――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 


守るべきものを本当に守りたいという
      強い意思が最初からあったなら・・・・


ワタシには誰にもできないことが
       できたのかも知れない・・・・・・・・


終わりの見えない苦しみに喘ぐあの人を
       救えたのかもしれない・・・・・・・・・・

 


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 











 

 

 

 

  ――――― 2001年11月28日

 

 

 

 










 

 


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

     ――――――ガバッ


 白銀武はベッドの上で目を覚ました・・・・・

 何か・・・ とてつもなく、大変な事が遇った気がした。
  とても大事なモノを失った、そんな喪失感に襲われて思わず武は身体を抱え込む。

 汗は止めどなく落ち、その正体を探るべく記憶を思い返すがその糸口は一向に掴めず考え込んでしまう。


「なんだろう・・・・ 俺は何か、大変な目にあっていたような・・・ 途轍もない後悔をした気が・・・・・・ ―――ん?」


 見渡せば、見知らぬ部屋であった。

 左右には、自分が寝ているベッドと同じ物が一つずつあり、カーテンで半分仕切られている。
 点滴用の支柱や、清潔感と消毒臭が匂う感じが、この部屋を病室に思わせていた。
 病院に行った記憶も無ければ、そんなところでお世話になったことも無いはずであった。

「俺はなんでこんな所で寝て居るんだ? つーーか、ココどこ?」


 武は、自分が今まで何をしていたのかを再度思い出そうとしていると
 隣のベッドとを仕切っているカーテンが小気味よい音と共に開かれた。


「あ・・・・ 目を覚ましたんだ、タケルちゃん!!」

 その声の主に武はハッとする。

――――― え・・・ 純夏? お前・・・純夏だよな?」


 同じように右側のベッドに伏せってこちらに話しかけてきたのは、長い緋色の髪を持っている彼の幼なじみであった。
 顔にはどこか生気が無く、衰弱した印象が見受けられた所為か、思わず武は目を潤ませる。


――
ヤベっ 何泣きそうになってんだよ、俺は・・・ ――――― っと、何で純夏もここに寝て居るんだ?


「お〜〜い、タケルちゃん、聞こえてますか〜〜 ・・・聞こえているのかなぁ? お〜〜い、お〜〜い、お〜〜・・・」

――――― 聞こえているぞ、そんなに間抜けな声をだすんじゃねーーよ、純夏。お前はアホな子か?」

「ううう〜〜〜、私はアホな子じゃないよぉ〜〜」

「ってか、ところで、ここはどこなんだ? こんな所で寝たような記憶は、さっぱり無いんだが・・・・」

―――― そ、そうだよ!! 大変だよっ、タケルちゃん!! 私たち、大変なことになってるよっ!!!」

 伏せっていた純夏はここぞとばかりに起き上がろうとする・・・
 だが、その身体は彼女の思い通りには動かないようで、フラフラしながら上半身を起こすのが精一杯のようであった。


「・・・お前・・・ 大丈夫なのか、そんなにふらついて・・・ 顔色もなんだか良くね〜〜ぞ・・・・」 

「わ、私の身体の事なんて、後でいいんだよっ! それより、大変なんだってっ!!!」

「・・・・お、おう・・・ それで、一体何が大変なんだよ・・・」

――― もう、マンガだよっ、アニメだよっ、ゲームの世界だよっ!!!」

――――― は?」

「パラレルワールドだよっ、パラレルワールド!!! 私たち、変な世界に迷い込んじゃったっ!!!」


 熱くなっている純夏を見ていると、武は急速に自分が冷めていくのがわかる。


「とりあえず、変なのはおまえだ、純夏。いったい何を言ってんだ?」

「う、う、宇宙人が攻めてきてるんだよっ!!!」

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?」 


――
最近ゲームやマンガの影響で、現実と虚構の区別ができない人間が増えてきているとは聞いていたが・・・
 
   まさか、こんなに身近にいるとは・・・・
    哀れだぜ、純夏・・・・
    こんな奴だけど、一応今まで一緒に生きてきた幼馴染みだから面倒をみてやならいとな
 

 そう思い暖かく見守ってやろうと決意を固める武。


「そっか、純夏・・・ おまえの世界は、大変だなぁ・・・・・・」

「ムキーーーーーっ、 全然信じてないよぉーーーーー!! 馬鹿にした目で見るなぁーーーーー!!!」

「おまえさ、せめてパラレルワールドか、宇宙人か、どちらか一つにしろよな・・・ リアリティも何もあったもんじゃねーよ」

――― だって、本当なんだもんっ、嘘じゃないもんっ!!」

「で、攻めてきたのは火星人か? 金星人か?」

「そんなんじゃ無いよ! BETAっていう化け物なんだよ!!」

「はぁ・・・・・・」

「どーーして信じてくれないのさ! 宇宙人だよ、たけるちゃん!!」


 必死に訳のわからないことを訴えかけてくる純夏をどうするべきかと、武が考えていると
 部屋の入り口から 白稜柊指定の制服を着た女性が入ってきた。


―――― お、冥夜・・・ 純夏がさ、何か変なんだよ」
「もぉーーーーっ、私は変じゃない!!」

 純夏の抗議を無視する武。
 一方の冥夜はというと、本当に驚いて声を失っており、暫くしてようやく声を発したのであった。


「タケル・・・そなた、目が覚めたのか」

「お、おう・・・何か心配を掛けたみたいだな・・・ いったい何がどうなっているんだ? 純夏の話じゃ訳がわからん・・・
 
っていうか、純夏の奴、いったいどうしちまったんだよ・・・・・・
 
前から変だったけど、今日のコイツはチョット痛いぞ・・・・ それに何か弱っているようにも見えるんだが、何がどうしちまったんだ?」

「冥夜〜〜〜 タケルちゃんが私の話を信じてくれないよぉ〜〜〜」

 武は純夏の冥夜に対する呼び方に若干の違和感を持ちつつも、今はスルーする。


「ふぅ〜〜〜〜・・・・ 鑑・・・ そなた、きっちりとタケルに説明したのであろうな?」

「したよぉ〜〜 でも、可哀相な目で私を見るだけなんだよぉ〜〜〜」

「はぁ〜〜〜、 そうだな、論より証拠とも言うし・・・ タケル、できれば少し付き合ってはくれないか? 見せたいモノがある・・・」

「わかったが、何を見せてくれるんだ? ―――― っていうか、ここはどこなんだよ・・・」

「ふむ、追々わかることだから、後で説明する」


 そう言って部屋から出ようとする冥夜に純夏は抗議する。


「わ、私も連れて行ってよ、冥夜!」

「しかし・・・ そなたは、穂村たちに安静にするようにと言われているでは無いか?」


 穂村という武に聞き覚えの無い名前を出す冥夜であるが、そんな彼の疑問を余所に会話は進んでゆく。


「もう、平気だよ!! 体力が落ちているだけなんだから、一緒にいく!!」

「そうは言ってもだな・・・・ 車椅子が借りれるかどうか・・・」

「嫌だよーー、私もいくーーー、いくーーー、いくーーー、いくーーー・・・」

 子供のように駄々をこねる純夏に対し、冥夜は再度溜め息をついた。
 武としては、いつのまに二人はこんなに仲が良くなったのかと少し訝しむ。
 それは、自分の知る2人は、どこか遠慮をしあっていて、相手に対し甘えるようなことは無かったはずだ・・・
 そう思っていたからであった。

 しかしまぁ、このまま放って置いても話が進みそうに無いと判断した武は
 ベッドから立ち上がると、隣で寝ている純夏の身体を抱き上げてやる。


――――――― タ、タケルちゃん!!! 」

 武の大きな両腕に抱き上げられて、自身の髪と同じくらい赤くなる純夏。


「俺が、連れて行ってやるから、純夏は 落ち着けよ・・・ それでいいだろ、冥夜」

「う、うん・・・」
「タケルがそう言うなら、私は構わない・・・・」


――― ったく・・・・少しは慎みを持てよ、純夏・・・ 女がイクイク言ってんじゃねーよ・・・ ったく・・・」

「あははははは・・・・・ す、少し恥ずかしいよね・・・ これは・・・・」

 それは自分の発した言葉に対してか、それとも所謂 『お姫様抱っこ』 に対してかはよく分からない。
 とにかく純夏は抱っこからオンブに変更するように要求し、武はそれに従い、その様子を見ていた冥夜は少し口を尖らせる。
 

「タケル・・・ そなたの鑑に対するその行動・・・ 端々から、いつにない優しさを感じるな・・・」


「そうか?」

 自分では、よくわからない武はそう答えるしかない。

 

「それに鑑・・・ 背負って貰うより、抱き上げられている方が、そなたの好みではないか?」

「うう・・・・ 意地悪なことを言わないでよ、冥夜・・・・ だって、アレは結構恥ずかしいよ〜」

「私は、そなたが羨ましいがな・・・」

「それにだよ。 あの格好だと、これから見る風景にタケルちゃんはビックリして、私を落とそうだもんっ!!」

「・・・・ふむ、それは違いないな」


 2人が他愛ないやり取りをして笑いあった後、3人は部屋の外へと出た。
 その殺風景な廊下に思わず武は目を見張る。

「なんていうか・・・ 秘密基地とか、軍事施設っぽいな廊下だよな」

 無駄のないに無機質な廊下が延々と伸びており、所々にB19Fと描かれた大きな文字が書いてある。
 それが正しければ、地下19階であると 武にも予測が付くが、そうした呟きにも冥夜と純夏は何も言わず
 ただ少しばかり緊張した面持ちを浮かべるのみであった。

 3人は歩いて行くが廊下ですれ違う人はなく、彼女達2人は、先ほどの様な会話はない。
 そして、エレベーターに乗り込むと屋上のボタンを押して、次にそのドアを開くのを待っていた・・・・

 


――――― え・・・・ ここは、学校の屋上じゃねーーのか???」


 エレベーターが開いた先に広がる空間は、武には見慣れた白稜柊の屋上であった。
 

「一体、何時、こんなエレベーターなんて設置したんだ? っていうか、学校の地下に今までいたのか?」

 しかし、武の疑問に、彼女達2人は答えることはなく、「こっちに来て欲しい」と言う冥夜の言葉に従って
 武は屋上のフェンスへと近づいた。

 

   廃墟が広がっていた・・・・

   映画とかでしか見たことがない荒廃した風景。
   ビルも無く住居や家も無く、草木もまばらにしか無く、瓦礫と茶褐色で埋め尽くされた風景。
   

   武が屋上から望んだものは、彼が記憶している街並みが蹂躙されつくされた、黄土に染まった大地の風景でしかなかった・・・・

 

「な・・・ なんなんだ・・・ これ・・ は・・・・ ――――― 何なんだよっ! これはっ!!  ど、どういう事だよっ!!!」

 思わず冥夜に掴みかかろうとする武。


―――― タ、タケルちゃん!! 落ち着いてっ!!」

 だが、純夏の声が耳元で大きく鳴り響き、首に巻き付く純夏の腕が力なく締められたことによって、彼は辛うじて正気を取り戻す。
 

「す、すまねえ・・・ 冥夜・・・ それで、いったい何がどうなっているのか、説明してくれるよな?」

「ああ、そのつもりだ、タケル。 この目の前の風景は、BETAと呼ばれる異星人の攻撃で廃墟になったらしい」

「べーた? いせいじん?」

 そして、武は先ほどの純夏の言葉を思い出す。

「宇宙人が攻めてきたって言ってたのは・・・ 本当だったのか・・・・
 
でも、そんなことは、俺は知らねーーーぞ!! 一体、何時攻めてきたんだよっ!!
 
