―――― 2001年12月3日
警報が鳴り響く中、武は車椅子の純夏を押しては、用意されたシェルターに避難していた。
武は何が起こっているのか知ろうと、自分たちと同じような民間人の誘導を行なっている軍人に話しかけて見たが、答えられる権限がないと教えてはもらえず、それでもしつこく話しかけていたら仕事の邪魔だと怒鳴られて、結局
いち民間人である自分には何も出来ないのだと純夏の元に戻ってきた。
「やっぱり、宇宙人が攻めてきてんのかな〜〜」
空気だけはピリピリしていて、武にも外で何かが起っている事は分かっていたが、戦いに参加するわけでもないのでイマイチ緊張感がなかった。
そんな武を純夏は白い眼で見る。
「外に出ちゃダメだからね…」
「―――――うッ!
さすがにそんなことはしねーーよ」
「たけるちゃん、ロボットは男のロマンとか言って、戦っているところが見ようと外に出そうだもん……」
「お、おま… お前はそんな目で俺を見てたのか? さすがにそんなことはやらないぞ!」
「ふ〜〜〜ん…」
なおも武の言葉が信じられず、疑いの目で
武を見続ける純夏。
そんな彼女に溜息をつきつつ武は、視線を巡らせているとある事に気が付いた。
「なぁ… 冥夜の奴、まだ避難してないよな?」
「―――え……
うん、そうだけど…」
先ほどまで武と抱き合っていた事を考えると、極力彼女の事を考えたくない純夏は曖昧な返事をする。
冥夜が仕事をしている場所を考えると、このシェルターに避難していないと変である。
そう思った武は先ほど怒鳴られた軍人に何とか事情を説明したが、先ほどの悪印象もあり、忙しいとあまり構って貰えなかった。
純夏の元に憮然とした顔で戻ってきた武を見ると、さすがに彼女も不安になってきた。
「どうだったの、たけるちゃん」
「ああ…シェルターのゲートパスのログをチェックしてくれたんだけど、冥夜はまだどこにも避難してないみたいなんだ…」
「え… それって冥夜はまだ避難してないってことだよね? なんで……」
「そんなこと俺が知るかよッ! 緊急事態だからそんな迷子の捜索に人手は割けないんだとよ!!」
「…………」
「――あ、悪い… ちょっとカッとなっちまってた…」
そう言って武はため息をついた。
軍人の言い方に腹が立ったのは事実だが、この場合は避難していない冥夜の方が悪かった。
現在進行形で、この基地に迫っている危機に対して彼らは最善を尽くし、そして余裕が無いのであろう。
それに対して
何も出来ない、することがない自分まで余裕を無くしている事に武は気が付き、それを戒める。
(今できる事だけを、俺はするだけだ……)
選択肢は2つだった。
冥夜を探しに行くか、純夏とここで待つか。
冥夜に何かあったかもしれないが、彼女は子供ではない。
その内待っていればやってくるかもしれず、今探しに行けばすれ違う可能性も考えられる。
それに、この基地の現状は何が起こっているか武には分からなかった。
軍人達が醸し出す雰囲気や、他に避難している研究者の話を小耳に挟んだ限りどうやらかなりヤバイかもしれない…
万が一の時には、身体の不自由な純夏には誰かが側にいた方がよい。
そして何よりも自分は、数時間前に冥夜でなく純夏を選んだはずであった。
純夏のもしもの時は、自分が守らなければいけない。
不安そうにチラチラとこちらを窺う純夏の頭を武は撫でた。
「冥夜なら大丈夫さ。 アイツは武術の達人だしもしもの時は俺なんかよりずっとシッカリしているならな」
「う、うん。 そうだよね…」
(純夏の側にいることが俺のやるべき事だ)
武は言い聞かせるように拳を握りしめて、冥夜が避難してくるのをずっと待っていた。
だが、そんな理屈とは裏腹に武は激しい危機感に襲われていた。
1分1秒が果てしなく引き延ばされた感覚に、胸が締め付けられていく。
慌ただしい軍人達は、よい情報を持ってこないが、悪い情報があるわけでもない。
事態に変化が見られるわけではないのに、このままココにいたら後悔しそうな気がした。
「たけるちゃん大丈夫? 凄く顔色が悪いよ」
「あ、ああ… ちょっとトイレに行ってくるよ」
武は純夏にそう伝えてトイレに向うために通路に出た時、居るはずの衛兵が居ないのを確認した途端、武は我慢できなくなって駆け出していた。
自分たちの部屋の中を再確認して、冥夜が通う部署をソッと覗き見て、彼女の担当フロアを回る。
夕呼の執務室も訪れたがロックがかかっていて会うことが出来なかった。
その後は、バルジャーノンの筐体を組み立てている場所にも武は行ってみた…
しかし、冥夜は居なかった。
元の世界の友人、鎧衣尊人の勘ははよく当たる。
空気が読めないキャラではあるが、その野生の勘とでも言うのだろうか、時折自分のしようとすることに止めた方がいいと忠告することがある。
そんな時の彼の言うことを聞かないと、決まって悪いことが起こる。
何で分かるのかと武が尋ねると、なんとなくという曖昧な答えしか返ってこなかったが…
あの時は、尊人の答えに苦笑いしかでなかったが、今なら分かる。
今、なんとなく冥夜が危ない気がした…
理屈ではなかった。
自分の頭の何処かが、最大限に警鐘を鳴らしていた、今動かなければ取り返しの付かないことになると。
(―――――――冥夜ッ! 冥夜ッ! 冥夜ッ!!)
武は心当たりある場所は探した。
それでも見つけられなければ、フィーリングを頼りに走り続けていた。
兵舎の一角にある誰にも使われていない個室、訓練兵専用のシミュレータールームとその内部、戦術機が置かれていない空白の格納庫…
冥夜のことを思うとふと浮かび上がる風景。今まで見たことのない彼女の表情、仕草が記憶の中で再生されていく。
その度に、彼女への想いが高まっていた。
その内、警戒態勢が引き下げられた放送が流れる。
しかし、武の焦りは消えず逆に強くなっていた。
冥夜を探して、ついには屋上にきていた。
もうこの建物の中には居ないのかもしれない…
そんな気持ちになって武は広がる風景を食い入るように見続ける。
「――――――――――冥夜ッ!!!」
南の戦術機の演習場の方にこちらに向ってくる冥夜の姿があった。
そしてその背後には、鳥肌の立つほど奇怪な形をした物体が彼女を追いかけていた。
何かから逃げるように走っている様に、武は自分の直感が間違っていなかった確信し、急いで
ーーー(中断…)ーーー