2001年11月11日

 

 

 

 

 

 

 





 

 

              



 

 「綺麗・・だね・・・ たけるちゃん・・・・・・」

 「ああ、純夏・・・・」

 

 

        

 

              




 見下ろせば、そこには果てしなく広がっている大地を持つ碧い地球が見える。
 そこでは今も、人類とBETAと呼ばれる他星系からの侵略者が戦いを繰り広げているのだ。

 自分はそのような争いに巻き込まれなければ、衛星軌道上から地表を眺める体験などしなかったのではないかと武は思う。

 

 しかし、そのようなことも忘れ、今はただ、その圧倒的な光景に目を奪われていた・・・

 


 頭上に広がる、吸い込まれそうな闇の世界と眼下の白の大気と青の世界

 その境界に漂う自分と純夏の2人しか居ない世界


 このまま終わりを告げられても、あるいは納得する自分がいた。

 この刻、この場所、この気持ち・・・ この『世界の果て』 が、自身のループの終着点であると武は『理解』した・・・・

 


     ――― 口にしないでも伝わる想いってあるよね

 

 どこかの世界・・・ 純夏は自分に向かってそう言った・・・・

 武は後ろを振り向き、後部座席に座る純夏を見る。

 

「・・・・・なに泣いているんだよ・・・純夏」

「・・・・・え・・・あ、本当だ・・・ この身体は作り物なのにね・・・ でもね、たけるちゃん・・・ それを言ったらたけるちゃんだって泣いてるよ・・・」


 そう言われて、武も初めてそれに気が付いた。

 

 わけもわからず、意味もなく泣ける自分がいた・・・
 きっと純夏もそうなのだと思う・・・

 

 これから、多くの死が待つ戦地に赴くのに、気持ちはどこか現実離れをしていて、この幻想的な世界の境界に魅せられている。
 心から溢れてくる至福を押さえられないでいる。

 この気持ちを純夏と共にしていることが武には『理解』できた。

 

「なぁ、純夏・・・・」

「なに? たけるちゃん」

「愛してるぞ・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

「お前と・・・ そうだな・・・ この戦いが終わって・・・ 落ち着いたら、この世界を、この地球を一緒に見て回りたいんだ。俺達が守る世界を・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

「『約束』だからな! 純夏!!」

「・・・くすくす・・・あははは・・・」

「な、なんだよーー 何かおかしいことを言ったか?」

「だってね、たけるちゃん。さっきこの低軌道にたどり着くまでに、この世界を何度も回ったよ! 『約束』する前にかなっちゃってるよ〜〜!!」

 

 一緒に旅をしてみたいというつもりで言ったのだが、確かに自分の守りたいものは、目の前に大きく広がっていた。

 

「ううっ・・・ おい純夏! もう一周するぞ!!」

「ち、ちょっとたけるちゃん! それって命令違反だよっ!! 軍法会議ものだよっ!!」

「うるさ〜〜〜いっ!! 『約束』 を果たすんだーーーー!!!」

 


「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 


「あ・・ははは・・・はは・・・・ 仕方・・・ない・・・なぁ〜〜・・・タケル・・ちゃん・・は・・・・」

「へへへ・・・・すまね〜〜〜な・・・純夏・・」


「・・・・・・・・・・っ・・・・・っ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・グスッ・・・ウウッ・・・うう・・・・・スッ・・・   ・・うあああぁぁぁーーーーーーーーーぁぁぁっっん!! だ〜〜げ〜〜るじゃーーーーんん!!!」
「・・・・・・・・・純夏・・・・・・・・・」

 

 突然、泣きじゃくりだした彼女を武はその側に寄って行って抱きしめる・・・


 彼女はずっと泣いていたのだ・・・・ 『この世界』 に来てから・・・・ずっと・・・・
 自分は、『ここ』 に来て・・・ようやく・・それに気が付いたのだ・・・・・・

 

 タケルは、初めて素直になったスミカを見た気がした・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ―――― 地上 新潟 八海山本部

 

 ビーーーーーーーッ・・・  ビーーーーーーーッ・・・  ビーーーーーーーッ・・・

 

 キャンプに非常招集のサイレンが鳴り響く。

 

「いよいよですね、月詠・・・」

「はい、悠陽様」


 仮設された司令本部で、衛星画像や地震計の振動パターンの解析結果を確認し、慌ただしく入ってくる通信に耳を傾けながら、2人の女性・・・
 煌武院 悠陽 と 月詠真那は囁きあった。


「第一種警戒警報を発令なさい。敵BETAはすぐにでも第一次防衛線を突破してくるでしょう。それとすぐに帝国陸軍の総司令部に回線をつなぎなさい」

 よく透る優しい声音ではあるが、強い意思を含んだ声が本部に響き渡る。
 それに対し、オペレーター達は素早く命令に対応していく。

 月詠は側に控えていた巽、雪乃、美凪に指示を出していると、人の出入りが激しくなった本部に一際 ガタイのいい衛士強化装備を着込んだ男が入ってきた。


「月詠少佐、参りました、一体、何が起こったのですか?」
「早いな、沙霧。現在、佐渡島から旅団規模のBETAが南進を開始した」

――――!!」

「すぐにでも12師団の連中が交戦に入る。殿下は現在総司令部と協議中ではあるが、間違いなく増援に向かうことになる、準備をしておけ!!」

「り、了解!!」

 
 沙霧尚哉は、このような演習中にBETAが現われたことに多少の焦りを感じていた。
 それは、まず間違いなく、殿下は先陣を切って戦地に赴くことが判っていたからだ。

 彼女を全力で死守することを決意し、部下に指示を出すべく部屋を後にした。

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 仮設された兵舎の中で207訓練小隊の榊達も非常招集を聞きながら、みちるに命令された通り、皆急いで衛士強化装備へと着替えていく。

「いよいよ、BETAがやって来たのね・・・」
「そだね、榊・・・緊張してる?」

「していないと言ったら嘘ね、一応 『記憶』があっても、これが私にとっては初陣だもの」
「そう・・・ 私もしてるかも・・・」

「・・・ふふっ、あなたとは、こういう時にしか気持ちが合わないわね」
「甚だ、遺憾・・・」


 そんな千鶴と慧を尻目に美琴は隣の壬姫に話しかける。


「ねぇ、ねぇ、壬姫さん、大丈夫? ちょっと顔が青いかも・・・」
「あははは・・・ チョット恐いですね〜〜」

「ボクもね、記憶の中での初陣は大変だったんだ〜〜。 トライアル中にBETAが出現して、恐くて一歩も動けなかったんだ。
 
タケルがいなかったらやられてたかも知れない・・・」

 普段、何事にも動じない美琴がそんな風に言うのが壬姫には意外に思えた。

「でもさ、たけるは、今回なにをやっているんだろうね?
 
なんだか、不知火以外の機体に乗るみたいだけど、やっぱり複座型って言ったら『凄乃皇四型』なのかなぁ? 壬姫さんは何か聞いてないの?」

「え・・・何も聞いてないですよ。ど、どうして私に聞くんですか?」

「だって、出発の日の朝、たけるの部屋から出て来てたのを見たから、何か話してるのかと思ってた」

「は、はうぅ〜〜〜、あ、あれは違うんです〜〜」

 そのことはなんとか壬姫は誤魔化した。
 初陣で、もしかしたら自分に何かあるかもしれない・・・
 そう思った壬姫は、武の部屋に自分が大切にしてたセントポーリアをそっと置いてきたのであったが、そのようなことを今言える筈がなかった。

「とにかく、ここまで来たら頑張るしかないよね!」
「は、はいっ、ここに居ない たけるさんの分まで頑張りましょう!!」

そうして彼女達は、招集場所へと駆け出していった。

 

 

 

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「時間だね・・・たけるちゃん・・・」

「おう・・・」

 

 『伊弉冉』の管制ユニット・・・ いわゆるコクピットの中で二人は頷き合う・・・

 ここは地表から約400km離れた宇宙空間。
 地表降下に向けて『伊弉冉』は単機、後方に配置してある大型の補給コンテナユニットと共に低軌道上を漂っていた。

 

 武は全方位ディスプレイに表示された戦況を確認する。

 今は、日本の現地時間で0710・・・
 予定通り、0620に佐渡島ハイヴから旅団規模のBETA群が出現し南下を始め、地表ではすでに帝国軍12師団が交戦を開始していた。

 いち早く事態を察知した、帝国軍と国連軍の共同作戦部隊も現場に近い八海山に本部を構えていたため、増援を投入し12師団と合流。
 また、帝国軍14師団も現場へと向かいつつあった。

 自軍の損耗率はすでに8%強。
 あと数分で、BETAに対して行なっていたAL弾による重金属雲の濃度が既定値に達する所であった。


 専用回線から夕呼の声が聞こえてくる。

「いい、白銀、鑑。状況は作戦通りに展開しているわ。定刻通りに始めちゃってちょうだい」

「わかりました、夕呼先生。 純夏っ!! これから『伊弉冉』 は地表に降下を開始する・・・ お前は敵勢力のモニタリングを開始しろ!!」

――― 了解っ! たけるちゃん!!」


 伊弉冉は幾つかの補給コンテナと共に、推進剤で降下を開始し、機体には徐々に大気との摩擦が発生し出す。


 ふと、武は機体に掛かる激しい重力を感じていると様々なことが思い出されていった。

 昨日宇宙に打ち上げられてた時の、横浜基地の屋上に見えた青い髪の女性・・・ あれは冥夜であったのだろうか?
 それに『2回目の世界』・・・ 桜花作戦のおりの一文字艦長をはじめとする多くの仲間が、光線級の照射から身を挺して自分たちを守ってくれたこと。
 俺は、今までの経験を無駄にはしない・・・ 武は心の中でそう誓う。


 程なくしてML機関が運転を始めると、管制ユニット内部も激しい揺れやGなどは、ラザフォードフィールドの展開によって消えてゆく・・・

 着地点の地表は、現在厚い重金属雲に覆われており、全方位ディスプレイには雲以外に何も目視することができてない。
 だが、武の網膜投影ディスプレイの方には、地表の図形と自軍の戦術機の配置から部隊・人員の識別、兵站ルート、そして敵BETAの配置、その種類等まで細かく表示されていく。

 これは伊弉冉に搭載された『戦域情報戦略マップ』と呼ばれるもので、本部のデータベースから、各種部隊のデータリンク、戦況をおさめたカメラ等からの膨大な情報と純夏のリーディング能力によるBETA情報を00ユニットが分析・整理して視覚的に表示したものである。

 

―― 悠陽殿下や月詠少佐のお陰だな、よくやってる・・・


 国連軍に比べ帝国軍の士気は高く、無駄のない動きでBETAと戦っているのがそのマップから見て取れた。 
 それに、武にはA-207が現在どこで戦闘をしているかが判り、ついでに彼女達が『死の8分』を無事に乗り越えたことが確認できてホッとする。


 そして、マップには次々と現在の光線級・重光線級の配置と数が示されていくのを武はチェックする。
 
「現在確認できるだけで、BETA総数が5673・・・ 重レーザー級が126・・・ レーザー級が382体か・・・」

 地表到達までの数分間にいかに光線級を排除できるかが、今後の展開の鍵となる。
 未だに目視出来ない敵に対し、純夏が提示したマーカーを元に、武は4門120mmレールガン、弾倉には散弾を選び次々と撃ち放つ。

 それはライフルやスパローミサイルなどの速度を遥かに上回り、地表の光線級達は突然重金属雲の空の隙間から飛来した物体を迎撃できぬまま打ち抜かれていった。 

 

 あの厄介であった光線級がまさに入れ食い状態である。
 現在の濃度では未だ奴らのレーザーは雲の壁を破ることは適わず、こちらからの射撃には対処できないでいる。

 このまま、重金属雲の濃度が下がるまで上空に待機していたいほどであったが、今 速度を落としてしまえば、重金属雲を抜けた数qを予定よりもかなり時間を掛けて降下しなければならない。
 それは、ラザフォードフィールドや武の優れた操縦技術があっても複数の重レーザー級の多重照射に耐え、回避し続けるのは限界があるのであった。

 


 そして武は、重金属雲内部に突入すると、多目的VLSに装着したS-11を3発、光線級が密集している各地域に打ち込んでいき、
 レーザーで迎撃される前に起爆させてゆく。

 そのやり方は、場所によって、味方の部隊が展開している戦域もあり、被害を受けることが予想された。
 だが、戦術核に匹敵する破壊力を持つS-11の熱線と爆風は彼らに届くことはない。
 それは、着弾の直前に一帯を大規模なラザフォードフィールドが展開され、その衝撃波から味方の戦術機を守ったからであった。

 これは、『桜花作戦』での経験が幾つも生かされたものであり、今後のオリジナルハイヴ攻略の降下作戦を含めたシミュレーションも兼ねての実験でもあった。

 


「たけるちゃん、ここからだね・・・」


 純夏が声を掛けてくるが、その息は荒い。
 あの『桜花作戦』より2年ほど経過した世界から連れてきたから、あの時よりも00ユニットの性能は大きく上がってるらしい。
 それでも大規模なラザフォードフィールドの展開や多くの作業をマルチタスクでこなしているために、かなり量子電導脳に負荷を強いているのであった。


「お前は、減速に集中してろ。レーザーの回避は俺がこなしてみせる!!」


 S−11の爆風で空を覆っていた重金属雲は上昇気流と共に霧散してゆき、その濃度は急速に低下してゆく。
 現在は地表から約8km上空におり、それでも機体は未だに毎秒300m以上の速度で降下中であり、ものの数10秒で地表へと激突するスピードを純夏は強力なラザフォードフィールドを下方面に展開することで減速を試みる。

 その間は底面以外には薄い次元境界面でしかカバーできず、結果として、レーザー照射からは無防備となる。
 それを回避するのは武の腕であり、機体の推進剤は減速にではなく回避へと使われることの方が生存確率が高いという純夏の計算があったからであった。

 

「総BETA数2564、重光線級18、光線級0・・・」


 戦域マップに表示されている数値を武は確認していく。
 先のS-11で兵士級や光線級の小型種などはあらかた排除ができたようであった。
 そしてその提示された数値も地表に展開している部隊が畳み掛けているお陰で急速に低下していった。

 そして、伊弉冉が重金属雲を突き抜けると、重光線級10体ほどが悪あがきを試みるようにレーザー照射を開始する。

「くっーーーーーーーーーっ!!」

 すかさず武は、機体を旋回させ回避行動を開始。
 ラザフォードフィールドが機体に展開してはいるが、その密度が低い為に多少のGが身体に掛かっていく。


 1射はわずか、伊弉冉の右肩を通り抜け、次に照射が今し方機体が在った 左前方を突き抜ける。
 伊弉冉はなおも、120mmのチェーンガン、多目的VLSからは誘導弾を重光線級に向けて発射、照射の為に伊弉冉に向いていた数体の重光線級を撃破する。

――― やったか!」


 だが、武は戦域情報戦略マップに表示されたその数値に目を見張る。


「重光線級9・・・11・・15、光線級4・・・9・・・26・・・?」

 マップで確認すると、要塞級周囲から光線級が出現、また何もない地表からも重光線級や他のBETA達が次々と現われてくる。
 そして、レーザー警報が管制ユニット内で鳴り響くと共に武は旋回行動を再開する。


「ちぃぃーーーーーーっ!! やはり、楽に着陸できるって訳にはいかねーーなっ!!!」


 4本の光の軌跡が今しがた伊弉冉の居た場所を通過する。
 武は一瞬、反撃の判断が頭をよぎるが、すぐに次の回避行動へと移った。

 大小合わせて10本の光が目の前を通過。
 さらに16本の光の束が周囲を駆けめぐる・・・


――
やべーーーぞっ、純夏っ!! 本当にこれが、最も確率の高い降下手段なのかよっ!!!