親父たちは・・・ 委員長や慧、尊人、たまたちは・・・ 学校のみんなは、どうなったんだっ!!!」

「落ち着くのだ、タケル・・・」
「そうだよっ、落ち着いてっ、タケルちゃん!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「おそらく、タケルのご両親は無事だと思う・・・ むしろ無事でないのは、私達の方だと思う・・・・」

―――――?  どういう事だ、それ・・・ 俺達の方が無事じゃないって・・・」

「ここはね、タケルちゃん・・・ 私達が知っている白稜柊の屋上でもなければ、私達が知ってる横浜でも、日本でもないんだよ・・・
 
私達がいた世界とは、別世界・・・ もう何年も昔から、宇宙人と戦争をしている平行世界なんだよ・・・」


 今度は、純夏自身も落ち着いて武に説明することが出来た。

 そして武は、『平行世界』 という言葉から、部屋で純夏が話していた 『パラレルワールド』 の意味を理解する。


「ありえねーーーだろ・・・ こんな話って・・・・」

「だが、タケル・・・ これが私達の現実だ・・・」

「め、冥夜も純夏も、なんでそんなに落ち着いていられるんだよっ!! おかしいだろっ、こんなのって!!」


 怒鳴るように叫ぶ武に対し、諦観にも似た表情を浮かべる冥夜と純夏。
 そして彼女達は顔を見合わせた後、今度は純夏が武の背中の上でポツポツと語り始めた。


「私達だって・・・ 私達だって、不安だよ・・・ タケルちゃん・・・・ 3人の内でね、一番早く目を覚ましたのは、私・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「タケルちゃんも、冥夜も眠ったままで・・・ こんな変な世界で目を覚まして・・・ 本当に不安だったんだから・・・・」


 それは、悲痛な心の叫びであった・・・・
 武自身でさえ、混乱してるのだ・・・ どうして彼女達が、平気などと思ったのか? 自分の浅はかさに彼は腹が立つ。


「私ね、どうしていいかわからなかった・・・ 随分、身体が弱っていて、最初は動くこともできなかった・・・
 
何人か、知っている人にあったけど、向こうは私のことなんて何も知らなかった・・・・
 
この世界の人達が、宇宙人と戦争してるって聞いても、どうすることも出来ないし、タケルちゃん達は眠ったままだし・・・
 
もし、タケルちゃんが一生目を覚まさないと思ったら・・・・・・グスッ・・・・・ウウッ・・・・」

 純夏は泣き出していた・・・
 そして、彼女に変わるにように冥夜が話を引き継いでいく。


「私が、目を覚ましたのは、鑑が目覚めてから2日経ってからだ。
 
鑑はこの通り、身体が弱くなっている故、私が動いて色々と情報を集めてみたが、
 こちらの人間が説明してくれたように、ここは、私や鑑がいた世界とは、少し違うという結論がでた・・・」

「それで、帰れる方法とか、なんで俺達が、こんな世界に来ちまったのかは、わかっているのか?」

「いや・・・ 私もそして、こちらの人間も見当が付かないそうだ・・・・」

「そっか・・・・・・」



 溜め息が出かけたが、それを武は押しとどめる。
 もし、こんな訳のわからない世界に一人でやって来ていたと考えるとゾッとする。
 俺達は3人一緒に来たと思えば、随分救われた気がしたのであった。

 そして、自分はこの中で唯一 男で、そして2人からは、たぶん・・・ いや、間違いなく好意を寄せられているのだ。

 男としても、人間としても、自分がしっかりとしなければと言い聞かせた。



「ま、こっちに来たってことは、帰れる可能性もあるってことだろ?   俺はこの際、そう割り切って考えることにした!」

「タケルちゃん・・・」
「タケル・・・」

「それに、こんな世界でも、俺一人じゃない。 
 おまえ達がいるなら、きっと楽しく、うん、後悔のないように生きていけるんじゃないかって気がするぞ」


 その武の言葉で、部屋を出て以来 暗かった彼女たちの顔に一筋の光がさしていた。


「タケルちゃん、かっこつけすぎだよぉ〜〜〜」
「ふふふ・・・ 確かに少し背伸びをしておるな」

「う・・・・ おまえ達ね、一体いつから、そんなに仲良くなったんだよ・・・・」

 2人は再び顔を見合わせると今度は笑い合う。


「そなたが寝ている間にも、私達には色々あったからな・・・・」
「そうそう、だいたい、タケルちゃんの看病をしてたのは、殆ど冥夜なんだよ」

「そ、そうだったのか・・・・・ なんか わりぃな・・・・」

 すると少し赤くなる冥夜。

「まぁ、男子のアレが、あれほど大きくなるとは思わなかったがな・・・・ なるほど、話で聞くのと実物では、ああも違うとは・・・・」

――――― は、はイっ?! 冥夜さん・・・ き、君は一体、ナニをオッシャテイるンですか?」

「そうだよね〜〜冥夜っ。 まさか、こすると白いのが―――――

「ぎゃぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!  てめーらっ、人が寝ている間に何やッてんだっ!!!! 」


「アレが口に入った時にはビックリしたぞ・・・・ 何とも、苦くて―――――

「ぎゃあーーー、ぎゃあーーー、ぎゃあーーー、ぐおおおぉぉーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 もはや、自分の寝ている間にナニがあったかを聞き出す気力をなくし、現実を受け入れないように奇声を上げ出す武。


――
う、鬱だ・・・・・ いやだぁ〜〜〜 嫌じゃ〜〜〜 恥ずかしくて、死んでじまうぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    うう・・・うううっ・・・・ グスっ・・・・ し、知らない間に穢されだあぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!
    そ、そうだ!! これは、夢だっ! 夢に違いないっ!!!!!


 宇宙人やパラレルワールドさえ受け入れてきたが、
 ここに来て、ようやく現実逃避というスキルを思い出す武であった・・・・・

 

 

 


 


 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 


 

 

 

 

 

「この中に副司令が居ます。白銀さん、中に入ってください」

 ウサギの耳によく似た髪飾りを付けた少女、社霞に促されて白銀武はため息をついた。


―― 何だっていきなり、軍隊の副司令に会わなきゃなんないんだよ・・・
    なんだかすっげーー嫌な予感がするんだけど。
    俺、何か対応を間違ってたのかなぁ〜〜


 再度、肺の中の空気を吐きだした武は、先刻前までの出来事を思い直していた。


 この、白稜柊によく似た場所にある建物の屋上で、この世界が自分の居た世界と違うことを武は突きつけられた。

 目の前に広がる何も無い大地と瓦礫の風景。

 冥夜と純夏から告げられた事実に、武は受け入れられない現実に大声を上げて取り乱してしまっていた。
 すると、いかにも軍人風のゴツイ男達が現れて、武はもとより冥夜、純夏達まで強引に取り押さえられてしまったのであった。


 正直、武は野蛮で冷徹な雰囲気を纏った彼らに反感を覚え、反抗を試みようと思った。

 だが、冥夜が彼らに従うよう窘めたことと、現在の自分の置かれている状況が分からない以上
 下手を打つわけにはいかないと思い返し素直に拘束されたのであった。


 その後は、武は冥夜と純夏から引き離されて、尋問室の様なところに放り込まれると、
 2人と交わした会話を根掘り葉掘り聞かれたのであった。


 この時も武は相手の態度が気に入らず、適当な事を言って誤魔化してやろうかとも思っていたが、

「嘘を吐いても分かりますから、素直に答えてください。その方が検査も早く終わります」
 
 と、この殺伐とした状況の中で場違いな、現在目の前にいるウサ耳少女にそう促されて
 武は正直に屋上で話したことを一言一句説明して見せた。


―― でも、なんか不思議な気分だよな・・・
    この子を前にしていると、なんか嘘がつけないって気分になるんだよな。
    それに懐かしい感じもするし、どっかで会ったことあったかなぁ〜〜


 そのように尋問を受けながら、しかしぼんやりと、武は目の前にいる社霞と名乗った少女をそう評していた。


 結局、彼女が言うように真面目に答えるとすぐに武は解放されたのだった。
 しかし、まだ冥夜達に会うことは許されず、すぐに身体検査や問診を受けることとなったのだが
 そのことは、武自身にとっても有り難かった。


 話によると、自分は原因不明の昏睡状態でこの世界の荒野で見つかったらしく、十数日もの間 眠り続けていたのだ。

 元の世界に帰るために頑張って行くか、もしくはその手だてが無いならこの世界で生き抜いて行かなければいけないのだから、
 自身の体の状態を知りたかったので、願ってもないことであった。


 緑髪をした穂村と名乗る看護師に従って検査を受けた後、武はようやく冥夜や純夏と合流出来るのだと思っていたが、
 側にずっと付き添っていたウサ耳少女が今度は副司令に会ってくださいと言い出し、結果ここまで連れてこられたのである。
 


―― 副司令ってことは、この基地のNo.2なんだろうか?


 そう考え、武は憂鬱になっていく。


―― 司令じゃなくて、「副司令」ってのに何か引っかかるんだよな・・・
    だいたい、アニメとかじゃ、No.2の奴って狡賢くて冷酷で、いつも何かろくでもないことを企んでいて、
   反骨精神はバリバリで、いつ反逆してやろうかってタイプが多い気がする。
   
    この扉の向こうに居る奴って、たぶんそういう奴に違いないぜ・・・
    うん、絶対にそうだ!! そうに違いない!
    何か俺の直感がそう告げているんだよなぁ〜〜
    「あの人」には気を付けろってな!!
    って、「あの人」って誰だよっ!!!


