るってはいるが、それは手先まで痺れており、上手く動いているどうかも判らなかった。
 全力で走っている気ではいたが、何度も躓き 転びそうになりながらも 一生懸命に走っていた。
 そして、後ろを振り向く間も無かった。

 相手の腿に突き刺した刀のお陰でどれだけ機動力を封じれたかも確認していない。
 ただ、奴は自分をおってきている事だけはその背後の気配から伝わってきている。
 それが2メートル後ろか10数メートル後かは判らない。
 しかし、もう自分には何も武器は無く、次にやり合えば  確実な死であることだけは実感できた。
 だから、冥夜は 形振り構わず 走りに走ったのだった。


 瓦礫を飛び越し、腕を大きく振るい、森に入りると最短ルートに目を配りながら 走った。
 迫り来る死の影に怯えながら とにかく走った。
 恐怖に顔が引きつりつつも、口からは激しい呼吸の間から笑いが漏れていた・・・
 それは端から見れば狂った笑いかもしれない。
 しかし、冥夜自身は狂っているわけではなかった。

 ただ、王道を目指すことを夢見た自分がこれほどまでに無様に成り果てながら逃げ出している様は どこか可笑しくて溜らなかっただけであった。

 御剣に属していた頃の自分は、例えその先に死が待っていても逃げることは許されなかった。
 自分は御剣を背負い、そしてその責任を果たさなければいけなかったから。
 そんな自分を 多くの者が支えてくれており、その者達の為にも 引くことは許されない、人生だった。
 だが、しがらみを本当に失った『自由』と言うものを、この死地において初めて実感した。

「冥夜は冥夜らしく・・・か・・・ そうであったなタケル・・・」

 いつか、そんな言葉を思い人から言われたことがあった・・・
 それが、どんな場面であった必死な彼女には気に掛ける余裕は無かった。
 ただ、思う通りに生きてみようと 冥夜は思った。

 そんな自分であれば、あるいは鑑から武を奪えるかもしれない・・・
 そう思えば、今の死に怯える状況からも、絶対に生き残るという気持ちになり、何やら自信さえ湧いてくる。
 脳内では狂ったようにアドレナリンが分泌し続けているのを実感する。

 あと800メートル
 その距離を走り抜ければ生き残れる!!
 いや、周辺を警備している兵士に気付いて貰うだけよい。

 そして絶対にこの想いを武に伝えよう・・・
 今の自分なら何だって言えるはずだ。

 嬉々とした気分で居ると、不意に冥夜の体が中へと浮いていた・・・

  ――――――ドゴンッ!!

 そんな嫌な音が遅れて耳に入ってきた。

 彼女の視界の天地が反転するのを確認すると激しい衝撃と共に地面へと背中から叩き付けられたのだった。
 冥夜が刀を突き刺した化け物は200メートル向こうから自分を追いかけているのが目の端に写っていた。

 だが、ソレとは別に、全くの無傷の同じ形をした化け物が目の前に立っていた。

「はは・・・あははははーーー・・・」

 自然と枯れた笑い声が浮かんでくる。

 全く 私はついていない・・・  
 己の運の無さに呆れて思わず冥夜は笑ってしまっていた。

「私が死ねば、武は悲しんでくれるだろうか?」

 悲しんでくれると嬉しいな・・・  何となくそんな風に思った。
 もし、やり直しが利くなら、今度はもっと素直に武に想いを伝えよう・・・
 姉上よりも鑑よりも、自分が一番武を思っていることを証明して見せよう・・・・・・

 最期に思い浮かべる光景は、目の前に立ちはだかるグロテスクな化け物であるべきでないと思い・・・     冥夜は目を閉じた・・・・・・


 ・・・・・・ 彼女の目には、武と初めて出会ったあの公園の砂場が浮かんでいた。

   武との出会い
   御剣の お家騒動で一時的に身分を隠して居たときのこと
   姉とはぐれて、一人ポツンと小さな公園にいると声を掛けてくれた優しい男の子が居たこと
   戸惑い心細くて、そんな自分が恥ずかしくて上手く話が出来なかったこと
   自分を励ますために、一緒に居てくれたこと・・・

   そこで交わされた タケルとの初めての約束

   姉上もいつの間にかやって来て、なぜか3人で結婚をするという約束になったこと
   厳しい御剣の家にあって、私が初めて私らしくあったと思えた 唯一の思い出・・・・・・ 
 