 叫びたいのを抑えて武は思う・・・ いや、あるいはいつもの癖で叫んでいたのかも知れない。
 一瞬、純夏のことを疑ったが、彼女の計算が叩き出す戦域マップに示された光線級の予測照射位置がなければ、
 そもそも幾ら武の腕が優れているとはいえ、何の遮蔽物も無い空間でこれほど多くのレーザー照射を避けることなどできはしない。

 信じるしかないと心に思い、なおも回避運動を続けていく・・・


 だが、すでにマップに表示されている重光線級は30、光線級は55を超えており、こちらからの迎撃が適わない今、地表部隊に期待するしかない。
 だが、それでもなおレーザー級の数値は伸びていく。

「ちっ・・・・」

 その焦りが、武に逃走経路を迷わせた。

 光線級達も直接照射が適わないと判断したのか、次々とその照射を伊弉冉の回避進路を塞ぐように定めて照射を開始する。
 機体付近をなおもレーザーが駆け抜け、逃げ場所を塞ぐ様にその範囲を伊弉冉に近づけていく。

 仮にこの機体が戦術機程度の大きさであれば、武の腕ならば あるいは回避出来たかもしれない。
 しかし、この巨体で、激しい空気抵抗の中で今までの旋回だけでも神業である。

 周囲」を光線級達のレーザーが取り囲み、1体のインターバルを終えた重レーザー級が、スッと光るのが見えた。


――
終わるのか?
    この世界はこんなところで終わるのかっ?


 それは死の予感・・・
 武はもはや、自分には為す術が無いことを痛感する。
 幾度もの死を経て獲得してしまった、嫌な予感であった・・・


――― こんな所で終わってたまるかぁぁぁーーーーーーーっっっ!!」


 そう叫ぶと共に、460mm電磁投射砲の弾倉を散弾へと切り替え、重レーザー級の照射と同時に伊弉冉はその撃鉄を下ろす。
 幾つかの散弾はそのレーザーで蒸発。
 レーザーは止まることなく中空に放たれた。

――――――――――!!!」

 

 その後に続く、無数のレーザーの軌跡・・・

 

 

 

 

 

 

 


 地表からも、千鶴達はその光景に息をのんだ。
 上空でレーザーの回避運動をしているA-02が武の乗る新型戦術機だとは伊隅みちるから聞いている。

 突然、上空から無数の光球の弾丸を降らせ、3発の立て続けの爆風と熱線。だが、それらから身を守る透明な膜・・・
 そのイメージは、千鶴の『記憶』の中に存在するあるイメージと一致していた。

「ラザフォードフィールド・・・」

 桜花作戦でドリフト坑内でのS-11の爆発から自分たちを守ってくれた『凄乃皇四型』が持つ不可侵の防壁。

「やっぱり、凄乃皇かなぁ〜〜」

 通信回線を通し美琴が尋ねてくるが、重金属雲から現われた機体は見たことの無いものであった。
 その機体に襲いかかる無数の光の筋。
 どう見ても分が悪い。
 そして、それは起こったのだ。
 思わず叫ぶ千鶴。

「な、なんなの・・・・あれは・・・・?」
「ボケッとするなっ!! 光線級が、アレに気を取られている間に、奴らを一掃する!!!」

 まりもの大きな声で千鶴を含めたA-207はハッとする。
 そして、操縦桿を掴むと気合いとともに戦場を駆けていった。

 

 

 千鶴達が見とれていた光景・・・
 

 光線級の光は武達に届くことは無かった。
 その光は伊弉冉を擦ることすらない。

 レーザーは、伊弉冉では無く、何も存在しない所に照射されていた。
 まるで、見えない敵を打ち倒すように、中空の1点に向けて、約30近い光の筋が交差する・・・
 その隙に伊弉冉は見事着陸を果たし、帝国軍の援護の下、先に着地していた補給コンテナから弾倉を補充し急いで交戦体制を整えていく。

 しかし、武には いましがたの奇妙な出来事が納得出来なかった。

 ヤられたと思った・・・
 そう思ったのだが、そのピンチを訳も分らず切り抜けた・・・・
 心当たりと言えば1つしかない。


「純夏・・・お前がやったのか?」
「そうだよ、これが今回の実証実験の一つ。こんなに早く使う事になるとは思わなかったけどね」

 不敵な笑みを浮かべている純夏。しかし、その顔には一筋の汗が流れており、決して思い通りに事が進んでいないと言うことがアリアリと見て取れる。

「なんなんだ、アレは?」

「『オルタネイティブ6』 ・・・ 私のいた世界で現在進行している計画の一つ・・・その実験の一部だよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「オルタネイティブ4が諜報活動、情報収集と目的としたものだってことは、たけるちゃんも知っているよね?」
「あ、ああ」  

「それを推し進めたのが『第6計画』。情報攪乱、陽動を目的としたオルタネイティブ計画」

「情報攪乱?」

「 『第3計画』の時に、ある程度わかっていた事なんだけど、BETAの情報のやりとりは、交互にリーディングとプロジェクションを行なうことで意思疎通を行なっているんだよ」

――――――!! そ、そんな話は初めてだぞっ!!」

「霞ちゃん達は、どうしてBETA研究で生まれたか・・・ 私は知っているから・・・」

 その言葉でタケルは気付いてしまった。夕呼が何故、自分にそのことを話さなかったのかを。

 

BETAには、言語もなければ、文字も無いよね。でも、何らかの形で意思疎通してないと、これほど統制のとれた動きはできないよ。
 リーディングもプロジェクションも本来、BETA研究の中で生まれた産物なんだよ・・・

 思考を示す脳波によく似た波をBETA自身も出していることで、奴らが何らかの判断能力も持っていることは判っていたの・・・
 まさか、その波自身で情報伝達をしているとは、当時は思ってもみなかったみたいだけど。

 とにかく、巨大なネットワークをBETA が持っていることは判ってたから、そこに干渉する技術をずっと『私の世界』 では開発してたの・・・
 さっきのは、敵の光線級に 私たちの位置情報のダミーを、この機体に装備されてる増幅装置で強力なプロジェクションで書き換えたから」


「なるほど・・・ 何も無いところに照射があったのはそのためなのか・・・ もしかして、これって ラザフォード場よりも使えるんじゃないのか?」

「どうかな・・・ さっき私が、あいつらのネットワークに干渉したせいで、また別の波長でネットワークを再構築してるみたい。
 
解析には、時間がかかるから連続して使えるって訳じゃないから・・・」

「そんなに時間がかかるのか?」

「私の機能を全てそれに傾けても5分はかかるよ。」

 武は、純夏が言うほど時間がかかっているとは思わないが、ギリギリの所では非常に有効であると、先ほど実証されてしまった・・・
 BETAの特性を考えれば、この手段も乱発すれば、おそらく対応策が取られてしまうだろうから、奥の手として使うべきだとも思う。


「了解だ、純夏っ!! これから俺達で、目の前のBETAどもを皆殺しにするぞっ!!」
「了解っ!!」


 今は目の前の敵に集中しろ・・・
 武は、心の中でそう言い聞かせ戦闘へと意識を研ぎ澄ませていった。

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 


 伊弉冉の活躍に多くの衛士達は圧倒されていた。

 レーザー級の照射を回避し、仮にそれが出来なくても、その光は当たる直前に曲がるのだ・・・
 戦術機を遥かに上回るその巨体で、信じられないスピードで高速移動し、自分たちの乗る機体の数倍もある長刀を軽々と振り回す。
 その一振りで、要撃級、突撃級はおろか、要塞級すら空に舞う。

 そして、刀の切っ先を遙かに超えた敵まで切断していくその姿は、何か現実離れをしていた。

 もちろんそれは、長刀を覆うように展開している極薄約0.3ミクロンの高密度のラザフォードフィールドによるところのモノだが、そのようなことは、一般衛士はおろか武自身も説明を受けていない。
 このフィールドのお陰で当初予定されていた、高重量の長刀でBETAを叩きつぶすという戦術から、より鮮やかに、素早く敵を処理していくというモノに変更されていた。

 

 


 とにかく、巨大な伊弉冉が華麗に舞うその姿は、人類の誰もが望む、自分たちの勝利の象徴として映っていた。


 BETAで埋め尽くされた大地を伊弉冉が戦闘で切り開く。
 地面に開いた幾つか空洞から、BETAが止めどなく現われようとも、地下の女神の名を貰い受けたその機体を止めることなど、もはや出来はしないと誰もが思った・・・

 

 そう、その時までは・・・

 






 


 


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 


 

 

 

 

 

 沙霧尚哉の率いる部隊は、急遽決まった新型兵器の軌道降下作戦を成功させるため、先行してレーザー級を排除する命令が下された。

 それは、彼の常識から考えれば、無茶な作戦であった。

 データリンクから詳細な光線級、重光線級の配置と数が記されたものが送られてきたのだが、その総数は約500。
 重金属雲が発生しているとはいえ、レーザー級が待ちかまえている中に単体の兵器を降下させるなどと撃ち落としてくれと言わんばかりである。
 定石であれば、現在の約3倍の量のAL弾を投下して地表のBETAを極力減らしたあとに降下作戦を行なうべきなのだ。


 もちろん、突然の奇襲によって弾薬が用意できなかったのだろうことは察しがつく。
 だが、その とばっちりは現場の最前線の自分たちが被るのだ。
 与えられた十数分でレーザー級を全て排除しろなどとは、甚だ無理な話であり、自分たちと同じであろう無茶な命令に従わざるを得ない、これから降下してくる兵器の衛士にも同情するのであった。


 実際、月詠真那という人物がこのような無謀な作戦を行ってくるとは彼には予想外であった。
 月詠家は五摂家に近しい家柄であり月詠少佐も英才教育を受けた人間だろうし、殿下の信任も厚く、衛士としても優秀・・・
 しかし、果して指揮官としてはどうであろうか? こんなことでは彼女の評価を変更しなければと尚哉は考えていた。


 最も、彼のそのような考えもすぐに覆されることとなる。

 
 突然降り注いできた直上からの無数の光弾は容易に重光線級を打ち抜いてゆき、次々とマップからその数が消えていく。
 その直後、S-11と予想される爆発によって目標の重光線級は、もはや10数体を残すのみとなっていた。

 正直、尚哉達は何が起こっているのか、理解できなかった。
 S-11の爆発地点から数qしか自分たちは離れては居ない。
 これでは、自分たちも巻き添えを食らう筈であるし、現に前方に展開していたBETAどもは熱風と衝撃波で薙ぎ払われていた。
 しかし、彼らの部隊は、誰一人、その爆風も熱線も浴びることなく健在であったのだ。


 とにかく彼らは状況に理解が伴わないまま、その後も次々と現われてくるレーザー級に対処していき、少し落ち着いた頃には、すでに新型兵器は着陸を完了しており、その要塞級よりも頭一つ大きい巨大な戦術機を思わせる姿に圧倒されるのであった。
 

「こ、これが、帝国軍と国連軍が共同開発したという対BETA戦略兵器なのか?」

 伊弉冉は彼らの目の前でその尋常ならざる強さを見せつけた。
 
 70mもの全長を持ちながら、戦術機と同等、いやそれ以上の機動性に富み、敵BETAのレーザーを直前でねじ曲げ、大型の長刀と460mmレールガンを自由に使いこなす。
 あれほどにまで苦戦を強いられたBETAを軽々と蹴散らしていくのだ。
 
―― 人類は勝てるかも知れない

 その時、尚哉は実感を伴ってそれを意識した。
 身震いが止まらず、気が付けば涙を流していた。

 そして、彼は、ハッとする・・・ その姿は大きさが違えども、アレは何処かで見たことがあると錯覚する。
 その正体に思い至った時思わず叫んでいた。


「ま、まさか・・・ この兵器の衛士は・・・ 『白銀武』 かっ!!」


 突如戦場に投入されたこのA-02と呼称される兵器のことは、一般衛士には何も明かされては無く、搭乗の衛士の有無さえ知らされていないためもあって、機密の関係から通信で呼び掛けることすら禁止されているのである。
 尚哉には、確認できないことであったが、あのA-02を操る衛士が武であると確信が持てた。


「あのような出鱈目な操縦をする奴がそう何人もいるはずがない」


 尚哉は苦笑いと共にそう呟く。
 自分たち、24機の不知火をたった一人で打ち倒したあの男なら、またとんでもないことをやってくれると思っていた。
 それがこうも早く実現するとは、可笑しくてたまらなかった。


