――――  2001年12月3日



















 なんだか不思議な感覚だった。

 武にとって、セックスは初めての体験であったはずだった。
 自分の元いた世界では、ビデオや本である程度は知っていたつもりでいたし、そう言ったことに同学年の男子ぐらいには興味はあった。

 しかし、純夏に泣き付かれ、頭が真っ白になった後はもう本能の赴くままに幼馴染みの体を思うままに抱いていた。

 その抱き心地や柔らかさ、匂い……
 初めての筈なのに、そんな感じがしなかった。
 初めての筈なのに、上手くできるかという緊張感や女の生肌や大切な部分に触るというドキドキよりも、懐かしさと安心感と愛おしさで気持ちが一杯になっていた。

 純夏にキスをして、抱きしめて、体を重ねて、そこで初めて自分はこんなにも強くこの幼馴染みの事が愛おしかったのだと実感したのだった……


「それにしても、女って初めての時は痛がるって聞いてたんだけどな… オレ達ってそんなに相性がいいのか?」

 隣で幸せそうに眠っている純夏を見ながら武はそう思う。

 シーツには、確かに彼女が 初めてであった生々しい血の跡が残っている。
 しかし、彼女は居たがる素振りなど見せはしなかった… いや、その痛みさえも快感として感じているようにさえ思えた。
 とにかく、自分も純夏もその気持ちよさに溺れ、調子に乗って何度も交わってしまい、最後には純夏は大きく体を痙攣させながら気を失うまでやってしまったのであった。 


「とにかく、こんなところは冥夜には見せられないよな……っていうか、冥夜には オレと純夏のことを話さないとな、やっぱり…」

 純夏とこうなった以上、自分はもう選んでしまったのだ。

「覚悟を決めねーとな……」

 正直、冥夜に話すことは 気が重いが ケジメは付けなければいけない。
 そのことを、純夏共に話し合わなければと、武は彼女の肩を揺すって起こすと、事後の後始末に取りかかった。





  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「たけるちゃん、ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい……」

 武はシャワーを浴びてきた後、まだ上手く動けない起こし純夏の体を濡れタオルで拭いてやっていると、純夏は、突然泣きだして 謝ってきた。

「――― ど、どうしたんだよ、純夏… お前はなにか俺に謝らなきゃいけないことでもしたのかよ?」
「わからない……わからないけど、私はたけるちゃんに謝らなきゃいけないって思うの…」

「………………おまえなぁ〜 理由も分かんないのに、謝られてもオレだってそれじゃ、許しようがないだろ?」
「……そ、そうだよね」


 どうやら、純夏は変な夢を見たから、そんな行動を取ったらしいが、その夢の内容も彼女は覚えていなかった。
 ただ、何か武に悪いことをしたと思って、その罪悪感に苛んでの行動だった。


 そんな彼女をいとおしいく思い、体を優しく抱きしめながら頭を撫でてやる。


 純夏はオレ自身に悪いことをしたと思っているが、現状は、純夏と冥夜に曖昧な態度を取り続けてきた自分こそが最悪なのではないか?
 泣きながら捨てないでと叫んでいた純夏のことを思い出せば、それだけ自分が幼馴染の彼女の心を追い詰めていたのではないか?


「なぁ、純夏・・・ 俺たちのことを今日の夜にでも冥夜に話そうな」

「――た、たけるちゃん?」

「オレの優柔不断な態度が、純夏や冥夜を傷付けてきたんじゃないかって思うんだ…… だから…」

「――――まって、たけるちゃん!!」
「………?」

 少し思い詰めた表情の顔を純夏はしていた。

「あのね、たけるちゃん…… 冥夜のこと、抱いてあげて欲しい…」


「……はぁ?」
「だからね、たけるちゃん、私のことなんか気にせずに、冥夜の事も抱いてあげて」
「――― お前、何言っているのかわかってんのか?」


 純夏が好きで、純夏を選んだのだ。
 そのことを冥夜に話すのは辛い……それでも、2人で一生懸命話せば、きっと冥夜も分かってくれるはずだ、少なくとも武はそう思っていた。
 そして、純夏を選んだことを喜んでくれると思っていたのに、現実の彼女は悲しそうな顔をして 冥夜のことを抱けと言う…

「訳わかんねーよ…… お前、本気でいってんのか?」
「私は、本気だよ」

 その言葉で、一瞬頭に血が上り叫びそうになった武であったが、辛うじてそれを押さえ込むことが出来た。
 
「理由…話せよな…… 少なくともオレは、好きになった相手に 別の人間を抱けなんて絶対に言えねぇ……」

「たけるちゃんは、どれだけ冥夜がたけるちゃんを好きかわかってる?」

 冥夜は、幼い頃 自分と交わした小さな約束を大事にしてきてくれたのだ…
 そんなことは、純夏に言われなくてもわかっていた。
 だからこそ、そんな彼女に惹かれ 純夏と冥夜のどちらかを選ぶということを 無意識に避けていたのだ。