 そんな気分に浸ったまま 御剣冥夜 は、ヒト としての生を失った。 












  ――――――――――













 それは、奇妙な夢だった。
 初めて見る筈であるのに そうでないと、鑑純夏は夢見心地に思った。


――― 夢の中では、私の他には、幼馴染みのタケルちゃんがいた。
      そして、私たちは、変な化物に捕まっていた・・・

 化物達は、人間よりも二まわりほど大きく、つぶらな瞳をしたものや 頭は奇形の様に膨れあがったもの、象鼻を持ったもの、触手を持ったもの、淫靡な下半身をしたものなど様々な種類がいた。
 差し詰め  これらが宇宙人だと言われたら、なるほどと 私は納得できた。
 それくらい、地球の生物からは懸け離れた姿だった。

 でも、そんな化物達も私は取り立てて怖くはなかった。
 それが、夢であると分かっているせいか、側にタケルちゃんが居てくれるからなのか、それとも、彼らが決して自分に危害を加えることは無いと解っているせいなのか、よくわからなかった。

「これは、夢だ・・・」
 そう声に出してみると奇妙なリアリティがあった。

 そして、隣に居るタケルちゃんを見ると凄く顔が熱くなった。

(このタケルちゃんのこと・・・ 私は知ってる。 私だけを愛してくれたタケルちゃんだ・・・)

 そう感じると、顔の熱が、頭にまで回ってきて色々な事が思い出されてくる・・・
 幾度となく重ねた逢瀬。
 私の初めてを捧げた時のこと・・・
 間違いなく、私とタケルちゃんの相性はバッチリだった。
 タケルちゃんに抱かれると、いつもこのまま死んでもいいと思ってしまう。
 世界はどうしようもなく滅びかけていて不幸は人の数ほど渦巻いていたけど、そんな中でも私は本当に幸福で 世界幸福ランキングというものがあれば絶対に10番以内に食い込んでいた筈だ。

 そんな事を考えていると、タケルちゃんが化物に連れて行かれてしまい、 自分はその光景を見ても動くことさえできなかった。
(夢だから、仕方ないよね・・・)
 そう思うことにした。
 ただ、タケルちゃんが居なくなると、とても不安になった。

 そのうち化物たちは、次に私を捕まえて 着ている服を脱がせはじめた。
 一応抵抗はしてみたが、結局そんなのは無意味だった。

 体は、触手の様なもので身動きはとれなくて、口の中に押し込められた触手からは変な液が出てきてそれを飲まされた・・・
 気持ち悪かったが、それは麻酔の様に体に広がってきて、上手く考え事ができなくなった。

 次第に気持ち良くなっていったような気がする・・・
 気が付くと、化物達は私の性器や乳首に何やら刺激を与えようとしていた。
 そんな性的な悪戯が数時間か、数日に及んだのか、よくわからない・・・ ただ、随分色々な事をされていた。

 所謂 淫夢というものだからだと思う・・・ 認めたくは無いことだけど、それは結構 気持ちがよかった。


 まるで自分の体では無くなったように体がつくり変っていた。
 肌に何かが触るだけで、体の芯に痺れが走り快楽の波が押し寄せてくる。
 甘美な圧迫感で気持ちと頭は一杯になり、もっとその快楽が欲しくて、いつの間にか私は化物達に淫らにいやらしく刺激を欲し求めていた。
 
   もっとあまい快楽を・・・
     もっと蕩ける様な陶酔を・・・
       もっと真っ白な激しい絶頂を・・・

 だけれども、と思う。

 私が幾ら望んで 惨めな姿で、卑しく請い、求め、欲しても、あの歪で醜い化物達は、本当に渇望した快感を与えてくれることは無かった。
 何度もイクことがあっても、私が望む高みには遂には届くことはなかった。

 結局は、目の前にいる化物で、所詮 化物でしかないのだと思った。
 タケルちゃんが導いてくれたことがあるあの快楽のたかみへは、彼らでは到達できはしない。
 そこに気が付いてしまうと、後は空虚なものしか残らなかった・・・

 その失望は、体の刺激に対する拒絶へと代わり、漂う淫靡な世界が一転した。

 肌を這う触手が気持ち悪くて仕方がなかった。
 体内に挿入された異物に吐き気がした。
 化物の体液によって体の内側から生じてくる高揚感に感情が噛み合わなくなっていた。

 化物達がつぶらな瞳で私の体から快感を一生懸命引き出そうとする様が、何だか滑稽に思えて私は薄ら笑いを浮かべ、気が付けば化物を罵倒していた。

「へたくそッ! へたくそッーー!! バーカ、バーカッ!! そんなんじゃ、全然気持ちよくなんないよーーーッだッ!!
 へたくそすぎて、お前らなんか、死んじゃえーーーーーッ!!
 ちーーーっとも 気持ち良くなんないよーーッ!! もっと気持ち良くしてよーーーーーッ!!!
 タケルちゃんを出せぇーーーー!! タケルちゃんを返せーーーーーッ!!! タケルちゃんにしてもらうんだからッ !!!!!」