「さぁ、A-02に続けっ!! 残りのBETAどもを残らず排除するっ!!」

 尚哉の声に部下達が呼応し、彼らは死地へと赴いて行く・・・

 




 

 


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 




 


「一雨 来ますね・・・・」

 悠陽は空を仰いで誰に語りかけるでも無しにそう言った。

 
 現在の指揮は、帝国軍第12師団の少将に任せており、彼女は月詠達を連れて共に降下作戦を成功させるために武のA-02を援護していたのであった。
 だが、現場の空気を感じるにあたって、思いの外 事態が想定していたものとは別の形へと変化していることに気が付いた・・・

 S-11の使用で、現在の通信状況は非常に悪く、作戦本部にも辛うじて連絡がとれる状態でしかない。
 空を見上げ続ける悠陽は、各部隊に深追いはさせずに、極力下がらせるように指示を出す。

 追撃の好機を逃したくないと言う少将を黙らせ、彼女は武御雷で急ぎ作戦本部へと戻るのであった。


 

 本部に戻ると機体を降りて、歩きながら現状の報告を受ける悠陽と月詠。

 国連軍から提供されているデータによると、現在の総BETA数は2245、排除したBETAは7028、こちらの損耗率は帝国軍、国連軍合わせて16%弱といったところである。
 数値のみ見れば、近年まれに見る大勝利であり、追撃を進言する少将の気持ちも月詠などは分からないでもない。
 確かに、戦いには流れがあるし、衛士たちの士気は重要な要素である。
 しかし、BETAは劣勢に追い込まれたからといって人と違い怯むことは無いのであり、こちらは常に冷静に判断をしていかなければ足下を掬われるということになりかねない。

 伊弉冉の強さに浮き足立っている本部の者や士官達を見るに、月詠などは少しばかり眉を顰めるのであった。

「ふふふ・・・ 真那さんは、真耶さんと違って感情が表に出やすいですね」

 優雅な仕草で悠陽からそう言われ、表情を改めいつもの顔に戻る月詠真那。
 何を考えているのか分らない従姉妹に比較されるのは心外であったが、人の上に立つのであればその感情表現すら効果的に見せるようにしなければ、足下を見られてしまうと言うものだ。


「恐れながら殿下、なぜ我らは戦線を後退させねばならないのでしょうか?」

 本部施設に入るや否や、作戦指揮を預かる少将が詰め寄ってくる。

「そのことですが、こちらの最新のデータは古いですね・・・ 現在の前線での通信環境はこの数値よりもさらに悪化していますよ?」

「――――!! そ、そうなのですか?」

 少将は隣の士官に、早急なデータの更新を指示する。

「おそらく、あの様な状況ですからデータリンクが上手くいっていないのでしょう・・・ しかし急がせなければ、S-11によって発生した上昇気流でスコールが予想されます。地表はまだ熱く、重金属を含んだ雨が降れば、濃い濃霧が発生すると共に、近距離通信しか適わなくなるでしょう」

 それを聞いて少将は自身が浮かれていたことを認めざるを得なかった。
 送られてくるデータばかりに気を取られ現場というものがどういうモノであったかということを失念していた。
 少将は再度、全軍に戦線を下げるように言い、通信が適わない地域には信号弾を打ち上げるように幾つかの指示を出す。

「それと、14師団の方はどうなっているのですか? この情報が正確なのであれば、すでに本隊と合流しているはずなのですが・・・」

 その悠陽の問いに ばつの悪そうな顔を見せる少将。
 たった今入った通信で、突如出現したBETA群約300と交戦を開始しているということであった。

 少将を下がらせると悠陽は月詠に語りかける。


「月詠・・・ どう思いますか?」

「はっ、当初は旅団規模、約6000のBETAが南下を開始しています。これは香月博士が提供したデータと一致するものでした。
 しかし、現状ではすでに7000以上のBETAを倒しており、なおも3000近いBETAが確認されています。
 データに間違いが無いのであれば、相当数のBETAが地下から出現しているという事になるのだと思われます」


 『2回目の世界』で町田辺りにBETAが出現してきたことから、地中から密かにBETAが侵攻してきていることは月詠も理解はしていた。
 だが、実感は初めて今日できたと言うところであった。
 手の出せない大深度の地下を悠々と進行している様を思うと腹立たしくて仕方がないのではあったが、現状すべきことは、地下から出てくるBETAに対して何らかの対抗策を打たなければいけないということだ。


「やはり、香月博士にアレの停止を要請するのが一番かと・・・」

 ML機関に引き寄せられてBETAが出現していると彼女は判断したのでそう告げる。

「ですが、少佐。アレが今回、BETAの半数以上を倒したのも事実。彼の機体が無ければ損耗率は大幅に上がっていたでしょう。
 今一度、博士と協議する必要はありそうですね」

「はっ、別室に専用回線を用意しておきます」

 




 

 


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 




 

 

 小雨が降っていた・・・
 熱気を孕んだ水蒸気に吸い込めば肺を病みそうな粉塵が辺りに立ちこめており、視界は酷く悪い。


「CP応答せよ・・・ CP応答せよ・・・こちら帝都守備第1戦術機甲連隊だ、応答せよ・・・」

「本部の方にも連絡は付かないか?」

「そちらもダメです、沙霧大尉・・・」


 後退命令を受け転進をしていた最中、彼らの部隊は、突然の集中豪雨に見舞われた。
 それは、直ぐに緩やかなものへと変化していったが、変わりに発生した濃霧と電波障害によって立ち往生する羽目となった。
 視界は100mも無く、通信状態も最悪であり、このような状態でBETAなどに遭遇することは絶対に避けたかった。

 ただ唯一の救いは立ちこめる水蒸気と雨と共に落ちてきた重金属を含んだ粉塵のお陰でレーザー級からの脅威から解放されたことであろう。

 全集警戒を続けながら彼らは戦線を後退していく。

「あれ、おかしいですね・・・」

「どうした?」

「データにある地図と、現状とが一致しません・・・」

 戦場では、空爆等で直ぐに地形が変化する。
 しかし、霧の向こうに現われた巨大な城壁を思わせる影は明らかにそうした変化によるものでは無いことが尚哉にも見て取れた。
 壁の影の高さは200mほどもあり、それは南西から北東に沿って高々と立ち塞がっていた。

 尚哉も何かがおかしいと感じ、部隊を緊急停止させる。


「あんな建造物は地図上にはありませんね・・・」
「この濃霧と言い、まるで異世界に迷い込んだみたいだな」
「もう少しアレに接近して調べますか?」
「地図が間違っているなら、このまま進むのは不味いですね」

 部隊の者達も不安からか、いつもより口数が多い。
 だが、立ち止まった所為でより、異変に気付くのが早かった。


  ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド・・・・


 地面が揺れていた・・・
 そして、その揺れは強くなっていく・・・


「た、大尉・・ この揺れは何でしょうか!?」
「落ち着け! 警戒を怠るなっ!! 地中から現われるBETAに警戒しろ!!!」


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド・・・
 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド・・・・・


―― どこから、来るっ!! 前方かっ、後方かっ!! それとも・・・

 濃霧の中、少しでも早く変化に気付こうと尚哉は意識を集中する。
 そして、仲間の一人が声にならない悲鳴を上げた。

「どうしたっ! BETAが現われたか!!」

 だが、マップには未だにBETAを示すマーカーは付いてない。

「た、た、大尉っ!!!」
「何があったっ! 詳しく説明しろ!!!」

 悲鳴を上げている隊員の方へと近寄る尚哉。
 だが、その視界には、目立った変化は見て取れない。



 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド・・・・

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド・・・・・

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド・・・・・・


 

 なおも振動は拡大してゆき、尚哉自身も何かが変だと気付く・・・

「か、か、か、か・・・」
「どうしたっ! 早く説明を――――」

「壁がこちらに迫ってますっ!!!!!」

 
「――――――――!!!」

 一人がそう叫び、部隊の者達も一斉に 『ソレ』 へと目を向ける・・・
 目の前に現われた『ソレ』は、壁というより、円筒形の巨大な物体であり、ローラーの様に転がり粉塵を上げながら、もの凄いスピードで迫ってくるのであった。
 

「ひぃぃぃーーーーーーーーーー」
「落ち着けっ! 反転して下がるぞ!!」

「い、いやだぁーーーーーー!!」

 現実離れをした光景に混乱した隊員の一人が、逃げる様に直上へと飛び上がる。

「――― 待て、早まるなっ!!」

 だが、尚哉の声は届かず、その隊員はソレを避けるために高度を上げると濃霧から飛び出してしまったのだ。
 直後、爆音と共に地図上に示された仲間の表記が消え去っていく・・・

「ちっ 馬鹿がっ!!! ・・・いいか、お前らっ!! 濃霧から出るとレーザー級に狙い打ちにされるぞ!!! いいかっ、俺に続いて―――」


 沙霧尚哉はその言葉を終える事無かった・・・
 地面から出現した要撃級に衝突し、機体が体勢を整える前に、BETAの太い筋肉から繰り出される殴打を受ける。

 一体、彼はどれほど気を失っていたか・・・ ほんの2、3秒だったかも知れないし、数分だったかも知れない・・・

 だが、気付いた時には、尚哉を残してその部隊は全滅をしていた。


「ここまでか・・・・・・」


 思えば、慧に振られて良かったと今なら思う。
 なんだかんだと言って自分はよく慧を泣かせたと思う。
 求婚を断られたと時もそうであった・・・
 泣きたいのは尚哉であったが、彼女は振られたのは自分の方だと言わんばかりに泣きながら断ってきたのである。

「もう一度だけ・・・ 泣かすことになるのかなぁ・・・?」

 泣いて欲しいとも思うし、彼女の悲しみを考えたら泣いて欲しくはなかった。

「先生・・・ できの悪い弟子で申し訳ありません・・・ 約束を守れずにそちらに向かう事になりそうです・・・」

 そう言って沙霧尚哉は不知火の操縦桿を握りしめると目の前に迫り来る要撃級や要塞級に立ち向かっていった・・・




 

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 





 


「うおぉぉぉおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」



 雄叫びと共に白銀武は長刀を振り下ろす。

 ここに来て状況は芳しく無かった。
 『伊弉冉』の調子は良い・・・ だが、00ユニットである純夏の状態が良くなかった。

 彼女は口に出しては言わないが、目に見えて辛そうであった。

 夕呼に連絡を取るかどうか迷っていると、あちらの方から専用回線で話しかけて来た。


「もうそろそろ、良いわ・・・ 貴方たちも引きなさい」

「もういいんですか?」

「あんた達が殿を務めてくれたお陰で、帝国軍も国連軍も上手く引き上げているわ」

 現状は、悠陽の提案によって10kmほど戦線を下げることとなった。
 この戦域がS-11とその他の複合要因によって、電波干渉と濃霧によって戦場としては不向きであるためだからだ。

「下がったあとはどうしますか?」

 武はチラリと純夏の方を見ながら話す。

「今のところは、ML機関の火を落とすことで様子見ね・・・ すでにBETAの総出現数が10000を超えているわ。
  明らかに伊弉冉に引き寄せられていると言っていいわね」 

「了解です。あと、データリンクの方はどうにか為りませんかね、先生・・・ 他の場所の情報が殆ど入って来ませんよ。
  正確な情報は自分の周囲のものばかりで、正直この『戦域マップ』がうまく機能してないんですが・・・・・・」

「そこから離れるのが一番ね。それが嫌ならS-11の爆風で干渉要因の重金属粉や濃霧を吹き飛ばしたら?」

 本気とも冗談ともとれない口調で夕呼は言った後、今度は純夏に質問をする。

「鑑、あんたの調子はどう?」

「はい・・・ 問題はありません。ただ、予想以上に こちらに対するアクセスが多くて処理に手間取ってます。
 お陰でリーディングの範囲を縮小せざるを得ませんでした。
 ただ『障壁』が機能しているので情報流出はありませんし、現状では、『伊弉冉』の運用には何ら支障はありません」

 武には純夏と夕呼が何を話しているのかはよく分らない。
 自分はその役目として、この戦域から離脱すべきと考え伊弉冉を走らせる。

 

 ほどなくして、夕呼と純夏の話も終わり、濃霧が立ちこめている電波の干渉区域から離脱しかけていた時にそれは起こった・・・・・・


 地面が縦に隆起するのが見えた。
 純夏がダメと注意を促す前に武は伊弉冉の機体を右に切る。


―― 伊弉冉の前にBETAなど、何度現われようとも無駄ッだっ!!


 武がそう思った時、ソレは現われた・・・

 


「な、何なんだこれは・・・・・・」


 

 盛り上がった地面から、突如巨大な円柱が出現した。

 中世の時代に立てられた古塔が現われたように武には見えた・・・
 濃霧を遥かに突き抜け、天を目指すように伸び上がり、戦場には似つかわしくないあまりに現実離れした光景・・・


 武にはその塔の頂点が、こちらに向いた気がした・・・
 何処かで見たことのある『顔』だと彼は思った・・・
 円形の『顔』には目や鼻などは見あたらず、その中央に開閉口らしいクチが付いている。


「あの口から・・・ BETAが確か・・・出てきたな・・・」


 『記憶』をさぐるように武は呟き、現実感を伴わないまま、その巨塔に魅入られていた・・・・


―― その直径はおよそ170m、高さなどは、ゆうに800mを軽く越えていている
    胴体は未だに地表には出きっていないから、全容は不明といったところだろうか・・・

 


「―――――― え・・・」

 

 顔をこちらに向けて直立していた円柱は、突然グニャリと折れ曲がると、鞭をしなるように伊弉冉へと襲いかかって来たのである。


「――――― よ、よけて!タケルちゃん!!」


 純夏の咄嗟の声に武は我を取り戻す。
 下がる暇は無く、瞬時の判断で右前方へとアフターバーナーで駆け抜ける。

「――― くっ!!!」

 背中から嫌な汗が流れ落ちていく・・・
 純夏の声が無ければ、あのまま押しつぶされていた・・・

 武はソレに向き直ると、自分達の居た地面には、先の巨大な 『ソレ』がのめり込んでおり、同時にすさまじい土煙と土砂を舞上げているのであった。

「―― 奴の側面は回転しているのかっ!?」

 のっぺりとした表面だと思っていたが、『ソレ』の表皮は周囲の土砂を今も巻き上げており、すさまじい音を立てて、地面がえぐれているのが武にも判った。



 

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ・・・

 
 


「これ・・・ 『 搬送(キャリー)級 』 だよ・・・ たけるちゃん・・・」


 轟音の中、純夏も驚きを隠さない声でそう呟いた。


 『搬送級』・・・ 大深度を移動し、BETAや反応炉をハイヴに運ぶと考えられているBETA。

 

 武の『記憶』の中では、『壬姫と過ごした1回目の世界』でしか遭遇しておらず、しかも、その口 からラプターによく似たBETAが出てきたのを見ただけであった。

               ――― 胸の奥がチクリと痛んだ・・・

 美琴の『2回目の世界』の話からでは、オリジナルハイヴ内で彼女が最期に見たという新種のBETA・・・ 
 まさか、『アレ』 がそのまま、襲ってくるとはよもや思いもしなかった。


―― クソッ 先入観に捕らわれていたぜ・・・
    BETAを運ぶだけで、攻撃をしてこないなんて、どうしてそんなことを考えていたんだっ!!
    要塞級の例があるのに、なんで思いつかなかったんだっ!!!