 心の中でツッコミを入れる武。


―― 出来れば、扉の前から引き返して帰りたい・・・ はぁ〜〜〜〜
   

 すがるような目で武は隣の少女を見た。
 しかし、彼女はこちらを突き放すようにプイっと前を向き、扉を開けるのみであった。

 

 プシューーっという コンプレッサー音と共に開かれたドア。
 壁に掛けられた大きな旗や、木製の大きく無骨な机に所狭しと乱雑に配置され、積まれた資料の数々。


 そんな部屋の中にいる人物に武は思わず目を見張る。


「―――― ゆ、夕呼先生??」

 反射的に武はそう反応していた。

「あら、あんたも 私のことを 『先生』 って呼ぶのね」

 そう言って武のよく知る天才物理教師、香月夕呼はニヤリと笑うのであった・・・


「は? 当たり前じゃないっすか! 夕呼先生は、俺達の物理の先生じゃないですか」

「残念だけど、私はあなたの知る香月夕呼とは違うわ。 私たちは初対面なのよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 こちらの様子を観察するように夕呼は笑みを一層綻ばせながら自己紹介をした。


「初めまして、私が極東国連軍の横浜基地の副司令、香月夕呼よ」

「・・・・・・・・・・・・・・マジ?」

「ええ、『マジ』よ、シロガネタケル」

「・・・・・なんで、俺の名前を知ってんですか? 俺の連れに聞いたんですか?
 それとも・・・ この世界にはやっぱり先生の様に、俺自身も居るって事なんですかね」

 味方であれば頼もしいが、敵対すればこれほど厄介な人はいないと思える夕呼なので、武はつい警戒を露わにしてしまう。

「ふふふ・・・ そんなに構えなくったっていいわ、とって喰ったりなんかしないわよ。
 あんたのことは、連れの御剣や鑑達から聞いたの。
 それに興味深いことにね、この基地では『シロガネタケル』って名前は有名だったのよ」


「――――??? どういうことですか? まさか、本当に俺がもう一人居るんですか?」
 
 夕呼の言葉に思わず武はそう返す。

「正確には、『居た』のよ。 だけど、先の作戦で残念だけど彼、『シロガネタケル』は死亡してるわ」

「―――――――!!!!」


 この世界は宇宙人と戦争をしている。

 冥夜達から聞いて・・・ 屋上から見た風景で、理解はしていた筈だった。
 だが、その戦争で身近な人間が、しかも自分自身が死んでいるとは武は思いもしなかった。

 目の間にいる夕呼が嘘を付いているかどうか、武にはよく分からなかった。
 夕呼を観察すればするほど、自分の知る夕呼とは何かが違い、性格や顔形は似ていても、
 その成り立ちがまったく別物であることが見て取れた。

 似ているのに、別物。この世界の自分は死んでいるのに、ここに自分が居る。
 この奇妙な状況では、五感から感じる刺激でさえ現実感がどこかあやふやで、
 醒めない悪夢を未だに見ているような気持ちに武はなっていた。

 本当のところ、そんなふざけた話は笑い飛ばしたり、その辺の壁や置物に八つ当たりをしたい気分であった。
 
 だが、屋上に向かうとき 廊下で見た冥夜や純夏の沈んだ表情を思い出すと、武はそうした行動をとることが出来なかった。

 

―― 世界は優しくない・・・
    そのことを俺は知っている。


 いや、誰かがそんなことを言っていた気が武はした。

 だからこそ、自分が大切に思うものは全力で守らなければいけないのだ。
 こんな狂った世界に居るのは自分一人ではない。

 冥夜と純夏も幸か不幸か、俺と一緒に来てしまっているのだ。


―― 俺は同じ世界から来た者として、
    男として、彼女たちから好意を寄せられている人間として、
      2人を本気の本気で守らなければいけない・・・


 今、必要なことは、自分たちが置かれている現状を理解することだと武は思った。
 自分の知る香月夕呼という人間は無駄なことなどしない。

 武は目の前の夕呼にこちらの感情を悟られないように気分を落ち着かせ、そして切り出した。


「俺が死んでいるってことは、理解しました。正直理解しづらい現実ですね・・・」

「あら、随分と落ち着いているのね」

 意外そうな夕呼の顔。

「そりゃ、目覚めたら、異世界に来ているとか、人類が宇宙人と戦争をしているだとか、訳わかんない話ばかりこの数時間の内で
 聞かされてばかりでしたからね・・・ 自分が死んでいるって言われたぐらいじゃもう驚きませんよ」

 そういって武は無理をしながら笑ってみせる。

「ふーーん、思ったよりも骨がありそうね。彼女達から聞いていたよりは、随分としっかりしているじゃない。
 それとも 実は今も夢の中にいるんだと思ってる?」

「どうですかね、夕呼先生。仮に夢だとしても、醒めなけりゃ、それは現実と変わらないんじゃないですか?」

「ふふふ・・・ それもそうね」

 その武の反応に本当に可笑しそうに笑う夕呼。
 それを面白くないと感じる武は本題に入ることにした。


「それにしても、副司令ってのはそんなに暇なんですか?
 夕呼先生は俺達が物珍しいから呼び出したんじゃないんでしょ。
 それとも本当に、俺にこっちの世界の現実を突きつけて、その反応を見るためだけに呼んだんですか?」

 悪趣味な夕呼なら、その可能性も捨てきれないが、たぶん何か他の理由があると武は思った。


「そうね、まずは確認。
 取り調べ結果によれば・・・・・・ 白銀武、2001年現在柊町在住、白稜大付属柊学園3年B組在籍、両親健在、兄弟姉妹無し・・・」

「そうですね、間違いないです」

「あたしのことをどれぐらい知っているのかしら?」

「白稜大付属柊学園の物理の教師で3年D組の担当。とにかく楽しいことが大好きで、あと俺の知る限り 因果律量子論とか、
 恋愛原子核とか、既存の学問に無い研究とよく生徒の前で提唱してました」

「・・・・・・・・ まぁ、御剣達と言うことは一緒ね」

「さっきの取り調べでも聞かれましたけど、冥夜達と口裏を合わせたなんてことはしてませんよ」

「ええ、分かっているわ」


 そこから、しばらく夕呼は考え事をしていたが、思い出したようにまた質問を再開する。

 
「あんたをここまで連れてきていたあの子、社霞に見覚えはあるかしら?」

「え〜〜〜っと、あのウサギの耳みたいな髪飾りを付けていた女の子ですよね・・・
 俺の居た世界に居たかってことですか?」

「ええ、そうよ」

「どうですかね・・・ 見覚えがあるような無いような・・・ ただ、初めて会った様な気はしませんでしたよ」

「・・・そう」


 武には、これらの質問が一体何の意味があるのか分からなかった。
 このまま夕呼のペースに任せていては、知りたいことを知ることも出来ないまま追い出される気がして逆に問いかけてみることにした。


「夕呼先生は、俺達が異世界からやって来たってことについてはどう思っているんですか?」

「・・・・え? ああ、ありえないことじゃないわよ」


 と、 武がビックリするほどあっさりと答えてみせる。


「私の提唱する理論だと、そういう平行世界への移転現象の説明も可能だしね」

「だったら、俺達が元の世界に帰れる方法も分かっているんですか?」


 なるべくこちらの期待を悟られないように感情を抑えて武は聞いてみる。


「 『あんた』 が こっちの世界にやって来た原因を突き止められれば、もとの世界に帰る方法も提案出来るんだけどね」


 それを聞いて心の中でガッツポーズをとる武。


「でも、あんまり期待しないことね。平行世界から移動してきた人間については、過去に一度だけ私は会ったことはあるけど、
 そいつは 『この世界』では、元の世界に帰ることなく死んじゃったらしいから・・・
 あと、元の世界に戻ろうとしても、あんたがやって来た世界に帰れる保証は何もないから覚えておいてね」

「――――― え!! ち、ちょっとそれはどういう事ですか!!」

「つまりね、平行世界を移動することは可能だけど、その座標をコントロールするのは、私の持っている技術では無理ってこと。
 ま、あたしが言いたいことは、この世界に永住する気で居なさいってことよ」


 武は目の前が真っ暗になる気がした。
 もう両親にも、クラスメートや友人達にも会えないと宣告されたに等しい。

 足下から震えが上がってきて、思わず武はふらついた。


「そ、それでも、先生なら何とか出来るんじゃ無いんですか? 俺達が元の世界に帰れる方法があるんじゃ無いんですか!!」

 
 焦っていた・・・ 取り乱していた・・・
 武はすがる思いを夕呼にぶつけていた。


「あたしが本気をだせば、もしかしたらなんとか出来るかもしれないけど・・・ それをあんた達にしてやる義理はないわね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 正論だと武は思った。
 元の世界の夕呼なら、あるいは自分たちの危機に一肌脱いでくれるかもしれないが、こちらの夕呼と自分は赤の他人なのだ。

 あるいは、土下座して何でもするから協力してくださいと お願いをすれば夕呼の性格ならこちらの言うことを聞いてくれるかもしれない・・・
 しかし、彼女の性格なら、そうした弱味を見せればどんどん付け込んでくることは担任のまりもを見ても分かりきったことであった。


―― なにより冥夜や純夏と離ればなれになるようなことを要求されたら、俺は従うことが出来るのか?
    あいつらのこっちの世界での安全や生活を確保することがまず重要じゃねーーのか?


 帰ることももちろん重要だがそれ以上に大切なことを忘れてはいけないことがあると武は思い出す。

 
―― 俺が危険なことに首を突っ込めば、かならず純夏や冥夜もそれに関わることになるだろう
    俺の身の振り方はあいつらのこれからにも影響があるから慎重に考えなけりゃいけねーーぞ・・・


 しばらく武が沈黙していると夕呼が話しかけてきた。


「どうしたのよ、シロガネタケル。協力が得られないことがそんなにショックなのかしら?」

「・・・・・いえ、先生の言うことがあまりにも正論なんで、自分の甘さに反省してました。
 それで、どうしたら先生の協力が引き出せるかを考えてました」

「ふーーん・・・ で、何か良い考えが思いついたのかしら?」


「その前に聞いておきたいんですが、どういう経緯で俺達はこの 『国連軍』 に保護されたんですか?
 俺は目覚めたばかりで状況がサッパリ分かりません。
 その・・・こっちの世界の常識は分かりませんが、路上とかで俺達が倒れていたのを発見したなら、
 まず民間の病院に運ばれると思うんです。
 それに別の世界からやって来たって言ったら普通は頭がおかしいって思われるじゃないですか・・・
 俺が寝ている間に、純夏達の治療や面倒も見ていてくれたみたいですけど・・・ どうしてなんですか?