 たぶん夢の中の私はもう壊れていたんだと思う。
 やっぱり私に必要なのは、タケルちゃんだけだと思う気持ちで一杯になっていた。
 だけど、それと同時に定期的に飲まされる薬物で身体は疼き、もっと激しい快感が欲しくて堪らなくなっている・・・
 そんな自分がどうしようもなく悲しくて、涙が止まることなく流れていた。

 それから、夢の中ではまた暫く時間が経過したと思う。

 化物に何かをされても、もはや私の体は何も感じなくなっていた。
 奴らは私を殺さないために、体内に栄養を送り込んでいるようだったけど、それすらも体が受け入れようとはしなくて、肌はカサカサになって筋肉も脂肪もそげ落ちてしまっていて、きっと衰弱して死ぬんだと思った。

 化物に引き離されて以来、タケルちゃんには会えていない。
 私は、体はいつものの様に化物達に弄られていたが、何も感じなく退屈だったので周りを観察して自分が置かれている状況を考えていた。

 はじめに思ったのは、この化物は一体なんなんだろうか? という事だった。
 その形は生物のようだけど、地球に住む生命体と懸け離れた感じがする。
 何種類かの化物を目撃したが、その全てが光の届くことのない暗黒の深海で進化したような不気味で不吉な形状をしていて異次元や宇宙からやって来たと言われると納得できそうな姿なのだ。

 彼らは言語がないのか、一切コミュニケーションに相当する行為を見たことがない。
 そして、感情や痛覚といったものもないかもしれない・・・
 口の中に挿入された触手を噛みちぎった事もあったが、化物はまるで無反応だった。

 そして、薄暗くだだっ広い空洞の中には、私以外の人間も化物に拉致をされているようであった。
 薬を注入されて意識が朦朧としていた時には気が付かなかったが、離れた場所では化物に犯されている全裸の人間が何人もいた。

 そこには、前の私と同じように快楽で喘ぎと喜悦を上げている人達も何人か居たが、それ以外にも泣き続けている人、何が可笑しいのか狂ったように笑い続けている人、獣のような うなり声を上げている人など様々だった。
 そして、その人達の姿の中には、もはや人間とは思えない奇形と化した姿も多く見られた。

 両手足が切断されたようになくなった人。
 乳房が人の頭ほどに異常に肥大化をしている人。
 下半身が失われている人。
 顔と脊髄だけなのに なぜか生きている人。
 青白いシリンダーの中に浮かんでいる人間のモノと思われる脳味噌と脊髄。

 まるで 化物たちは人間という生物を研究しているように見えた。
 私自身もゆくゆくは あんな風になるのかと漠然と思ったが、そんなことよりも私はタケルちゃんのことの方が気になった。
 タケルちゃんも私と同じように捕まっていたのだから、何処かにいるはずだった。

(タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん・・・)

 一生懸命目を凝らして私はタケルちゃんを探し続けた。
 空洞の中は広かったし、ここより他の場所でも 同じように人間の研究や実験をしているようだった。
 それは、ここの空洞から連れ出されていく人や変わり果てた姿で帰ってくる人がいたからだ。

(タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん・・・)

 ただ、タケルちゃんに会いたかった。
 タケルちゃんのことを思うと、冷え切った身体の奥で熱い炎が燃え上がるのを感じていた。

「タケルちゃん、タケルちゃんタケルちゃん・・・」

 声に出してその名前を呼んでみる・・・

 私の幼馴染み
 私の最初で最後の恋人
 私の初めてを捧げた人
 私自身を一番気持ち良くしてくれる人
 ずっと共に過ごしてきて、私という存在は半分がタケルちゃんで出来ていると言っても過言じゃない・・・
 そんな 私だけの幼馴染み。
 
 叶うなら、もう一度死んでしまう前にタケルちゃんに会いたかった。
 その胸に飛び込みたい。
 その匂いを味わいたい。
 甘く蕩けるようなキスをしたい。
 また・・・ 肌を重ね合せたい。

 だけど、化物に辱められた私をタケルちゃんは抱いてくれるだろうか?
 そう思うと、堪らなく不安になる。
 もし、タケルちゃんに拒絶されたら 私はそれだけで死んでしまうかもしれない。