「……わかっているさ…」
「―――――――わかってない! 全然わかってないよっ、 たけるちゃん!!」

「………………………………」

 何がそんなに純夏を必死にさせて 突き動かしているのか、武にはわからなかった。
 純夏と冥夜はライバル関係であったはずだ。

 自分が冥夜を選ぶことを酷く怖れていると思っていたのにこの反応は理解できなかった。


「たけるちゃんは冥夜を抱いてあげるべきなの。 私は気にしないから… たけるちゃんの傍にいられれば十分だから……」

「………………………………」

「たけるちゃんは、冥夜のこと…キライなの?」
「……そんなことはない」

 そんなことある筈がない。 彼女は自分には勿体ないくらいの存在だ。
 綺麗でプロポーションも抜群。
 性格も気持ちいいし、一緒にいると気がとてもよい。
 多少常識はずれなところもあるが、御剣のことは関係なしに魅力的な女の子だと思っている。


「今の冥夜はね、誰よりも、何よりも、たけるちゃんのことが大事なの…… それは、私も同じだから………」
「…………………」
「もし、たけるちゃんが 冥夜だけを選んだと考えたら… 私なら、耐えられないから…… だから、抱いてあげて…」

「お前は、オレに二股をかけろっていうのか?」
「そうだよ」

 ハッキリと純夏は武の眼を見てそう言った。
 だからこそ、武は 冗談を言うなと笑い飛ばすことができなかった…

「少し、落ち着けよ純夏… 常識的にみて、お前の言っていることはかなりおかしいぞ…
 だいたいあの真面目な冥夜が、そんなことを望むわけないだろ?
 それにそんなことをしたら、元の世界に帰った時、月詠さんに殺されかねない……」

「――― たけるちゃんは、冥夜より常識や体面の方をとるの?」
「そ、そんなことは言ってねーだろ!!」

「それに、そんなに月詠さんが怖いなら、この世界に残ればいいことだよっ!」

「…………おまえなぁ、そんなに子供じみたことばかり言うなよ」

 純夏のことは好きだ……… しかし、少々選択を誤ったのではないかと、武は早くも思い出していた。
 よくわからず泣いていたかと思えば、今はムキになって自分に反発している。
 でも、好きなのだからしょうがない………そう思った時であった。


「たけるちゃんには、言って無かったけど… 私も冥夜も、元の世界に帰る気は無いから………」

 純夏が爆弾発言をした。


「――――――――――はぁ?」

「だから、私も冥夜も元の世界には帰らないって覚悟を決めてるの… 帰る気でいるのは、たけるちゃん一人だけだよっ!」
「ちょっと待てよ! そんな話きいてないぞ!!」
「だって、言ってなかったもん…………」

「じ、じゃあ、なんでオレ達は バルジャーノンの筐体を作ったりしてんだよっ!!」
「冥夜は、生活の基盤を築くためって言ってたよ………」
「………………………………」

 同じ目的を持って共に頑張っていると思っていた…
 それが間違いとわかって、少なからず武はチョックを受けていた。

(ははは…… じゃあ、オレ一人が、勝手に盛り上がっていただけなのか…?)

 だが、そこまで考えて 一つの疑問が浮かび上がってきた。
 それほどまで、自分を好いてくれているという純夏や冥夜が、なぜ自分が元の世界に帰ると言うのに、ついて来てくれないと言うのか?


「ねぇ… たけるちゃんも一緒に この世界に残ろうよ……
 この世界なら、向こうの世界の人間関係や立場なんて関係ないよ。
 二股はダメだって たけるちゃんは考えてるみたいだけど
 こっちの世界じゃ 人口が減りすぎているから、重婚を認めてはどうかって議論が国会でやってるって話だし……
 それが上手くいけば、たけるちゃんが悩む必要なんかないよ!」

「………………………………」

「それに、香月先生が協力してくれても、本当に帰れるがどうか分かんないし、実験なんかも危ないよ………」

「………純夏… お前、オレに何か大事なこと隠しているだろ?」

「――――――!!」

 青ざめる顔を見ると図星のようであった。
 必死に自分を説得しようとする純夏を見て、何か嘘を付いていると武は感じた。

 純夏はいつも大事なところを自分には隠そうとする、なぜだかそう思った。
 そして、それを見逃せば取り返しの付かないことになりかねない。
 元の世界であれば、自分がそんなミスを犯しても周りのみんながフォローをしてくれて、何とかなったりもする…
 でも、この世界には、もう委員長も たまも 彩峰も 尊人も まりもちゃんも いないのだ。