 こっちの世界の 『俺』 が有名なこととも何か関係があるんですか?」


「へーー、細かいことにも気付く方なのね、いいわ答えてあげる」

 そう言って夕呼は椅子に座って武を見た。

「あんたと一緒に倒れていた 『鑑純夏』 って子がこの基地の 『鑑零夏』 と瓜二つなのよ。
 しかも、あんた達が発見された場所は、旧柊町駅周辺の廃墟で何も無いところで
 国連衛士の訓練兵に似た服を着ていたこと。
 そういうことで この基地に収容されることになったの。
 で、こっちの 『鑑零夏』 は、シロガネの連れを死んだ妹と重ねて見ているみたいで
 弱った 『鑑純夏』 が回復するまでは全部あの子が費用を負担するって言ってるらしいわ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「あと、こっちの世界の 『シロガネタケル』 に関しては名前は有名だけど、その素性は一切不明。
 私も顔を見たこと無いわ・・・ ただ、彼が残した記録はおおよそ常人のそれとはかけ離れていた事ぐらいね・・・
 だから、あんたを発見当初、あんたがシロガネタケルとわかった人間は居なかったわ。
 ただ、最初に目覚めた 『鑑純夏』 の証言であんたの名前がわかったの。
 私はこっちの世界の『シロガネタケル』 とあんたが何か関係あるのかと思って呼びだしてみただけよ。 
 こんなところでいいかしら?」


「・・・・・はい、ありがとうございました」


 その説明を聞き終えると 武は心底ガッカリしていた。
 こちらが平行世界から来たことに価値を見出して保護したのであれば、
 あるいは交渉が有利に進めることができるかもしれないと思ったからだが どうやらそうではないらしい。
 

「夕呼先生は、俺達をどうしようと思っているんですか? 俺達と先生の間にどんな利害関係があるか知っておきたいです」

「別にあんた達には何も期待はしていないわ。 さっきも言ったように成り行きであんた達を保護しただけ・・・
 で、シロガネタケルって名前に興味を引かれただけよ」

「・・・・・・本当ですか?」

「・・・何よ、あたしが嘘を言っているっていうの?」

「い、いえ、そういう訳じゃないですよ。 ただ、俺の知っている夕呼先生なら、絶対何か企んでいると思っていましたから・・・」


 思わず本音が出てしまう武。


「・・・・酷い言われようね。 まぁ、いいわ。 それにあんた達にどんな利用価値があるのかまだ分からないから 今のところ興味は無いわ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ま、私の興味を引かせることが出来たら、少しはあんた達が元の世界に帰る手助けぐらい考えてやってもいいわ」

「・・・・分かりました」

「それとあんたにもパスカードを渡しておくわ。この階までならこれで自由に行き来できるから常に持っておきなさい。
 あんた達は今のところ民間の協力者として招かれていることにしてあるから」

「・・・・どうしてですか?」

「一応言っておくけど、異世界からやって来たなんて言ってたら、この世界でも頭が可笑しい人間になるからね。
 よく考えて発言なさいよ。 とりあえず、もう帰っていいわ。 3人で今後のこと何かを相談なさい。
 それと何かあれば、社を使わせるから、彼女の言うことを聞くように、分かったかしら」

「はぁ・・・ わかりました。 夕呼先生、色々とありがとうございます」


 そう言って、少し釈然としない表情を浮かべたまま武は部屋から出て行った。

 

 

 

 








  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 









「はぁ・・・ わかりました。 夕呼先生、色々とありがとうございます」


 そう言って、少し釈然としない表情を浮かべたまま白銀武は夕呼の執務室から出て行った。

 その武の姿を見送った後、夕呼は深く椅子に腰掛ける。

「こんな感じで良かったかしら・・・ 『鑑零夏』 」


 そう言って部屋の隅に向って問いかける。
 

「ありがとうございました。香月博士」


 部屋には先ほどまで武と夕呼しかいないはずであった。
 そして、武がそこから去った後、誰も出入りをした痕跡は無かった。
 だが、気が付くと部屋の隅に、赤い髪の毛を肩まで伸ばした女性がスッと立っていた。


「別に礼なんていいわよ。 そういう 『約束』 だったしね。白銀が因果導体から解放されるためには必要なんでしょ?」


「こっちの世界の私は、『タケルちゃんの幸せ』 を望んでいました・・・
 でも、あんな記憶を背負っていたら幸せになんかなれっこありません。
 こうしてタケルちゃんの記憶を消して、こっちの世界の私と暮らすことが一番良いんです・・・」


「何が幸せかなんて、人それぞれよ、鑑」


「それは分かってます。 でも、こっちの世界の私が タケルちゃんを幸せだと判断しないといけないんです。
 少なくとも私は、あんな記憶を持っていたタケルちゃんは幸せになれないと思いました・・・ 
 だからこっち側のBETA世界の記憶を消し去ったんです」

 
「ま、白銀のことに、私は口出す気は無い気持ちでいたけど・・・ ひとついいかしら?」

「何でしょうか?」

「どうして、御剣を巻き込む必要があったのかしら? 私としては、こっちの鑑と白銀だけで事足りたと思うんだけど」


「・・・・・・重要なのは、『タケルちゃんの幸せ』 ですから・・・ 
 私の向こうの世界での記憶では、タケルちゃんは私より冥夜を選んだんです。
 今のタケルちゃんにも、もしかしたら 『鑑純夏』 なんかより 『御剣冥夜』 が必要かもしれません。
 だから、冥夜には悪いけど、こっちの世界のことは忘れて貰いました」


「ふーん、記憶流入の実験で複数の平行世界の記憶が御剣の中に流れ込んでいたみたいだけど
 その中の『向こうの世界の記憶』 を利用した訳ね」


 あの実験での失敗は、果たして本当に事故であったのだろうかと夕呼は疑問に感じていた。
 鑑は初めからこういう状態になるように仕組んでいたのではないかという疑念が未だに拭い去れていない。
 
 御剣財閥という巨大な力を背景に自分から大好きな幼馴染みを奪っていった女に対する復讐か
 もしくは、御剣財閥というものが無ければ、白銀武が鑑純夏を選ぶに違いないという願望の証明か
 そうしたどこか白銀武への想いとは別のベクトルが潜んでいるように夕呼には思われていた。


「・・・・ま、いいわ。 なら、本題に入りたいんだけど、次の作戦の方はどうなっているのかしら。
 キャリー級なんて予想外なものが出てきたからね・・・ 遅れているんじゃないの?」


「はい、20日程度、全ての予定を変更する必要があります。
 しかし、先の作戦の分析で分かったことが幾つかありました。
 キャリー級の出現の理由はおおよそ見当が付いたところです」


 その言葉に夕呼は興味を持った。
 少なくとも、キャリー級のあのような行動は武の言う 『2回目の世界』 でも 『1回目の世界』 でも確認されていない。
 一体、どのようなファクターでBETAが行動を変更したのかが謎であった。


「なら鑑、話してちょうだい」
 

「はい、現状ではBETAの行動は予測が不可能だとされています。
 それは今でも変わりませんが、タケルちゃんの中の 複数の 『1回目の世界』 の記憶を相互に照らし合わせて検証し
 現在の状況を比較した結果、幾つかの仮説が出てきました。

 タケルちゃんの記憶の中では、幾つかの新種のBETAが確認されています。
 こちら側の戦術機を模したBETAや、人類に対しプロジェクションで精神攻撃を試みている正体不明のBETA
 核やG弾を無力化させるレーザー級の出現などです。
 
 これらの出現はいずれも、『バビロン作戦』 以降に出現している点から、オリジナルハイヴに対しての攻撃からBETAが人類に対する
 対処行動だと考えられます」


「まぁ、そうでしょう。 BETAの脅威は物量だと思われていたけど、それは間違いだわ。
 彼らの持つ最も恐ろしい武器はその適応能力でしょうね。 環境に対する適応の結果が 物量となって現れたに過ぎないわ。
 オリジナルハイヴに居るという上位存在ですら 『全宇宙に10の37乗』 個もいるらしいしね」


 宇宙に存在するあらゆる過酷な環境下でこれほどまで繁殖するBETAの適応能力は、
 おそらく人類の予測を遥かに超えたものだとしか 夕呼には想像することが出来ない。
 

 思えば、『2回目の世界』 での横浜基地襲撃事件で BETAが人類を敵としてすら認識していないという直感したという 『記憶』 は
 間違いでは無かったということであった。


「きっと彼らが本気を出せば、人類のあらゆる攻撃に対して無力化させられるかもしれないわね」


「はい、現在人類は彼らにとって敵性存在とすら認識されていないのは幸運なことだと思います。
 そして彼らを排除するには、奇襲という手段でしか人類は勝ち目がありません」


 『伊弉冉』 の運用が BETAの人類に対する脅威のランクを上げることになって、『キャリー級』 が矢面に立ってきた・・・
 『キャリー級』の出現はそれで説明がついた。

 だが、夕呼の天才としての直感がそれを否定していた。
 オリジナルハイヴに侵攻したのならともかく、たった数万のBETAを排除しただけで、彼らに脅威を与えるとはとても思えず
 その分析を00ユニットの純夏こと 『零夏』 に依頼していたのであった。
 

「博士に頼まれていた分析ですが、やはりタケルちゃんの記憶の中にある 幾つかの『バビロン作戦』 では、
 主力となる米軍はオリジナルハイヴの地下を最大で1000m付近まで到達しています。
 私の持つデータによる 『バビロン作戦』 でのシミュレーションでは、どうやってもゲート付近までの侵攻で精一杯です」


 武の記憶自体が間違っているという可能性もあるとも夕呼は考えた。
 戦意高揚のために、戦果を大きく公表することは往々にあったからだ。

 だが、そうであるならばBETAがわざわざ戦術機を模したBETAや人類を直接攻撃するBETAなどを作る必要はない。
 G弾対策をしていれば十分なはずであるのにそれ以上のことをやってた・・・

 だとすれば、考えられることはそう幾つもなかった。


「米軍は何らかの新兵器をバビロン作戦で使用していたと思って間違いなかったかしら」


「はい、ペンタゴンにあるバビロン作戦の概案では、幾つかの新兵器の投入が検討されています。
 博士の予想通り、やはりその中に 『オルタネイティヴ6』 の素案となった兵器の投入がありました」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・]


 ふーーっと夕呼はため息をつく。


「やはり、これの所為でキャリー級が現れたのかしら・・・」

「多分そうだと思います。タケルちゃんの暴走に関しても珠瀬訓練兵の事で出来た心の隙に
 BETAのプロジェクションによる精神汚染の可能性も否定出来ません。
 情報系統の破壊は、集団組織に対する攻撃に最も効果的です。
 私たちが今回使用した、BETAへのプロジェクション攻撃が、彼らの人類に対する脅威度を一段階引き上げてしまった可能性があります」


「まったく厄介ね・・・ まぁいいわ。 とにかく凄乃皇四型の完成を急がせなさい。
 あれの2700mm電磁投射砲があればキャリー級の対処が可能になるでしょう。
 それと伊弉冉と凄乃皇の管制ユニットにはバッフワイト素子を応用した対プロジェクションシールドの加工もお願いね」

「はい、分かりました」

 そう言って退出しようとする純夏。
 それを見て夕呼はふと声をかけた。
 

「ねぇ、鑑・・・ あなたは白銀のこと・・・ あれで良かったのかしら」


 そう言ってしまってから、夕呼はらしくないことをしたと思う。

 この世界は優しくない・・・ 誰もが幸せになれる世界では無い・・・
 何かを得ようとすれば、犠牲が求められる世界だ。

 自分でも理解している筈であった。 人類の勝利の為に多くのモノを犠牲にし、踏みにじってきた筈だった。

 だから、目の前の少女がする、おおよそ万人に受け入れられない行為に関しても何も言わなかった。

 勝手に人の記憶を覗いたり、改竄したり、消去し、人の心を弄ぶようなことを彼女は平気でやってのけていた。



 『御剣冥夜に至っては、誰にも気付かれることなく、その存在すらこの世界から消し去られてしまっている



 『鑑零夏』 は平時であってもあまり感情を見せようとはしない。
 そのことが夕呼を不安にさせていた。
 彼女は白銀武を救うためであって、人類を救うために協力しているわけではない・・・

 そう感じさせる思いが言葉として出てしまっていた。

 

「良いも悪いもありませんよ、香月先生・・・ これが私のタケルちゃんに対する贖罪なんです」


 振り返った『零夏』は薄ら笑いを浮かべて部屋から出て行った。


 贖罪と彼女は言った。
 しかし、その行為にさえ、多くの罪が付きまとっていた。


「本当に優しくない世界ね」

 そう呟くと、夕呼はまた自分のすべき雑務に向き合うのであった。

 