 ・・・でも、それでもいい。
 もう一度だけで良いから、タケルちゃんに会いたい、一目だけでも良いから会いたい・・・・・・

 必死になって、私は願ってた。
 こんな狂った世界に生まれてきたから、私は神様なんて信じてなかった。
 それでも、この時だけは神様に縋るように一生懸命 お願いしていた。
 だから、化物達がつぶらな瞳でこちらを観察しているのに、夢の中の私は気が付かなかった。



  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ほどなくして、私は別の場所に移動させられることになった。

 自分がどうなるかなんて、もうどうでもよかった。
 私の壊れた心は何も期待なんてしていない・・・

 新しい場所では、前以上に強力な薬を注入されて おかしくなることもあったけど、 それでも前ほど狂うことはなくなった。

 辱めに絶えかねて、隙を見て死のうとした事もあった。
 でも、あいつらは私を死なせてもくれない……  
 舌を噛んでも再生させられた。 

 どうしても苦しい時は、タケルちゃんのことを思えば体の疼きを耐えられた。
 たけど、タケルちゃんが欲しくて堪らなくなる。

「タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃん、タケルちゃんタケルちゃんタケルちゃんタケルちゃんタケルちゃんタケルちゃん・・・」

 頭の中がタケルちゃんで埋め尽くされていく。



  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 最初は小さな気配だった。
 いや、もしかしたら私は すでに狂っていたのかもしれない。

「タケル・・・ちゃん?」

 近くにタケルちゃんの気配がしていた。
 姿も見えず、声も聞こえない。
 それでも私には、確かにタケルちゃんがすぐ近くに居ることが理解できていた。

 神様に願いが聞き届けられたのか、それとも私の想いが奇跡を起こしたのかは分からない。
 ただ、タケルちゃんの存在を感じることが出来る・・・
 そのことは私を驚喜させていた。

 その感覚は不思議なモノだった。
 感じることが出来た気配はタケルちゃんだけではなかった。

 少し遠くに拘束されて化物に辱められている同じような人達やその化物達の気配も目を瞑っていても感じることが出来た。
 同じ人間の考えであれば、言葉を通さなくても分かることが出来た。
 なんだか突然 超能力に目覚めた感じだった。

 私はその力を使って、四六時中タケルちゃんを感じていた。
 それで分かったことは、タケルちゃんはずっと苦しがってた・・・  痛がっていた・・・
 タケルちゃんの頭の中は、激痛で埋め尽くされていて、世界を憎悪した呪詛を吐き続けていた。

 きっと化物に虐められているのだ。
 そう思うと私の涙は止まらなかった。

「タケルちゃん・・・ タケルちゃん・・・ 今、行くからね・・・・・・」

 私の身体を拘束している触手が疎ましかった。
 精一杯 身体を動かして、タケルちゃんの元に駆けつけたかった・・・

 乱暴に身体を動かすと触手と皮膚が引っ張り合い、私の肌は抉れていった。
 腕がポキッと折れる音がした。
 でも、構わない。
 痛みを殆ど感じないボロボロになった身体だったけど、タケルちゃんのことを考えると熱くなり 力と元気が出た。

「もうすぐ・・・ もうすぐ、側に行くからね・・・・・・」

 邪魔な腕や足に巻き付いた触手は、歯を使って噛み千切っていく。
 死にもの狂いの抵抗が上手くいったのか、その化物は身体を拘束することを止めて、私は何十日かぶりに自由になっていた。

「タケルちゃん・・・ タケルちゃん・・・ タケルちゃん・・・ タケルちゃん・・・ タケルちゃん・・・ タケルちゃん・・・」

 もうすぐ会える・・・
 一歩ずつ 足を踏み出す度にタケルちゃんの気配が強くなる。
 そのことは、私の体の芯をドロドロにさせていく。

「もうすぐ、もうすぐだよ・・・・・・」

 体温が信じられないほど高まってた。
 平行感が無くなって、まるでフワフワな地面を歩いているようだった。
 頭の先から指先まで 感覚が鋭くなって、感じる刺激が心地良い。
 私はタケルちゃんを思うと、またいつもの私になれる気がした。
 タケルちゃんを思うと、気持ち良くなれる。

 顔まで熱くなって、滴る汗が止まらない。
 呼吸が怪しくなっているのが自分でも判っていた・・・ でも、それを押さえる事なんてできなかった。

「――――― ハァ・・・ ハァ・・・ タケルちゃん・・・タケルちゃん・・・」

 体が疼くのが止められなかった・・・
 タケルちゃんのコトを考えルと、キモチイイ・・・
 私は体を震わせながら、タケルちゃんの気配へ向っていく。


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 そこにいたのは変わり果てた姿のタケルちゃんだった。
 全裸で肉は削げ落ち 痩せ細り、半分以上の皮膚は火傷のように爛れていた。
 怯えるように膝を抱えて座り込み、目は虚ろで何の感情も読み取れず、瀕死の魚のようにブルブルと震えていた。