 夕呼先生は居るけれど、それは自分たちのよく知る先生とは別物で、本当の意味で他人でしかない。
 
 だから、自分が純夏のことを一番わかってやらなければいけないのだ。

「オレは…… 出来れば 隠し事なんかされたくねーぞ。 自分のことは、自分で責任を持ちたい。
 だから純夏、隠していることがあるなら話してくれ」

「……………」

「オレってそんなに信用がないのか?」

「……そうじゃないよ……そうじゃないけど………」

「卑怯な言い方かもしレねーけど、オレのことが好きなら 純夏には嘘を付いて欲しくない。
 さっきさ、お前を抱いた時思ったんだ、やっぱり純夏と一緒にいるのがシックリくるって……
 なんで、今までウジウジと悩んでいたんだろうって……」

「たけるちゃん……」

「信じてくれないかもしれねーけど、純夏を… 純夏のことが好きだから……
 オレは、何があっても全てを受け入れる覚悟がある!」

 武はジッと純夏の瞳を見る。
 すると、それは、少しずつ滲んでいく。

「ズルイよ、たけるちゃん…… そんなこと…言われたら、言うしかないじゃん……」

 武は、純夏の側に座るとソッと肩を抱いてやると、純夏も武の胸に体を預けながらポツリポツリと話し出した。


 自分と冥夜が、武が来た『元の世界』とは別の平行世界からこの世界にやって来たこと。
 
 純夏の世界では、武が冥夜を選んで自分から離れてしまったこと。
 そして、武とは住む世界が離れ、会えなくなってしまい。
 例え武が生きていても、御剣という巨大な組織に組み込まれてしまった『たけるちゃん』には、もう会えなくなってしまったということ。
 
 ずっとずっと後悔して、生きる気力も無くなって、外にも出なくなって、
 ただただ、たけるちゃんに会いたくて、自分の弱さや無力さをずっとずっと悔やんだこと。
 そして、もう一度チャンスがあれば、絶対に迷わないと誓ったこと……

 武は、少しやつれた表情で語る純夏の身の上を聞いて、何も言えなくなってしまった。


 あり得るかもしれない未来から来た純夏… 目の前にいる この幼馴染みは、そんな存在だった。


 自分のする… いや、しなければ ならない決断で、どうしようもなく苦しむ人がいるということ。
 誰も傷付けることなく生きることは出来ないけれど、だからと言って、今まで 人生の大部分を共に過ごしてきた彼女に
 それほどまで大きな傷を付けて生きている、その世界の自分に歯がゆい思いがする。

 だが、それも純夏から 今度は冥夜の身の上を聞かされた時その思いはより複雑になった。

 冥夜の居た世界では、冥夜の亡くなった双子の姉が生きていると言うことだった。
 そして、その世界では武はその姉と結ばれたと言うことであった…
 冥夜もまた、世界は違うが純夏と同じく武を失った一人ということだった。

 だからこそ、純夏は冥夜が武を求める気持ちが痛いほど理解出来るという。

 それでも、冥夜は年に数回は武と会うことも出来たのだが、不幸な事故によって それも叶わなくなったと言った…


 そこまで聞いて武は何も言えなくなった。



 そして、純夏は話を続けていく。

 詳しい理屈はよくわからないが、初めから純夏と冥夜は理論的に自分たちの元いた世界には帰ることは出来ないと言われたこと。
 唯一 『因果導体』 である武だけが、自分の居た世界に帰ることが出来るのだという…

     「―――――――!!」
           なぜだか わからないが 『因果導体』 という言葉に武の頭の何処かがザワザワする。 


 しかし、帰る事ができる武も 本当の意味での 『元いた世界』 ではなく、その 『平行世界』 に帰ることになる。
 それはつまり、その帰るべき世界も 『白銀武』 は存在していて、その体と同化することでしか自分はその世界に留まれないという…

 そのことは、自分が 『元いた世界』 で自分を探しているかもしれない純夏や冥夜達と再会するというものとは全く別物であることだった。


 全てを聞き終えて、その内容を考えれば考えるほど武は混乱していく。

 今まで、自分が知る純夏や冥夜と思っていた存在が、実はそうではないこと。
 帰れると思っていた世界は、別の終着点であること。
 もしかしたら、今やっているバルジャーノン計画は全く無意味なのではないかと言うこと。


「……………………………………………………」



 純夏にとって 大切なことは、ただ武と一緒に居たいということだけだった。
 だから、この世界から去って欲しくなかった。

 全てを受け入れてくれると言った武を信じたかった…

 冥夜と武が肉体関係を持つことをイメージすると、嫉妬と不安で体が引き裂かれそうになる思いもある。
 ……でも、正直自分一人でこの世界を生き抜くことは、出来ない気がした。