 










  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 


 

 

 

 

 


「あれ、お前 待っていてくれたのかよ・・・」

 武が夕呼の執務室から出ると、そこには銀の髪にウサギの耳に似た飾りを付けた少女が一人ポツンと立っていた。


「えーーーっと、悪ぃ。 名前忘れちまった」

「・・・・霞です・・・ 社霞」

「お、おう、そうだったな、霞。 ・・・まだ俺は、あいつらの所に帰れないのか?」

 その問いに首をフルフルと横に動かす霞。

「私は、『零夏』 さんから 白銀さんたちの面倒を見るように頼まれました。」


 『零夏』。
 純夏によく似ているという  自分の居た世界には居なかった純夏の姉妹。
 なぜかその名前に 武は胸の奥を掻きむしられるような焦燥感を持ち、会ってみたいと思った。


「霞は、その零夏って子と友達なのか?」

「トモダチ???」

 疑問系で不思議そうな顔を見せる霞。


「違うのか? うーーん、ならお前の上司なのか?」

「上司???」


 いまいち武は目の前の少女がよく分からない。


―― 彩峰とは違った意味での不思議少女だな

 もしかしたら もう会えないかもしれないクラスメートを武は思いだしていた。

―― そういえば、俺達が居なくなって、みんな大騒ぎしているんだろうな
    親父達に純夏の両親、月詠さん達も一生懸命探してくれているかもしれねーーな

 そう思うと改めて、早く元の世界に帰る手がかりを見つけなければと武は思う。


「???」


 相変わらず 『?』 マーク を浮かべている少女。

 

「あ、悪いな、ボーーっとしてた。 そうだな・・・ 霞にとって零夏って子はどんな存在なんだ?」


「・・・私に思い出をくれた人です」

 

 顔は無表情・・・ いや、少し嬉しそうかもしれない。
 そんな感じで彼女は答えた。
 たぶん零夏って子は良い子に違いない。
 彼女の答えを聞いて武はそう思った。



   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 


 部屋に戻って来てみると、冥夜の姿も純夏の姿も見あたら無かった。


「あのさ、霞。 他の2人はどこにいるんだ? 冥夜と純夏って名前だけど知っているか?」

 武がそう尋ねると霞はコクンと頷く。

「純夏さんは、現在はリハビリの時間です。全身の筋肉が弱っているので必要な処置です。
 御剣さんは、清掃のアルバイト中だと思います」

「せ、清掃のアルバイト!? あの冥夜が??」

 

 世界に名立たる御剣財閥の次期総裁である冥夜が、三角巾につなぎ姿でモップを持って掃除する姿を思い浮かべてみる。
 

―― シュール過ぎる・・・
    月詠さんに ばれたら、何を言われるかわかったもんじゃないな・・・


「御剣さんは、お金がいるから働きたいと言ってました。 だから、清掃作業の仕事を斡旋しました」

 武の思いを見越してか 霞はそうフォローする。

「それでは、白銀さん。 これを・・・」

 武が部屋に入りベッドに腰を下ろしていると、霞は数冊の書籍を渡してきた。

「――――なんだ、これ?」

「白銀さんは、この世界で 生活しなければ いけないです。
 そのためには、この世界の歴史や常識とか知らなければいけないと、零夏さんが言ってました」

 確かに 見れば、歴史や風習、風俗などの本である。


「ええーーっと、今から勉強すんのか?」

「・・・御剣さんも純夏さんも頑張ってます」

「うっ・・・・ そうだよな。 この世界に暫くはいることになるんだから、勉強は必要か・・・」

 

―― どうせすることもないし、時間つぶしにはなるか。
    それに基本的なことを知らねーと、こっちの世界の人間にも怪しまれるよなぁ・・・


 普通の学校の勉強と違い、現実に必要な勉強と考えて、なけなしのやる気を出すのであった。


「わからないことがあったら、聞いてください」

 霞に見守られる中、武は勉強に取り組んでいく。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


―― えーーっと、こっちの世界じゃ、日本には原爆は落ちてないのか・・・
    首都は京都?


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


―― 1960年代には、火星に探査船って、俺達の世界じゃ、これって最近の出来事だよな・・・


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 ・・・・

「ぐぅ〜〜〜〜〜 ぐぅ〜〜〜〜〜 ぐぅ〜〜〜〜〜」

 しかし、武のやる気も空しく、気が付けば熟睡をしているのであった。

「白銀さん・・・ 寝てはダメです」

「すぴぃ〜〜〜〜〜〜」

「・・・・・・・・・・・・白銀さん、朝です・・・ 起きてください・・・」

「ふにゃ・・・ふにゃ〜」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「―――― エイ、エイ」


 霞は 武の頭をウサギのぬいぐるみでぺしぺしと叩くことで起こす。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「す、すまん。 霞・・・ 寝るつもりはなかったんだけど、あははははぁ・・・・」

「・・・まだ、本調子では無いのかもしれません。 今日はこの辺にしますね」


 霞は、そう言って武の正面にあるベッドに腰を下ろす。
 見た目は武より3つも4つも年下に見える軍事施設で働く少女。
 無口ではあるが無愛想という訳ではなく、どこか不思議な雰囲気を纏う彼女に、武は 少なからず興味を持った。


―― でも、会話をしてみたいが、どうしたらいいかな・・・
    そもそも この年で国連の中で働いているっていうのは、どういう事なんだ?
    こっちの世界では、当たり前なのか?
    それともこの子には何か事情があるのかな・・・
    むぅ・・・ しかし、差し障りのない話の方が無難だよなぁ


 そう武は考えると、一つ気になったことがあった。
 それは、こっちの世界の娯楽である。
 暇な時間を潰せる道具が欲しかったし、
 科学技術が自分たちの世界よりも数段進んでいるので、一体どんなゲームが流行っているのか気になるところであった。


「なぁ霞。 こっちでは、どんなゲームが流行ってるんだ?」

「ゲーム?」

 少し不思議そうな顔をする少女。

「えーっとだな・・・ 霞は普段はどんな遊びをしているんだ?」

「・・・あやとりです」

「あやとり?」

「零夏さんに教えて貰いました。 あやとりは楽しいです」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 武にとって、あやとりなど幼稚園の時に女の子がやっているのを見たことがあるだけだ。
 目の前の少女が自信を持って勧めることに少しばかり怪訝に思う。


「あ、あのさ、霞・・・ 他に面白い遊びは無いのか? 例えばさ、コンピュータを使った遊びだよ。
 テレビゲームとか、携帯ゲーム機とかは、こっちの世界には無いのか?」


「???」


―― くそっ なんで不思議な顔をするんだよっ!
    歴史の話を聞いていると、こっちの世界の方が技術とか進んでるみたいなんだが、どういう事だ?
    いや・・・ この子が知らないだけで、ゲームガイやドリコスはあるかもしれない!

 
 気を取り直し、ゲームガイを頭に浮かべてそれをどういう風に説明したら良いかを考えて見る・・・


―― ロボット同士が戦いあったり、対戦する機械とか無いのかな・・・
    どう説明すれば分かりやすいんだろう?

 しかし、色々と考えてみたが、武はいい言葉が浮かばず終いであった。
 すると、霞はポケットから一本の毛糸の糸で出来た輪を取り出すとチョンチョンと腕を突いてきた。


「―――― ん? どうしたんだ霞」

「見ていてください・・・」

 

 霞は手に毛糸をかけると たどたどしい手付きで糸に指を通していく。
 そして しばらくすると、幾何学模様の絵が出来た。

 

「はしごです」


「・・・・・・・・・・・・・」

「はしごです」


「―――― お、おう。 す、すごいな」

 

 何と言って良いか分からない武は、とりあえずそう答えると、霞はまた指を動かし始める。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・。
 ・・・・。


「チョウチョです」

「・・・・そ、そうだな」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・。
 ・・・・。


「亀です」

「あ、ああ」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・。
 ・・・・。


―― こ、これは楽しいのか?
    ハッキリ言ってよく分からん。 つーか、いつまで続くんだ?


 武が終わりの来ない霞の指先を見ながらそう考えていると、いつの間にか その指は止まっていた。


「・・・・退屈ですか?」


「―――― い、いや、そんなことは無いぞ!」


 正直に言えば武にとってあやとりなど 退屈極まり無いことであったが、そこは武も目の前の少女を傷つけないようにそう答えていた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・えーっと霞。 次のあやとりを見せてくれないか?」

「・・・・もういいです」

「ははは・・・ そんなことを言わずにさ・・・」

 少しばかり不機嫌そうな霞に、武は機嫌をとろうと頼み込む。
 だが、そうすればするほど霞の表情は硬くなるばかりである。


―― はぁ〜〜〜。 退屈だって気持ちが表情に出ていたのか?
    頭の中の考えを読める人間なんて居るわけ無いから、たぶんそうなんだろうな・・・
   あやとりを馬鹿にした覚えは無いけど、 なんかつらそうな顔をしているしさ・・・
    泣かれたりしたら嫌だなぁ〜〜


 そんなことを考えて武は猛省する。
 もっともそんな考えさえリーディング能力のある霞にはお見通しである。


「私は泣きません」 と、霞は聞こえないように一応そう答えておいた。


 とにかく、気を取り直した武は別の提案をする。


「そ、それで霞。 ほかには面白い遊びは無いのか?」


「・・・・・ かくれんぼは、どうですか?」


―― グハッ!!


 またまた、古風かつ子供の遊びにガックリと武は肩を落とすのであった。


「そ、そうか・・・ 霞はかくれんぼが好きなのか?」


「・・・・やったことはありません」


―― なんでそんなものを勧めるんだよっ!!