 武は内心舌打ちをし、冷静さを取り戻そうと務めながら、キャリー級をさらに観察する。


「―― 体の表皮を回転させて土を掘削しているのは分かったが・・・ その表皮の硬さはどうなんだ?」


 武は、460mm電磁投射砲を散弾から特殊電導弾へと切り替えた。
 夕呼の話では、これは、かかる電流量に総じて、理論上では光速度までその発射速度を上げることが出来るという代物であり、この伊弉冉の中で1、2争う強力な兵器である。

 伊弉冉は巨大ライフルによく似たそれを素早く構えると、キャリー級の側面に立て続けに3発、電導弾を発射する。
 1発ごとの衝撃は、ラザフォードフィールドを展開した機体であっても抑えることは出来ず、狙いを外さないように意識を集中した。

 ・・・・・見事、同じ場所に弾丸は命中したのであった。

 

 だが、キャリー級の表皮の一部がはがれ落ちたようであったが、その表面の回転は止まることはない。
 まるで効いていない様にさえ見える。


「マジかよ・・・・」
「たけるちゃん・・・ 一旦引いた方がいいよね」


 純夏の言葉に従い、武は操縦桿を握り直した。
 だが、こちらの行動を察知したのか、奴はその頭部をこちらへと向けると、蛇のように身体をくねらせながら、その巨体で襲いかかッてきたであった。

「ちぃーーーーーーっ!!!」

 武は後方へ高くジャンプを試みる。
 だが、すぐに鳴り響くレーザー警報に純夏が、ラザフォードフィールドで対応した・・・

「―――― きゃ!!!」

 その声は、遥か後方から重光線級の多重照射を受け、量子電導脳の負荷から純夏は思わず声を上げたのである。
 そして、伊弉冉は一時的に抗重力作用を無くし、無様に地面に墜落したのであった。


「―― 大丈夫か、純夏!?」
「うう・・・何とか無事だよ・・・ でも、やっぱり重レーザー級の多重照射はチョットきついかなぁ・・・」


「了解したぞ。引くのはやめだ!!」
「どうするの・・・ たけるちゃん・・・」

 少しばかり不安そうな声を出す純夏。
 地表には硬い装甲を持つ『キャリー級』、逃げようと飛び出せば 『レーザー級』 が待ちかまえており、楽観できる状況では無いことは彼女にも理解できていた。

「何、やりようはあるさ」

 彼女の気持ちを察してか、ニヤリと笑う武は専用の秘匿回線を開き、横浜基地の司令部の夕呼に繋げて現状を説明したのであった。




  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 伊弉冉はキャリー級の攻撃をかわしつつ、徐々に後退をして行き、ようやく濃霧地帯を脱していた。
 巨大なBETAに集中しつつも武は、夕呼と会話を進めていく。


「なるほど・・・ 状況が思わしくないわね、白銀」

「まぁ、想定外ですね・・・ こんなBETAは」

「460mm電磁投射砲が効かないとは思いもしなかったわ・・・・ で、あんたならこの状況をどう打開するの、提案があるんでしょ?」


 いつものような挑発的な口調ではあるが、夕呼のその眼は少しも笑ってはいない・・・


「アイツの中は空洞なんですよね?」
「ええ、一応こちらにあるデータではそうなっているわ? 鑑のリーディングじゃあ、これが戦闘に参加するとはまでは読めなかったけどね」

「こちらの策としては、あいつの土手っ腹に穴をあけて、そこにありったけのS-11を投げ入れてやろうと思ってますが・・・」

「爆発で生じる高圧力で内部から破壊を目指すわけね」

「そうです」
「でも、どうやって穴を開ける気? あんたの話じゃ、随分と硬いみたいじゃない」

「幾つか案はあります。一つは、衛星軌道上に待機させてある 『大型補給ユニット』 をアイツにそのまま ぶつけるなんてのはどうですか?」

「なるほど・・・ 鑑、この計画の成功率は?」

 量子電動脳を持つ純夏は素早く計算を試みる。

「キャリー級の内部でS-11を爆発させて倒すには、およそ4つで十分に効果的だと思います。
  しかし、補給ユニットの着弾の成功率は20%前後です。私が精密に誘導しても、多くが重レーザー級からの攻撃で、ノズルの破壊によるコントロールの不能が予想されます」

「それによる、味方への誤爆率は?」

「およそ32%です」

「わかったわ・・・ あまり現実的じゃないわね・・・ 白銀、別の案も聞かせてもらえるかしら」

「はい、次の案では、基本は多目的VLSのS-11を発射して爆発させることで奴の腹に穴を開けます。
  その際、ラザフォードフィールドで爆発による被害の拡大を抑えると共に、その表皮に爆圧を集中させることで穴を開けるやり方です」

「・・・・・・ 鑑、これはどうかしら?」

 神妙な顔つきで夕呼は純夏に話を振る。

「とても良い案です・・・ ですが、現状ではそのような精密なラザフォードフィールドの展開は私にはできません」

「―――― !! どういう事だ? 純夏・・・」

 武は驚いているようであったが、それとは対照的に夕呼は無表情である。

「近距離でフィールド展開には何も問題無いの、たけるちゃん。
  だけど、多数のBETAから、現在 『伊弉冉』 と私に対してリーディングとプロジェクションが試みられてるの。
  その処理で手一杯で、現状のマルチタスクだとフィールド展開にコンマ数秒で誤差が出る危険性があるから・・・
  そして、それを見誤れば、味方に甚大な被害が出るから」


 リーディングからの防衛と、プロジェクションによる精神攻撃・・・
 それが、現在の純夏が顔色の悪い理由であり、先ほど夕呼と相談していた内容であった。

 武はなおもキャリー級の攻撃をかわしつつ、話を聞いていく。


「それに現在はキャリー級を解析中なの。
  仮にアイツの腹に穴を空けても口が開いてしまえば、S-11の効果は半減してしまうから、穴が開いた時点で口を開かせない命令を出すつもり。
  だから、私はソレを優先すべきと思う。
  本当にご免なさい、たけるちゃん・・・ 私がもっとしっかりしていれば・・・・」

「―― いいって、お前は良くやってるさ!」

「だけど・・・・」

「まぁ、俺の話を最後まで聞けよ! 純夏に頼んなくてもいい案も考えてんだからさ!!」

「へぇーーー 殊勝なことね、白銀・・・ 聞こうかしら?」

「からかわないでください。その案では、『1200mmOTHキャノン』 を使います。今回の合同訓練の中に改良したアレの試射が含まれてましたよね、先生」

「そうね、万が一のことを考えて無理にでも ねじ込んだ甲斐があったってものよ・・・ 良く気が付いたと言うべきかしら、白銀」


 その夕呼の口ぶりから、当初からその案を考えていたことが窺われた。
 また試されていたのだと武は思いつつ、その段取りを夕呼と詰めていく。


 『1回目の世界』で横浜基地に制御不能となった再突入型駆逐艦(HSST)が墜落してくるという事態になった時、武達は『1200mmOTHキャノン』で高度60km、距離500kmの離れたソレを撃ち落とすことで突然訪れた危機から基地を救ったのであった。

 『2回目の世界』では、1200mmOTHキャノンを使う機会が無かったが、今回、別の形であれを使うことになるとは武も思いもしなかった・・・

 













  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 




 


 搬送級は、今までに無いBETAであった・・・

 人類が苦戦を強いられていた大型な要塞級すら体内に仕舞い込みそれを輸送する事ができる超巨大な体躯。

 戦術機の通常攻撃がまったく利かないその硬い表皮と、昆虫の幼虫か蚯蚓を思わせる手足のない奇怪なその姿。


 巨大な胴体を高速回転させながら、地ならしをするローラーの如く戦術機を踏みつぶし圧殺してゆく様は、
 人類の無力さを証明するかのように・・・ 無慈悲に・・・ 圧倒的な存在感をもって・・・ 戦場の衛士達を恐怖へと叩き込んでいった。



 圧倒的だと思われた、人類の希望になると思われた 『伊弉冉』 がまるで無力であることが、彼らの心を蝕んでいく

 

 あるものは、その姿に恐怖を覚え、絶望し、無策に突撃し その命を散らしていく・・・
 あるものは、立ちすくみ、なすがまま、足下にいた戦車級に取り付かれその機体ごと囓られ喰われていく・・・・・・


 悠陽自身が武御雷を駆り、最前線で指揮をとることで、辛うじて恐慌に陥りかけた帝国軍と国連軍をまとめ上げているのであった。


 



  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「時間が無いから、手短に説明するわね」

 伊隅みちるが率いるヴァルキリーズA-01部隊と、それに現在属している 神宮司まりものA-207は、隊を移動させながら専用回線から聞こえてくる副司令の香月夕呼の声に注目していた。


「現在、八海山の麓でA-02が交戦している新種のBETA、通称 『搬送(キャリー)級』 に、戦術機の兵器では対処し切れていないのが現状ね。
 あのBETAの内部は空洞になっていて、アイツの外骨格に穴さえ空ければ後は、A-02がなんとかするんだけど、
 問題の表皮はハイヴ坑内の外壁と同じくらい硬くてね、こちらが用意した『460mmレールガン』を何発か当ててみたけれど、あまり効果が無いの」


「「「「「「「「「「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 」」」」」」」」」」 

「それで、今回の合同演習で用意していた 『1200mmOTHキャノン』を使用することになったわ」


「・・・・1200mmOTHキャノン」

 その言葉に彩峰慧はハッとする。
 それは自分の記憶にある 『1回目の世界』 で、遥か彼方から飛来してきたコントロール不能のHSSTを撃ち落とした時、使用した兵器であると思い出す。


「今は八海山中腹でその準備させているわ・・・ 
 砲身の強度の関係で3発しか使用できないけど、狙撃手にはその3発を同じ位置に続けて当てる技術が求められているわね」

「続けて3発に同じ場所ですか・・・」

「そうよ、伊隅。直線距離にして12km、大型のBETAとはいえアレはかなりの高速移動する相手に立て続け同じ場所に3発よ。
  まぁ、相当な射撃の腕が必要よね」

「そこで、梼子の出番って訳ですか?」

「残念ね、宗像。砲手は珠瀬にやってもらうわ」


「「「「「「「「「「 ―――――――!!!!  」」」」」」」」」」 


 その言葉に慧以外の誰もが驚いていた・・・
 その中でも一番ビックリしていたのは名指しされた壬姫であった。


「ちょっと待ってください、副司令!! 珠瀬はまだ訓練兵じゃないですか!!!」

 その決定に早くも噛みついたのは速瀬水月である。

「そういうのは関係ないわ。一番実力のある人間を選抜しただけよ、そういう世界だってあなたも分かってるでしょ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「私は、反対です香月博士」

「あら、何か言いたそうね、まりも」

「私は、教官として彼女を見てきましたが、最近の珠瀬は非常に不安定です。私としても経験豊富な風間少尉に任せるべきだと思います」

「あんたね〜〜 教官としてあの子に何を教えてきたのよ・・・ こんな時に使えないような奴なら要らないわ」


 その言葉に まりも も黙り込んでしまう。



「・・・・・・あ・あ・・・・・あああ・・・・・・」


 壬姫は何かを言おうとするが、上手く 口にすることが出来ないでいる・・・

 彼女は、自分にはそんな任務がこなせるなどとはとても思えなかった。
 先の初陣の1時間あまりで、自身の 『死』 を何度も覚悟した。
 まりもや慧、千鶴、美琴の手助けが無ければ死んでいた。

 自分が如何に無力であるのか、そして思い上がっていたかを知らされた。

 短期間の内で 『実験』 のお陰とはいえ、戦術機の腕前が高くなっていたことに、いい気になっていたのかも知れない・・・
 だが、現実はどうだろうか?
 仲間達の中では、一番弱く、その足を引っ張っている・・・

 
 思えば何時もそうだった・・・ 私は自分に自信が無い・・・ 背も低くて、胸もない・・・
 だから、みんなと違うことが不安であった。恐かった。

 そんな自分が唯一誇りを持てたものは、その 『射撃』 の腕前であった。

 今までの自分を作り上げてきた『射撃術』・・・
 今回の射撃を外してしまえば、自分には本当に何も残らない、何も必要とされない人間であると分かってしまう気がしていた。




「あら、珠瀬も何か言いたいのかしら?」

「・・・・・・・・・・あ・ああ・・・・・ああああ・・・・・わ、私には・・・」

「・・・・・・・はっきり言ったら?」

「――――― わ、私には・・む・・むむむむぅ・・む・・・・・・」


 無理ですと言おうとした。
 ハッキリとそう言おうとした。

 だが、それを遮るように夕呼が口を挟んできた。


「正直な話、今のあんたを見てると、とても砲手が務まるとは思えないわ〜〜」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 


「でもね、あんたを推薦してきたのは、白銀なのよ?」


「「「「「「 ―――――――!!!! 」」」」」」

「あいつはね、あんな巨大なBETAに対して単機で囮を買って、今も戦っているわ・・・ 
  あんたなら砲手が務まると信じているし、難しい射撃をやり遂げるって、私に言い切ったのよ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「それに、そんなに固くなんないで良いじゃない、砲撃を外してもあんたは死ぬわけじゃない。死ぬのは、A-02に乗ってる白銀と鑑だから」

「「「「「「「「「「 ―――――――!!!!! 」」」」」」」」」」

「ち、ちょっと、どういう事よ!! 夕呼!!」

「・・・な、何よ、そんなに熱くなんないでよ、まりも〜〜 やっぱり、白銀に気があるのね〜〜」

「そんな話じゃないでしょ!!!」

「あの機体は基本的に戦術機と同じように推進剤で移動するのよ。
  あんなにしつこく付け狙われてたら、補給なんてできないでしょ? さっき時間がないって言ったのはそういうこと」

「そ、それであの機体は、後どれくらい持ちそうなんですか?」

「あら、速瀬も随分と白銀にご執心なのね。気になるの?」

「ふ、副司令〜〜〜」

「ま、いっか。持ってあと10分。1200mmOTHキャノンの準備が整うのがあと6分。で、あんた達が中腹にたどり着くのは、あと2分といったところかしら?」


「あと・・・10分」


 壬姫は呆然と呟いた。
 あと数分で、本気で好きになった人が死ぬとは信じたくない。

 だが、この戦場では、死は身近すぎた・・・

 途中からの戦況の変化で急速に帝国軍、国連軍の部隊は損耗率を上げている。
 戦いの中で、潰れた激震や不知火から、体を半分失った死体や潰れた死体を何度も 壬姫は見かけていた。

 A−207が属しているA-01部隊の中でさえ、1名が戦死、3名が重傷を負っている。


 戦うことが恐かった・・・ 自分には何も無いと突きつけられるのが恐かった・・・


―― だけど・・・ だけど、たけるさんを失うなんて、絶対に嫌っ!!!!