 一目でおかしいのは明らかだったかもしれない。

 ――――でもそんなことはどうでも良かった。
 ただただ、タケルちゃんに会えた嬉しさで心が満たされていて、一刻も早く側に行こうとした。

「・・・・・・ぐ・・・るな・・・・ く・・・ る・な・・・・」

 まるで、大声で叫び続けて枯れ果てたような声がした。
 それは、拒絶の声で 怯えから恐怖に表情を変えた目の前にいた幼馴染みの声だったが、良く意味が分からなかった。

 私は、タケルちゃんの恋人なのだ。どうして側に行っては駄目なのだろうか?
 私はこんなに嬉しいのに、そんな顔をしないで欲しい!

「やめ・ろ・・・近・・寄る・な・・・ ■■■■・・・・ 来る・なッ ■■ ・・・離れろッ■■ ・・・」

 よく判らないことをタケルちゃんは言っている・・・
 私のコトが判らないのだろうか?
 いや、きっといつものように私に意地悪をして からかっているのだ。

 不公平だと思う・・・ 許せないと思う・・・
 私はタケルちゃんの事が、こんなにも好きなのに、どうしてそんな態度をとるんだろう?

 タケルちゃんはもてるから、周りにはいつも可愛い子が一杯いた。
 私にはタケルちゃんしか居なかった・・・

 でも・・・ やっと私だけのタケルちゃんになってくれたんじゃなかったの?

 私はフラフラになりながらもタケルちゃんの所に辿り着くとその体をギュっと抱きしめた。

「――――― 痛いッ痛いッ痛いッ痛いッ痛いッ痛いッ痛いッ!! ――― 離れろッ離れてくれッ!!!」

 タケルちゃんは全身の痛覚が剥き出しにされて、痛め付けられたような声を上げていた。
 でも・・・ そんな悲鳴も私の耳には届いていなかった。

 頭の中が真っ白になっていた。
 タケルちゃんに抱きついた瞬間、絶頂を迎えたように身体が痙攣して、押し寄せる波のような甘い強烈な快感で心が崩れていた。

 こんなにもキモチイイ事があるなんて知らなかった・・・

 その後も、私は馬鹿になったように惚けて 一生懸命タケルちゃんに身体を まさぐり擦りつけることを繰り返していた。

「好き! 好き! 好きッ! 好きッ! 好きッ!」

 私は本当にタケルちゃんが好きだった・・・
 頬がこけていて、ガリガリになっていても構わなかった。
 肌が爛れていても気にならなかった。
 タケルちゃんが絞り出す苦痛の悲鳴さえ私には心地良く感じてしまう。

 だけど、タケルちゃんはそんな私から、逃げようとする。

 ・・・・・・・なんて、意地悪なタケルちゃんだろう・・・
 そんなタケルちゃんにはオシオキが必要だと思った。

 弱ったタケルちゃんを組み伏すのは簡単だった。
 痛みと恐怖で引きつった顔を私に向けてくる・・・ それすらも今の私には愛らしい。

 タケルちゃんは、まるで化物を見る目つきで私の事を見ていた。
 私のことを私と認識していない・・・
 きっと酷い事をされ続けて、私と同じように心が壊れちゃったのかもしれない。
 私の身体が何をされても快感しか感じないように作り替えられたように、タケルちゃんは 何をしても痛みしか感じないようだった。

 でも、容赦はしない。
 私は馬乗りになってタケルちゃんを犯すことにした。
 叫き立てる悲鳴を出す口も、私の唇で塞いてやった。
 再びタケルちゃんと一つになるとまた、大きな絶頂を迎えていた。

 その後のことは良く覚えていない・・・
 朦朧とした意識の中で何時間も何十時間もタケルちゃんを犯し続けていた・・・
 まるで身体を離すことは、罪であるかのように私は交わった。

 タケルちゃんにさわられるだけでおかしくなりそうな快楽に打ち震えながら、私はタケルちゃんと一つであることの至福と嬉しさで涙が止まらなかった。



  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 狂った世界だったけど、私は満たされていた。
 私は、こんなにも幸せなのだから、タケルちゃんにも そうなって欲しかった。