 と、一応声に出さずにツッコミを入れる武。
 もっとも、かくれんぼに関しては、『2回目の世界』 で、武が霞に対して話したものであったが、今の武は知るよしもない。

 そして、どうも会話が噛み合わない、『不思議系少女』 に武は溜め息を吐いていた。


―― よく考えたら、こっちの世界は宇宙人と戦争中なんだもんなぁ〜
    俺達の世界でも、戦時中には 『欲しがりません。 勝つまでは』 みたいな言葉があったもんな
    もしかしたら、娯楽の発達は随分と こっちは遅れているのかもしれんが・・・
    ってことは、バルジャーノンもドリコスも何もかも一切お預けかぁ〜〜〜
    う、欝だ・・・


 余暇の楽しみをあやとりやかくれんぼをしている自分を想像して、武は頭を抱えていると
 霞が武の服をクイッっと引っ張ってきた。


「――― な、なんだ?」


「ついてきてください・・・」


 霞は武を部屋から連れ出すと、エレベーターに乗り、上の階のボタンを押す。

「・・・ どこに行くんだ?」


 だが、その問いに霞は答えず、結局2人は扉が開くまで黙ったままであった。


 ―――― チーーン
 そんな音で扉が開き、さらに廊下を突き進んでいくと、武と霞は大きな倉庫に着いていた。

 

「な、な、な、なんじゃこりゃーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 

 武の目の前に現れた、人型をした巨大ロボットに武は驚愕の声を上げていた・・・


「戦術機 『不知火』 です」

「――― せ、せんじゅつき?」

「対BETA戦に開発された兵器です」


「BETAって・・・ 確か宇宙人のことだよな! す、す、すげぇーーー! す、凄すぎるぜっ!!!!
 リアルバルジャーノンじゃねーーか、これって!!!!」


 戦術機を目の当たりにした武は大はしゃぎをして 「ひゃっほーー」 という叫び声を上げながら小躍りをしていたのであった。 


「楽しそうで良かったです」


 そんな武の姿を霞は少しだけ嬉しそうに見ているのであった。


「あ、あのさぁ、霞。 これに乗る事って出来るのかな?」

「・・・衛士にならないと無理です」

「衛士?」

「白銀さんの言葉で言うと パイロット という言葉が近いと思います」

「パイロットか・・・ ハハハ・・・ そうだよなぁ〜〜〜 俺達の世界でも車とか免許が必要だしな・・・
 そ、その衛士って奴には、俺でもなれるのか?」

「・・・訓練兵になって、試験に合格することが出来れば可能だと思います」

「・・・・・・そっか、むーーーぅ・・・ 心に止めておこう!!
 で、でも、巨大ロボットに乗るのは、日本男児の夢だよなっ、なっ!!!」

「・・・・私にはわかりません」

 

 あやとりとかを つまらなそうにしていた武を喜ばすためにここに連れてきたのだが、
 異常にテンションの高くなった武にチョットついて行けない霞であった。



 


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 




「―――― おぉ、タケル。 遅かったでは無いか!」
「そうだよぉ〜〜 ちょっと心配しちゃったよ・・・」


 霞とは部屋の前で別れて、武が部屋に帰って来ると、冥夜と純夏が待っていた。
 純夏はベッドの上で起きて簡単なリハビリをしており、冥夜はそのとなりの椅子に座って本を読んでいる。 
 どうやら武の帰りを待ちわびていたようであった。


「ああ、冥夜達も戻ってたんだな。 俺も一度、部屋に帰ってたんだけど、霞に基地内を見学させて貰ってたんだ」

「・・・そなた、社にあったのか?」

「そうだけど、冥夜・・・ なんかあんのか? そんな顔をして・・・」

 なぜか霞の話題に少し冥夜は、悲しそうな顔をしていた。
 だが、冥夜は 「何でもない」 と答えるだけで、それ以上は何も話さなかった。


「そ、それよりタケルちゃん。 あの後どうだったの? 酷いことされなかった?」

 冥夜を察してか、純夏が無理に明るい声を出して武に話しかけてくる。


「ああ、あの後は身体検査とか、これまでの経緯とか色々聞かれたりして、最後はこっちの世界の夕呼先生に会ってきたぞ。
 いや〜〜、なんか俺達の世界の夕呼先生と似ているようで違うから初めはビックリしたぜ・・・
 でも、基地の副司令なんかをやっているところが すげぇ夕呼先生っぽかったけどなぁ〜〜」

「あははは、そうだよね。 私も香月先生のことは本当に驚いたよ!」

「おぅ、平行世界とかパラレルワールドってのを実感しちまったぞ。 
 それに聞くところによると純夏によく似た人間ってのも、こっちには居るみたいだよ」

「あ・・・、零夏ちゃんの事だよね! 私も話には聞いているけど、早く会ってみたいよ〜〜 ねっ、冥夜!!」

「あ、ああ、そうであるな」


 純夏のお陰で、冥夜もすっかり元通りになっており、3人はそうして今日あったことを話し合う。
 そして、純夏のリハビリや、冥夜のバイトのことが話終わる頃には夕食の時間になっていた。

 そして、夕食は、近くのPXで受け取ると 動けない純夏のために部屋へ持って行って食べることが冥夜と純夏の日常であった。


「うう・・・私の為にごめんね・・・」

「何いってんだよ、困った時はお互い様だろ、純夏」

「そうであるぞ、いつも遠慮はするなと私は言っている」

「・・・タケルちゃんも冥夜もありがとう」


 純夏の筋力は、目覚めた当初に比べるとだいぶ回復をしているらしく、今ではもう一人で食事をすることも可能になっている。
 申し訳なさそうに、しかし一生懸命食事をする幼馴染みを見守りながら、武や冥夜は食事を取るのであった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・


「・・・・・・・それにしても、この中華丼・・・ あんまり旨くないな」

 食事も半ばに武はそんなことを言う。

「タ、タケルちゃん。 贅沢言っちゃダメだよ。 私たちは ここでお世話になっている身だし、慣れていかないと大変だよ」

「う・・・ それはそうなんだが、なんか味が変じゃないか?」

「あぁ、それはだな タケル。 使われている食材の多くが、合成されたものだからだと思う。
 戦争中という事もあって、天然の素材はここでは、高級品らしいぞ」

「そ、そうなのか・・・ やっぱ世界が違うと勝手が違うもんだな。
 こっちの世界と比べると、俺達の世界って平和だし、飯が旨いし、随分恵まれているな・・・」


 そんな風にしみじみと呟く武のことを純夏はジッと見つめていた。

 

「―― ん? どうしたんだよ、純夏? 俺の顔に何かついているか?」

「あはははは・・・ 何でもないよ、タケルちゃん」

「嘘つけ、絶対何か企んでただろ? 俺の目は誤魔化されねーぞ」

「えへへ・・・ 秘密だよ!!
 えーっと、でもね、いつものタケルちゃんならもっとワガママを言うかと思ってたけど、なんだか今日は随分 物分かりがいいよね!」


 なぜか気恥ずかしそうに笑う純夏。


「ふっ・・・ 『男子三日会わざれば刮目して見よ』 って言うだろ純夏! 俺だって成長するさ」

「うっ・・・ なんかそれを自分で言っちゃうと男を下げているよ、タケルちゃん」

「しかし、頼もしいな、タケル。 明日からも大変だろうが、この調子でやっていきたいな」


「まぁな! せっかくパラレルワールドに迷い込むって貴重な体験をしてるんだ。
 どうせなら、前向きに行きたいじゃねーーか」


「あははは・・・ そうだね!!」

「うむ。 前向きことは大変よいな」



 そんな風に3人は笑い合いながら食事は穏やかに進んでいったのであった。

 













  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 


 

 

 

 


「つまりさ、こっちの夕呼先生の話じゃ、元の世界に帰れる可能性はあるみたいなんだ」


「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」


 夕食の後、武は 純夏と冥夜に対し、今日夕呼から聞いた話を説明していた。

 こちらの世界でも、平行世界から人がやってくることは信じられてはいないが
 夕呼の理論ではそれが把握できており、過去にその実例があること。
 
 こちらの世界にやって来た原因さえ掴めれば、もしかすれば帰ることも不可能ではないこと。

 そして、現状では、武達に協力するメリットが無いと言われたことなどだ。


 だが、武の話を聞いても、彼女たちはあまり反応が無く、なぜか悲しそうな表情をするばかりであった。

 

「どうしたんだよ、お前ら。 あんまし嬉しそうには見えないんだけどな」


「ははは。 そ、そんなことないよ。タケルちゃん。 
 だけど、今は何も分かってないから過度な期待は持たないようにしているんだよ」

「鑑の言うとおりだ、タケル。 もちろん帰れるに越したことはない。
 しかし、その手がかりさえ掴めていないなら、この世界で生きていく術を身につけることが最優先すべきであるだと思う」


「タ、タケルちゃんは元の世界に帰りたいんだよね・・・」


「―――― 何いってんだよ純夏、当たり前じゃねーか。 
 こっちの世界は宇宙人が攻めてきているし、すっげー危険らしいしな。
 もちろん、なんかこっちには巨大ロボットとかあってチョットは未練もあるけど、基本的には俺達はよそ者だろ?
 それに俺達の世界じゃ、親父達や委員長達や月詠さん達、まりもちゃんや夕呼先生・・・ 
 クラスのみんなも心配しているじゃねーか」


 武がそう言ってしまうと、2人は黙ってしまった。
 帰れるという話を聞いて、喜んでくれると思っていたが、武にはこの2人の反応は戸惑いを覚えるばかりである。


「ま、まぁ、とりあえずだな、 状況を整理すると 1つは、何でこんな世界に来ちまったかという原因を探ることと
 もう1つは、どうやったら夕呼先生の興味を惹いて、協力を取り付けられることが出来るかって事が重要だと思うんだ」


「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 


 しかし、黙する2人を前にして武は会話の糸口を見失っていた・・・

 だからといって、こんな世界に2人を置いておくわけには行かないという気持ちは変わりない。
 この世界は、明らかに危険であるなら長居をすべきではないのだ。
 ならどうすればいいのだろうか?
 そもそも、何が原因でこのような世界にやって来てしまったのか? と。


―― 確か、冥夜や純夏達と温泉旅行に行ったことは覚えている。
    その時から純夏は冥夜のことを 『御剣さん』 から 『冥夜』 と呼ぶようになったんじゃなかったっけ?
    温泉旅行の後、何かあったっけか?
    普通に家に帰ってきたと思ったけど、どうだろう? いまいち思い出せないな・・・
    その時に何かあったかな?


 だが、武は幾ら記憶を思い出そうとしても、その時の出来事は曖昧でぼやけており、
 頭が疲れるばかりで、結局 何も思い出すことは出来なかったのであった。


「なぁ・・・ とりあえずさ、冥夜や純夏は、こっち世界に来る前の事って覚えているか?
 なんで、こんな世界に来てしまったか、原因を探りたいんだけど、いまいち俺の記憶はあやふやで、
 ここに来る前に何をしていたか良くわかんねーんだわ・・・ だから、お前達にも協力して欲しいんだ」

 

 そう言って武は2人を見て、頭を下げた。


「・・・頭を上げるのだ、タケル。 そなたがそのようなことをする必要はない。
 そなたは、私たちの身の安全を考えてくれているのは分かっている。
 私も少し気持ちに余裕が無かっただけだ、許すがよい・・・」

「そうだよ、タケルちゃん。 タケルちゃんは私たちのことを考えてくれているんだよね・・・」


 そう話す2人はいつもの穏やかな顔に戻っていた。


「・・・・分かった、タケル。 確かに こちらにやって来た原因が分からないと、
 また、いつの間にか他の異世界で目覚めるという可能性もと無いでは無いからな・・・」

「・・・・そうだよね、冥夜。 私たち3人は協力していかないといけないんだもんね。 分かったよ、タケルちゃん。 続きを話して・・・」

 

 2人の目にはやはり辛そうな光が宿っていた。
 だが、武は頭の片隅に眠る記憶を引き出すことで精一杯で、2人の様子には気が付か無いまま、話を進めていくのであった。

 

「え〜〜っとだな・・・ 俺が最近覚えていることから話すとヤッパリ、急遽、親父達が世界一周旅行に出かけたことかな・・・
 受験生の一人息子をホッポリだして、日本から居なくなったことだな。
 まぁ、それで一人暮らしが満喫できると思っていたんだが、次の日の朝、目を覚ましたら・・・
 冥夜、お前が俺のベッドの中に居たんだよ・・・ あれはビビッた!」