 壬姫はギュっと手を握る。

 とても大きな背中・・・ 時折頭を撫でてくれた暖かい手・・・ 抱きしめられると身体の芯が熱くなった・・・
 口づけをされた時、心が蕩けていた・・・

 みんなと同じが好きだった・・・でも、気が付けば、みんなの目を盗んで、彼をジッと見ていたことが何度もある。


―― 戦場は、戦うことは・・・  何かを傷つけるということは、本当に恐いけど・・・  たけるさんの為なら戦えるっ!!
    期待されているなら・・  それに応えたいっ!!!

 


 壬姫はまっすぐな視線で、夕呼に対して宣言した。


「――――― 私・・・やりますっ!! やらせてくださいっ!!!!」


 それを聞いてニヤリと笑う夕呼。
 
「へ〜〜、男の為なら、いい顔になるじゃない?」


「博士、珠瀬の気持ちを茶化すようなことは言わないでください」
「・・・空気読むべき」
「あはははは・・・副司令もボクと同じだね〜〜〜」

 壬姫を擁護するように、ここぞとばかりに発言する207の仲間達。

「ふふふふ・・・ 博士の訓練兵にそう言われては形無しですね」

 みちる のその声で場は和む。

「ま、珠瀬がやる気になって何よりだわ。それじゃあ手筈を説明するわね」

 そう言うと、夕呼はヴァルキリーズのこれからの任務を説明していった。

 宗像美冴、風間梼子、珠瀬壬姫、鎧衣美琴の4人は、1200mmOTHキャノンによる射撃とその護衛に携わり、
 残りを伊隅みちると神宮司まりもの2つの部隊に分けて、万が一の時にA−02のパイロットを救出する段取りを決めていったのであった。

 

 

 


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 


 壬姫は不知火の管制ユニットの中で瞑想をして、意識を落ち着かせようとしていた。

 先ほどは、あれほどやる気に満ちていたが、誰とも話さず一人でいると、どうしても嫌なことばかりを考えてしまう。
 砲撃の準備が整うまであと数分。


 平常心であれば、何も問題ないと自分に言い聞かせる・・・・


 そんな時、回線から呼び掛ける声が聞こえてくる。


「――――― み、みなさん!!」

 それは207の千鶴、慧、美琴であった。


「・・・珠瀬、元気?」

「は、はい、彩峰さん。それに皆さんどうしたんですか?」

「あはははー みんな壬姫さんが心配だから声を掛けようと思ったんだよぉ〜〜」

「あのねーー 鎧衣、そんな風に言うと珠瀬が気を使うじゃない。 まったく・・・ でも、結構調子は良さそうに見えるわね」


 それは彼女達が声を掛けてくれたお陰であったが、そのような事を言えば余計に心配をされてしまう。


「はい、たけるさんを助けないといけませんからねぇ〜〜 頑張りますっ!!」


「ありがとう、珠瀬。 ・・・・・・ あなたは、初陣で自分が助けられてばかりいたことを、しきりに気にしていたみたいだけど、気にしなくていいわよ」

「榊さん・・・」

「私たちは仲間でしょ? それにあなたには、あなたにしかできないことがある。
 『平行世界の記憶』 の白銀はね、自分の命さえも自分一人では守れないっていてたわ・・・ 
 あなたは、あの 『白銀中尉』 に認められているのよ、自信を持ちなさい!!」

「は、はいっ!!」


「珠瀬・・・タケルのこと、頼んだから」

「わかりました、彩峰さん!!」

「そうそう、その意気だよ、壬姫さん。帰ったら是非、『8日の夜』 のことを聞かせてね〜〜」

「に、にゃぁぁーーーーー!!  ど、どうしてそのことをっ!!!」

「えへへぇ〜〜 実は、9日の夜に夕食のオカズを探していたら、偶然、軍曹との会話を聞いちゃったんだ〜〜〜〜〜」

「あ・は・は・はぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜」

 壬姫は笑って誤魔化したかったが、もはや、乾いた笑い声しかでない。


「鎧衣・・・何よ、その 『8日の夜』 って?」
「すごく気になる響きだね・・・」

 千鶴と慧はしきりに聞きたがっていたが、空気を読んでか 読まずか 別の話をする美琴。
 特に、突然 「ヒモぉ〜〜ヒモぉ〜〜」 と叫び、「おどる蝶々が消えて逝くぅ〜〜〜」 と言い出した時には、みな目が点になったモノだ。

 だが、そのお陰で、壬姫は随分とリラックスをすることが出来たのである。


「―――― あ、何か優先回線が入ってきているみたいです」

「ああ、邪魔をしたわね、珠瀬」
「しっかりね、珠瀬」
「とりあえず切るね〜〜」


 そう言って仲間達は回線を閉じてゆく。
 そして、気持ちを切り替えて、壬姫は優先回線のコールに出た。

 その画面に映し出された映像に壬姫は思わず目を見開き、息を呑む・・・

 


「――――― た、たけるさんっ!!!!」



 

 それは、今も数km先の麓で巨大なBETAと死闘を繰り広げている伊弉冉からの通信であった。


 A-02へは、こちらから通信をすることは禁止されているし、現状を考えれば、彼は自分になど構っていられることなどできない筈である。

 ここからでも見ることが出来るその戦いは、決して生やさしいモノではない。
 むしろ、スピーカーから聞こえてくる残撃音や土が激しくえぐれる音がその生々しさを一層際立てていた・・・

 まさかそんな武と話が出来るなどと壬姫には思ってもみなかった。

 

 それでも、彼は平然と笑いかけてくる。


「よぉ、たま。思ったより、元気そうで安心したぞ」

「―――― た、たけるさん! 前、前、前を見てくださいっ!!! 私の方を見ないでっ!!!」

「ははははは、 そうだな、そうさせてもらうぞ」

「はあぁぁぁぁ〜〜〜・・・」

 壬姫は全身から力が抜けていく。
 常識の範疇から超えた人だとは思っていたが、あのようなBETAを無視して自分に語りかけてくるなどとは、一体どういう神経をしているのであろうか?

 でも、とても・・・ 嬉しかった。
 映像に映し出される彼の戦う面差しを見ていると、胸の鼓動が激しくなり、止めることができない。

 そして、あの夜の感触がよみがえってくる・・・


 抱擁とキス・・・ その中断。


―― あの夜、私は、拒絶されたんだと思う・・・
    みんなの話を聞いていると、たけるさんには、大好きな人がいるから・・・
    それは、たぶん、映像からは見えないけど、後ろに乗っている『カガミ スミカ』 さん。

    それに、あの時、抱かれた私は、私じゃない。
    たけるさんは、記憶の中ある 『1回目の世界』 の私を見ているだけ・・・

    だから・・・ 諦めた方がいい。
    自分にたけるさんでは釣り合いが悪すぎるよね。

    みんなもたけるさんが大好きなのだ・・・
    みんなと争うなんて嫌・・・


 あれ以来、何度かそう考えた。
 思い出は貰ったのだ、それだけで十分ではないか?
 でも、そんな風に考える度に自分が不安定になっていくのを感じていた。
 抜け駆けした罪悪感もあったけど、それだけじゃないと、どこかでわかっていた。


 その理由が今、ハッキリと理解できた・・・


―― たけるさんの想いとか、みんなが好きだからとか、そんなのは誤魔化しているだけ・・・
    私は、そんなに優しい人間なんかじゃない。
    自分がワガママなことは、自分が一番よく知っている。

    私は傷つくのが恐かっただけ・・・ 戦うことが恐かっただけ・・・


 砲手の選抜で夕呼に追い詰められるまで、壬姫は自分の弱さを認めることが出来なかった。

 自分を理解できていない人間が戦えるわけがない。
 自分が理解できない者が戦いで勝利出来ないことは、遥か昔から言われていることではないか?

 そう思って彼女は息を呑む。


―― たけるさんが、私に期待してくれているなら、私も少しくらい、期待して・・・いいよね?


 必要なのは、勇気。


 もう一歩だけ、わずかであっても武に近づきたい、壬姫はそう思った。
 武の後ろに乗っている純夏のことなど、忘れていた。

 ただ、この溢れる想いにチョットでも希望を見出してやらないと、自分は壊れてしまうとそう思った・・・


 砲撃の準備は整いつつあり、もう時間が無かったが、壬姫は落ち着いて、勇気を振り絞って武に尋ねた。

 

 

 

「 ――――――― あの夜の 『答え』 は出ましたか? たけるさん・・・ 」


























 

  ―――― 同時刻 『伊弉冉』管制ユニット内

 

 

 武の頭はズキリと痛む気がした・・・・

 
 「あの夜の答えは出ましたか?」 そう 壬姫は武に尋ねてきた・・・


 その思い詰めた表情に彼女の真剣さが見て取れた。
 こちらも真面目に答えるべきだと武は思う。


 だが、『あの夜』 が、一体 どの夜なのか見当が付かなかった。

 もしかしたら、壬姫は何かのショックで 『平行世界』 の記憶が関連付けられて、武が知らない何か別なことを話しているかもしれない。
 彼女は混乱している事に気付いていなくて、それで尋ねてきているのだと考える方が納得できる・・・


 初めは、映像で壬姫の顔を確認できた時、武はこの作戦は成功すると確信が持てた。
 しかし、ここに来て 『あの夜』 を知らないことを悟られて、彼女に動揺を与えてしまっては元も子もない。

 下手に答えるべきでは無いとそう思った。


    ズキッ・・・

 真面目に答えろ・・・ 思い出せ・・・ 頭の何処かで警鐘が聞こえてくる。

 本当に 気付いていないのは壬姫だろうか?


          ズキッ・・・


―― チィィィーーーッ  キャリー級がぁぁぁーーーーー!!  ったく、鬱陶しいんだよぉぉぉぉーーーっ!


 攻撃がまったく利かない、巨大なミミズの様なその体躯を、武は懸命に避ける。
 もはや壬姫と話をしている所ではないと思った。

 

 

「―― 俺は、『壬姫』 を愛している・・・ だから、この戦いが終わったらジックリ話そうな・・・」

 純夏がいることも忘れて、気が付くと 武は真剣な顔でそう口にしていた。

 

「―――― そういう答えは卑怯です」


 嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑う・・壬姫・・・・
 目には少しだけ涙を溜めていた。

「じゃあ、私・・・ たけるさんの期待に応えて見せます!!」 

 彼女は元気よく声に出し、集中力を高めるからと言って通信回線を閉じたのだった。

 


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 キャリー級の攻撃を避けつつ、武は呆然としていた・・・


―― 今、俺は何を言ったんだ?


 あんなことは言うつもりは無かった。
 愛しているなんて・・・・ 何故言った?