 だから、私は色々なことをした。
 タケルちゃんに少しでも気持ち良くなって貰おうと頑張った。

 化物達は私たちをもう拘束することは無くて、代わりに私の手伝いをしてくれていた。
 タケルちゃんの身体を女の子の身体に変えて貰って、私に取り付けた男根で犯したこともあった。
 私のおっぱいを大きくして貰って、それでタケルちゃんのモノを一生懸命 奉仕したこともあった。

 でも、どこまで行っても私たちは本当の意味で交わりきれなかったのだと思う。
 
 タケルちゃんは、途中から私の事をおもいだしてくれたようだった・・・
 私が気持ち良さそうだから、身体に走る激痛を我慢しようと頑張るタケルちゃん。

 私はというと、タケルちゃんとなら何をしても気持ち良くていつも だらしなく よがり狂ってた。
 目の前のタケルちゃんは全て私のもの・・・ その痛みも苦しみも喜びも存在も全て・・・
 この世にこんな快感があるなんて知らなくて、時にはタケルちゃんのことを忘れて淫らな狂気に取り付かれていた。

 タケルの指や腕を折ったり 皮膚を思い余って食いちぎったり してしまうこともあった。
 タケルちゃんの、その全てが愛らしい・・・
 人を好きになるということは、それ自体が罪悪である気がした。 

 その行為の中で、何度かタケルちゃんの心臓が止まることがあった。
 だけど、死ぬことも許されないとでもいうように、タケルちゃんは化物の治療で生き返らせられていた。

 全てが無茶苦茶でどうしようもならないくらい狂っていた・・・

 タケルちゃんの頭の中は、相変わらず憎悪と呪詛で満ちていたけど、私のことはちっとも恨んでなくて・・・
 それが嬉しくて・・・ そして、とても悲しくて辛かった・・・

(ごめんなさい・・・ ごめんなさい・・・ ごめんなさい・・・――――――)

 こんなにも好きで、タケルちゃんに幸せになって欲しかっただけなのに、どうしてこんな事になったのだろうか?
 そう思うと私は何も出来なくなっていた。
 大粒の涙が肌の上を滑り落ち、それすらも快感に作り替えてしまう自分の身体が疎ましい・・・

「ス・・・ミカ・・・」

 身体を動かすだけでも激しい痛みが走る筈のタケルちゃんが、この場所で再会して初めて私に触れて頭を撫でていた・・・
 
「ごめんなさい・・・ ごめんなさい・・・ タケルちゃん・・・・・・」
「・・・お前・・・ は・悪く・・・ない・・・・」

 そんなことを言われると痛がるタケルちゃんに触ることさえ出来ないよ・・・
 だけど、タケルちゃんは私の身体に近づき優しく抱きしめてくれていた。
 体中が痛い筈なのに、その顔は申し訳なさそうに笑っていた。

「あい・して・・いるぞ・・・ス・・ミカ・・・」
「――――――――――ッ!!!」

 涙がどうしようもなく止まらなかった。
 タケルちゃんはその後、痛みに力尽きたようにグッタリして、そして冷たくなって動かなくなっていた。

 その後のことは何もかもあやふやだった。
 気が付くと私の両足は綺麗になくなっていた・・・

 化物は少しずつ そのサンプルを大切に保存するかのように私の体の一部を切り取っいるようだったが、もう どうでも良かった。
 ぼーっとした頭の中で、右手が切り取られ、左手も処理されて、内蔵がえぐり出されていく・・・
 
 私はだただ、ごめんなさい、ごめんなさいと謝り続けていた。
 タケルちゃんに対して、途方もない罪悪感で一杯だった。
 ただタケルちゃんにも幸せになってもらいたかっただけなのに・・・なんでこんな事になったのか?


   私だけが幸せだった日々。
   タケルちゃんに何もしてやれなかった。
   痛みばかりを与え続けてきた。
   タケルちゃんこそが幸せになるべきだと思った。
   もう一度武に会いたい・・・ そして、タケルちゃんに謝りたかった・・・


 青白いシリンダーが並ぶ風景。
 いつの間にか私はそんな場所へと移されていた。

 ああ、この狂気に満ちた夢も 漸く終わるのだと実感しながら 私は目を閉じた。












  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・












 夢は、まだ続いているのだと鑑純夏は思った・・・・・・


―――      最後の最後まで苦しんでいた タケルちゃん。
          タケルちゃんに 私は 何もしてやれなかった。
          
          もう一度 タケルちゃん に会いたいと思った。
          そして、タケルちゃんに謝りたかった・・・
          タケルちゃんを幸せにしたかった。


          ずっとそんなことを考えていた・・・・・・

                    ・
                    ・
                    ・
          タケルちゃんは、幸せになるべきだ
          タケルちゃんは、幸せになるべきだ
          タケルちゃんは、幸せになるべきだ
          タケルちゃんは、幸せになるべきだ
          タケルちゃんは、幸せになるべきだ
          タケルちゃんは、幸せになるべきだ
          タケルちゃんは、幸せになるべきだ
          タケルちゃんは、幸せになるべきだ
          タケルちゃんは、幸せになるべきだ
          タケルちゃんは、幸せになるべきだ
          タケルちゃんは、幸せになるべきだ
                    ・
                    ・
                    ・