「ふむ・・・・」
「・・・・・・・・」

「で、純夏と騒いでいる内にいつの間にか、居なくなっていて・・・ それで、学校に行ってみれば、突然冥夜が転校してきているし・・・・」

「それは、私、ひとりだけであったか?」

「え・・・ああ、そうだぜ。 そういやぁ、剛田って奴が居なくなってたなぁ〜〜〜」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

「冥夜がやって来てからは、昼休みの弁当争いや、委員長や彩峰、たまを巻き込んだ料理バトル、夕呼先生のクラスに勝った球技大会に―――」

「―――― タケル。 その球技大会の種目は何であった?」

「な、なんだよ冥夜・・・ お前達がやった種目はラクロスだったじゃねーか。 忘れたのかよ?」

「・・・・・あ、ああ。 そうだったな」


「あと、球技大会で夕呼先生のクラスに勝ったって事で、温泉旅行なんてのも、あったっけ・・・」

「―――― 旅行には、柏木はいたか? タケル・・・」


 またも話に口を挟む冥夜。


「いや・・・ 確か、バスケの試合とかで、来てなかったと思うぞ・・・ それから・・・ うん、その辺までしか思い出せね〜〜な・・・俺は・・・」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」


 それを聞いた彼女たちは一様に暗い顔をするのであった。


「あ〜〜〜、俺、なんか不味いこと言ったっけ?」

「――――ねぇ、タケルちゃんは、どうして冥夜がタケルちゃんの元に現われたか・・・・・ 知ってるの?」

「な、なんだよ突然・・・。 え・・・・っと確か、俺が小っさい頃にした 『約束』 を・・・・ 覚えていたから・・・ じゃなかったけ?」


 そう言って武は冥夜を見るが、彼女はただ複雑な顔をするばかりで、見れば純夏の方は顔が青くなっていた。


「ったく、なんだよ、さっきから・・・ もうちょっと説明が欲しいんだが、いったいどうしたんだよ、お前ら・・・・」

「じ、実はね、タケルちゃん。 私たちもあんまり元の世界の記憶がハッキリしないんだよ!
 タケルちゃんに言われて、ああそうかって思い出すぐらいで、
 なんでこっちに来たのかサッパリ思い出せないんだよ・・・ね、冥夜!」

「――― あ、ああそうだぞ、タケル。 どうも私も記憶が不確かなのだ。 許すがよい・・・」


 彼女たちが何か隠し事をしているかもしれないと武は思ったが、自身も記憶がハッキリしてない故に
 深く追求することを諦めた。


「まぁ、いいや・・・ 結局、こっちの世界に来た理由はよく分からないってことだな。
 じゃあ、やり方を変えて、夕呼先生に取り入る方法を考えようぜ!
 例え、こっちに来た理由が分かっても、先生が協力してくれなきゃ、帰れないもんな・・・」


 武がそう言うと2人は申し訳なさそうに頷いた。


「でも、タケルちゃん。 香月先生が興味を持ちそうなことってわかるの?」

「俺らの知っている夕呼先生なら、とにかく面白いことが大好きで、後は自分の研究の為なら何でもするっていった感じかなぁ〜」

 それを聞いて純夏は嬉しそうになる。

「そうだよ、タケルちゃん! 面白いことが大好きなら、私たちで夫婦漫才をするってのはどうかなっ!!」

「――――ちょっとまて、鑑。 抜け駆けはずるいぞ! 夫婦とは聞き捨てならんな!!
 そもそも、そなたは今はそのような身体。 とても漫才など出来る体力など無いではないか!
 それ故、私がタケルの相方に―――――」

「――――ストップだ、二人とも!!」


 言い合う2人の間に武は入り込んだ。

「なんつーかな、お前ら・・・ 俺達が漫才をしたぐらいで、あの先生が協力してくれると思うか?
 ちっとは考えろよ・・・
 まぁ、俺達の世界の先生なら、案外乗り気になるかもしれんが、
 こっちの先生ってなんか雰囲気ちがうだろっ!!
 例え、ウケても 一笑いした後で、「ハイ、さよなら」ってなるだけだと思うぞ・・・ 真剣に考えろよな」

 

「うっ・・・すまぬ、タケル」
「むぅ・・・ 私は、真面目に考えたのに・・・」


 そんな2人はあからさまにガックリと肩を落としていた。

 

 


「そう言えば、そたなは香月副司令から誘われなかったのか?」

「ん、何のことだ?」


「私はな、副司令から、ここの訓練兵になってはどうだって言われたんだ?」


「え・・・マジ? 訓練兵って、あの『衛士』って奴になる一歩手前の奴だよな?」

「ああ、それだ。 そうすれば、衣食住も保証されるし、国連の方が身分を用意するとも言ってきた・・・」

「そっか・・・ それで冥夜はどうしたんだよ」

「うむ。 武はずっと眠ったままであったし、鑑は未だ起きられない状態故に返答は保留にして貰っている。
 もし、香月副司令に取り入るのであれば、訓練兵になるのも一つの手段かもしれんな」

 

 その言葉を聞いて武は少し考え込んでいた。
 

「訓練兵になれば、あの戦術機って奴にも乗れるんだよな・・・
 スッゲー魅力的なんだが――――――――― その意見は却下だ」

「タケル・・・」
「タケルちゃん・・・」

 その武の反応を冥夜と純夏は意外そうに見る。

「国連って言ってもやっぱ軍隊だろ? 命令は絶対だし、必要なら、人殺しなんかもしなきゃなんないんだろ?
 俺が国連軍の訓練兵になれば、お前らも入ってくるだろ? 俺はそんなのは絶対、嫌なんだ」


「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」


「この世界は戦争をしていて、みんな大変かもしれないし、この世界を守るためには、もしかしたら必要な事なんかもしれねーけど・・・
 そういうことをやっちまうと、俺達は、『元の世界』 に戻ることが出来なくなるような気がするんだ。
 戻れたとしても、まともな生活が送れなくなっちまんじゃねーかな」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

「だからさ、冥夜。 俺としては、その提案は断って欲しい」



 そこまで聞いて、冥夜と純夏はホッと肩を撫で下ろしていた。

「―――――― 私は、元々断る気でいた・・・ しかし、そなたがそのように考えていてくれたことは嬉しく思うぞ・・・」

「うん・・・ 私もタケルちゃんなら、「巨大ロボットサイコーー!!」 とか言って人の話も聞かないで訓練兵になっちゃうかと思ってた・・・」


「まぁ・・俺は、お前らと 『元の世界』 に帰ることが一番大事って考えているからな・・・
 それにしても、純夏、お前失礼すぎ・・・」

 武はそう言って、純夏の頭に軽くチョップをペシッと入れるのだった。




  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「しかし、さっきの純夏の提案は、よく考えると、考え方としては 案外悪くないかもな・・・」


 ほどなくして武はこういった。


「―――え、なに? 漫才の事? 3人ならコントの方がいいって話?」

 なんだか純夏は嬉しそうに返してくる。


「そうじゃねーよ、着想は悪くないかもってことだ! こっちの世界は戦争していて娯楽なんか発達してないだろ?
 俺達が 『異世界人』 故に娯楽が発達している世界を知ってる・・・
 つまり、この世界に無いものを知っているってことが俺達の長所だと思うんだ」

「なるほど・・・ こちらの世界に無いものを持ち出すことで、香月副司令の興味を惹くと言うことだな?」

「ああ、そう言うことだ」


 そして、また3人はウンウンと考え込んでいく。



「―――しかし、こちらの世界と私たちの世界の違いを理解していないと、難しいな・・・」


 冥夜は立ち上がると、自身のベッドの側から新聞やら本やらを取り出してきた。


「ん・・・何なんだ、これ?」

「敵を知り己を知らば百戦危うからずだ、タケル。 まず我々はこの世界のことをよく知らなければいけないと言うことだ」

「なるほどだよ、冥夜。 それは最もだね! タケルちゃん勉強だよ!」



「―――うっ・・・・・・、お前等もそう言うのかよ。 はぁ〜〜〜」

 夕方、霞とした勉強のことを思い出し、武は息を吐いていた。


「何のことだ?」

「いや、何でもねーーよ。 一つ分かったことは、この試練は避けて通れないって事だけだ」

「試練? 変なタケルちゃん」


 そして、武は自らの頬を叩きテンションを上げていく。
 

「――― よし!! 頑張って、勉強すっか! 冥夜、純夏、気合い入れろよっ!!」

「うむ! 任せるがよい」
「おおーーー!!」


 そうして3人は各自新聞や書籍をとると、勉強を開始したのだった。

 

 

 

 ――――― 1時間後・・・・

 

 


「すぴ〜〜〜〜 すぴ〜〜〜〜」

「コラ、タケルちゃん! 寝るんじゃ無いの!! さっき 頑張るって言ったばかりだよーー!」

 
 気合いが空回りして、武は見事に うたた寝をしていた。
 そして、叱る純夏が投げた本が直撃しようやく目を覚ますのであった。


「・・・あ、わりぃ、純夏・・・ なんか読んでいたら頭がぼーーっとしてきて・・・」

「・・・先ほどの熱意はどこに行ったのだ・・・」

「はははは・・・ そ、そんな目で見るなよ冥夜・・・ 今度こそ真面目にやるからなっ!」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 

 

 

 ――――― 10分後・・・・

 

 


「グオォォォーーーーーっ!! もーーぅ、訳ワカンネーーーーっ!!!」


 と、武は大声で叫んでいた。


「ど、どうしたのだ、タケル」

「いきなり大きな声を出さないでよ〜〜 ビックリするんだから!!」

「お、お、お前らよくこんなモノが読めるな・・・」

「「 ―――― ??? 」」

「文章が堅苦しいし、古文みたいでよく分からん。 戦意高揚っぽい記事も鼻につくし・・・ なんか戦時中の新聞を読んでるみたいだぜ・・・」


 ハァハァと息を切らしながら、武は声を出す。


「まぁ、こちらの世界は、実際に戦争中なのだがな・・・ 確かに我らの世界よりは、色々と古めかしい印象は受ける。
 しかし、読めないことは全然ないぞ」

「そうだよ、タケルちゃん。 これくらい読めないと不味いよ」

「マ、マジで? ―― 純夏も読めるのか?」

「こんなの当たり前だよ」

「ぐはっーーーーーっ!! 純夏に負けた・・・・ お、お前は偽純夏だ!! こんなの純夏じゃねーーー!!」

「はぁ〜〜〜 もう、しっかりしてよ、タケルちゃん・・・ まだ、始めたばかりだよ・・・・」

「まったくだぞ、タケル。 この世界と我らの世界の違いを理解していなければ、我ら独自のアプローチなど夢のまた夢であるぞ」


「しかしよぉ〜〜、本を見てても字ばっかしだし、写真やイラストとかあれば、もっと読みやすいんだけどなぁ〜〜
 それに、俺達の世界に比べて、科学技術なんかは進んでいるみたいだけど、マジで娯楽が無いみたいだしな・・・
 ガキの遊びが、将棋やお手玉、メンコってどうよ? ハッキリ言って信じられねーーー!!!
 はぁ〜〜・・・ あやとりを勧めてきた霞の反応が今更ながらに実感するぞ・・・」