 この世界で目覚めた自分は体が弱く、例え元気になったとしても冥夜のように頭も良くなければ力に自信があるわけでもない。
 武の足枷になる惨めな自分を想像するとどうしようもない自己嫌悪に陥った。

 ………それでも武の側にいたかった。

  たけるちゃんの事を考えれば、例え同じ世界ではないにしても、ココより平和な世界に居た方がいいに決まっている。
  それでも、この世界にたけるちゃんがいて、幸せになって貰うためには、自分だけでは無理なのだ。
  たけるちゃんを幸せにするためには、冥夜の力も必要と思った…
  自分だけでは無理でも、冥夜が共にいてくれたなら、たけるちゃんを幸せに出来ると思ったのだ!


 だから、武に 『冥夜のことを抱いてあげて欲しい』 と、お願いしたのだった。


  本当は、冥夜と2人で秘密にしていたことをバラす気など、これっぽっちも無かった。
  今まで秘密にしていたことをバラせば、たけるちゃんに裏切られたと思われても仕方がないかもしれない…
  でも、これ以上… こんな真摯な態度を見せるたけるちゃんに隠し事なんかしたくなかった。

  冥夜には勝手に喋ってしまって済まないと思う…
  それだけじゃない。 一人で抜け駆けをしてたけるちゃんと結ばれてしまったのだ。

 そんな罪悪感も手伝って、たけるちゃんに罪の告白をするように、全てを話してしまった………


「……………………………」

 しかし、全てを話終ってから 一言も 発そうとしない武を見て、純夏は不安になっていた。

―――― 怖い……。
 そんな気持ちで胸は一杯になり後悔で満たされていく。

 よく考えれば、たけるちゃんがこの世界に執着する理由はない。
 だって、元の世界に帰れば、そこには私や冥夜、たけるちゃんのお母さんお父さん、月詠さんや学校のみんな…
 そして平和な世界が待っているのだ!

 それらと「私と冥夜」を比べても、とても釣り合わない…… 比べられる筈なんて無いのだ!!
 しかも、この世界は宇宙人と戦争をしている危険な世界。
 どう考えてもこの世界を選ぶ理由はない。

「………………………………………」
「………………………………………」

 あまりにも無反応な武を見ていると、純夏は怖くて 体が自由に動くなら、この場から逃げ出したかった…

「………………………なぁ…純夏」
「……な、なにかな、 たけるちゃん」

 体がどうしようもなく震えているのがわかった。

「お前を抱いた時さ、オレ思ったんだ……純夏のためなら、元の世界に帰れなくても戦っていけるって…」

「――――――!!」
「今も、その気持ちは変らない」
「た、たけるちゃん……」

「本当の意味で、もう自分と一緒に過ごした純夏や冥夜に会えないんだと言うけど、
 純夏や冥夜が、例え世界が違っても オレをオレとして受けとめてくれる みたいに…
 やっぱり世界が違っても純夏は純夏…それは変わりないって思う」

 純夏は体の震えが止まらなくなっていた。
 ただ先ほどと違って、心は温かいモノで満たされていて、そして側にいる武が、ギュっと体を抱きしめてくれている。

「冥夜の事はすこし考えさせて欲しい…
 あいつも、色んな事情を知ってしまったら、やっぱり放っておけないし
 それに冥夜自身の気持ちが一番大事だと思うんだ。 そのことは冥夜と面と向って話さなきゃいけないよな」

「うん……そうだね………」

「でも、本当にオレが冥夜を抱いてもお前は後悔しないのか? 
 そりゃ、男としては、オレもハーレム願望ってない訳じゃないからな…」

「……た、たけるちゃん……許すのは冥夜だけだからね!
 そりゃ、多少の嫉妬はすると思うけど、3人仲良く生きていきたいし、アタシだって冥夜のこと好きなんだよ?」

「そ、そうなのか? 前から思ってたけど、お前と冥夜って随分仲いいよな?」

「どっかの鈍感ニブちんの所為で、私たちはとーっても苦労してるんだよ〜
 冥夜が男だったら、たけるちゃんより冥夜を選んでたのかもしれないんだから!」

「はぁ〜〜〜、鈍くて悪かったな……」

 いつもの感じに戻り、ヤレヤレと言った顔で答えるしかない武。

「だけどね、たけるちゃん。 私の望みは武ちゃんと共にあることだから…
 私の望むことは1つ… この先何があっても私たちを受け入れて欲しい。 それだけだから……」

 そう言って純夏は、ギュッと武を抱きしめ、その大きな胸に自分の顔をうずめていく。

 武も身体が熱くなって…もう一度純夏の体を抱こうとした瞬間 ―――――――

      横浜基地の内部で大きな警報が鳴り響き出したのだった……









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