          タケルちゃんの気配を探るがいない。
          代わりに多くの人の気配がした。
          誰かが、自分にしきりに呼びかけてきたが、そんなことはどうでもよかった・・・

                    ・
                    ・
                    ・

          タケルちゃんは、幸せになるべきだ
          タケルちゃんは、幸せになるべきだ
          タケルちゃんは、幸せになるべきだ

                    ・
                    ・
                    ・

          ずっと、私はタケルちゃんの気配を探してた・・・
          探して、探して、探す。
                    ・
                    ・
                    ・

          タケルちゃんは、幸せになるべきだ
          タケルちゃんは、幸せになるべきだ
          タケルちゃんは、幸せになるべきだ

                    ・
                    ・
                    ・

          気配があった。とてもとても小さな気配。

          私はどこでもない空間に立っていた。
          そこで、その小さな気配に近づいていくと、なぜか 4才くらいの小さなタケルちゃんがいた・・・

          その場所は何もかもが破壊しつくされた廃墟にポツンとその小さな男の子は佇んでいて、
          その小さなタケルちゃんは、狂った空洞での出来事と同じと様にすごく苦しそうに泣いていた。

          どうにかして、その小さなタケルちゃんを引き寄せて抱きしめたかった・・・
          私は、今度こそ助けてあげたかった・・・

          なにより、ごめんなさいって言わなきゃいけないと、思った・・・

          私は、フワフワしたぼやけた空間の中に浮かんでいて、小さなタケルちゃんに手が届くか心配だった。

          あの子を引き寄せようと手を伸ばすと手ごたえが少しある。
          それに、何かが私に力を貸してくれていた。

          隣を見ると、なぜか そこにも悲しそうな私がいた。

          夢だから それもアリなんだと思う。


          私たちは2人で、一生懸命 一生懸命 小さなタケルちゃんを引き寄せて捕まえた!
          そして、どうにかタケルちゃんに泣きやんで欲しくて 一生懸命あやしていると、
          別の空間からもう1人の小さなタケルちゃんの気配に私は気が付いた。

          本当に不思議な感じ。
          2人になった小さなタケルちゃん。
          でも、私の隣にも私がいて、現に私はココには2人いるのだから、それも普通な事のような気がした。

          私には、タケルちゃんは1人でよかったのだけれど、でも、どっちか1人のタケルちゃんを選ぶことなんてできないよね?

          私には、タケルちゃんは大切な人だ。
          2人に増えたからって、片方をおろそかになんてできやしない。

          私は、もう1人の私と共に その小さなタケルちゃんも連れて行くことにして、こっちの空間に引き寄せた。
          だけど、2人を纏めて連れて行こうとすると不思議なことが起こった!

          2人のタケルちゃんは2人から1人に合体したのだ・・・

 

          確かにタケルちゃんは、小さな頃、戦隊ヒーローものやロボットなんかが好きだったけど、それは無いと思う。
          わざわざ合体などしなくてもいい。
          そのうち変形とかしそうでちょっと恐かった・・・

          それにしても、合体してからタケルちゃん少しだけ大きくなった気がした。
          幼稚園の時のタケルちゃんみたいな感じに成長していて
          私に縋り付きながら泣いている様子がとってもいい感じだ。
          すると もう1人の私が、自分があやすと言ってタケルちゃんを奪い取ったので、少し喧嘩になった。

          私達が喧嘩をしていると、泣いていた小さなタケルちゃんが 少しだけ可笑しそうに笑っていて 恥ずかしくなった。

          とにかく、私は このよくわからない場所から、タケルちゃんを連れ出すことだ。
          そう決めた!