 混乱する武に純夏の叱責が飛ぶ。


「―――― たけるちゃんっ! 今は壬姫ちゃんのことより、目の前の事に集中してっ!!!」


 ハッとする武は、相対する巨大なBETAの顔を見る。
 気が付けば奴の顔がこちらに向いていた・・・ 
 極力 それを避けていたのに、武は油断していた・・・・・・


 嫌な予感がした。
 とてつもなく嫌な予感だ。

 ずっと気になっていた その 『搬送級』 の巨大な口が開こうとしていた・・・・


「―――― 純夏っ!!!  旋回を手伝えっ!!!!」

 伊弉冉は通常、推進剤を燃焼させる形で移動する。だが、緊急の場合に限り、ML機関を利用した補助動力を利用する。

 武は叫びながら、操縦桿を切り、形振り構わずアフターバーナーとML機関の多重作用で加速する。


 その刹那、『搬送級』 の前面にいた、伊弉冉を後方から支援していた部隊は蒸発したのだった・・・

 キャリー級の口からは、幾筋の光の束が発せられていた。


 武は、それを尻目に置いて確認し、何が起こったのかを理解した。

 その正体とは、口の中にビッシリと敷き詰まっている重光線級からの多重照射に他ならない。

 しかも厄介なことにレーザーが照射中であっても、キャリー級が顔の向きを変えるだけで照射対象を変えることができる点である。

 伊弉冉を追うように照射口を動かすキャリー級。
 擦っただけで戦術機を使い物に成らなくしていくその光は、幾つかの小隊を巻き込んで武達を追尾していくのだった。


―― まずいな・・・ これじゃあ、推進剤が持たないぞ・・・ 
    それに、いたずらに逃げるだけじゃ、後方の被害を広げるだけだっ!! なんとかしなけりゃ・・・・・・・

 

 だが、武が考えを纏める前に状況は動く。

 凄まじい衝撃音と共に、先ほどまで伊弉冉を追っていた巨大なBETAの顔が、殴打を受けたように弾け飛んだのであった。


「――――――― なっ!!」

 
 それは、キャリー級の頭部側面に1200mmの弾頭が直撃したからである。


「―――― 助かったぜ・・・ たま・・・・」


 状況を理解した武はそう呟くと、すでにレーザー照射を止めているキャリー級に近づき、素早くに着弾点を確認する。
 しかし、その側面は大規模な亀裂は生じていても、やはり穴までは開いておらず、その回転も遅くはあるが止まっていない。


 その直後、第2射が着弾・・・・

 さらにその巨体が吹き飛んだ。

 

 その射撃で巨大BETAの頭部側面はその回転が止まり、着弾点からはようやく小さな穴が確認できる。


 

「――― 純夏・・・ 準備はいいか? 」

「うん、たけるちゃん。伊弉冉がアイツに取り付き次第、口を閉じさせるよ・・・」


 そして、2発の1200mm弾を食らっても、未だ健在なキャリー級は再び動き出そうとし、インターバルを終えた重光線級が再びレーザー照射を開始するが、そこへ3発目の1200mm弾が叩き込まれたのだった。

 それでもレーザー照射を続けようとするキャリー級であり、伊弉冉は残り少ない推進剤を燃焼させながらその腹部に取り付いた。

 直ぐさま、純夏がそのプロジェクション能力で巨大な口を塞ように命令を出すと共に、伊弉冉を操る武は1200mm弾で大きく開いた穴に4発のS-11弾頭のミサイルを撃ち込み待避したのである。

 次の瞬間、S-11はキャリー級の体内で爆発し、その超巨大なBETAは、躯をねじ曲げながら、天に向かって直立し、ついには、糸が切れたように崩れ落ちていくのであった。

 武達は補給部隊が用意した推進剤のパックを取り替えながら、その光景を眺めていた。

 
「やっと、一息付けそうだね、たけるちゃん」

 純夏も安堵の溜め息をつきながら、同乗者に声を掛ける。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「とりあえず、一旦戦線から離脱して、ML機関を止めなきゃね・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「―――― ねぇ、聞いてるの? たけるちゃん」

 ここに来て、ようやく武の様子がおかしい事に気が付く純夏。


「・・・・・・・・・・・お、おい・・・ 嘘だろ・・・・・」


 たま・・・たま・・・たませ・・・・ たませみき・・・
 みき・・・・ 壬姫・・・・ ミキっ!!



「・・・たける・・・ちゃん?」


ちくしょうーーっ ちくしょうーーっ 殺す・・殺す・・殺す・・・殺す・・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

「殺す・・殺す・・殺す・・皆殺しだ、ぜってーー殺すっ!!!」


 補給を終えるや否や、武は伊弉冉で急加速をし、巨大な長刀を片手にキャリー級の死骸の向こうに群れているBETA群に突っ込んでいた。

 光線級や重光線級がレーザー照射のため、動きを止めて予備動作を開始するが、武は一向に構うことなくスピードをさらに上げていく。

 純夏は突然の事態を把握することなく、慌ててラザフォードフィールドを展開した・・・

 寸でのところで、レーザーは歪み直撃を回避する。
 なおも続くレーザー照射に彼女は機体を守るのが精一杯であり、次に彼女が目の前を見たときには、BETAの肉塊が空中に舞っているのが見て取れた。
 落ち葉が突風で舞い上げられる様に軽々と、しかし、グロテスクに飛散するBETA達。

 武はそんな光景すら眼中に無く、次の群れに向けてその鉄槌を下してゆく。

「殺す・・・ 殺すぞっ ちくしょうーーっ!! ぢくしょうーーっ!! ぢぐしょうーーーーーーーっ!! 
 よくも・・・ よくも・・ やりやがッたなっ!!! よくもミキをヤリやガったなーーーーーー、 みなごろしにしてヤるっ!!!!!」

「た、たけるちゃん!! ねぇ、たけるちゃんっ!!」

「壬姫を・・・ 壬姫を   ぢくしょうーーっ!! ぢぐしょうーーーーーーーっ!! 」


 およそ、正気とは思えない声色の怒声が管制ユニット内に大きく反響していた。
 純夏は懸命に武に呼びかけるが、もはや、彼女が共に乗っていることなど覚えていないかのように一心不乱に眼下に広がるBETA群に切りかかる。

 そして、武は、大声を上げながら みっともなく泣いていた・・・


「なぜだ、なぜだ、なぜなンだよ・・・ なゼなんだ!! なぜ、死なナクチゃあイけないんだよっ・・・ 
  なんで壬姫がしななくちゃあいけないんだっーーーー!!!!
  どうして、また死ななくちゃーーーいけないんだよ・・・ なんでだよ・・・ なんで何回も、何回も、何回も壬姫が死ななきゃいけないんだよっ!!!  
  ちくしょうぉぉぉおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!! 」



 狂ったような怨嗟の声
 その呪詛を聞きながら、純夏はハッとする。

 『戦域情報戦略マップ』 が仇となっていた・・・

 それを確認すると、八海山中腹の部隊がキャリー級の最後のレーザー照射によって、半壊していた。





 その中にあるはずの珠瀬壬姫のマーカーが消えていた・・・

 

 








 

 

 

 

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 


 







 

 

 誰かが、奇声を上げていた・・・



 みっともなく、やかましく、泣いていた・・・

 誰かが、自分に呼び掛けていたが、聞こえなかった・・・・・・

 まあ、いい。

 そんなことは、どうでも良かった。

 苦悩し、絶望し、自暴自棄になる人間などは、『この世界』 には、ありふれている。

 敗北した人類が、誇りを背負い見せることに一体、どんな意義があるのだというのだろうか?

 法も無く、秩序も無く、希望も何も無い、終末の世界。

 

 それにしても、奇声に混じる 苦悩の呪詛は、耳障りだった・・・・・・


 自分の殺してきた人間の中には、こういう声で泣く奴も何人かいた・・・
 そういう奴は大抵、みっともなく、愚かさをさらけ出して、形振りを構わない姿で、恋人や子供の名前を叫んでいた。

 

 だから、今泣き叫んでいる奴もたぶんそうなのだろう。


 そういう姿を見て 弱いと言って笑う奴がいた。
 

 下卑た笑いが癪に障りコロシテやった。
 あまりにも、そいつは弱かった・・・
 奴にとって、強さとは、何なんだろうか?


 まぁ、どうでもいい。

 死んだ肉塊が強かろうが弱かろうがどうでもいい・・・

 強さとか弱さなんてものは、社会があって、共通の価値観が求められてこそ成立する概念だ。

 アイツと二人きりで森の中でヒッソリと暮らしている俺には関係ない事だった。
 アイツは人の話を聞かない奴だけど、色んな事をよく知っていた。

 滅びたこの国の歴史とか、文化とか、生きていくために必要な技術とかを・・・


 俺には、アイツがいるから・・・ 美琴がいるから・・・ もしかしたら、美琴を殺されたら、自分もああなるのだろうか?


 そんな自分は想像できない・・・ ただ、その事実をありのままに受け入れる自分なら想像できた・・・


 何年も森で生活した所為か、何かが歪んだのかもしれない。

 仕方がなかったとは言え、仲間や多くの人間を手に掛けた所為で、何処かが壊れてしまったのかもしれない。


 まぁ、どうでもいいことだった。


 森での2人の生活は苦しかったが、幸せだった・・・

 俺達は全てを失い、その聖地に逃げ込んだ・・・
 なぜか、化け物どもが足を踏み入れないその森に。


 もはや、他人は信じられなかった。
 化け物共は人間を惑わせてゆく・・・


 奴らと戦うために集まった筈が、気が付けば、人間同士で殺し合いをしていたものだ・・・

 そんな状態で奴らに勝てる筈など無かったのだ。


 そう言えば、どうして俺はこんなところにいるのだろうか?

 耳障りな声は今も続いている・・・

 まぁ、どうでもよかった・・・

 現世などは 『幻』 のようなものだ・・・






 ――――― しかし、自分がココにいると言うことは、やはり、心の何処かでココにいることを望んだのであろうか?





 

 


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 





 

「うおおおおおぉおぉっぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
 潰れろっ、潰れろっ、潰れろっ、潰れろーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
 このゴミ共めっ!!! 潰れろっ! 肉塊に変えてやるっ! 潰れろっ! 死ねっ、 死ね、 死ねっ!!!!」

 

「たけるちゃん、落ち着いてっ!! しっかりしてっ!!! ねぇ、たけるちゃん!!!!」


「―――――― ちくしょうっっ!!! 死ね死ね死ね、しね、死ねっ!!!
  死んでしまえっ、 死んでしまえーーーーーーーっ!!!
  み、壬姫のっ、ミキのっ、壬姫の仇だだだあああぁぁーーーーーーーっっ!」


「ねぇ、たけるちゃん、話を聞いてよっ!!! 元に戻ってよっ!!! いつものたけるちゃんに戻ってよっ!!!!」

 

 必死の純夏の呼び掛けにも、武がまったく反応しないことが、純夏にとっては大きなショックであった。

 もはや、撤収命令どころか、本当に彼女が一緒に居ることなど覚えていないようであり、
 伊弉冉の管制ユニット内では、彼女の声をかき消すように、武の嘆きの怒声が鳴り響くのみだ。

 純夏と武の乗るこの機体は、現在、単機でBETAの群れに飛び込んで、無数の死骸を大量に築きつつある。

 そのため、席を離れることも適わず、目の前で苦しんでいる武に声が届かなければ、手を伸ばすことすら出来ない自分に歯がゆい純夏。

 彼女は呼び掛けと共に、プロジェクションを通して武に接触を試みても、まるで効果が無く、自身の無力さを呪うばかりであった。
 


 そして、リーディングで頭の中を覗いてみれば、纏まらない思考の本流が見えるだけ。


 後悔・・・ 悲しみ・・・憎しみ・・・ 怒り・・・ 絶望・・・ 殺意・・・ 絶望・・・絶望・・・ 虚無・・・・・・ 


 そこには心の闇が止めどなく 噴出しており、狂気の色しか無く、彼女はそれに恐怖した。


 彼女もまたその感情を知っている。

 自分のいるべき 『2回目の世界』・・・ 目の前で 『タケルちゃん』 がBETAに少しずつ嬲り殺されて逝った時のことを思い出す。
 悲鳴を上げながらも手足をもぎ取られようとも、私の名前を叫んでいた・・・ 血まみれになっても兵士級に立ち向かっていった。


 逃げ出せることなら、逃げ出したかった・・・ そんな過去からも、今の現実からも 目を背けたかった。
 そんな武のことを思い出すことも、今の武を見ていることも辛かった・・・・・・


 だけど、純夏は思い出す。

 BETAに陵辱され、00ユニットという訳の判らないものにされて、ほとんど正気を失っていた私を必死に元に戻そうとしてくれた武の姿を・・・
 復讐と狂気にかられ、暴走する私を精一杯抱きしめてくれたことを・・・
 『凄乃皇弐型』の中でダメになっていた私を助け出し、懸命に呼び掛けていてくれたことを・・・

 こんなにもボロボロで穢れてしまった私を受け入れてくれたことを・・・


 なによりも、なによりも、私が・・・ 私が・・・ ・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・ ・・・・・・・・・・・  ・・・・・・・・

 

 

 純夏ばかりでなく、世界そのものを拒絶している武を彼女は、後ろからジッと見る。

 ・・・・・・・・・・・  ・・・・・・・・・・・   ・・・・・・  ・・・・・

 いつか、壊れてしまうかもしれない・・・ 彼の頭を 『この世界』 で初めて覗いた時、その 『記憶』 から、分っていたはずなのに・・・ 


 結局は、武なら大丈夫だと、また戦いに、かり出してしまった。
 一緒にいられる事が嬉しくて、判断を誤ってしまった。
 夕呼に無理を言ってでも、やはり武をこの作戦から外すべきだった。


 悔やんでも悔やみきれない純夏であったが、しかしそれほど時間の猶予は無い。

 

―― 今は、ただ、私の成すべきことをやるんだ・・・
    目を背けちゃダメっ・・・
    たけるちゃんから、いっぱい大事なモノを貰ったよ・・・ 本当にいっぱい、いっぱい大事なモノを貰ったよ・・・

    だから、今度は私の番だから・・・・
  


 純夏は、目を瞑り自分の出来ることを考える。

 もはや、自分の声は届かない・・・ でも、他のみんなであれば どうだろう?
 悔しいことだけど、他の誰かの声なら届くかもしれない・・・

 武を止めるには、強力なプロジェクションで武を気絶させることも考えた。
 しかし、現在 『伊弉冉』 は単機でBETAの群れの中におり、純夏自身は戦術機の操縦を直接には出来ない。

 
―― やっぱり、直接、私の脳と 『伊弉冉』 の操縦機構をリンクさせるしか無いのかな・・・


 そうすれば、この機体をかなり自由に操ることはできる。
 そのためには、『伊弉冉』 のOSや幾つかのプログラムを今から変更しなければならず、
 しかも、情報漏洩の対策で純夏本人が開発した暗号プロテクトを除去しなければならなかった。

 暗号の解析とプログラムの書き換えには量子電導脳を持つ純夏であっても、
 現時点でさえML機関とラザフォードフィールドのコントロールを制御している状態なので、数分はかかる・・・

 とにかく暴れる武がどれほど保つか未知数だった。

 仮に佐渡島からのBETAの増援が確認されたり、機体に大きな損傷を負ったりすれば、現状の制御不能な 『伊弉冉 』を放棄することも想定しなければいけない・・・


 とにかく、自分一人の力では、出来ることが限界だった。

 この世界の私のことを考えれば、極力千鶴たちと接触することは、避けたかった。
 自分は 『鑑 零夏』 として生きることを決意したのだ。

 いや、そんなのは欺瞞だと思う。


 本当は、私が今までやってきたことを、されてしまったことを、犯してきたことを知られてしまえば、軽蔑され、蔑まれ、怖れられ、憎まれると思ったからだ・・・
 だから、極力近づきたく無かった・・・