 そう言って武は項垂れていた・・・


「まぁ、娯楽が少ないのには、私も驚いたぞ。 それも 戦争中故、仕方あるまい」

「そうだよ、タケルちゃん。 私達は、そういう生活に慣れていかないといけないんだからね」

「うう・・・わかったぜ・・・ はぁ〜〜〜〜・・・ 元の世界に帰れるまで、バルジャーノンとかともオサラバか・・・・ 分かっていたけど辛いぜ・・・」

「もう〜〜〜、しっかりしてよね、タケルちゃん」

「へいへい。 とりあえず、ちょっと外の空気を吸ってくるわ〜〜 はぁぁ〜〜〜〜」

 

 そう言って武はフラフラと生気を失ったように部屋から出て行ったのであった。

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「まったく・・・タケルちゃんらしいって言えば、そうだけど・・・チョット複雑だよ・・・・」


 純夏は溜息を吐きながら冥夜に向かい合う。


「ねえ・・・ 『あの』タケルちゃんのこと・・・ 冥夜はどう思う?」


 そのように少し真剣な顔で純夏は聞いてきた。


「多少、違う印象もうけるが概ね変らないな。 タケルはタケルだと思ったぞ。
 ただ、私が知るタケルよりは、結構私たちのことを気にかけてくれているのには驚いた・・・」

「・・・うん、そうだよね。 ちょっと優しい感じがする。
 まぁ、私にとって冥夜は冥夜だし・・・ やっぱりタケルちゃんもタケルちゃんだと思ったよ」


「タケルは 『元の世界』 に帰る気で張り切っているが、そなたはどうするんだ?」


「――― 私には、帰れる場所なんて無いから、こっちに来て良かったって思ってる。 
 だからタケルちゃんには帰って欲しくない。
 でも・・・ タケルちゃんが本当に帰りたいなら止められないよね」


 そう話す純夏の顔は、やりきれない表情が浮かんでいた。


「それより鑑。 私たちのことを本当に黙っていて良いのか? 正直、隠し通せる自信がないぞ」

「・・・・うん、そうだけど・・・ でも、今はまだタケルちゃんが落ち着いていないし、もう少し後にしよ、冥夜・・・」

「・・・確かに真実を話せば良いという問題ではないしな。 分かった、これは3人の問題でもあるから、そなたの意見を尊重しよう」

「ありがとう・・・冥夜」


 そう言って2人は本を読みながら武が帰ってくるのを待つことにした・・・・

 

 

 ――――― 3時間後・・・

 


「帰ってこないね・・・・ タケルちゃん・・・」

「ふむ、そうであるな」 

 本から目を離さずに答える冥夜。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「何かあったのかなぁ〜〜 やっぱり勉強が嫌で逃げたんじゃないかなぁ〜〜〜」


「鑑・・・・ もう一体何回目だ、そのセリフは・・・・」

「だ、だってタケルちゃん、遅いよぉ〜〜〜〜〜」

「確かにな・・・ しかし、タケルも突然こんな世界に迷い込んだのだ。 
 一人になって考えたいこともあるであろう? 暫く放ってやってはどうだろうか?」

「で、でも〜〜〜〜」


「そなたの気持ちも分かるが、タケルが私たちの手前、言いたいことや、ストレスを表に出さないようにしているのは
 そなたにも分かっているのであろう?」


「・・・・・・・・なんだか、冥夜の方が、タケルちゃんのことを分かっているみたいだね・・・ はぁ〜〜〜」

「・・・どうしたのだ? 鑑」

「・・・うん。 私ってどうしてタケルちゃんのことが好きなんだろうなってチョット思っちゃった。
 いい加減だし、子供っぽいし、本当に私のことなんか全然気にしてないって感じだし・・・
 時々タケルちゃんが何考えているのかわかんないよ・・・」

「――― なら、そなたはタケルを諦めるのか?」

「・・・それが出来たら、もっと楽に生きてこれたんだけどね。
 タケルちゃんって放っておいたら、何処か遠くに行っちゃいそうで、いつも不安になるんだよ・・・
 冥夜はそう感じることは無い?」


「そなたは、考え過ぎなのではないか? 私には、タケルはそなたのことをいつも気にしているように思うぞ」

「そ、そうかなぁ・・・
 でも、タケルちゃんの周りっていつも可愛い女の子がいるような気がする・・・
 きっと今も可愛い子といちゃいちゃと嬉しそうに会話をしているかもしれないよ〜〜」


 恋愛原子核という言葉を思い出しながら純夏は愚痴る・・・

 そんな彼女の心配を余所に武はハイテンションで部屋に戻ってきたのであった。


「お〜〜そ〜〜い〜〜よぉ〜〜〜!! タケルちゃん!!!」

「あははは・・・ わりぃわりぃ」

「もう・・・ 本当に心配したんだからねっ!!」

「本当に悪かった・・・ ちょっと時間が過ぎるのを忘れていたよ」


 純夏の言葉に苦笑いを浮かべて謝る武。


「それで、何かあったのか、タケル。 妙に楽しそうだな」


 そこで武は部屋を出てからの経緯を冥夜達に話したのであった。

 武は屋上に向う途中、霞と出会い戦術機のシミュレーターの存在を教えて貰い、彼女に何とか頼み込んでそれをやっていたと言うのであった。


「うう・・・ 私達が待っている間、やっぱり 女の子と遊んでたよ・・・ 霞ちゃんも許容範囲なんだ・・・」


 恨めしそうに武を見る純夏。


「――― ち、違うぞ。 あの衛士とかいう人たちを一緒になって対戦をやってたんだ」

「やっぱり遊んでたんじゃない!! 帰りが遅いから随分心配したんだよ!!」 


「・・・そ、それは、あの人たちが、俺の腕前にビックリして、色々質問攻めにあってたんだよ。
 あの動きはどうすれば出来るんだとか、操作の入力のタイミングとか――――」

「・・・・・もういいよタケルちゃん・・・・ 私達より、そんなにロボットが大事なら、衛士でも訓練兵でもなっちゃえばいいんだ!!」


「はぁ〜〜〜〜、 純夏のやつどうしたんだよ・・・ なぁ、冥夜・・・・ 何かあったのか?」


「む・・・ 何かあったかと言われれば、特にこれと言って何もないが、そなたが遅いことに鑑は心配しておったと言うことだ。
 そのことについて、これから力を合わせていかないといけない私達に一言あってもいいのでは無いか?ということであろう」 


「・・・・・・・・・・・・・・そうだよな・・・ すまねえ、純夏、冥夜。
 つい浮かれて、お前らのことを忘れて、シミュレーターで遊んでたのは事実だ・・・
 今まで以上にお互いのことを考えて行かなきゃいけねーーってのに、ホントすまねぇ・・・」
 
 
「もういいよ、タケルちゃん。 タケルちゃんにとって私たちのことはその程度なんだよね・・・」

 
「よくねーーよ・・・ 本当に悪いと思っているだ」
 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 

 
「まぁ、お前らのことを忘れて遊んでたけど、初めっからそうだったわけじゃねーーんだ!
 すげーーアイデアが浮かんで、それが本当に役に立つかどうか、色々試してたら、こんなに遅くなっちゃったんだよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「―――――――? アイデア?」


「そうとも、俺達にしか出来ないことを見つけてきたんだ!!」

「ほぉ・・・ それは、頼もしいな、タケル。 一体何を見つけてきたのだ?」

  そう言ってニヤリと笑う冥夜。


「おう、さっきの話の続きになるんだけどさ、俺が戦術機のシミュレーターを動かしてきたんだけどよ、
 それが、素人ではあり得ないぐらい優秀な成績だったんだ。
 それで、動かしかたがわかったんで、何かシミュレーターの模擬戦ってやつに参加してみたら、誰もオレに敵わないんだよ」


「・・・ そなたには、そのような才能があるのか?」


「いや、冥夜。 これは、才能ってより、俺達の世界には、ゲームが発達しているだろ?
 特にバルジャーノンとかと操作の仕方がよく似ってたからさ、そのお陰だと思うんだ」


「なるほど・・・・ バルジャーノンか・・・」

「それでさ、今この基地で使っているシミュレーターは、あんまり多くないし、ついでに言うとスッゲー高いらしい。
 でだ、オレのアイデアってのは、量産可能で安いシミュレーターっていうか、訓練装置として 『バルジャーノン』 を作れば、みんな喜ぶし、
 これなら、夕呼先生の興味を惹けると思えるんだ!!」

「で、でもタケルちゃん・・・ 面白そうな話だけど、タケルちゃんはプログラムとか作れるの?
 ゲームってそういう知識が必要なんでしょ?」


 武の話に興味を隠しきれず、純夏も話に乗ってくる。


「ふふふ・・・ そうだけどさ、いや、お前には、感謝しないといけないな!」

「――――???」


「実はさ、今の話を霞に話したら、俺達が こっちの世界にやって来た時、オレはゲームガイを持ってたらしいんだ。
 今は、ちょっとオーパーツってことで、帝国の研究所に貸し出してるらしいんだけど、取り戻してくれるってさ」


「「おぉーーーー!!」」

「プログラムは、こっちの人間に改良してもらうにしても、細かい微調整や、ゲームを飽きさせない工夫とか、
 そういう細かい配慮って実際にプレイしたことのある人間がやんなきゃわかんないだろ?
 まぁ、オレプロセスデュースのバルジャーノンを作ろうって訳だ!!」


「なるほど、そなたの発想は面白いな。 幸い私もバルジャーノンに関しては、少し研究したことがあるのだ」

 そう言って少し恥ずかしそうに冥夜は自分のことを話してきた。

 

「―――― え・・・マジで?」


「うむ。 そなたがそのようなゲームが好きだと、月詠が調べていたからな。 メーカーとの協力の下、試作機を作る協力をしたことがあるのだ」


「す、すげーーーよ、冥夜!! 俄然やる気が出てきたぜっ!!!」


「それに私は、幼少のころより叩き込まれた起業や経営の知識がある。 
 プログラマーや幾つかの人材は、香月博士から斡旋してもらうにせよ、 私達が会社を立ち上げて、軍にその機材を引き取ってもらうという形にすれば、
 私たちのこの世界での生活の基盤も作れるかもしれんかな」


「おおーーーー、こんな世界に来て、どうしようかと思っていたが、すっげーー、面白くなってきたぜっ!!!」

「め、冥夜、ずるいよぉーーー! 私も、私もなんか協力するっ!!」


「ふふふ・・・ そなたの一番の協力は早く体力を付けることだぞ!」

「そうだぜ、純夏。 バルジャーノンの事はわかんなくても、人手は沢山あった方がいいからな!!」

「えへへへ・・・ よーーし、私もがんばるぞっ!!」


 そして、3人は、夜が更けていくのも気にすることが無く、これからの自分たちのことについて語り合うのであった。