          2人の私と1人になった少し小さなタケルちゃんの3人は、この夢から覚めるべく、宛のない空間を歩いていく・・・

          すると また空間に小さなタケルちゃんがいた。


          やっぱり そのタケルちゃんも泣いていて、
          可哀相だし可愛いくて、放っておけないので、その子も連れて行こうとするのだけど、
          半ば 予想通りに、そのタケルちゃんも 私たちが連れていたタケルちゃんと くっついてしまったのだ。

          そうしたら、また少しだけ タケルちゃんが大きくなっていた・・・
          見た感じは小学2年生のころのタケルちゃんとそっくりで、少し生意気そうで可愛いかった。


          それからというもの、2度あることは3度ある。
          
          まったく この辺りには、タケルちゃん製造工場があるのだろうか?
          私たち2人は小さなタケルちゃん達を 次々回収しながら、歩いていく。

          私は自分の居場所に帰ろうとしていた・・・・

          そこまで見て私の夢は覚めた・・・ 





  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 





 夢現の中で私は考える・・・
 後から見た夢は、なんだか少しだけ悲しい夢だった。
 夢の中で、何十人もの小さなタケルちゃん達と 出会ったけれど、笑顔のタケルちゃんは1人もいなくて 苦しんでいた・・・ 
 もし、その夢の続きを見る機会があって、
 あと何百人ものタケルちゃんと出会うことがあっても 笑顔のタケルちゃんには1人も出会わない気がした。

 だから、悲しい夢だった。  


 小さなタケルちゃんたちは、歯を食いしばり、苦痛で顔を歪め、拳を握り締めて肩を震わせていた・・・

 本当は泣き叫んで苦しみを訴えかけたかったのかもしれない。
 内側に溜めた感情を、その記憶を体に刻み込んでいるようにも見えた。
 姿は子供だったけど、全てを受け入れて覚悟を決めているようで、私なんかよりよっぽど、大人な感じの小さなタケルちゃん達。

 
 こんな事になったのは私の所為だろうか?

 漠然とそう思って、隣にいた もう一人の私が話しかけても、何も答えてくれなかった。

 結局の所、小さなタケルちゃんに出来た事は、私たちの世界に行こうと誘ってその小さな手を引いてやることだけだった。 

 だいぶ大きくなった子供のタケルちゃんは、黙々と私たちと一緒に歩いてくるだけ。
 もう泣きやんでいたけど、一生懸命我慢しているのが、私には判ったので、切なくなった。

 

 武ちゃんにはただ笑っていてほしい。


 苦痛を歪めるたけるちゃんを見ていると、その前に見た夢を思い出す・・・
 宇宙人たちに酷い目に合わされていたタケルちゃん。
 そして、私が酷い目にあわせたタケルちゃん。
 もう、そんなのは嫌だった。

 笑っているタケルちゃんが大好きだから・・・
 次に会えた時は、今度こそタケルちゃんを笑わせよう。




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 白銀武は、これからのことを どうしたらよいか と頭を悩ませていた。

 幼馴染みの純夏が見せた情熱にあてられて、自分の中にある彼女への感情に気が付くと、思い余って後先考えずに彼女を抱いてしまっていた。
 もちろんその行為自体に、後悔はない。

 疲れ果ててベッドの上で眠っている純夏の顔を見ると、決して自分は間違えていないと断言出来た。


 ただ、純夏とは別に自分に好意を寄せてくれている冥夜の存在を思うと、気分は暗く沈むのだった・・・
 一体、説明するか?

 純夏への気持ちは嘘ではない。
 しかし、自分と純夏、そして冥夜の3人で、これからこの異世界で生きていかなければいけない現状では、少し性急すぎた気も多少した。

 自分を好いてくれている冥夜が自分と純夏のことを知ったときの反応は想像もつかなかった。
 子供の時にした結婚の約束を律儀に一途に守っていてくれた冥夜だ。
 仕方が無いといって、すぐに身を引いてくれるとも武には思えなかったのだった。

 だからといって、自分と純夏の関係を冥夜に言わないで秘密にしておくという選択肢は、武には考えられなかった。
 そんなことをすれば、冥夜ばかりで無く、純夏に対しても失礼である。
 それに自分の性格上、それほど器用に立ち回れるとも思えなかったのだった。

「ま、なるようにしか、ならねーーかぁ・・・」

 そう溜め息をつきつつも、しかし清々しい気分で布団から起き上がる。

「ま、冥夜に説明するにしても、この状況を見られるのは 不味いよなぁ〜〜」

 2人とも全裸であり、服を脱ぎ散らした事後の姿はやはり見せられたものではない。
 いくら冥夜は、竹を割ったようなサッパリとした性格であっても、この状況を見られて2人の関係を知られてしまう形になれば、わだかまりが残るだろう。

 そう思うと、純夏を抱いているときに、冥夜が帰ってこなくて本当によかったと武は心の底から安堵した・・・

 そして、武は 素早く服を身に着けると事後の処理をして、寝ている純夏を起こしにかかるのだった。