 でも、そんなことは言っていられなかった。

 そして、彼女は専用回線に手を掛けた・・・

 

 

 

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 臨時編成されたA-207部隊は、現在 副司令の香月夕呼に指定された所定の位置で待機していた。

 小隊長を神宮司まりも軍曹に、涼宮茜少尉、柏木晴子少尉、榊千鶴訓練兵、彩峰慧訓練兵からなる階級的には異色な部隊であった。

 まりもなどは自身が小隊長をすることに難色を示したが、夕呼の強気な姿勢に逆らえるでもなく納得するしかなかった。

 もっとも、A-207が属している伊隅ヴァルキリーズ中隊は、まりもの教え子であり、晴子も茜もそのようなことは気にしてはいなかった。

 なにより彼女達にとっても対BETA戦による出撃は初めてのことであったし、
 茜などは、元々同じ訓練兵として育った仲間が1名戦死、2名が重傷を負ったことで少なからず動揺していたのであった。

 

「横浜基地との作戦司令部との協議も未だに答えが出てないみたいだし・・・・  A-02も・・・ 遅いね・・・」

 茜は不安を隠すように、同じ少尉の晴子に話しかける。

「・・・・そうだね、どうしちゃったんだろ。まぁ、タケルに何かあったとは考えにくいけどね〜〜」

「こんな時にレーザー照射が本部に直撃してるなんてついてないわ・・・ 殿下はご無事かしら・・・」

 暢気な晴子に対し、茜はそう呟いた。


 『搬送級』 が最後に照射した巨大なレーザーは、幾つかの部隊や指揮車両、臨時の作戦本部を掠めており被害が確認されている。
 そのため、命令系統に一部混乱が発生し、回線にも混雑が生じていて、それに厄介な重金属雲を含んだ濃い霧が海からの風に乗って移動してきているために、通信状態も悪化の一途を辿っていた。

 それで現在は、まりもが横浜基地の方と連絡を取り合っており、今後の方針を決めていたのであった。

 

「ねぇ、彩峰・・・ 宗像中尉達はどうなっているのかしら・・・」

 千鶴も同じ訓練兵の慧に話かける。

「珠瀬達も部隊とも連絡とれないし・・・ こんな時にデータリンクが更新されていないなんて・・・」

「榊、落ち着いた方がいい。例え 何かあったとしても、ここにいる私たちには何もできない」

「そんなことは、わかっているわよっ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・大きな声を出して御免なさい。不安なのは私だけじゃないわね・・・・」


 権力を求めるために上を目指している千鶴であったが、このような不安で苛立っている自分に情けなくなっていく。
 慧も不安なのは同じである。何より彼女の武に対する想いを千鶴自身よく見ているので、不安でないはずがない。
 
 それでも慧は、感情を表に出さず、A-02を待っている。

 それは資質の差なのか、『1回目の世界』からの経験による差なのか、そんな同僚を少し眩しく思っていた時である・・・ 

 

「何か、あったみたいだね・・・」


 そのように千鶴達に話しかけてきたのは晴子であった。

 この場所は、A-02からも搬送級がいる位置からも死角であり、
 そのためにここが伊弉冉の衛士たちの回収ポイントの一つに選ばれていたが、電波障害も相まって現在の戦況は確認出来ない。


「柏木少尉、どうしてそう思うのでしょうか?」

「う〜〜ん・・・ 通信状態が悪化しているのに 周りの戦術機部隊が前に出てるじゃない。何らかの命令が発せられているんじゃないかな?」

「・・・なんだろ? なんだか、気になるね」

 通信を通して3人が話していると、今まで本部や横浜基地と連絡を取り合っていた まりもが回線に入ってきた。




「お前達っ、プランの変更だ。これよりA-02を追い掛け、彼の機体を援護、必要であれば、その搭乗者の保護を行なうことになった!!」

 そう言って まりもは、部隊の移動を開始させた。

「――― 神宮司軍曹・・・ どういう事ですか? 前線では何があったんですか?」


 慧がそのように問うと まりもは、決まりの悪そうな顔をする。


「お前達には、隠しても仕方のない事なんだが、現在、A-02に搭乗している白銀中尉は錯乱状態にあるらしい・・・」

「「「「 ――――――!!! 」」」」

「それで、A-02は単機でBETAの群れに突っ込み、暴れているらしいんだ・・・」

「ど、どうしてそんなことになったんですか?」

 当然の質問をする茜に対し、慧が 心当たりがあるようにまりもに聞いた。


「―――― もしかして、珠瀬か、鎧衣に何かあったんですか?」

 その問いに溜め息をつく まりも。


「察しがいいんだな、彩峰。 キャリー級を倒した時のレーザー照射に宗像中尉たちの部隊が巻き込まれたらしい・・・
 現在、最新のデータでは珠瀬機のマーカーは消えている。 それに宗像達とも未だに連絡が取れていない」


「「「「 ―――っ!!! 」」」」

「A-02に同じく搭乗している鑑少尉の話によると、白銀中尉は珠瀬訓練兵が死んだかもしれないということで半狂乱になっているらしいんだ」

「あの・・ 鑑少尉は、キッチリと白銀中尉の状態を確認したんですか? あの中尉が半狂乱なんて、とても信じられません・・・」
 
 複雑そうな顔で話を進める まりもに訝しむ表情で質問する千鶴。
 それは、壬姫のロストも武の暴走も彼女には受け入れられるモノでは無かったからであった。


「まぁ、信じがたいのは分かるが事実だ。 私も通信を通して白銀中尉の 『声』 を聞くまで正直ピンとこなかった・・・」

 


「―――――― そ・・・そんなことで・・・・ そんなことで・・・ あの人は、暴れているんですか?」
 

 一瞬、その場の音が消えていた。
 涼宮茜の震える声だけが、回線を通して各管制ユニット内に響き渡っていた・・・


「そ、そんなことって、あなた・・・ 茜、一体どうしたのよっ!!」


「だってそうじゃない、千鶴っ!! 今回の戦場で死んだのは珠瀬さんだけじゃないっ!!
 多恵だって死んじゃった!! 高原達だって大怪我をしたっ!! 戦場では、今も大勢の人達が戦っているのに・・・
 白銀中尉は・・・  白銀中尉は・・・ 一体何やってんですかっ!!!
 ――――― あの人は仮にも、極東国連軍のエースですっ!! それが、そんなに弱くてどうするんですかっ!!!」
 

 茜も同期の仲間達の仇が打ちたかった。
 だが、軍に属するものとして命令は絶対だ。 それを破ることは、他の仲間達の命を危険に晒す・・・
 それを忘れて、感情の赴くままに暴れているだろう 『白銀中尉』 が許せなかった。
 尊敬する水月が認めた男が、そんなに心が脆いことが彼女には許せなかった。


 そんな茜のことを、慧は殺意を込めた眼で見ていた・・・
 千鶴は、とても疲れた顔で同情していた・・・
 晴子は、溜め息をついていた・・・

 まりもは無表情で見ていて、そして口を開いた。


「涼宮少尉は、一体何をそんなに怒っている?」

「ぐ、軍曹!! だって命令違反ですよっ!! その所為で私たちや他のみんなが迷惑を・・・」

「確かにプランは変更になったが、白銀中尉の命令違反を判断するのは涼宮少尉では無い。
  それに我々は与えられて任務をこなすだけだ、そうじゃないのか?」

「・・・・・・・・・・・はいっ・・・」

「己の感情がままならないか、涼宮少尉」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「まぁ、感情とはそう言うモノだ。 いつもコントロール出来るというモノじゃない。
  何が大切かは人によって違う。
  白銀中尉には、それほど珠瀬訓練兵のことが大切だったのでであろう・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「それに、仲間の死を 『そんなこと』 なんて二度と言うな。 こんな状況でなかったらな、半殺しにするところだ・・・
 築地も、珠瀬も、高原も、麻倉も、涼宮も私の可愛い教え子なんだからな・・・・」


 茜はその言葉にハッとする・・・
 仲間を失ったのは自分だけではない。
 千鶴達にとってもまた、珠瀬を失ったかもしれないのだ・・・
 そのことを失念して、激情にかられていた。

「ゴメン・・・みんな・・・」

「いいわよ・・・仲間を想う茜の気持ちも私は分るから・・・」
「まぁ、涼宮が直情的なのは知ってるから、気にしてないよ」
「かなりムカついたけど、許してあげる」


 千鶴、晴子、慧はそう口々に言い、茜もホッとする。
 だが、内心はやはり未だに武のことは納得出来ていなかった。

 彼は十分凄い衛士であると、茜は認めていた。


 24機の不知火を倒した時も、今回の作戦でレーザー照射が飛び交う中を無事に軌道降下し、その後の戦いを見た時も、絶対に敵わないと思った。

 天才という名は彼にこそ相応しい・・・ その期待に添う態度を示して欲しい・・・

 だから、時折彼が見せる暗い表情に苛ついた。 自分だけが悲劇の主人公でもあるかのような重さが気に入らない。

 その心は、才能ほど恵まれていないと感じた。

 何かが人として歪んでいる・・・ 茜は直感的にそう思う。


 その歪さが耐えられない。
 そんな歪なものがあんな力を持っていることが許せない。

―― 例えば、そう・・・例えば、鳴海さんのような優しい人が、その天才的な才能を持っていれば良かったのに・・・・

    そうすれば、明星作戦であの人は死ぬことは無かっただろう。
    そうすれば、姉も水月先輩も昔のようにもっと明るく振る舞っていただろう。
    そうすれば、私はもっと強くなれたのかもしれない。

 そこまで考えて茜は気付いた。
 なぜ、『白銀武』 と 『鳴海孝之』 を比較する必要があるのかと。
 2人は別物なんだから、比較なんてする必要など無いはずだった。
 
 あるいは、武に対する好意のようなものが茜のなかに芽生えつつあったのかもしれない・・・

 だが、茜は、武を真っ直ぐ好きでいる207B訓練小隊の彼女たちが羨ましいのだと結論づけた。
 皆が同じ人を好きになりながら、配慮しつつも自分の気持ちに素直になっている様は、自分には出来ないものであったから・・・

 だからこそ、彼女たちの為にも、好かれている 『白銀中尉』 は強くならなければいけないのだと考えたが、
 丘を越えて、戦況が展望できる地点を過ぎた時、彼女のそのような思考は吹き飛んだ。





 

 

 広がる大地には、赤い臓物の大きな河が出来ていた・・・・・・

 

 BETAの肉塊で形作られた、黒く紅い死の河だった・・・・・・

 
兵士級や戦車級・・・ 突撃級や要撃級でさえ無惨に挽き潰されグチャグチャになり原型をとどめておらず、多くの要塞級の断片が、強い酸を放ちながら転がっていた。

 


 あまりの光景に思わずまりも達は呆然とする・・・
 そして、戦場に出来た紅い河の上流には、巨大な血の池があり、そこでは尚、圧倒的な虐殺が繰り広げられている・・・





 茜は白銀武を弱いと思った・・・

 だが、その鮮血領域を占める圧倒的な存在感の前には、そのような価値観は何の意味も成さなかった・・・


 弱いと思った彼の戦う姿に、茜は只々恐怖した。
 恐くて恐くて、身動き一つ取ることが出来ない。 


 そして、彼の歪さの一端を理解する。


 人間は死に対する恐怖を持つ・・・ それは未知なるモノに対する根源的な恐怖と同じくするものだ。
 だから 人間は、死後の世界や 天国や 地獄を 夢想する。

 死を知ろうとして、医を志すモノ、人を、生き物を殺そうとするモノがいる。

 墓標を立てることによって、死を形作ろうとする。

 この世界、死はありふれていてもなお、いや死がありふれているからこそ、皆強く生きようとする。
 その生に価値を見出そうとする。


 その種の怖れ、死に対する畏怖が 『白銀武』 には、欠けている・・・


 彼は死を怖れていない。
 そこに何の興味も持っていない。

 彼が無謀とも言える戦術機機動が行える理由はたぶんそこにある。
 いつも彼の操縦を見ていて、衝突を何ら恐れないその切り込みの良さは、死ぬ事への麻痺さえ感じ取っていたが、それが確信に変わる。


 彼女は白銀武を弱いと思ったことを訂正する・・・

 もはや、同じ人間として、彼を測ることに何の意味も無いのだと思った。
 彼を理解する自信など無かった。


 初め、『白銀武が暴れている』と聞いた時、その言葉から、駄々を捏ねる子供のような姿を想像していたが、そんな生やさしいモノではない。
 彼が作る風景は、只の無駄も、一片の優しさも、躊躇も、感情すら感じさせない殺戮現場のみであった。


 アレは人の形をしていてもBETAとよく似ている・・・

 援軍として向かった筈の戦術機部隊は、その鮮血の結界に入ることは決してない。
 その激戦の巻き添えを怖れて生ある者は近寄れないようであった。
 もはや、周りが見えていない戦い方をするA-02を、先刻前まで人類の希望として映っていた姿はすでに無く、誰も味方であるとは思っていない。

 そこに侵入し、『伊弉冉』 と相対するものは、彼と同じく死を怖れないBETAのみである。


 そして、茜はあの死に満ちた場所にこれから赴かなければいけないことが、心底恐かった。






 

 

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 

 

・・・・ん・・司軍曹! ――― 神宮司軍曹!!」

 スピーカーから聞こえてくる声にまりもはハッとする。

 彩峰慧からの呼び掛けに気付くまで、彼女はその 『幻想的』 な光景に目を奪われていた。


「ああ、済まない。 これより私たちは、A-01に合流し、A-02の所に向かうっ!!」

 まりもは自分を奮い立たせるようにそう叫ぶ。


「 それで今回、A-02に接触するにあたって、榊と彩峰には、白銀中尉が正気を取り戻すように呼び掛けを行なって貰いたい」

「呼び掛け・・ですか?」

「そうだ、榊。 後でA-02の方から2人にはコールが入るから、そのまま鑑少尉の指示に従ってくれ。
  現状は、同乗している鑑少尉は、白銀中尉に何度も呼び掛けを行なったが、まるで反応が無い。
  それで、現在はプログラムを書き換えることでA-02のコントロールを白銀中尉から奪う段取りをつけて貰っている。
  その間にお前達が呼び掛けることで彼が正気に戻れば良し。
  戻らなければ鑑少尉にそのまま任すしかない」

「あの、私たちは何をすればいいのでしょうか?」

 まりもにそう質問する茜。 

 「我々はA-01の指揮下に入った後は、A-02周囲のBETAを排除することになる。
 また、少尉がA-02のコントロールを奪う前に佐渡島からの増援が確認されたり、A-02の機体に重大な破損が確認された場合は、
  ただちにA-02は放棄。 搭乗者2名を速やかに収容した後、後方へと待避する、わかったかっ!!!」


「「「「 了解っ!!!! 」」」」


 まりも達A-207は、匍匐飛行をしながら八海山を駆け下りて行き、見えてきたA-01に近づきながらA-02の居る鮮血の大地へと向かう。

 その途中、慧と千鶴の管制ユニットには、A-02からのコールが入り、2人はチャンネルを開いた。


「初めまして、私が『鑑 零夏』 です。 貴方たちが、榊訓練兵と彩峰訓練兵ですね?」

「「―――――――っ!!! ・・・・・・は、はい!! 」」

 千鶴達は一瞬言葉を失った。
 『鑑少尉』 とはてっきり、『カガミ スミカ』 という武の幼なじみかと思っていたからだ。
 しかし、彼女は記憶の流入実験の時に立ち会っていた『カガミ スミカ』 に髪の長さは違うが容姿や雰囲気はよく似ており、
 おそらくは姉妹か親戚なのだろうと推測できた。

 

「白銀中尉は、珠瀬さんが死んだと思って、錯乱状態に陥ってます・・・ もはや、私の声では、何も反応してくれません・・・
 それでも・・・ 貴方たちなら、もしかして中尉も反応してくれるのではと思ってお願いします」

「わかりました、鑑少尉。 とにかく何とかやってみます。 鑑少尉は、プログラムの方に全力でお願いします」
「タケルへの回線を開いてください、少尉・・・」

―― 榊さん、彩峰さん・・・ たけるちゃんを頼みます・・・

 

 純夏は2人の返事を聞くと自らのチャンネルから、武のそれへとオープンチャンネルに切り替え、自身は外部の情報を遮断して、『伊弉冉』 の制御を奪うことに専念する。
 


「――――死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、
 死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、
  死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ねっ!!!!」


 世界を呪うかのように同じ言葉が繰り返されていた・・・


「白銀中尉っ!!! しっかりしてくださいっ!!!」
「タケルっ!!! 」

 2人は目一杯、大きな声でそう語りかける。
 だが、『零夏』 と名乗る女性から聞いたように彼はまるで反応しない。


「これは、よくないよ、榊・・・」
「―――――!! ど、どういうことよ?」


 慧には、こんな武の姿が 『記憶』 にあった。
 『1回目の世界』で、委員長達が死んだことを知った時にも、武が同じように暴れた事を思い出す・・・

 ただ、その時、彼は撃震に乗っていたし、今ほど強くはなかった。
 そして、理性の欠片も見て取れたので隙を突いて体を張って戦術機で取り押さえることが出来たと千鶴に話す。


「A-02を相手に、戦術機で取り押さえるなんておよそ実現不可能ね・・・」

 千鶴が言うように不知火と伊弉冉では約5倍の体格差があり、武の技能を考えれば勝てる相手なんかでは無かった。

「とにかく、BETAから、意識を離させることから考えましょ!」
「―――――わかった」

 2人が相談している間も、A-207は移動を続け、A-01部隊と合流し、ついにはA-02に間近にせまり、そして追いついた。


 直ぐさま、A-01部隊とA-207は円形陣形をとり、周囲のBETAをA-02に代わって排除を始め、
 そして、慧の不知火は 『伊弉冉』 の前に立ちはだかった。

 

「――― 聞こえてるっ!? タケルっ!! もうやめてぇっ!!  珠瀬は無事。 機体は壊れたけど、衛生兵が治療に当たっているわ!!」


 もちろん嘘である。
 襲撃を受けた現場は混乱しており、現在の状況では、まだ壬姫の確認は出来ていない。
 だが、こうでも言わなければ武は正気には戻らないであろうという慧の判断からであった。


 その言葉か、もしくは、目の前に現われた1機の不知火にを見て、『伊弉冉』 はピタリと動きを止めた・・・・・・


「言葉が・・・・」
「・・・・届いた・・・?」


 慧と千鶴は、そう呟いた・・・

 みちるや水月達A−01も、『伊弉冉』 の停止に注目した・・・



 
・・・・・・・・・ブツ・・ブツ・・・・・・・

 通信がオープンになっている中、武が何かを小声で言っているのが、慧や千鶴に聞こえてきた。

・・・・・・・・・ブツ・・ブツ・・・・・・・・・ブツ・・ブツ・・・・・・・・・

「――― タケル、私の声が聞こえた? もういいの、落ち着いてっ!! タケルは後方に下がって、珠瀬の所に行こっ・・・・」


 そう呼び掛ける慧。
 そして、今度は慧にも、いやこの通信回線を開いていたA−01部隊、A−207の全ての者達に、武の声が聞こえた。




「・・ふふふ・・・ふふふ・・・・・くすくす・・・ふははははははははははははぁーーーーーーーーーーーー!!!」


 それは、気違いじみた笑い声であった。
 彼女達は皆、絶句していた・・・

 彼が何故笑っているのかわからない。 今、どこに笑う要素があるのか見えてこない。


「あはははははははははははははははははははははははははははははははーーーーーーーーー・・・・・」


「な、なんなの・・・し、白銀中尉???」
「タ、タケル・・・???」
「「「「・・・・・・・・・・・・・???」」」」」


 気が狂った様な笑い声がオープンチャンネルを通して鳴り響く。
 彼に何が起こっているのか 一向に掴めていない彼女たちは、その奇声に呆然とするしかない。

 これでは、本当に あの 『白銀 武』 は、おかしくなってしまったと、彼女たちは判断するしかなかった。


ラプターか・・・・

「「「「  ???  」」」」」


 一瞬、武が何を口走ったのか、皆、よくわからなかった・・・
 スピーカーからは、『F-22A』 の名が出たようだったが、
 現在、帝国軍にも国連軍にも、その機体は配備などされてはいないし、この戦場に投入などされていない・・・

 聞き間違えで無ければ、なぜここでその名が出るのか、不思議に思うしかない。


「ちっ・・・ラプター・・・だけじゃぁ・・・ねーー・のか・・・・」

「え・・・?」


 今度はハッキリと 『ラプター』 という単語が、慧には聞こえた・・・
 その疑問を余所に武はより大きな声で叫ぶ。


「ちっ、ラプターの次は、『不知火』 かっ・・・・ 」

「―――― タ……タケル???」


「クソッ! クソッ! クソッ!!  ふ、巫山戯やがって・・・ 今度は・・・ 『不知火』 かよっ!!
 フザケやがって・・・・・  フザケやがってぇぇぇええーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!! 」


 なぜ、ここで 『F-22A』  が出てくるのか、慧にも・・・・ いや他のヴァルキリーズ達にも分らない・・・・・・


「死ねっ、 死ねっ、死ねっ、死ねっ、死んでしまえっ!!! 死んでしまえっ!!!  『幻影級』 めえぇぇーーーーーーーーーーーっ!!!」

 


 彼が いったい何を口にしているのか、もはや、誰も理解できなかった・・・・・・
 いや、出来るわけが無いのだ。

 

 『幻影(シャドー)級』・・・
 戦術機を模して作られたと言われるBETA。

 『壬姫と結ばれた1回目の世界』、日本本土防衛もむなしく、防衛戦線は後退していた・・・
 戦場のあちらこちらで、日本では実戦配備が成されていない 『F-22A』 がBETAに混じり、帝国軍に襲いかかってきた。

 当初は、BETAと米国が手を結んだという噂が流れ、国内では限界を超えた米国不信が高まった。
 そしてそれが各国でも確認され、米国不信は全世界的に広がっていったが、なおも米国は噂を否定。
 3年前のオリジナルハイヴ攻略失敗時に放棄した戦術機を、BETAがコピーしたと米国の報道官は発表し、
 その先端技術を各国に公開するという形で、決着がなされた・・・


 『その世界』 の武にはそんなことはどうでも良かった。
 今はただ、愛する壬姫を守るためだけに戦っていたのだから・・・・・・

 たが、武が記憶する最後の作戦。
 ハイヴ坑内で、突然現われた『搬送級』・・・ その口から現われたF-22Aを模した 『幻影級』 に全てを台無しにされていた。
 奴らが、壬姫の命を、奪ったのだった・・・

 

      ―――― そんなことは、ここにいるヴァルキリーズ達は誰も知るわけがない・・・ 知るはずがなかった・・・・・・



 

 壬姫の死に・・・ 武には、世界の全てが、その意味を、存在理由を、消失していくのを感じていた。

 仲間達のいない・・・ そして、壬姫の居ない世界に意味など無い。

 もはや、自分の邪魔をするものは敵でしかなかった。

 『 この世界には、もはや 冥夜も、彩峰も、美琴も、委員長も、まりもちゃんも、夕呼先生も純夏も居ないのだ・・・』

 
 彼にとって、世界の運命など、どうなろうと、知ったことではなかった・・・
 もう、どうでもよかった・・・・・・

 

 敵も、味方も、自分の存在すら信じられない、この宇宙人が攻めてきているという ふざけた現実離れした世界で・・・・・・
 もはや 好きだった子も、愛する女も、唯一自分と接点があった者達をも失ったこの狂った世界で・・・・・・

 そんな世界で生きることに、一体 何の意味があるのか?
 その絶望しか無い世界に、何の意味があるのだろうか?

 BETAを殺す邪魔をする戦術機に対し、いや、『幻影級』 というBETAかも知れない目の前の 『ソレ』 に対し、
 刀を振り下ろすという、たったそれだけの行為に、何の躊躇いが必要だというのであろうか?

 

 

 長刀を振り上げる 『伊弉冉』に対し、水月は叫ぶ。


「大尉、発砲の許可をっ!!」
「ダメだ、それは絶対に許可出来ないっ!!!」


「―――― 彩峰、避けなさいっ!!」


 千鶴の声がスピーカーから鳴り響く・・・

 だが、慧は呆けたままで、その戦術機の数倍はある長刀を見上げることしかできない。



 


 タケルは、そんなことをしないと思いたかった・・・

 タケルなら、気付いてくれると信じていた・・・

 

 

 

 だが、伊弉冉の巨大な刃は、『その世界』で、冥夜と慧が彼に教えたように、正しく、正確に打ち落とされた・・・・・・

 


                       ガガがガガガガガガガガガガーーーーーーーーーーーーッ


 

 慧は、地面に叩き付けられた衝撃でようやく正気を取り戻す・・・・
 そして、目の前には、胴体を2分割にされた撃震が見えたのだった。

 その肩には207−00と描かれており、それが軍曹の機体とわかりハッとする。


「「「 神宮司軍曹ーーーーーーーーーっ!! 」」」
 

 何人かの仲間達の、悲鳴にも似た声。
 それでようやく、まりもの撃震 が不知火に体当たりをして、軍曹自身が切られたことを慧は理解する。


 飛びかかる様に慧にを突き飛ばしたために、まりもの戦術機は、腹部のコクピットあたりを真っ二つに切断されていた。
 激しい土煙の為に、慧の位置からは、軍曹の状態は確認することは出来ず、その生死は不明であった。

 だが、間違いなくまりもは負傷しており、慧と同じ方向に投げ出されている まりもの上半身の撃震に血痕が付いていることで、それが容易に見て取れた。


 慧は 『伊弉冉』 の第2撃に備えること、まりもを救出すること、周りのBETA達の動向は・・・ 
 様々なことが頭に浮かび、状況を把握するためにも、長刀を振り下ろした巨大な戦術機を見上げてみる。


 
 しかし、そこには事切れたように佇む大型な兵器の姿しかなく、これ以上は、攻撃をする素振りが一向に見えなかった。

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 武は自分の目を疑っていた。

 敵と思っていたBETAの体内から、何故か血まみれのまりもの姿が見えたからであった。

 ずっと前に死んだのではなかったか?


 痛む頭を抱えて懸命に思いだそうと試みる・・・・・・


 だが、それはいつだったか?

 どうやって死んだのだ?
 どこでそれを知った?

 

 作戦終了後、彼女の部隊が全滅したことを、夕日が差し込むハンガーで聞いた時だったか?

 いや、まりもは、俺の目の前で、兵士級に喰われたのではなかったか?

 いいや、そうじゃないっ!! あれは、テレビのニュースで・・・・

 

 考えれば考えるほど、武は頭が痛くなる。

 いや、『この世界』 の まりもは死んでない・・・ そんな声が聞こえた気がした・・・
 ―――― 『この世界』ってなんだ?

                      ―― ズキッ

 どんどん頭痛が酷くなり、武は頭を抱えて うずくまる。

 

 

 

 


 

 気が付くと、隣に純夏がいた・・・

 

 

 

 


「もう、大丈夫だから・・・・ タケルちゃん・・・・」


 涙を流しながラ、彼女はそう言った。

 

 どうして、スミカがココにいるのダろうか?
 『この世界』 には彼女はイないはずである・・・・

 

 彼女はギュっと武の身体を抱きしめた。
 武自身も抱き返すことが自然だと思い、彼女の身体にソッと手を回す。

 
 ――――― 何となく、頭痛が消えた気がした・・・


 ――――― 何となく、夢を見ていた気がした・・・


 ――――― 何か純夏がソッと呟いた気がした・・・





 ――――― 何故か 誰か が、ソッと サヨナラ と言った気がした・・・・・・





 


 そうして・・ 武は意識を失った・・・

 

 

 

 

 

 

 

 ――――― 何となく、『全て』 が終わった気がした・・・・・・